気づけなかった
天沢先生の衝撃発言から数秒の沈黙が流れた。
「他の学校に飛ばされるって、どうしてですか?」
そう聞くと、天沢先生は青ざめた表情で振り返った。
「私のコーヒーの粉と紙コップが無くなってた‼︎私、教師の中でいじめられてるかもしれない‼︎」
あー、猪熊が盗んだやつ‥‥‥
「それ、絶対いじめられてますよ!」
いい機会だ!この流れで更生させてやろう!
「流川もそう思うか⁉︎やっぱりいじめられてるよな!私がなにしたんだよ!」
「生徒に暴力振るうからだと思います!」
「は⁉︎バカだなー、見られてないんだから大丈夫だろ!流川のお馬鹿さん!ププー!」
「んじゃあれじゃないですか?」
「なんだ?」
「コーヒー臭い時あるからとか」
「最近はガム噛むようにしてるよ!コーヒー味の!」
救いようがない‼︎もうダメだ‼︎
「コーヒーやめる気ないんですか?」
「私にとっては生活の一部みたいなもんだからなー」
「そんなんじゃ、誰かとキスする時嫌われますよ?」
「キスして結婚するって言ってきた本人がよく言うよ」
「俺は覚えてないんだから無効ですよ!それに、天沢先生が嘘ついてる可能性だってまだあります!」
「そんな話は今どうでもいいんだよ!」
「どうでもいいの⁉︎」
「もう帰る‼︎」
「ちょっと先生⁉︎あんた先生だよね⁉︎」
天沢先生はいじけて帰ってしまった。
心配するだけ無駄だな。でもそのうち、コーヒー買い直して置いておいてあげよ。
そうこうしているうちに学園祭も終わり、琴葉に生徒会お疲れ様会に呼ばれたが、完全に場違いになりそうで断り、その日はみんなで調理室の後片付けをして帰宅した。
そして1日の振替休日を終えて9月29日。
天沢先生は上機嫌で教室に入ってきた。
「やぁやぁみんな!今日はなんの日かなー?」
「平日」
「秋月‼︎廊下に立ってろ‼︎」
「なんで⁉︎言ったの夢野じゃん‼︎」
「白波瀬はなんの日か分かるか?」
「待って⁉︎なんで無視するの⁉︎」
秋月、完全にいじられキャラになっちゃったな‥‥‥白波瀬はなんて答えるかな。
「バイト先の山田さんの誕生日です」
「秋月‼︎廊下でM字開脚してろ‼︎」
「なんで⁉︎」
それは是非してもらいたい‼︎
「愛莉はなんの日か分かるな‼︎」
「バイトの給料日の五日前です」
「秋月〜‼︎」
「私悪くないから〜‼︎」
「流川〜‼︎」
「天沢先生の誕生日ですよね」
「流川〜♡」
「机の下に俺達からのプレゼントがありますよ」
「なんだと⁉︎」
みんな分かってて一緒にお金出し合ったのに、いじわるだなー。
天沢先生は机の下を覗き、すごく嬉しそうにラッピングされた箱を持ち上げた。
「開けていい⁉︎開けちゃうね⁉︎」
「はいはい、どうぞ」
子供みたいにラッピングを雑に剥がし始め、プレゼントを見て目を輝かせた。
「おー‼︎コーヒーメーカー‼︎」
UFOキャッチャーで取ったやつだけど、天沢先生はコーヒーが飲めればなんでもいいだろし。
「これで授業中もコーヒーが飲めるな‼︎」
「え」
「よっしゃー!」
ダメな教師を更にダメにしてしまったようだ。いじめられてるかもしれないってことも、すっかり忘れてるみたいだし、もう本当に諦めよう。
それから日は経ち10月31日‥‥‥
俺の誕生日はハロウィンと重なり、去年は酷い目にあったのを思い出し、三人が買い出しに行っている間に、なにも言わずに夢野の家に行き、チャイムを押した。
「ポチだ!」
「来ちゃったわ」
「あがって!準備できてるから!」
「ん?うん」
祝ってくれるんだろうなーと期待しつつも、こういう時はどんな反応をしたらいいのか分からない。それと、別に呼ばれたわけじゃないのに準備ってなんだろ。
「こっちこっち!」
リビングに案内されると、白波瀬と愛莉と秋月がバニーガールのコスプレをして俺を待っていた。
「げっ」
「誕生日おめでとう!」
「バニーガール脱げって言ったよね!」
夢野がそう言うと、愛莉は立ち上がってコスプレを脱ぎ始めた。
「ちょっと⁉︎」
「愛莉!見えてる見えてる!」
「ポチ!なに見てんの‼︎」
「わざとじゃないから‼︎てか玲奈は⁉︎」
「漫画読んでるよ」
