第42話

 朝。

 一杯の水を飲み、希望の実を食べようとリュックを漁って……


「あ……」


 昨日の夜最後の一つも食べてしまったのだと思い出した。


 思えばこの一か月間、私の探索者ライフは希望の実から始まって、希望の実に支えられてきたといっても過言ではない。

 心の支えとしても食べていたし、単純に貴重な栄養源としても食べてきた。

 普通の人のガムだとかたばこみたいなもので、とりあえず口に含む生活を送ってきた結果……


「うあー……取りに行くか」


 若干依存みたいなものが入っていた。


 いや勿論希望の実に依存性などは確認されていない。第一依存性なぞあったら、次遭難したら食べずに死を選ぶなんて言われないし、そのおぞましい不味さをどうにかする手段も確立されているはず。

 しかし一か月食べることがルーチンワークだったせいで、こうやってなくなってしまえば極度の不安に襲われてしまうのだ。


 現状私が知っているダンジョンは三か所。

 花咲、麗しの湿地、そしてトラウマを克服した落葉だ。

 しかし麗しの湿地に落ちている奴はちょっと食べたくないし、落葉に行くなら希望の実よりも、魔石を優先的に詰め込みたい。


 となれば答えは一つ、花咲ダンジョンに向かおう。

 リュックに入っていた着替えをポイポイと抜き、空っぽに。

 たっぷり採取して、今後も切らさないようにするのだ。

 そして最後、カリバーを一応突き刺して、協会のプレートだけ首に垂らして準備完了。希望の実をたくさん食べるための採取という、恐らくこの世の中に私以外存在しえない特異な存在が誕生した。



 壊れかけの扉をがたがたと鳴らし、どうにか件の店へ入る。

 中には一人の男が、ライトの元のんびりと本を開きつつ、茶菓子をつまんでいた。

 ここに来たのは他でもない、ポーションを買うため。

 勿論花咲ダンジョンで希望の実狩りもするが、どうせなら一緒にポーションも買ってしまった方がいいだろう。


「やあお嬢ちゃん、お使いかな? スーパーならここから……」

「ん」

「ほう……既に預金へ加入、か。ごめんよ、注文は?」


 早い切り替えだ、楽でいい。


 ここの店主だという眼鏡をかけた茶髪の青年、古手川さんがにっこりとほほ笑む。

 筋肉に聞いた店はもはや店という体を成しておらず、ただのボロイ民家であった。

 なるほど、確かにこれなら知らなければ店に入ってくることもないだろう。


 しかし安全という点ではどうなのか、泥棒に入られたら根こそぎ持っていかれそうだ。

 そう聞けば古手川さんは笑みを浮かべ、聞きたいかい? と囁く。まあ当然ダンジョンを牛耳っている協会が絡んでいるのに、何も準備していないわけがなかった。

 別に興味もないので断り、店内の物色を行う。


 見たことのないモンスターのドロップアイテムや、使いにくそうな武器、そしていくつかの指輪。

 透明な冷蔵庫の中には赤い液体、ポーションの類が当然完備されている。


 はて、ポーションは冷やさないといけないのか。


 私の告げた疑問へ、古手川さんは眼鏡をきらりと輝かせ、その必要はないと告げる。

 見た目がそっちの方がいい、僕銭湯に売られてるコーヒー牛乳が好きなんだよねとドヤ顔。

 どうでもいいこだわりだ。協会はこんな奴に重要そうな店を任せていいのか、予算無駄に使われてるぞ。


 経営は適当だが品ぞろえ自体はよく、見たことがないほど濃い色のポーションもたっぷり完備されている。

 ほとんどはダンジョンで買い取ったものだが、時折研究室の方から人工的に作られたものも卸されるそう。

 前回のポーションは粗悪品だったらしいが、それでも効果は確か。なければ今の私はいなかっただろうし、今回は奮発して五十万するのを一本だけ買った。

 名をドラゴンブラッド、上等な深紅。光に翳せば魔力が多いのか、反対側へ通さないほど濃いのに、不思議ときらきら輝いている。


 


「ありがと」

「これからもごひいきに、ね」


 突然両目を何度も瞬かせる古手川さん。

 何がしたいのかと思えばウィンクか、出来てないけど。



 小さな金属製の扉。

 これを潜り抜ければ、あの花咲ダンジョンになる。

 不思議な気持ちだ。


 初めてここへ潜ったときは何も知らず、ただ必死にスライムを殴ってばかりいた。

 今も殴ってばかりな気がするが、身を取り巻く環境も、そして経済状況も随分と良くなった。

 そして今度は生きるためではなく、趣味(?)の希望の実を集めるためにここへ訪れることになるとは、卒業だと頭を下げたあの時の私には想像もつかないだろう。


 そうだ、先生にも会いに行こう。

 ヒットアンドアウェイ、ソロ戦闘のイロハを教えてくれた壁な彼。

 お腹をぶん殴られたときはあまりの激痛に視界がチカチカしたが、今ならまた話は別。きっと直撃を受けても、ちょっと痛いな程度で済んでしまうだろう。


 小さな吐息、ひんやりと冷たいドアノブへ手を伸ばし……


「ダメですよ! 小さい子はダンジョンに入るなんて、危ないですからね!」


 脇の下からひょいと抱き上げられ、遠ざかるドアノブ。


 また面倒そうなやつが来た気がするが、持ち上げられてしまっては仕方がない。

 後ろを振り向くと一人の女が、にこにこと何が面白いの笑顔を浮かべていた。


「誰?」

「あたしですか? あたしは泉都琉希せんと りゅうきです! 琉希お姉ちゃんと呼んでもいいですよ!」



 離せと伝えれば、割とあっさり地面へ戻された。

 しかしダンジョンに入ろうとするたび道をふさがれ、危険だから駄目です! と目の前でバッテン。

 ウニがさらにめんどくさくなったような性格だ、一応私の心配をしているようではあるが。


 琉希は学費を払うために今日からダンジョンへ挑むつもりだと、胸を張ってプレートを見せつけてきた。

 ちなみに十五歳らしい、タメじゃないか。

 恐らく人当たりがよさそうとでもいうのだろう、そういった雰囲気をまとっている。

 足元へ乱雑に置かれた小型のチェーンソーがなければ。武器になるものを探して倉庫を漁っていたら、偶然見つけたらしい。 


 お前まさか、それでダンジョン潜る気か。

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