最悪な初めて
「夢野‼︎」
夢野の体を仰向けにして呼びかけてみるが、目を覚さない。
「救急車呼ばなきゃ‥‥‥」
震える手で救急隊に電話をかけると、夢野の状態を聞かれた。
「息はしてますか?」
「えっと」
「口元に手を近づけて確認してください!」
「‥‥‥してないかもしれません」
「人工呼吸のやり方は分かりますか?」
「一応‥‥‥」
「今すぐそちらに向かいますので、人工呼吸を繰り返して、名前を呼んであげてください!」
「はい‥‥‥」
迷ってる暇も躊躇している暇もなかった。
そしてこんな最悪の状況で初めてキスをするなんて想像もしていなかった‥‥‥
「夢野!夢野‼︎頼む、死なないでくれ‼︎」
何度も人工呼吸を繰り返していると、夢野は「っ‥‥‥」と一瞬小さな声を出し、苦しそうに顔を歪めた。
「夢野!大丈夫だ、今救急車が来るから!」
夢野はまた寝ているような表情に戻り、不安に押し殺されそうになった時、花火の音に混じり、救急車のサイレンの音が近づいてきた。
「救急車来たぞ!もう大丈夫だからな!」
「君かい?」
「は、はい‼︎助けてください‼︎」
救急隊員が駆けつけ、夢野のお腹を出して胸の下に聴診器を当てた。
「‥‥‥心肺停止!急いで!」
夢野が搬送用ベッドに乗せられて救急車に運び込まれ、救急隊に言われるまま俺も救急車に乗りこみ、病院に向かう間、心臓を動かすための機械を使ったり、心臓マッサージが何度も行われた。
「君!大きな声で名前呼んであげて!」
「ゆ、夢野‼︎起きろ夢野‥‥‥もうちょっとで誕生日だろ?頑張って生きるって約束しただろ‼︎夢野‼︎」
救急隊の話を聞いていると、夢野の親と連絡かつき、向かう病院を変えることになったらしい。
そして夢野は心臓が止まったり動いたりを繰り返し、今、夢野も戦っている最中なんだと感じる。
病院に着くと、夢野は緊急治療室に運ばれていき、俺は硬いソファーの上で俯きながら夢野の無事を願うことしかできなかった。
「塁飛くん!」
夢野の両親が駆け寄ってきて、心配そうに声をかけてくれた。
「塁飛くん?」
「はい‥‥‥」
「なにか責任を感じてるなら、気にしなくていいんだからね」
「責任というか、なにがなんだか」
「夢野の病気は知っているかい?」
「はい」
「夏休み中にドナーの相手が見つかったんだ」
「え?本当ですか?」
「でも最近、体調が優れなくてね、安定してから移植の手術をする予定だったんだ。そして今日がその手術の日だった」
「俺‥‥‥なにも知らなかったです」
「いきなり病院を抜け出してね‥‥‥ずっと夏祭りを楽しみにしていたから、まさかとは思ったんだけど」
「ごめんなさい‥‥‥」
「塁飛くんは悪くない!」
「そうよ?塁飛くんが救急車を呼んでくれてよかったわ」
「‥‥‥」
泣きたい‥‥‥でも、俺が泣いちゃダメだ。
「流川!」
すぐに天沢先生も駆けつけ、泣きそうな俺を見ると、なんの躊躇いもなく優しく抱きしめてくれ、背中をさすってくれた。
「夢野の状態はどんな感じですか?」
「今、予定していた手術を緊急で」
「すみません、私もなにも知らずに。知っていれば祭りで会った時に連れ戻せたんですが」
「いえ、連絡していなかった私達に責任があります」
「‥‥‥流川、大丈夫だ。夢野を思い出してみろ!あいつは何があっても、なにこの精神で起き上がる奴だっただろ?」
「天沢先生」
「なんだ?」
「神社に連れて行ってください」
「神社?」
「夢野が倒れた時、祭りで取ったスーパーボールが散らばっちゃって、夢野は全部宝物って言ってくれたんです」
すると天沢先生は、夢野の両親に頭を下げた。
「また戻ります。行くぞ流川」
天沢先生に手を引かれて駐車場に行き、車で神社に向かっている最中、しばらく会話は無かったが、運転する天沢先生を見ると、表情は至って冷静だ。
「天沢先生って、もしかして俺のこと好きですか?」
冷静だった天沢先生の表情が一瞬緩んだ。
「なんでそんな質問をする」
「なんとなくです。ちょっかいの出し方とか、時々みんなに似てますし、さっきも抱きついてきましたし」
「辛そうな生徒がいたら抱きしめるだろ」
「俺以外に抱きついてるところ見たことないですよ。あと、S組以外の生徒にはかなり適当じゃないですか」
