いろんな夢野


8月22日、夢野の誕生日の日。

白波瀬と愛莉は、爺ちゃんが買ってくれた亀の飼育セットの水槽でのんびり過ごす亀を眺めている。俺の部屋で‥‥‥


「なんで俺の部屋に亀置いた⁉︎」

「流川くんの部屋に来る口実ができるからよ。じゃなくてなんとなくよ」

「全部言っちゃってるよ‼︎」


愛莉は亀と睨めっこして、全然俺の方を見ないし、二人とも夏祭りも初めてだったけど、ペットも初めてなんだろうな。


「そういえば今日、夢野の誕生日だけどお見舞い行くか?」

「私と愛莉はお昼過ぎに行く予定よ」

「そうか。玲奈は行くのかな」

「玲奈ちゃんなら、杏中さんに夏休みの宿題やってもらうって家を出たわよ?」

「教えてもらうんじゃなくて、やってもらうの⁉︎」

「バレなきゃいいのよ」

「まさか白波瀬の口から『バレなきゃいい』なんて言葉を聞くと思わなかった」

「愛莉が言ったのよ」 

「愛莉はさっきから亀に夢中だよ‼︎」


もういいや、とりあえずお見舞い行く準備しよ。


夢野が目を覚ましてるかも分からないが、夏休み中にこっそり買ったオルゴールと昨日買った大きなスーパーボールを持って、午前10時半に二人を部屋に放置して家を出た。


自転車で病院に向かっている途中、今まで気にもしなかった、道路の隅に落ちているセミの死骸がよく目に付く。両親が死んだ時もそんな感じだった。身近な人が死んだり、死にそうになると、急に命の重さを感じるようになる。こんな大事なことも、時間が経てば忘れちゃうんだけど。


