第107話
『かんぱーい!』
店内に響く
あまりごちゃごちゃした飾などはなく、しかしそれでいて堅苦しいわけではない過ごしやすい……はずだった店は既に騒々しい雰囲気に飲み込まれていた。
「いやはや、なんかよく分かんないけどおめでとー!」
「ほーちゃんほーちゃん、あの子! アンタが拾った子がマスターの弟子になったお祝いよ!」
「そっかー! フォリアちゃんがかー! ……うええ!? マジで!?」
「キーくん、野菜も食べないとダメだよ」
「ガキじゃねえんだから姉貴はそんなこと気にしなくていいっつの! 好きに食わせてくれ!」
本当は園崎姉弟だけ誘う予定だったのだが、それを横で聞いていた探索者が次から次へと伝言ゲームを行い、いつの間にか筋肉が店を貸し切りで焼肉を奢るという話になってしまった。
「横に張り付いて懇願したんでしょ? 君も勇気があるわぁ」
「あ、剣崎さん……あれ?」
スススと横に座り込み、しれっと話しかけてきたのは剣崎さん。
いやまて、この人大学の教授じゃなかったか、なんでこんなところにいるんだ。
「いやー、ちょっと剛力君と話したいことがあって協会を訪ねていたんだけどね。丁度いいからお邪魔させてもらってるわ! うーん、他人の金で食う肉は旨いっ! あっ、店員さん、この店で一番高い肉を持ってきて頂戴!」
わはわはと愉快気に胸を揺らしぐいっとジョッキを煽る彼女、大分人としてダメな発言をしていたが聞き流しておく。
そもそもこんな騒ぎになるとは思っていなかった、なんて言えない。
私からすれば筋肉は気がよく身近にいる強い人程度の認識で、会う人会う人にこう、仰天するような反応をされるとは思ってもいなかった。
「まさか君があれの弟子になるなんて思ってもいなかったわ、奇妙な縁もあるものねぇ」
「え……?」
「私とアレ同じ研究室に所属してたのよ、それでその研究室の教授が」
回顧しているのだろう、懐かし気に目を細め白衣の胸元をガサゴソと漁りだす彼女。
あれー? 確かここら辺にあった気がするんだけどなぁ、間違って洗っちゃったんだっけと不穏な独り言が聞こえてくるも、突如ピタリと止まりにんまりと目が弧を描く。
「あったあった、ほらこれあ痛ァ!?」
だがタイミングの悪いことに、件の男がやってきて彼女の後頭部を叩いた。
「おい剣崎、資料があるんならさっさと寄越せ。昔からお前は酔うとまともに言葉が通じなくなる」
「はぁ……ごめんねフォリアちゃん、詳しくはまた今度大学でってことで。いつ来るか教えてくれたらミルフィーユ用意しとくからさぁ。あーばっぐばっぐー」
……行ってしまった。
何か伝えようとしていたようではあるが、話が主に彼女の中で完結しており、何が何だかさっぱり分からなかったぞ。
まあ大分顔も赤くなっていたし大した内容ではないのだろうが。
それにしても熱い。
冷房は聞いているはずなのだが2、30人程度も集まってしまったようで、それ以上に人の熱気が凄まじい。
水のお代わりほしいな、少し立ち上がりぐるりと当たりを見回したその時、わき腹をつつく何かに震える。
「フォリアちゃん、フォリアちゃん、ちょいちょい」
「ひょっ!? りゅ、琉希。来てたんだ」
首元に紙のエプロンを巻き完璧に肉を食べる準備を整えた彼女が、しかし食事をするとは思えないほど絶望した表情を浮かべ背後に立っていた。
一体何があったというのだろう。
いつもは見ているこっちまで気の抜ける笑顔ばかりだというのに、もしかして何か嫌なことがあったのかもしれない。
うん、精神的に何度か彼女には助けられたことがあるし、たまには私が相談に乗ってもいいだろう。
彼女の横にはまだ中身の減っていない
本当は筋肉が座る予定だったが、彼は彼であちこちで会話に混ざりつつ動き回っているので問題ない。
「ええ、そこで園崎さんと会ったので参加しました。ってその前に! 聞きましたよ……探索したんですか……? 私以外の人と……?」
「うん」
「うわあああん! フォリアちゃんのバカぁ! 私も他の人と探索しちゃいますよ!?」
「え……? 良いんじゃない……?」
「うわあああああああん!」
風のように現れ、嵐のように
「君元気いいねぇ! この穂谷さんが肉を進呈してしんぜよう!」
「ははぁ! ありがたき幸せ!」
去る前に、入り口付近で陣取っていた穂谷さんパーティが彼女を捕獲し、一緒に肉を焼き始めた。
初対面のはずなのだが特に問題もなく和気藹々と会話を始める彼女たち、年齢差は多少あるが比較的少ない女性探索者同士、何か感じるものもあるのだろう。
……仲良さそうだし放置しておいてもいいか。
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