第43話
「えっ、フォリアちゃん15なんですか!?」
「ん」
「じゃ、じゃあ誕生日は……」
「四月一日」
「私は三月三十一日です! やっぱり私の方がお姉さんですね!」
……うざ。
面倒だったので泉都に協会のプレートを叩きつけると、それはそれで凄まじく慣れ慣れしくなった。 一人で潜るのは寂しかっただの、一緒に潜りましょうだの、聞いてもいないことを勝手に話しては、いつの間にか一緒に潜ることが決まってしまった。 一々抱き着いてくるのも暑苦しい。
構うとより一層ヒートしてきそうだったので、無視して花咲に入ることにした。
取り敢えず今日と明日の分程度を確保したらさっさと退散しよう、そう心に決めて。
軽い……いや、軽く感じる扉を開き、あの見慣れた草原へ足を踏み入れ……
「……っ!?」
「わあ……! 花咲なだけあって、本当にお花畑なんですね!」
広がっている景色に目を疑う。
泉都の言う通り、かつての青々とした草原の姿はどこにもなく、一面に咲き乱れる花、花、花。
鮮やかな緋が巨大な絨毯の様に、どこまでも広がっていた。
私が入ったのは春先であったので、もしかしたらまだ開花時期ではなかったのかもしれない。
いや、そもそもダンジョンに季節の概念があるというのが、ここ最近で一番の驚きだが。
もしかしてこの花々が希望の実をつけるのかと思ったが、どうやらそういうわけではなく、葉っぱを押しのければ相も変わらず希望の実は転がっていた。
本当に謎だ、謎の種だ。
モンスターの餌にでもなっているのかと思ったが、モンスターが食べているという報告も今のところないらしい。
「あ、ステータス出ましたよフォリアちゃん! 見てください! ほら!」
「……『鑑定』」
見てくださいと言われても、ステータス欄は開いたところで他人からは見えない。
本来は確認をとる必要があるが、今回は本人も見てくれと言っているのでいいだろうと、『鑑定』を使わせてもらう。
―――――――――――
泉都 琉希 15歳
LV 1
HP 11 MP 13
物攻 4 魔攻 17
耐久 8 俊敏 5
知力 4 運 99
SP 10
―――――――――――
「……!?」
運99……!?
「どうですか! スキルも一つついてましたよ! 回復魔法だそうです!」
回復魔法……!?
私なんて悪食と、デメリットでしかなさそうな口下手しかなかったのに……!?
「ふ、ふーん……普通かな。私は二つあったし」
「ええっ!? すごいですね!」
泉都のどこまでも純粋な言葉が心に突き刺さる。
いいもん、私には『スキル累乗』があるし。
別にレベル一のステータスがどうだからといって、この先に大きな変化が訪れるわけでは、ないとは言えないが、すべてが決まるわけではない。
これは決して嫉妬ではない、純然たる事実だ。
……本当だ。
それにしても花が伸びているせいで、スライムがどこにいるかもわからない。
どうせ今日はモンスターを狩る気がないからどうでもいいが、これなら泉都もここではなく、ほかのGランクダンジョンに潜った方がいいのではないか。 いや待て、なぜ私が他人の心配なんてしているんだ。放っておけば勝手に、そのうち飽きて帰るだろう。
黙々と希望の実を集めていると、後ろから視線を感じた。
泉都だ。
何が楽しいのかずっとこちらを見て、にこにこ笑っている。学費を補うために探索者になったのなら、私を観察なんてしていないで早くレベルを上げろと言いたい。
……希望の実を無理やり食わせて追い払うか?
邪な思考が過ぎるが、頭を振って考えを振り払う。 どうにもこいつが近くにいると、考えが変な方向へ飛んでいく。
「何集めてるんですか?」
「……希望の実」
「私も手伝いましょう!」
「その必要はない」
断ったというのに勝手に横にしゃがみ込み、希望の実を拾ってはこちらへ手渡してくる。
「これ何に使うんですか?」
「食べる」
「食べるんですか!? どれ一つ……ふむふあ゛っ、ま゛っ」
口へ突っ込む前に勝手に、それも数個一気に口の中へ放り込み、勝手に悶絶を始める泉都。
今までにないパターンの人間だ。
何を考えているのかが全く分からない。甘い言葉ですり寄るでもなく、お姉ちゃんだと言いながら情けない姿ばかり、新手の宇宙人を見ている気分になる。
「あ、フォリアちゃん笑いましたね!? もぉ……!」
「勝手に食べたのはそっちのほう。私は味について一切言及してない」
「そんなぁー……」
情けなくへにょりと眉を歪ませる泉都。
その背後に蠢く影、姿の見えなかったスライムだ。 騒ぐ泉都の声を聞きつけて寄ってきたのか。いやまて、スライムが能動的に襲ってくるなんて聞いたことがない。
脳裏に疑問が浮かんだその時、スライムがぴょんと軽く飛び掛かった。
「はれ……? からだ……が……?」
泉都が、二つになった。
「は……?」
冗談みたいに血を飛ばし、ゆっくりと倒れていく下半身。
千切れた上が私の手元に転がって、茫然とこちらを見つめている。
ありえない、こんなの絶対に。
だってスライムでしょ? 確かにレベル一でバットだと倒すのに時間かかったけど、そんな、人を襲って、あまつさえ身体を真っ二つ……?
悪い夢でも見ているようだ。
だってさっきまで笑ってて、そこに確かにいて……
痙攣だけを残して、血だまりに沈む足。
それを食おうとしているのか、ゆっくり、ゆっくりと近づきのしかかる、透明の物体。
なんなんだ、『あれ』は。
私の知っている『スライム』じゃない……だってここはGランクダンジョンでしょ……?
「泉都……? ね、ねえってば……」
何か伝えようと口を動かすも、何も聞こえてこない。
だめだ、このままだと死んじゃう……なおさないと……そうだ、朝買ったばかりの
「ぽ、ぽーしょん……!」
震える手でリュックからポーションを取り出し振りかけるが、何も起こらない。
既に彼女は事切れていた。
何が起こったのかもわからず、間抜けな面を晒して。
一体何が起こったんだ。
だってここはただのダンジョンだったはずで……
いや、違う。
気付いていたのに、見逃していた自分の察しの悪さが嫌になる。
ダンジョンの様子が普段と異なるなんて、原因は一つしかないじゃないか……!
起これば町一つが滅びる『ダンジョンの崩壊』、その兆候に決まってる。
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