証明して


夢野が居る部屋の扉を開けると、寝室から夢野の元気なさげな声が聞こえてきて、足音が近づいてくる。


「おかえり、どこ行っ‥‥‥どうしたの?」

「話があるんだ」


夢野は髪を解いていて、少しだけ目の下が赤くなっていた。あの後も泣いていたんだろう。


「いいけど、ほっぺ真っ赤だよ?」

「そ、それはいろいろあって‥‥‥とにかく話を」

「うん」

「さっきは、なにも言えなくてごめん」

「‥‥‥」

「俺は‥‥‥夢野がどう思ってようと夢野が好きだ!」

「‥‥‥ダメだよ‥‥‥諦めさせて。私が喜ぶようなこと言わないで」

「どうしてだよ」

「私と付き合ったって、塁飛くんが苦労するし、辛い思いするだけだよ」

「どんな思いしたって、夢野を支えたいんだ」

「いつまで一緒にいれるかなんて分からないんだよ?」

「そんな、別れの日なんて考える必要ない。そんなこと考えなくて済むぐらい、俺が幸せにするからさ」


夢野は泣き出して、何も言わなくなってしまった。


「夢野を支えたい。こういうのキモいかもしれないけど、守りたいし幸せにしたいって本気で思ってる!」

「証明して‥‥‥」

「証明?」

「付き合うならずっと一緒がいい‥‥‥やっぱりしんどいからみたいな理由で振られたくない‥‥‥」


緊張で震える手で夢野の両肩を掴んで顔を近づけた。だが、夢野はギリギリのところで俺の顔を優しく押さえてキスを阻止した。


「しばらくは移植後の関係でキスもできないの。それでもいいの?安定するまでエッチなこともできないよ?他の女の子と付き合った方が好きなようにできて、きっと幸せだよ」


そのまま夢野の手を退け、優しく夢野を抱きしめた。


「これから先、何度でも言うよ。俺は夢野が好きだ。夢野じゃなきゃダメなんだ」

「‥‥‥私も、塁飛くんじゃなきゃ嫌だよ」


震えた声で泣きながら言ってくれた本心に、気持ちどころか体まで軽くなった気がする。

夢野も優しく俺を抱きしめ、しばらくそのまま泣き続けた。


「口じゃなかったらキスしても大丈夫‥‥‥」

「ど、どこならいいんだ?」

「足とか」

「なぁ夢野、雰囲気ぶち壊す質問してもいいか?」

「うん」

「足にキスって、夢野の性癖入ってるよな」

「塁飛くん‥‥‥」

「ん?」


俺から離れて両腕を後ろに回し、若干前屈みになる夢野。 


「大好き!」


涙でまつげがキラリと光る笑顔は、今まで見たなによりも綺麗だった。

だけど‥‥‥


「それ本心⁉︎話逸らしたかっただけじゃないの⁉︎こんなに不安になる大好きは初めてだよ!」

「本気だよ。私を幸せにしてね!」

「‥‥‥あぁ、約束する」

「やっと恋が叶った。初めて会った日は、こんな関係になるなんて思わなかったよ」

「こっちの台詞なんだけど」

「じゃ、ポチ!」

「え、はい」

「今まで私が怒らないと思って調子に乗ってた分、しっかり罰を受けなきゃね♡」


あぁ‥‥‥やっぱりあれだ、結婚じゃないけど、結婚した途端本性現すタイプだわ。


「いいよ」

「も、もっと嫌がってよ!テンション上がらないじゃん!」

「歪んでんな‼︎」

「あ?」

「それじゃ、今日からよろしくお願いします!また明日会いましょう!さよなら!」

「冬華ちゃん!捕まえて!」

「は⁉︎」


何故か天沢先生が押し入れから飛び出してきて、俺の体を掴んで床に押さえつけた。


「な、なんで天沢先生が⁉︎」

「夢野と話してる時に入ってきたのはお前だろうが!ここまできたら夢野の全てを受け入れないとな!さぁ!罰を受けろ!」

「そんな!ちょっと待って!」


こうなったら最終手段!必殺奥義、乳揉み!