真夏の太陽に照らされて、頻繁に顔の汗を拭きながら自転車を漕ぎ続けること約1時間、やっと夢野が居る病院に着いた。

夢野の病室は個室で、軽くノックをしてから入ると、夢野は酸素マスクを付けて眠っていた。心電図の反応が、夢野が生きていることを教えてくれる。


「夢野、誕生日おめでとう。2年も長く生きたって言ってたけど、今日で3年目だぞ」


夢野が寝ているベッドの横にある小さなタンスの上に、ラッピングされたオルゴールとスーパーボールを置き、しばらく夢野の側に居座ることにした。


「あら、こんにちは!」


看護師さんがやってきて、ニコッと笑って挨拶してくれた。


「こんにちは」

「夢野さんの体拭くから、ちょっとだけ出ててくれる?」

「あ、はい」


夢野の体を拭き終わるのを病室の外で待ち、10分ぐらい経った時に看護師さんが病室出てきた。


「もう大丈夫ですよ!」

「ありがとうございます」


夢野は何度見ても目を覚さない。


「夢野〜。おーい、アホー、バーカ」


夢野のことだから、悪口を言えば目を覚ますかと思ったけど、そんなわけないか。


それから俺は毎日夢野のお見舞いに来て、夢野は一度も目を覚ますことなく8月26日、二学期の始業式を迎えてしまった。


「よーし、さっそく修学旅行の話をするぞー」


他の生徒は始業式が終わって即下校となったが、S組の生徒は修学旅行の話し合いの為に学校に残ることになった。


「S組以外の生徒は、今年は海外に行くらしい」

「S組は違うんですか?」


秋月が質問すると、天沢先生は旅行雑誌のページをペラペラとめくりながら答えた。


「他のクラスと一緒に行動できるならいいけどな。流川以外の男子に連絡先聞かれまくったり、自由時間に一緒に行動しようとか誘われまくるぞ」

「マジ無理」

「廊下を歩けば、必ずお前らのうち一人の名前は耳にする『可愛いよな』とか『可愛いだけじゃん』とか」

「は?」


惚れる男と嫉妬する女の違いか。


「私は可愛いだけじゃなく、他の生徒より勉強ができます。嫉妬する所が外見だけだなんて失礼です」


愛莉‥‥‥お前生きてるだけで敵増えそうだな‥‥‥


「そ、そうか。あとあれだ「流川とか、大してカッコよくないにムカつくよな」とかな」

「そんなこと教えなくていいですよ‼︎無駄に傷つく‼︎」


すると白波瀬は勢いよく立ち上がり、両手でバンッ‼︎と机を叩いた。


「それを言った生徒の名前を教えてください」

「教えてどうする気だ?」

「地獄を見せます!愛莉が!」

「わ、私?」


最近の白波瀬は、愛莉のせいにすれば多少許されることを学んだらしい。


「座れ、話が逸れすぎたわ。とにかく、私達は国内で修学旅行をする!しかもめっちゃ近場で!」

「なんで近場なんですか〜」

「なんだよ流川、ダルそうだな!あっ!賢者タイムか⁉︎」

「違うわ‼︎お前らも振り返るな‼︎」

「んじゃ、なんでそんなダルそうなんだ?」

「夢野が居ないのに、修学旅行の話なんかして意味あるなかなって」


俺がそう言うと、天沢先生は雑誌を丸めて近づいてくる。


「おらぁ‼︎」

「いっ‼︎て〜‼︎‼︎なんで頭叩くんですか‼︎」

「自分の感情だけで周りに不快なテンション見せつけるな‼︎」

「ごめんなさい‼︎」

「夢野が退院してくることを見越して近場にするんだよ‼︎」

「え、てことは?」

「まだどうなるか分からないけど、可能なら全員で行くぞ」


天沢先生はちゃんと夢野のことも考えてくれていた。


「でも、宮城県内じゃさすがにつまらないだろ?だから近い県でどこがいいか話し合うんだよ」

「さすがです!」

「もっと褒めて♡」

「すごいすごい。よくできまちたなね〜」

「わーい♡」

「どうしたんですか?」

「やめろ!冷静に質問するな!」

「なかなか気持ち悪いですよ」

「気持ち悪さの中にも、美学ってものがあるのさ」

「わー、きもーい」

「もう1発叩いていいか?」

「やめて⁉︎」

「まぁいい。雑誌を見ていたんだが、秋田とかどうだ?」

「俺はいいですよ?行ったことないですし」

「白波瀬と愛莉は?」

「ないです」

「秋月もないだろうから秋田で決定!」

「聞いて⁉︎私にも聞いて⁉︎」

「あるのか?」

「おばあちゃんの家が秋田だから!」

「あー、その話もう飽きた」

「ダジャレ⁉︎寒っ‼︎なんか新学期から私の扱い変わりました⁉︎」

「夢野のポジションの代理」

「そんな代理嫌です!」

「てか、秋月さ」

「なんですか?」

「髪伸びたな!」 

「話逸らさないで⁉︎」


天沢先生の中では秋田に行くって完全に決まってしまったようだ。秋月がなにをいっても行き先は変わらないだろう。