「お兄ちゃんの誕生日に漫画に夢中かよ‼︎」
「もう‼︎愛莉ちゃんちょっと来て‼︎」
夢野が愛莉をリビングの外に連れて行くと、白波瀬は胸を寄せてニコッと笑った。
「似合ってますか?」
「お、おう」
「私は?」
「秋月も、まぁ、似合う。それより、夢野の家でパーティーとか聞いてないんだけど」
「今から呼ぶ予定だったのに、ご主人様が勝手に来たんですよ?」
「なるほど‥‥‥」
「後で天沢先生も来るよ!」
「マジ⁉︎珍しいな」
「夢桜が呼んだんだって!」
「そうか」
それから愛莉は私服に着替えて戻ってきて、夢野は俺の背後からムギュっと抱きついてきた。
「ポチ〜」
「ん?」
「みんなでプレゼント買ったよ!」
白波瀬が静かに誘惑してくるぐらいで、なにもしてこないし、俺も誕生日を楽しむか。
「みんなで買ってくれたのか?」
「うん!みんな、もう渡していい?」
「いいわよ」
「いいよ!」
すると夢野は、タンスを開いてガサゴソし始め、笑顔で振り返った。
「じゃーん!」
「うわ!マジで⁉︎」
プレゼントは、好きなキャラクターのフィギュアだった。
「凛ちゃんと愛莉ちゃんと玲奈ちゃんがね、ポチが好きな漫画とアニメ教えてくれて、みんなで買った!」
「ありがとう‼︎これあれだろ⁉︎昨日が発売日の!」
「そう!」
8800円するやつ‼︎‼︎‼︎
「その美少女キャラのエッチな画像を携帯で開いたまま寝ていたから、そのキャラが好きなのかと思ったのよ」
「さすが凛ね。ちゃんと携帯チェックも欠かさないなんて」
白波瀬‥‥‥なに言っちゃってんの⁉︎
夢野にボコボコにされると思ったが、夢野は楽しそうにリビングからケーキを持ってきた。
「玲奈ちゃーん!ケーキ食べるよー!」
「今行くー!」
あれ?怒らないのか?誕生日だから許してくれてるとか?
「なぁ白波瀬」
「なに?」
「お前あとで覚えとけよ」
「はい♡」
玲奈はドタドタと足音を立てて一階に降りてきて、俺を見て首を傾げた。
「どうしたの?」
「なにがだ?」
「なんか顔色悪くない?」
「だ、大丈夫大丈夫!」
夢野に怒られるかもって思ったら、そりゃ青ざめるよ‼︎
それからみんな仲良くケーキを食べていると、チャイムが鳴って天沢先生もやってきた。
「流川!誕生日おめぴー!」
「ありがとうございます」
「ほら、プレゼントだ!」
「これなんですか?」
「一人で気持ち良くなるやつ!」
「なんてものプレゼントしてるんですか⁉︎」
「それ使って夢野にしてもらえばいいだろ」
「しないよ‼︎」
「んじゃ、私が使ってしてあげます♡」
「白波瀬、ちょっと黙れ」
「はい♡黙ります♡」
「凛ちゃん?そんなことしたら許さないから」
「いいじゃないか、夢野が攻め、秋月が舐め、愛莉が視覚的興奮要素で、白波瀬が全身ご奉仕!そして私が」
「なんで天沢先生も入ろうとしてんの⁉︎」
「そうだよ!ポチは私だけのポチ!」
「分かった分かった。怒るなよ〜」
玲奈が顔を引きつらせてなにも言わない‥‥‥天沢先生、本気でドン引きされてるじゃん‥‥‥
「お、俺は夢野としかそういうの考えてないから!な?今日は楽しくしようぜ?」
「分かった!」
なんなんだ白波瀬!愛莉!秋月!なんでそんな不満そうなんだよ!俺のこと諦めたんじゃないの⁉︎
「天沢先生まで、なに不満そうな顔してるんですか」
「別に」
性格に難があるけど、天沢先生が頬を膨らますと、ふいにドキッとしてしまうほどに可愛い‥‥‥
「ポチ〜?なんか顔赤くなってない?」
「な、なってない‼︎」
こうして、平和かつエロに溢れた毎日を送って、みんなと仲良くしているうちに、なんだかやっと普通に学生生活を送れている気がしていた。
なのに‥‥‥誕生日の翌日、S組にやってきたのは教頭先生だった。
「えー、いきなりですが天沢先生は、他の学校の先生になることになりました。今日からしばらくは私が担任としてやっていきます」
学園祭の時、天沢先生は本当のことを言おうとしてやめたんだ‥‥‥どうして‥‥‥気づけなかった‥‥‥
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