「やっ!」


天沢先生の胸を掴むと、顔を真っ赤にして胸を押さえながら俺から離れた。


「なな、なにしてんだ!」

「ポチガウワキシタ‥‥‥」

「ゆ、夢野?ロボットみたいになってるぞ?」

「お母さんに教えてもらったことがあるの」

「な、なんだ?」

「もし恋人ができて浮気されたら、二つの玉を潰すか、油性マジックで顔に浮気者って書きなさいって」

「‥‥‥」


夢野の恐ろしい表情を見て体が震え、必死に逃げようと扉に向かって匍匐前進ほふくぜんじんするが、夢野に背中を踏まれて動けなくなってしまった。


「選んでいいよ」

「逃げるって選択肢は‥‥‥」

「そう、潰されたいのね」

「言ってないよ⁉︎」

「冬華ちゃん、大きなペンチ持ってきて」

「やめて⁉︎顔に書いていいから!」

「冬華ちゃん、マジック」

「あ、あぁ」


夢野は天沢先生に太いマジックペンを貰い、俺の頬にデカデカと文字を書いた。


「いひひー♡戻っていいよ!」

「は、はい」


天沢先生がマジックペンを持っていた謎より、部屋に戻るまで、誰にも見られないかが不安だ。


「あら、話終わったの?」


はい!見られたー!


白波瀬と愛莉と秋月は、俺の頬を見てニコッと笑った。


「こ、これは違うんだよ!」

「その感じだと、今日が二人の記念日かしらね」

「え、まぁ、うん」

「それじゃ、私達は行くわね」

「おう。おやすみ」


浮気者って書かれた顔を見て記念日って、みんな歪んでるわ。


俺も自分の部屋に戻り、水で擦って文字を消そうと鏡の前に立った時、思わず頬が赤くなってしまった。

頬には大きな文字で【すき♡】と書いてあったからだ。


「しばらく消さないでおこう‥‥‥」


それから俺はベッドに潜り込み、夢野とこれからしたいことや行きたい場所、なにをしたら喜ぶかなどを考えた。

すると、ガチャッと扉が開く音がしてベッドから顔を出して見ると、部屋に天沢先生が入ってきた。


「ベッドに潜ってなにしてたんだ?ティッシュ取るか?」

「なにもしてませんよ!見回りしないんじゃなかったんですか⁉︎」

「流川に話があってな」

「なんですか?」


ベッドから出て天沢先生の話を聞こうとすると、いきなり髪をわしゃわしゃするように頭を撫でてきた。


「ミッション達成おめでとう!」

「なにがです?」

「みんなを救う。私との約束を果たしてくれた!」

「あー、ありましたね、そんな約束」

「いいことしてやろうと思ったけど、流川は夢野と付き合っちゃったし、そもそも私捕まっちゃうし。だから、望みを言え」

「叶えてくれるんですか?」

「一つな」

「それじゃ、天沢先生が隠してることを一つ教えてください」

「‥‥‥そうくると思った。んじゃ一つだけ教えてやる」 

「はい」

「流川が小さい頃、仲のいい女の子がいなかったか?毎日のように遊んだり、お互いの家を行ったり来たりして、よくお泊りとかしてた女の子だ」

「んー、なんか薄ら記憶はあるんですよね。でも、なんで天沢先生が知ってるんですか?」

「あれ、私だから」

「‥‥‥は⁉︎」

「私の唇を初めて奪ったのも流川だ。大人になったら私と結婚するとか言ってたのになー。この浮気者が」

「それ本当の話ですか⁉︎」

「今嘘ついてどうする。私はこれでもピュアだ。ずっと流川が好きだった」

「年下に手だしてなんのつもりですか!」

「キスしてきたのはお前だよ!」

「待って⁉︎天沢先生が独身の理由って俺⁉︎」

「そうだよ‼︎私が地元の先生になったのも、もしもの確率で流川が入学してくるかもって思ったからだよ!そしたら本当に入学してきた。昔から全く変わってないからすぐに分かったよ」

「マ‥‥‥マジ?」

「マジ。まぁ、先生になったのはその理由だけじゃないけど、流川に会いたかったの事実だ」


どんだけ一途なの⁉︎てか、俺のファーストキスの相手ってこんなに美人なの⁉︎


「で、でも、なんで途中から会わなくなったんですか?」

「地元だったんだけど、いろんな都合で私が引越したんだ。少し家が離れただけだったが、子供の頃は遠く感じたんだろうな。あと、流川が中学の時も一度会ってる」

「どこで⁉︎」

「話は終わりだ。私も約束は果たした。これ以上は今は言えない」

「分かりました。でも、だいたい7歳ぐらい差ありますよね。夢見過ぎですよ」

「本気だった相手にそんなこと言うのか。明日、デカいペンチ買うわ」

「ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!」

「私も気持ち伝えられてスッキリしたよ。よし!婚活頑張っちゃうぞ〜♡」


衝撃の事実‼︎若干信じられないが、天沢先生のテンションを見るに嘘ではなさそうだ。


「それじゃ、しっかり寝るんだぞ」

「は、はい」


天沢先生とキスした事実に多少ソワソワしながらも、すぐに夢野のことで頭がいっぱいになり、気づいたら寝てしまっていた。


翌朝、旅館を出る準備をして旅館のロビーへやってくると、天沢先生とS組のみんなと、夢野の両親が話をしていて、俺に気づいた夢野は可愛らしい笑顔で小さく手を振ってくれた。