それからの話し合いで、修学旅行は常に自由行動で、それを天沢先生が近くで見ておくだけという、天沢先生らしい適当なスケジュールで決定してしまった。


「よし!解散!」

「天沢先生」

「なんだ流川♡私とバイバイしたくないんでちゅか〜♡?」

「あ、やっぱなんでもないです」

「ププー!ず♡ぼ♡し♡?」

「久しぶりにその笑い方聞くと、殴りたくなるんですけど」

「流川くん、私達バイトがあるから行くわね」

「あ、うん。頑張れよ」

「ありがとう!」


白波瀬と愛莉が帰っていき、天沢先生は残った俺と秋月を優しく見つめた。


「夢野のとこ行くか?」

「はい!」

「よく分かりましたね」

「歩きだと結構距離あるからな。コーヒー飲んだら行くから、駐車場で待ってろ」

「ありがとうございます!」


秋月と二人で駐車場に行き、天沢先生を待っている間、秋月は見たことのない夢野の写真を携帯で見せてくれた。


「見て!」

「これなにしてんの?」


夢野がコンビニ前で頭を抱えて泣きそうになってる写真を見せられた‥‥‥


「一緒にテレビ見ててさ、カンボジアの子供達のドキュメンタリーみたいなのやってたのね」

「うん」

「それに感化されて、コンビニの募金に二千円入れて後悔してる時」 

「うわ‥‥‥」

「しかも、間違えて動物募金に入れてた。あえて言わないであげたけど」

「夢野ってやっぱり少しだけ天然入ってる?」

「少しだけね!あとこれ!」


次に見せられたのは、ファミレスでニンジンと睨めっこしている夢野。それから、公園で子供達にツインテールを引っ張られながらも笑顔で遊んであげる夢野や、雪に顔を突っ込んでる夢野の写真など、沢山見せてくれた。いろんな夢野が見れて、内心めちゃくちゃ嬉しい!


「夢桜って優しさとアホの頂点だと思う」

「なにそれ、褒めてんの?あと、優しくない時もあるぞ」

「許してあげてよ」

「別に気にしてない。今は、なにしてきてもいいから、また元気になってほしいって思ってる」

「さすが塁飛くんだね!」

「まぁな。でも本当、今思えばただの思い出だけど、夢野との出会いは最低だったわ」

「なんで?」

「可愛らしく近づいて、二人きりになった途端、土下座させられて踏まれたし」

「でもそんな夢桜を今は好きでたまらない!違う?」

「‥‥‥なぁ秋月」

「ん?」

「本当に夢野を選んでいいと思うか?」

「分かんない」

「え」

「目を覚ましたら、ちゃんと話な!凛と愛莉とも!」

「そうだな。あと、さっきの写真全部送っといて」

「オカズにするの?」

「できる要素なかっただろ‼︎」

「なーんだ、夢桜のエッチな写真あげようと思ったのに」

「え、マジ?」

「マジ!」

「‥‥‥いや、いらん‼︎その写真は消しておけ」

「え!なんで⁉︎」

「夢野のことはそういう目で見ないって決めた!」

「夢桜ピンクだよ」

「ど、どこが?」

「そういう目で見ない人には教えない!」

「べべっ、別にいいし〜!」

「よーし、行くぞー」


絶妙なタイミングで天沢先生もやってきて、三人で病院に向かった。


病院に着いてからは、天沢先生は車に残り、生徒だけの時間を作ってくれ、二人で夢野の病室にやってくると、相変わらず夢野は目を覚ましていなかったが、酸素マスクは外れていて、いい方向に向かっていると分かって安心した。


「夢野」

「‥‥‥夢桜、なんか楽しそう」

「いや、完全に寝てるだけだろ」

「なんか感じる。すごい楽しそう!いい夢でも見てるのかな」

「だといいな」


俺は夢野の頬を指で優しくツンツンしながら話しかけた。


「夢野、修学旅行は秋田に行くことになったぞ。みんなで行こうな」

「夢桜が一緒じゃないと、塁飛くん寂しんだってさ」

「おい、そんなこと言ってないぞ」

「寂しいでしょ?」

「ま、まぁ」


それから30分ほど夢野に話しかけ、今日は帰ることにした。

そして天沢先生の車に戻る間、秋月はまた俺に携帯を見せてきた。


「見て、夢桜のエッチな写真」


夢野が笑顔でピンクのマカロンを持っている写真だ。


「どこがエッチなの⁉︎」

「若干谷間らしきものが見えてる」

「らしきって、さらっとバカにすんな」

「あと、夢桜が好きな色がピンクってことね」

「‥‥‥俺をおちょくったな〜‼︎」

「病院では静かに!」

「は、はい!」


看護師さんに注意されてしまったが、秋月はなんだか楽しそうだった。

きっと秋月も夢野が倒れて辛かっただろうけど、俺を元気付けようとしてくれてるんだろうな。

俺は本当、クラスメイトに恵まれている。


「修学旅行、夢野が行きたい店を優先に行動しような!退院祝いってことで!」

「もちろん!」

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