「誰にだっていろいろあるように、私にもいろいろあるんだよ」
「そうですか」
何故だか話していると落ち着く。
「そういえば、人工呼吸でしたけど、初めてキスしちゃいました」
「初めてか」
「はい」
「みっともないこと言っていいか?」
「なんですか?」
「流川は覚えてないだろうが、流川の初キスの相手は私だ。女の意地でそこは譲れない」
「え⁉︎」
「ちなみに、私の初キスの相手も流川だ」
「不安なのは分かりますけど、嘘つくとか本当にみっともないですね」
「そうだな。ごめん」
そんな嘘ついて、なんなんだ。天沢先生とは高校に入って初めて会ったはずだし。
そして神社に着くと、スーパーボールは綺麗に無くなっていて、白波瀬と愛莉と秋月、そして玲奈と琴葉と杏中と猪熊、みんなが俺を待っていた。
「なんで?」
「私が白波瀬達に連絡したんだ」
「このスーパーボール、お兄ちゃんの?」
「いや、夢野のだ。拾ってくれてありがとう」
スーパーボールが入った袋とリスのぬいぐるみ、水ヨーヨーとエアガンとキャラメルを玲奈から受け取ると、秋月は泣きながら頭を下げた。
「ごめんなさい‼︎」
「なんで秋月が謝るんだ?」
「夢桜に伝言を頼まれてる」
「夢野から?」
「私が倒れたり、死んだりすることがあったら塁飛くんに伝えてって」
「内容は?」
「‥‥‥他の誰かを愛してください‥‥‥」
「‥‥‥」
「夢桜を選んでほしいって言った私にも責任がある‥‥‥」
「うっせ」
「え?」
「目覚ましたら文句言ってやる。夢野は死なない」
俺は賽銭箱の前に立ち、財布を大きく広げて、お札も小銭も全て賽銭箱に入れた。
すると白波瀬と愛莉も同じように全てのお金を入れて俺を見つめた。
「なにやってんだよ」
「一番最初にやりはじめた人が言う台詞かしら」
それに続くように秋月と琴葉と杏中と猪熊と玲奈もお金を全て入れ、天沢先生は一瞬躊躇しながら賽銭箱の前に立った。
「ぜ、全部くれてやる!」
「み、みんななにしてんだよ‼︎」
「私達も本気で夢野に助かってほしいってことだ」
そう言って天沢先生は目を閉じて手を合わせ、俺もみんなも同じように神に祈った。
「あぁ〜!明日からどうやって生活しよう!家賃払えない‼︎」
「天沢先生‥‥‥アホっすね」
「認めよう!私はアホだ!ついでに独身だしゴリラみたいな握力です!」
「‥‥‥ぶっ。あはははは!」
プライドの高そうな天沢先生の自虐的な言葉にみんなが笑い出し、俺は笑いながら思った。天沢先生が隠してることは今は置いといて、この先生を信じて、生徒として一生ついて行こうと。この先生は俺の知ってる大人の中で一番アホで、一番ムカついて、一番優しい。
「あー、少し気持ちが軽くなったところで‥‥‥白波瀬〜‼︎」
「な、なに⁉︎」
「その虫カゴに入ってる生き物はなんだ‼︎」
「カ、カメさん」
「ダメって言ったよな⁉︎」
「金魚はダメと言われたけれど‥‥‥あ、愛莉がどうしてもって!」
「私止めたわよ⁉︎」
「いいじゃんお兄ちゃん!亀可愛いよ?」
「金無くなって亀なんか飼えないって!」
「おじいちゃんに道具買ってもらう!」
「‥‥‥そうするしかないか‥‥‥」
「塁飛、悪いな。俺の父親が亀掬いとか出して」
「熊‼︎お前の父親かよ‼︎」
「でもちゃんと飼い方の紙渡して、ペットショップ同様、持ち帰る人にはサインさせてるし」
「そういう問題じゃないんだけど」
「イノッチを責めないであげて!」
「杏中?そんな呼び方してたっけ?あとお前、熊に気があるだろ」
「は⁉︎なに言ってんの⁉︎」
前々から薄々思っていたことを、つい流れで言ってしまった。
すると猪熊は、片手でアフロをぶるんと揺らし、杏中の手を握った。
「な、なななななにぃ⁉︎」
「俺、二次元しか愛せないから」
なんだ、その無駄にイケボな感じ。
「はー⁉︎いきなり振るな〜‼︎」
「ちょ!悪い!夢野が目覚ましたらよろしく言っといてくれ〜!」
「待て〜!」
猪熊は逃げ出し、杏中は怒って猪熊を追いかけて行った。
「あいつらお似合いだと思うけどな」
「るっくんは女心が分かってないよー」
「え」
「いきなりあんなことバラされたら可哀想でしょ?」
「すまん」
「さて、お前らはもう帰れ。流川はどうする?病院に戻るか?」
「戻りたいです」
