第106話
「うー……」
……悔しい。
「どうした、そんなに俺が倒したのが気に喰わんのか」
「そりゃそうでしょ! 何で倒しちゃったの!」
いったい何の問題があるんだと言わんばかりの飄々とした顔。
体力だって十分余裕があったしMPだって勿論、あの程度倒すのに何の問題もなかったはず。
確かに全身へ植物が伸びていたのに少しパニックを起こしてしまったが、なにも途中で倒してしまうなんて……
やっと良いところを見せられると思っていたのにこれか、本当に無様な姿だ。
「そんなに私……ダメだったのかな……」
「うえ!? 嘘だろ!? な、泣くなって!」
「泣いてない……!」
ああ、まただ。
またすぐにそうやってアタシは泣いて逃げようとする、現実を飲み込まずに流されてしまおうとする。
そんなんじゃ状況は何も変わらないのに……だからお前は駄目なんだ。
「ほら泣くな泣くな、飴やるから」
尖らせた口へカラリと甘味が転がった。
「んん……子ども扱いするな」
「ま、泣くほど悔しいがることは本気の証拠だ。良かったよ、お前がそれくらい本気で俺に嘆願してきたってのが分かってな」
「……髪ぐちゃぐちゃになるからやめて」
「ガハハ! 照れるな照れるな!」
それからは私の不機嫌な声と、好き勝手に頭を撫でる筋肉の誤魔化すような笑い声だけが暫し続いた。
「別にお前が倒しきれんとは思っていない、恐らくあの後一人でもなんとかなっただろうな」
微妙な笑み表情を浮かべ筋肉は続ける。
「じゃあなんで!」
「まあ落ち着けって、こっちだって好きで横槍を入れた訳じゃない。俺はお前の師匠なわけだ……師匠ってのはちとむず痒いが、弟子の悪い点を矯正するのが役目だろ?」
「それってつまり……」
「ああ、お前の欠点が
だからそう気に病むな、これから治していけば良いんだからな。
そういって彼は白い歯を見せつけ笑った。
「そろそろ時間だ、戻るぞ」
気付けば彼の身体はゆっくりと光が増していき、いつの間にか巨大薔薇の死骸も綺麗さっぱり消え失せていた。
よく見ればボスの居たところには小さく光る黄色い小瓶と深緑に輝く魔石が転がっていて、そういえば今回は『経験値上昇』に『スキル累乗』を使っていなかったと思いだし慌てて拾い上げる。
まだ心のもやもやは無くなった訳じゃない……けれどいつの間にか涙は引っ込んでいた。
◆
私たちがダンジョンから姿を現したその時、警戒を孕んだ突き刺さるような視線が交差し……
『うおおおおおお!』
筋肉が右手を突き出した瞬間、歓声が爆発した。
そこにいたのは武器を構えた人々、どうやらモンスターの氾濫に備えていたらしい。
奥の方には一般人らしき人も見えるが果たしてその程度の距離になんの意味があるのだろう、もしモンスターが溢れ出したらあっという間に距離を詰められて殺されてしまうと思うのだが。
崩壊寸前のダンジョンから何かが出て来た時、それは食い止めることが出来たか完全に崩壊が始まってしまったかの二択だ。
私たちが無事に出てきたことで食い止めることが出来たと理解し、安堵と歓喜が極まったのだろう。
その後は彼が人の群れに飲み込まれたり、まあ色々忙しない状況で指示しているのを私は横で眺めていた。
たまに押し流されそうになるも足元を潜り抜け横に戻ってこられたのは、幸か不幸か私の身長が低いおかげだ。
「ところでその子は……?」
心臓が跳ねる。
今まで横の筋肉の塊へ向いていたはずな無数の視線が、突如として一斉に私の方向へ飛び掛かってきた。
人にこうやって見られるのは苦手だ。無意識に後ずさりし体を隠そうとするが、残念ながらここに何か隠れる場所はない。
「ご、誤魔化して……」
「ああこの子か。俺の弟子だよ、強いぞ」
「……ちょわっ!?」
「お弟子さんでしたか! 私~~~~の~~~でして、~~~……」
「うあ……えっと……その……」
ただでさえまとまりきっていない感情の中に恥ずかしさやらなんやらが次々に乗っかり、話しかけられている内容が全く、一ミリも頭の中へ入ってこない。
入った直後どこかへ流れていく気分だ。
何!? なんて言ってるの!? ああもう無理!
「もう帰る!」
「あっちょっと……!」
「ちょっと恥ずかしがり屋でな、まあこれからよろしく頼むよ」
「はぁ……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます