バラバラに


天沢先生が花苗坂高校から居なくなったことを知った俺は、教室を飛び出した。


「どこ行くんだ!」


教頭先生を無視して向かったのは職員室だ。

だが、天沢先生の席には何一つ物が無く、すぐに一階の自販機に走った。


「‥‥‥居るわけないか‥‥‥」


いつものようにコーヒーを飲んでいるかもと、淡い期待もすぐに打ち砕かれる。

そんな時、連絡先を知っていたことを思い出して携帯を取り出した。


「もしもっ」

「おかけになった電話番号は、現在使われておりません」


なにも言わないで居なくなって、俺達との縁も切るつもりか?


「流川くん」

「愛莉か」


愛莉は一人で自販機の前に来て、真剣な表情をして腕を組んだ。


「天沢先生のこと、なにか知っているの?」

「学園祭の時、他の学校に飛ばされるかもって言ってた。それ以上は知らない」

「連絡は?」

「電話番号が使われてないって。着拒かもだけど」

「そう。飛ばされたってことは、この学校ではこれ以上雇えないってことだと思う。和解、もしくは問題の解決をすれば戻って来るかもしれないわ」

「問題も分からないのにか?」

「教頭先生なら絶対に知っているわ。それと、天沢先生は教室にコーヒーメーカーを置いていってる。あの人が何の意味も無く、プレゼントを置いて行くわけないと思うの」

「戻って来る気があるってことか?」

「だと思うわよ?」

「‥‥‥そうだ‥‥‥学園祭の時、琴葉はまだ生徒会長だったし、なにか知ってるかも!教頭先生より教えてくれる可能性が高い!」

「呼びましょ」

「おう」


琴葉を自販機の前に呼び出すと、小走りですぐに来てくれた。


「どうしたの?」

「いやー、天沢先生が朝からうるさくてさー」

「え?天沢先生なら来てないはずだけど」

「知ってるんだな」


なにも知らないふりをされないように、少しかまをかけた。それは正解だった。

琴葉は自分の口を押さえて驚く素振りを見せ、やっぱりなにも言うつもりはなかったようだ。


「琴葉先輩、知ってることを教えてください」

「教えてどうするの?」

「連れ戻します」

「俺もそのつもりだ」

「天沢先生はもう先生じゃない」

「どういうことだ?」

「教頭先生は、他の学校の先生になったって言ったかもしれないけど、天沢先生は私に言った『S組の、あいつらの教師でいられないなら、先生でいる意味なんて私にはない。だから、教師はやめる』って」

「どうしてやめることになったんですか?」

「やっぱりね、S組の存在を受け入れられない保護者が沢山いたんだよ。クレームがあまりにも多くて、この学校は天沢先生を捨てた」

「‥‥‥」

「私、こう見えてこの学校に怒りを感じてる。あんなにいい先生、他に居ないのに」

「琴葉はどうしたらいいと思う?」

「分からない。でも、教師を辞めても教員免許は持ってるだろうし、学校の教師の席は一人分空いてる。連れ戻すなら、新しい先生が来る前だよ」


琴葉が天沢先生と一緒にクリスマスプレゼントを置きに来ていたことを思い出した。


「クリスマスに、天沢先生と家に来るって言ってたよな」

「うん」

「天沢先生の家は知ってるのか?」

「家に迎えに来てもらう感じだったから、天沢先生の家は分からない」

「そうかー」

「その話なんだけど、ちょっといいかしら」

「なに?」

「今年のクリスマスも琴葉先輩の家に迎えに来る予定ですか?」

「うん。必ず来るって言ってた」

「その時、体調が悪くて行けないって言ってください」

「どうして?玲奈ちゃんは楽しみにしてると思うけど」

「琴葉先輩なら知ってますよね。流川くんの両親の車と事故にあって、両親を亡くした人が誰なのか」

「‥‥‥るっくんは知ってるの?」

「い、いや、なにも知らない」

「流川くんの悩みを解決することと、天沢先生を連れ戻すこと、クリスマスに二つ同時にやってしまいましょう」

「私が行かないで、天沢先生に行かせるってことね」

「そうです」

「ちょ、ちょっと待て!今の話だと、事故の相手の家族が天沢先生みたいな感じだけど」

「確証はないわ。でも、県外の当時の新聞には苗字が出ていたの。それが流川と天沢だったわ」


天沢先生の秘密を知ってるであろう琴葉を見ると、琴葉は俺と目が合わないように下を向いていた。


「天沢先生なわけないだろ‥‥‥」

「大事そうな話を私達抜きでとか最低なんですけど」


夢野の声が聞こえ振り向くと、夢野と白波瀬と秋月が廊下の曲がり角から顔を出して俺達を見ていた。


「愛莉、一緒に調べたのに抜け駆けは許さないわよ」

「そんなつもりないわよ」

「塁飛くんのためなら、なんでも手伝うよ!天沢先生にも帰ってきてほしいしね!」


愛莉は琴葉を真っ直ぐ見つめ、琴葉は不安そうに顔を上げた。


「作戦はクリスマスの夜。協力してくれますね?」

「‥‥‥真実を知ってどうするの?天沢先生は今までずっと苦しみと戦ってきたの。もういいじゃん」

「そんなの流川くんだって!」

「分かってる‼︎」


琴葉の反応的に、本当に天沢先生なのかもしれない‥‥‥そう考えると、俺が入学してからの天沢先生の行動を思い出すと泣きそうになってしまう。


「琴葉が天沢先生を庇うのも分かる。きっと天沢先生は頑張ってきたんだろ。でも、天沢先生は俺の両親が死んだことを知ってて俺の側に居た。俺はなにも知らなかった‥‥‥それで今まで辛かっただろうから休ませるとか意味わかんねーよ。俺にも気持ちがある。琴葉、協力してくれ」

「‥‥‥やるなら、絶対に二人が笑顔になれるようにして。みんなもそうなるように協力して」

「当たり前です」

「分かった。クリスマス‥‥‥言われた通りにする」

「ありがとう」


直接天沢先生に真実を確かめて、天沢先生をこの学校に連れ戻す。


一旦話はまとまり、俺は急いで教室に戻って教頭先生の前に立った。


「まったく。勝手に教室を出るんじゃない!」

「天沢先生にきていたクレーム、どうにもならなかったんですか?」

「誰に聞いたんだい?」

「誰だっていいですよね。クレームの対応をしないで天沢先生を見捨てたんじゃないんですか‼︎」

「学校側がそんなことするわけないじゃないか。少し落ち着きなさい」

「クレームが理由なら、それを解決すれば天沢先生が学校をやめる必要なんてなかったんじゃないんですか?」

「それはS組を無くすってことになる。君達も困るだろ」


その時、みんなも教室に戻ってきて、白波瀬は涙を堪えながらスカートをグッと握りしめた。


「私は、流川くんの判断に賛成するわ」

「私もよ。どんな決断をしても、私は流川くんを信じるわ」

「ポチを信じる」

「塁飛くんを信じるよ!」


みんな俺の考えが分かってるのか。それなら‥‥‥


「たった今から、S組は解散します。これで、天沢先生に戻る気があれば問題ないですよね」

「はぁ‥‥‥さすが天沢先生の生徒達だ。他の生徒と比べるような発言は控えなきゃいけないんだが、君達は凄いよ。頑張りなさい」

「はい」


そして俺達はS組の鍵を閉め、各自バラバラに、本来居るはずだった教室へ戻っていき、不安や孤独に耐えながらクリスマスを待つことになった。

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