第100話

「うぇ……」

「あっちぃなぁ……」


 じめじめとした蒸し暑さ、どこかからか猛々しい唸り声が響く。

 視界と行く手を遮る無限の緑、しかし人工の灰色に慣れた私たちにとって何と目にやさしい光景だろう……と感動することはない。


 そう、ここはなんとかかんとかとかいう崩壊しかけのダンジョン内部。

 門の見た目から即ちそのまま植物系のモンスターが闊歩(?)する土地であり、内部環境自体が熱帯のジャングルさながらの様相を呈している。


 要するにめっちゃ蒸し暑いし周りに草木しかない、ダンジョン内部なので虫がいないことだけが救いかな。


「はぁ……」

「少し休むか、ほら」


 もう一時間は延々と戦いもなく歩いている。

 面白みもなくたまらず漏れた私のため息を聞き、気を利かせた筋肉が指さす先は丁度開けた土地で、どうぞここで休んでくださいといわんばかり。

 おあつらえ向きに大きな葉っぱ・・・・・・が二枚広がっているし、腰掛けるのにちょうどよさそうだ。


 青臭い匂いからかすかに漂う甘い香り、木々の隙間から漏れた風に乗せられ私を誘う。

 きっとこれはあそこに生えた黄色い花の物だろう、迷宮内にいるとは思えない平和そのもの。


「いいか、こういう開けた場所はまず警戒を怠るなよ。モンスター側もこちらを捕捉しやすい上、罠が仕掛けられている可能性を考慮し……」

「あー、つかれた……ァ!?」


 後ろで筋肉が何か言っている。

 目の前の大きな葉へ座ろうとしたその瞬間、



 ニチッ



 視界の暗転、ぷんと一層強く漂う甘い香り。


『ーーー!』


「は? え?」


 体が動かない。

 なにかみっちりとぬめらか・・・・なものに全身が包まれていて、その上ギリギリとゆっくり締め付けられる感触があった。

 真っ暗だしなんか肌はピリピリするし、挙句にくらくらとしてしまうほど濃厚な甘い匂い、こんなところにずっといたら頭がおかしくなりそうだ。


「うぁ……げぇふ……」


 まずい……呼吸、できなく……意識……


「きょ……『巨大化』……」


 只真っ直ぐに。


 掌から背後をすり抜け天を穿ち、私の身体を包み込み強固に閉じられた『ナニカ』を貫くカリバー。

 頭上から零れる光、ほんのわずかに緩んだ束縛と新鮮な空気を吸い込むと、ぼんやり靄のかかった思考が多少はクリアになった。


 やってくれたなクソ。


「『アイテムボックス』」


 空間が生まれ自由になった指先へ伝わる温かな感触。

 いったい何のモンスターかは知らない、だが魔石というだけで今は十分価値がある。

 全力で握り締めたその時、薄暗い小さな空間へ光が溢れ出した。

 砕ける音が手に伝わり、耳を劈き暴力的なまでの爆発音が耳の奥底へ雪崩れ込んでくる。


 爆破の一瞬広がった空間の真ん中、私は…… 



「ああああああ! うるさああああ!? 『ストライク』ッ!」



 全力でカリバーを振り回した。



「うおっ、出てきた」

「あ、筋肉」


 私を包んでいた草をげしげしと踏みつつ外へ抜け出すと、何やら身構えた筋肉の姿。

 曰く私を助け出そうとしていたようだが、まあこの程度私にかかれば簡単に対処できてしまうので何の問題もない、鳥取クローという物だ。


 ふふん、まあ余裕よよゆー。


――――――――――――――――


種族 バジリスクキラー

名前 イレイ


LV 1000

HP 5003/10024 MP 1021

物攻 1087 魔攻 3475

耐久 9085 俊敏 754

知力 43 運 11


――――――――――――――――


 それにしても私を包んでいた葉っぱ、どうやら一枚だけではなく何枚もが折り重なっていたらしい。

 モンスターではないかと思っていたのだがやはり、しかし今まで戦ってきたモンスターのように知的な行動をしてくるというわけでもなく、やはり植物というわけだろう。

 上の葉っぱはぐちゃぐちゃだというのに体力はいまだ半分以上残っていて、ここもやはり私の知っている植物同様、葉っぱが切り取られても根っこが残っていれば問題ないのか。

 レベルこそ低いがなかなか侮れないモンスターだ、多少レベルが高い程度であれば難なく食われてしまったかもしれない。 


 んー……ばじりすく……たしかイタリアンの奴に乗っかっている葉っぱだっけ。

 食用みたいな名前して随分とえぐい攻撃をしてくれたな、おらおら。



 残ったはっぱをげしげしと蹴っていると、筋肉が微妙な顔つきでこちらを見ていることに気付く。



「--いつもこんな無茶な事してるのか」

「ん? 何が?」


『合計、レベルが3上昇しました』


「……はぁ、取りあえず服着替えとけ」


 指摘されて下を見れば爆発の勢いでお腹のあたりの服が吹き飛んでしまったらしい。


 なにか顔を赤らめて言われたのならまた別の話だが、淡々と指摘されてしまえば私も特に反応することもない。

 まあ琉希のように普通の成長をしているのならともかく、私の身体を見てそんな反応をされても困るのだが。


 そんな感じで着替えた私と筋肉、そしてモンスターの居なくなったそこでしばしの休憩が始まった。

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