第111話

 静かな密室。

 報酬はなく、しかし熱心に働くエアコンの無機質な送風音だけが絶え間なく響く。


 よく効かせた、ともすれば寒いとすら感じられる室温の中、よく洗われ心地よい香りのするシーツと布団に包まれ、蕩けた嗜好は目覚めと眠りの過渡に溺れる。

 誰しもが愛するはずの安らぎ、果たして自らそこを飛び出す人間なんているのだろうか……そう、私だってここから出るわけが……


 いたい


「んあ……」


 痛い


 そう、これはまるで全身をじっくり、よーく焼かれているように……豚の丸焼き、いつか食べてみたいな……痛い……燃える……いた、いたいたいたいたいたいたァッ!?


「いったぁぁぁぁぁぁ!?」


 涙で視界がぼやける。

 吹き飛ばされた布団からは羽毛がまき散らされ、真っ白に染まった絨毯の上を無様に呻き転がる。


 何、何、何なになに何が起こってるの!?


 何度か体を焼かれた経験はあるがそのどれにも当たらない、耐えられないほどでもないが、しかし猛烈と言えるびりびりとした痛みは不快感が凄まじい。

 腕、足、そして顔。

 もだえる程に苦しみは増すばかり。すわ奇襲か、人の寝入りを襲うなど卑怯なり。


「な、なにが起こって……!?」


 全身の痛みをどうにか堪え、ベッド横へ備え付けられている鏡を覗き込む。

 そこに映っていたものは……


「ひ……






日焼けだ……」


 日焼けで真っ赤になった顔であった。




 


「すみません、適当にいいポーション二本くらいください」

「はいはい。おっと、結城ちゃんじゃないか。久し……ぶ……りっ!? うわっ!? どうしたんだい君全身真っ赤だけど!? うわうわうわぁ……え、ペイント?」


 眼鏡の奥にある小手川さんの瞳が何度も瞬く。

 先ほど自分でもびっくりしたが本当に全身真っ赤なのだ、以前の私とは姿が別次元なのだからそりゃ彼も驚くってものだろう。

 日焼けだと伝えれば繰り返し頷き、なるほどなるほど、確かに君肌白いもんねと、ようやく納得がいったようであった。


 探索者になる前は体力のなさもあって外に出て遊びまわることなんてなかった……友達もいなかったし……ので、ここまで酷い日焼けは初めてだ。

 だが不思議なことで、探索者になってからは随分外(?)で戦ってきたのにこんな風になったことはなかった。

 もしかしてダンジョン内にゆーぶい(?)なるものは存在しないのだろうか。


「じゃあ安いポーション飲んでみたらどうだい? 日焼けって要するに火傷の一種だからね、多分治るよ」

「え、ほんと!?」

「うんうん、多分。ちょっと待っててね、確か古いやつがここら辺に……」


 薄暗い店内、古手川さんが吊り下げられたランプを引っ張り、近くの箱をガサゴソと漁りだす。

 高いポーションは(彼の趣味で)ガラス張りの冷蔵庫へ、銭湯の牛乳よろしく整然と並べられているのだが、どうやら安いものや時間のたったものは相当雑に扱われているらしい。


 安物って言ったって数千円はするのに……なんて適当な……


「だってだれも買いに来ないしさぁ……たまーに一般人が売れって暴れるんだけど、売っても探索者以外には効かないしねぇ。はいこれ、お金は勝手に引かせてもらうから好きに飲んでよ」

「割引は?」

「んー……じゃんけんぽい!」


 突然叫ばれとっさに出したのはチョキ。

 そして件の彼の手のは……パー。


「えぇ……勝ったけど……?」


 唐突過ぎて何が何だか分からない。


「ありゃ、負けちゃったか、じゃあ半額にしといてあげるよ」

「ええ!? うわっ……っと」


 ぽんっと放り渡されたポーションは桜のように薄いピンク、質は決していいとは言えない品。

 けれどその薄さ故光を受けキラキラと輝いていて、これはこれでインテリアとして飾っておきたいようなかわいらしさがあった。


 イッキイッキ! と雑いコールにせかされぐいっと喉奥へ流し込む。

 とろりとなめらか、味はなく、しかし奇妙な『効く』確証を伴った不思議なその液体が体内へ滑り落ちた瞬間、視界内の真っ赤な両腕からさっと赤色が引く。

 効果てきめんだ。内心疑っていた私でも簡単するほどの効果、これはすごい。


 雑に割り引かれた割りにその効果の高さに目を丸くする私へ、彼は構うこともなくその裏事情を話し出す。


「誰も買いに来ないし正直叩き売りしても問題ないんだよね、僕も二日酔いの時は勝手に飲んでるし。ほら、協会って魔石の供給とかインフラ関連で相当儲かってるでしょ? 僕も本業あるしここ片手間みたいなもんだから」


 ほらこんな感じで。

 小瓶を取り出しキュポンと勝手に開き、ごくごくと飲んでこちらへ流し目。


「ね?」

「ね? じゃないけど。……って、本業?」

「そうそう。ここの奥工房なんだよ、協会から卸された素材で服とか靴作る……いわば職人? 的な?」


 なんで自分の仕事なのに疑問形なの……?


 まだ二度しかこの店を訪れていないがそのどちらでも本の虫であった彼。

 しかし決してここの店番だけが仕事というわけではなく、どうやら本業はほかにあったらしい。


 ん……? 何か今の話どっかで聞いたような……?


「あ! それってもしかして探索者向けの壊れない装備ってやつ?」


 脳裏に過ぎったのは昨日、筋肉と二人で崩壊を喰いとめにいった時交わした会話。

 いつかの機会に琉希と行こうと思っていたがまさかここだったとは。


 作ってもらおうかな……いやでもこの人に任せるのは……。


「そうそう、正確には壊れないってより壊れにくくて修復される、かな。専用装備って知ってる? 所持者本人が死ぬまで壊れない武器なんだけどね、それに近い仕組みなんだ」 

「へぇ……」

「とはいっても完全に消し飛ばされたりしたら流石に修復はできないよ。良くて半分くらいまでかなぁ、市販品よりは圧倒的に丈夫だから滅多にそこまで壊れることはないけど」


 ふふんと鼻を鳴らしドヤ顔。

 基本的にやる気のない人だと思っていたが自分が作るものには相当の自信があるらしく、今までで見たことがないほど彼の顔には誇りが宿っていた。

 先ほどまであった蟠りと躊躇いは彼の顔を見れば解けて消えた。


「じゃあ私のも作って、お願い」

「そういってくれると思ったよ。剛力さんから君の話は聞いてるんだ、よろしく頼むってね」


 さぁ、まずは靴の採寸を始めよう。


 彼の声と共に紐が引かれ、薄暗い店奥へ明かりがともった。

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