第101話
「んぐ……んぐ……ぷはっ」
「ほら、塩飴だ。ミネラルや塩分の補給もしっかりしろ」
「ん、ありがと」
カラリ、コロリ。
軽やかな音と共に広がる酸味と甘み、そしてわずかな塩味が口内に残るお茶の苦みや渋みを覆っていく。
塩飴という物は普段食べると妙に塩辛くおいしいと思わないのだが、こうやって運動した後にはこの酸味や塩味が心地よく感じてしまうのはなぜだろう。
しばし無言で飴を転がし静かな休息。
温い風ではあるが木々を抜けるそれが汗に吹き付け、多少なりとも清涼感を与えてくれるのが嬉しい。
とはいえ……流石にずっと無言というのも寂しい。
でも私そんな会話上手じゃないんだよなぁ。
あのうるさい琉希が今は恋しい、彼女がいればきっとうまく話題をつないでくれただろうに。
あ、そうだ。
「ねえ」
「なんだ、飴もっと欲しいのか?」
「もらう……じゃなくて、筋肉って探索者じゃなかったら何になってたの?」
「そうだな……教師にでもなっていたかもしれん」
「へえ……」
筋肉が教師か……
シャツやスーツがパッツパツになるほど鍛えられた筋肉、光る坊主頭、無駄にさわやかな笑み。
うーん
「似合わないね!」
「やかましい。普段むすっとしてる癖にこんな時だけ笑顔になるんじゃない」
ぺちんと額へ一撃。
「あだっ……えへ、ごめん」
「ったく……お前は随分と軽口を叩くようになったな。そんだけ余裕があるならもう十分だろ、行くぞ」
「えー」
小型の椅子や散らかった雑貨、器具などが畳まれては彼の『アイテムボックス』へ収納されていく。
流石は協会の関係者、レベルもそれ相応の物はあるようでみるみる吸い込まれていき、私のしょぼいそれとは比べ物にならないほどの量をすべて仕舞い込んでしまった。
どうやら休息はここまでのようだ。
本当はもっと喋っていたかったけど、そうこう言っていられる状況ではないのも理解できる。
「協会の情報によればここはEランクのダンジョン、確認されている最大レベルは700前後。しかし先ほどのモンスターは……」
「1000、だったね」
Eランクは500から1000のレベルまでが目安であり、先ほどのモンスターはその上限ギリギリ。
確かに過ぎてないとはいえ、このような何気ない場所にいる――その上能動的に動かないようなモンスターですら高レベルともなれば、恐らく全体のレベル上昇は既に始まっていると考えていいだろう。
脳裏に過ぎる炎来の記憶、モンスターが共食いによって瞬く間にレベルが上がっていく姿。
まだEランクだなんて暢気な事を言っていられない、あっという間に上昇は終わりすぐに本悪的な崩壊が始まってしまうだろう。
それを食い止めるためには早いうちにボスを探して倒さねば。
「でもここすごい広いよ、迷っちゃうんじゃ」
「ボスエリアの方向は既に把握している、情報も提供されてるしな。それに道に迷ってもほら」
「あ……」
彼の指さす先をしばし観察したのち、ぴんと来た。
よく見てみれば私たちが通った後の草だけがよく踏みつぶされて、うっそうと木の茂る森の中でもはっきりと見える程の道となっている。
私は筋肉の後についていっただけだから全く気が付かなかったが、しっかり踏むことで痕跡を残していたのだ。
これなら多少時間を喰うことにはなるが戻ることは可能、たとえ迷っても分かっている場所から再スタートを切れる。
「本当はもう少し開けたルートがあるしこんな獣道通らないんだがな、相当遠回りになる。ここへ着けたのは正確に一直線でボスエリアへ進めた証左だ、数時間以内に決着をつけられそうだ」
「わかった」
いつもこういうことやってるのかな……やってるんだろうな。
目につかないほど自然に行っているということはそれだけ手馴れているということ、彼にとってこの行為は何も特別な事でなく至極当然な日常ということだ。
きっと私が気付いていないだけで他の安全マージンも取っているに違いない。
私も手伝うか。
「ふん、ふん」
「……突然ジャンプし出して何してんだお前、体力が有り余ってるのか?」
「なんで!? 草踏むの手伝ってあげてるんじゃん!」
人が素直に感心したのに何たる言われよう、そんなに私が突然理由もなくジャンプをするような人間に思われてるのだろうか。
「ああ、お前は体が小さいから効率が悪い。無駄に体力を使う必要もないだろ、俺の後ろにいろ」
「ーーーっ!?」
ひ、人がほんの、ほんのちょっとだけ気にしていることを……!
見ておけよ、私は別に体が小さかろうとどうとでも出来るんだからな!
「もう! 『巨大化』! おおおおりゃっ! 『スカルクラッシュ』!」
密林に響く重厚な衝撃波。
アルミの巨木が開くのは一つの大きな道、芽生えたばかりの木も、背丈ほどある草も、なにもかも叩き潰してまっ平にしてしまう。
ふっ、私にかかればこんなもんよ。
「あのなぁ、MPはなるべく温存して」
「どう!? どう!?」
「……ハァ。お嬢ちゃん、よく見ておけよ? 『アイテムボックス』」
呆れた表情を愉快げに塗り替えた筋肉はぬるりと、一本の巨大な剣を取り出す。
それは無骨そのもの。何か装飾があるわけでもなく、肉厚で鈍い輝きだけがかの大剣を飾っていた。
でも、似合ってる。
名前も知らないその武器は彼の生きざまそのものであった。
ダンジョンに入ってからいつもの陽気な様子はどこへやら、常に真剣な表情を宿していた彼の顔がにやりと歪み叫んだ。
まるで人間の本能、生物の衝動を開放するように。
「ぬぅッ! 『断絶剣』ッ!」
暴風……!?
草木が、髪が、世界そのものが巻き上げられる。
たった一度、なんとなしに彼の振り下ろした大剣はいっそ理不尽なまでの暴力を撒きちらし、飛び出した衝撃波は一直線に深々と森を切り刻んで猛進していく。
絶対強者。
ああ、これが探索者の頂点に立つ存在なのか。
私なんか到底追いつけていない、絶望的なまでに彼と私の力は差があるのだと嫌でも理解してしまう。
そして最後には、一つの道が生まれていた。
「ふっ、俺の方がもっと長く切り開ける」
「……え!? それだけのために出したの!? 心狭っ!」
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