「あ、ポチくん!」

「ポチじゃないですけどおはようございます」


夢野のお父さんに声をかけられ、頬をガン見されて思い出した。夢野に書かれたやつそのままだ!


「修学旅行を1日だけにしちゃってごめんね」

「いえ」


触れられないのも辛い!てか、1日だけになったのは、夢野の体力を心配してとか、そういうことか。


「夢野はご両親と一緒にこれから帰るが、私達は夕方前までなら観光できる。みんなどうする?」

「俺は帰ります」

「私も」


みんな帰ることを選択したのは、夢野を思ってのことだろう。ただ、天沢先生は少し悲しそう。

天沢先生を見てると、目が合ってしまい、天沢先生は何故か恥ずかしそうに目を逸らし、俺も顔を逸らしてしまった。担任との関係が気まずい‥‥‥

そして天沢先生は旅館のロビーで、S組全員集合で写真を撮ってくれ、それから全員で夢野と同じ新幹線に乗り、夢野を窓際に座らせ、みんなには内緒でこっそり手を繋ぎながら地元に向かった。


「これからまた入院するんだって?」

「二日だけね!」

「その後は学校に通えるのか?」

「うん!学園祭も派手なことできないけどね!」

「また料理でいいんじゃね?」

「ポチと一緒ならなんでもいい♡」

「そ、そうか!」

「んじゃ、ポチの飼い主募集企画でも?」


秋月が後ろから俺の座席に顎を乗せて話しかけてきた。


「それはダメ!」

「それじゃ、流川くんをドSにして私がいじめられるとかは?」


白波瀬も夢野の座席に顎を乗せて話に混ざってきたが、学園祭となんの関係があるんだろうか‥‥‥


「それは浮気!」

「なぜ?ご主人様と奴隷の関係なんて健全じゃない」

「どこが⁉︎」

「シュークリーム大食いとかどうかしら」


愛莉は白波瀬の頭に顎を乗せて話に混ざってきた。


「夢野、シュークリームは食えるのか?」

「コンビニとかにある新しいのはいいけど、手作りは分かんない」

「んじゃ大食いも却下」

「それじゃ流川くんはなにがしたいのよ」

「メイド喫茶」

「流川くんに賛成♡」


白波瀬はメイドと言う言葉に反応している。間違いない‼︎でもメイド喫茶なら、みんなのメイド服を見れる‼︎最高だ‼︎


「またクッキング部と一緒ならメイド喫茶できそうだね!」

「確かに!」

「いいわね」


みんなノリノリじゃん‼︎ありがとうメイドの神様‼︎


そのまま今月の26日にある学園祭の話で盛り上がり、話している間に地元の駅に着いていた。


「それじゃ、ポチ!また学校でね!」

「おう!お見舞い行くからな!」

「うん!」


そしてのんびり歩きながら帰宅して、玲奈が帰ってくると、白波瀬が代表として修学旅行のお土産を渡してくれた。


「はい!」

「ありがとう!わぁ!流川くんが3匹!」


本当に流川くんって名前なんだね。俺、流川くんと同じ部屋で生活してるんだ‥‥‥なんか嫌だな。


「俺はなんか疲れたら早めに寝るわ」

「ご飯は?」

「起きたら食べるよ」

「そう」


寝ようと思って自分の部屋にやってくると、すぐに白波瀬と愛莉がやってきた。


「寝るって言わなかったか〜?」

「凛と話して、密かに貴方の悩み解決に力を入れていたの」

「え?」

「まだ正確には分からないけれど、相手の家族が分かったかもしれないわ」

「誰⁉︎どんな人⁉︎」

「今はまだ言えない。ただ、作戦は今年中にその人を捕まえる」

「捕まえる?なんでそんなこと」

「そうでもしないと吐かないような相手だからよ」

「し、白波瀬も誰だか分かってるのか?」

「もしかしたらって相手はね」

「だから、私達がまたこの話をするまでは大人しくしてて。私達が必ず救ってみせるから」

「‥‥‥分かった」

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