「分かった。玲奈」
「はい」
「おじいさんに連絡しといてくれ。私が責任を持って預かるって」
「分かりました!」
それからみんなは家に帰っていき、俺は天沢先生と一緒に病院に戻った。
すると夢野の両親はソファーに座って、携帯で夢野の写真を見ながら泣いていた。
「あ、先生と塁飛くん。戻ってきてくれたんですか」
「はい」
手術室のランプはまだ付いている。
それからはただ待ち続け、気づけば手術は7時間続き、夜中の3時になっていた。
「流川、少し寝てもいいんだぞ?」
「起きてます」
「そうか」
次の瞬間、手術中のランプが消え、病院の先生が出てきた。
「先生!夢桜は!」
「無事、成功ですよ!」
その言葉に、俺は夢野の両親よりも先に泣いてしまった。
「塁飛くん、心配してくれてありがとうね」
「はい‥‥‥」
「ただ、これからは今まで以上に激しい運動などは避けてください。詳しくは後ほどお話ししますので」
「分かりました!」
夢野が手術室から運ばれてきて、両親に名前を呼ばれながら病室に連れて行かれた。
「あ、あの」
「夢桜さんのお友達かい?」
「はい」
病院の先生に声をかけ、スーパーボールが入った袋や、祭りでゲットした物を全て渡した。
「これ、夢野の側に置いてくれませんか?」
「一度、全て消毒するけどいいかな?」
「大丈夫です!お願いします!」
「分かった。さっき友達かい?と聞いたけど、もしかして恋人だったりするかい?」
「いや、微妙なところですね」
「君達はそういう時期だろうけど、体の関係は避けてもらはないといけない。夢桜さんのためだよ」
「は、はい」
「それじゃ、面会は明後日からできるから。あぁ、もうこんな時間だから明日だね」
「分かりました」
そうか、日が変わってるから明日か。よかった‥‥‥明日は夢野の誕生日だ。
「まだ目を覚ましてるか分からないけど、来たら声をかけてあげてね」
「はい。ありがとうございました」
それから天沢先生に家まで送ってもらい、何故か天沢先生も車から降りた。
「お金全部使ったからって、生徒の家からなにか盗もうとしてます?」
「そんなことしないわ‼︎」
「ちょ!時間考えてくださいよ!」
すると天沢先生の大声で、家から三人が出てきた。
「お前ら、寝てなかったのか?」
「心配で待っていたのよ」
「ちょうど良かった。私から夢野のことについて説明する」
「はい」
「夢野の手術は成功した。でも、場合によっては9月の修学旅行は夢野抜きになるかもしれない」
「え、待ってくださいよ!夢野抜きとかありえないでしょ!」
「しょうがないだろ。しばらくは体力の消耗も激しいはずだ」
「一ついいですか?」
「どうした愛莉」
「そもそも修学旅行の説明や話し合いとかした覚えがないんですが、修学旅行って9月8日ですよね。今日8月20日で、次に学校に行くのは26日ですけど大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫だと思う?」
「いいえ」
「どうしよ〜‼︎‼︎」
「天沢先生!静かにしてください!」
「とにかく、学校が始まったら丸一日修学旅行についての話し合いに使うからな」
「は、はい」
「よし、私は帰るからちゃんと寝ろよ」
無計画な性格だけはなんとかしてほしい‥‥‥これ、今回で何回思っただろう。
天沢先生は話をしてすぐに帰っていき、俺達も家に入って、俺はすぐにお風呂に向かった。
「おーいー‼︎‼︎‼︎」
浴槽には浅く水が張られ、白波瀬が連れてきた亀がのんびりしていた‥‥‥
「どうしたの⁉︎」
「白波瀬‼︎亀を虫カゴに戻せ‼︎」
「狭くて可哀想かと思って」
「1日ぐらい大丈夫だよ‼︎起きたら爺ちゃんに頼んでペットショップ行くから‼︎」
「分かったわよ」
白波瀬は亀を手のひらに乗せ、指先で甲羅を撫でながらお風呂を出て行った。
今日はシャワーだけ浴びるか。
シャワーを浴びながら、夢野がひとまず助かった安心感と、これからどうなるのかの不安で、また自然と涙が溢れた。
大切な人を失うトラウマじゃなかった。夢野を失うのが怖かった‥‥‥俺はちゃんと、夢野が好きだったんだ。
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