第105話

「どっ……こいしょっ!」


 ビクッ!


「よっこいしょぉっ!」


 ビクビクッ!


 ドラマー私によるソロリサイタルは大盛況だ。

 カリバーを激しく叩きつける度、薔薇君は歓喜に体を大きく震わせ謎の体液をまき散らして大喜び、私へ近づく触手たちもノリノリで七転八倒している。

 あまりにがいいものだからついついこちらも熱中してしまう、きっと彼らはこのために生まれたに違いない。


 だがまあ、これくらい殴っておけばそろそろ良いだろう。

 あまり『スキル累乗』による攻撃スキルは強烈だが、その分反動も激しいので一撃で仕留められる程度に削っておきたかった。


 呟きと共にスキルの対象は『スカルクラッシュ』へ、最期の一撃を放つための準備は整う。


 仄暗い静寂、私の吐息だけが朧げに空気を震わせる。




「ふぃ……これで決めえええっっとっっとぁ!?」




 想定外の変動。

 俄かに世界が猛烈に掻き乱され、まともに立っている事すら危うく膝をついてしまう。


 浮遊感、天地がひっくり返り薄暗かった世界が光に溢れた。

 残念ながらそう長く叩いていられるわけではないようで、突如として周囲が激しく上下し薔薇の外へと放り出されてしまったようだ。


「おう、大丈夫そうだな」

「あ、筋肉……?」


 背面から飛んできた声に振り向けば、いつの間にか取り出していた折り畳みの椅子に腰掛け、のんびりお菓子をつまんでいる筋肉。

 横にはペットボトルのお茶まで置いてある、完全にリラックス状態だ。

 崩壊しかけのダンジョン、さらに言えばボスエリアという戦いの地にあるまじき光景に唖然とする。


「まあ『鑑定』で状況は把握してたからな、危険そうなら助け出してたが……」


 問題はなかった、と。

 それでいいのか、私は本当にこれに指南してもらっていいのか、浮かびかかった疑問へ無理やり蓋を乗っけ押しつぶす。

 これはそう、信頼の証なのだ。この程度の敵には負けないという信頼、だから彼は動かなかったのだ。

 いや待て、思えば最初の頃からあいつ結構適当な奴だった気がするぞ……本当にこいつの弟子になって正解だったのだろうか……今からでも他の人の下に行った方が……


 いやいや、まだ戦いは終わっていない、無意識に渋く顰めてしまった顔へ冷静さを被せ前を向く。



――――――――――――――――

種族 パラ・ローゼルス

名前


LV 3000

HP 30223/90321 MP 1035/5066


――――――――――――――――


 ああ、くそやっぱり結構残ってる。


 私もあの薔薇も互いにどちらかと言えば耐久の方が優れている、レベル差は四倍ほどあれどボスであることもあって瀕死まで追い込むには足りなかったようだ。

 先ほどの『スカルクラッシュ』さえ叩き込めていればまた違ったものを、削りに熱中せず早々に切り上げて一発叩き込んでしまった方がよかったかもしれない。


―――――――――――――――――


結城 フォリア 15歳


LV 13344

HP 20446/26690 MP 56188/66725


―――――――――――――――――


 当然HP、MPともに私の方が有利。

 ……一気に攻めるか。



「よし……『ステ」

「おっと、待て待て」


 ブチっ


「いったぁ!? な、な、何すんの!?」


 『ステップ』で飛び出した背中に走る激痛。

 感覚が麻痺していたはずの身体にそれはあまりに強烈で、無意識のうちに出た涙と共に犯人を睨みつける。


「お前気付いてなかっただろ」

「え……なにそれ、雑草?」

「お前の身体に生えてるんだ、大方さっき植えつけられたんだろう」


 彼の手に握られていたのはひょろりと細長い植物の芽。

 しかしただの草ではないらしくつい数秒前まで青々としていたにも拘らずあっという間に萎び、色褪せ塵となって風に吹かれ消えてしまった。


 指摘に慌てて全身を見れば腕、肩、頭とあちこちに似たような青い芽がうぞうぞと蠢き犇めき、静かだがはっきりと目に見える速度で伸びていくことに気付く。


 気持ち悪……!


 あまりの悍ましさに半ば狼狽し引っこ抜くが、あちらこちらに生えていてすべてを取り除くのは難しい。 

 


「うええ、ちょっ、き、筋肉! 背中の取って!」

「注意不足だな、それに時間だ」


 パニック状態のまま涙目で抜こうと転がる私を背に、ここで遂に大剣を構える彼。


「『断絶剣』」


 刹那、轟と一陣の風が吹き荒れ、遅れてゆっくりと巨大薔薇が真っ二つにズレ落ちた。


 一撃。

 そこまで力んだ様子もない、なんとなしのたった一撃で決着はついた。


 戦いの地にあるまじき姿?

 違う。彼にとって戦いですらないのだから、必然力む必要もないのだ。


「あ……枯れた……」


 それと同時に私の身体を蠢いていた木の芽も綺麗さっぱり枯れ果ててしまった。

 どうやら本体が枯れることで種のこれも能力を失ったらしい。


 その大剣をゆっくりと虚空に差し込み素手になった男は、真っ白な歯を見せ私の頭に手を置きこういった。


「まあまあよくやった、65点といったところだな」

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