第110話
距離はおよそ5メートル、真上から灼熱の太陽光が照り付け、踏み固められ乾いた砂の上に立つのは筋肉と私だけの二人。
肌の焦げる感覚が緊張感と共に肌へ伝う汗となる。
「そうだな、一発俺に攻撃を入れるかストップ宣言したら終わりにしよう」
大剣を手に取ることもなく無手、なんなら片手をポケットに突っこんだまま彼が告げた。
一発入れられるかだ条件だなんて完全に舐められてる、よそ見までして随分余裕綽々じゃないか。
ピンと張った意識はしかしメトロノームのように揺れていた。
いつ出る? いつ走る? 繰り返される思索は今だと叫び、けれど今出れば纏らない思考に絡めとられ足を縺れさせると理解している。
落ち着け、整えろ。
激しく揺れる感情の波は次第に静寂へ、浅い息は深くゆっくりとしたものへと移った。
そうだ、それでいい……その感情で……
……行け!
「うおおお!」
愚直なまでの猛進、見せかけの怒号。
砂を巻き上げ、躊躇いもなく一直線にその元へ向かう姿に目を細める男、空気が揺らめき弛緩した僧帽筋がミシリと軋んだ。
はったりだ。
たとえ筋肉が油断しているとはいえ経験が違う、このまま傍へ足を運べば無慈悲に叩き潰されてしまうだろうと、そんなのは私にだってわかっている。
ならば……
「『ステップ』!」
彼の腕が届かぬ限界の距離、進行方向とは真逆へスキルの導きによって強制的に方向転換させられる私の身体。
全身の骨が悲鳴を上げ、ピリリと走ったわずかな違和感を振り切り地面を大きく蹴り上げる。
それは今までの勢い全てを殺し、私の身体を大空へかち上げた。
風を突き抜けただただ高く、ここには腕どころか彼の大剣だって届きはしない。
「空中に足場はないぞ!」
遠くなる地面で筋肉が叫んだ。
「かもね……!」
すり足でその場から軽く身を逸らす彼。私の攻撃が当たらない距離、しかし確実に踏み込んで私を殴り飛ばせる所でしかと構えるつもりだ。
だがここまでは想定通り。
筋肉はさっき言ってたよね、機転を利かせる状況に立つなって。
もしこのまま私が地面に降り立てば、きっと強烈な一撃を叩きこんでこういうはずだ。
『だから言っただろ、危険を避けろって』
……と。
ならばあえてその状況を演じれば、必然的に彼の行動は絞られるはず。
「ヌゥッ!」
「おらっ! 食らえ!」
そしてそこで裏を掻く!
空中でばら蒔かれたのは拳一杯に握り締められた砂。
全力で地面へ投げつけられたそれは激しい雨となり、私のことを目で追っていた筋肉の眼球へ襲い掛かる。
「ぐああーバカなー」
その刺激は本能的な反射を無理やり引きずり出し、どんな存在でも首を横へ向けさせてしまう。
やはりどんな高レベルであろうと目に砂が入れば体は動いてしまうもので、筋肉すらも抗うことはできずその太い首を大きく捻ってしまった。
完璧だ、想像通り……いや、それ以上の成功に心が躍った。
そう、走り出す直前にたっぷりと握りしめておいたのだよ!
ぬはぬは! 想定外の目つぶしは痛かろう! 勝った!!
「しねえええええええええええ! 『スカルクラッシュ』!!!」
「お前マジか、あの演技で騙されちゃうのか」
ガシッ
「ふあっ……!?」
「よっと」
ポイッ
空中で掴み上げられたカリバー、抗いようもない強烈な力で振り回され無慈悲に振り払われる私。
見せつけ、煽るように高々と彼へ持ち上げられた相棒は、私が奪い返そうとジャンプするも、そのたび奪われないようサッと位置を変えられ弄ばれてしまう。
「か、返して……! あだっ」
「はいストップ。まず武器だけに固執するな、それと最後まで油断しない」
おでこへ軽くカリバーをぶつけられ、無情にも告げられる終了の宣言。
一撃を叩きこむどころかあっさり作戦の裏を掻かれ、挙句に武器まで奪われてしまう始末。
淡々と指摘された短所は確かにその通りで、昂った精神の端にわずかに残った冷静な私が正しくだ、しかと頷く。
思えばそもそもこれは私の欠点を見つめなおし強制してもらう指導、教えてもらった事なのだからそれを無下にする必要もない。
……勿論感情的に飲み込み難いものではあるけど、もっと強くなりたい、もっと力が欲しいといったのは私なのだから。
くっ、次は殺す。
「ま、砂を使おうって考えは悪くないな」
「ふん……」
「それにしても死ねはないだろ」
「いやその……ちょっと興奮しちゃって……ごめん」
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