心が生きてる証拠


夏休み初日の朝、目を覚まして歯を磨いていると、髪を爆発させた玲奈がノリノリなテンションで歯を磨きに来た。


「なっつやすみ〜!」

「朝から元気だな」

「夏休みだよ⁉︎海に祭りに恋に花火!」

「こ、恋?」

「夏って恋の季節じゃん!」

「ダメだ‼︎玲奈に恋は早い‼︎それと夏は、学校じゃ目立てない男子生徒が髪染めて夏祭り行って『俺はお前らと違う』みたいな勘違いするためにある季節なんだよ!」

「‥‥‥」

「本当は女子に『なにあれやばくな〜い?』ってドン引きされてるのにな‼︎」

「中学の時のお兄ちゃんじゃん‥‥‥」

「‥‥‥あはは」

「あはは‥‥‥」

「あ、そうだ。今日は熊の家に遊び行くから」

「アフロ?」

「そうそう!」

「私も愛莉先輩と出かける!」

「珍しいな。白波瀬は?」

「凛先輩は秋華先輩と夢桜先輩の二人と遊ぶって」

「おー。夏休み初日から珍しいことばっかだな」

「愛莉先輩が美味しいケーキ屋さん見つけたんだって!」

「お小遣い使いすぎるなよ?」

「分かってる!」

「んじゃ、俺は準備したら家出るから」

「了解!」


朝からカップ麺を食べて、また歯磨きをして家を出た。

猪熊の家は学校の校門を出て、長い道を真っ直ぐ歩き、目の前に見える家だと説明されいて、多分簡単に見つけられる‥‥‥そしてあっさり猪熊と書かれた表札の家を見つけられた!

さっそくチャイムを押してすぐ、猪熊が美少女のキャラクターTシャツを着て玄関を開けた。


「待ってたぞ!」

「お邪魔するぞ」

「おう!」


猪熊の部屋に入ると、部屋の壁はアニメのポスターとタペストリーだらけで、タンスにはフィギュアやDVDやゲームソフトが並んでいた。


「さぁ!さっそく話を聞かせたまえ!」

「あぁ、それじゃ」


今日、猪熊と遊ぶ約束をしたのは、夏祭りを誰と行くかの相談をするためだ。

エアコンで冷えたフローリングの床に座り、さっそく相談することになった。


「8月20日に、大きな夏祭りがあるだろ?」

「もう来月の話か?」

「うん。それで、白波瀬、秋月、夢野、琴葉の四人に、二人で行こって誘われててさ」

「誰と行こうかなって話か?」

「そうだ」

「好きな人と行けよ」

「そんな簡単な問題じゃないんだよ!」

「深く考えすぎだろ。どうせ、誰も傷つけたくないとか思ってるんだろ?」

「ま、まぁな」

「中途半端が一番傷つく!ハッキリしちゃえ!誰が好きなんだよ!」

「んー、誰が好きか‥‥‥」

「俺は塁飛を見てれば、好きな人が誰なのか分かる気がするけどな」

「マジ?誰だと思う?」

「白波瀬と夢野と秋月と愛莉と琴葉先輩」

「は?」

「もう、一番タイプの相手選んじゃえよ〜」

「それじゃダメなんだって。あと、愛莉には誘われてないし」

「でも、愛莉も塁飛のこと好きだろ」

「んー、はぁ⁉︎」

「だって愛莉、いつも優しい表情で塁飛のこと見てんじゃん。心配そうに見てる時もあるけど。塁飛が愛莉を見てないだけだろ」

「マジ⁉︎それマジ⁉︎愛莉って俺のこと好きなの⁉︎」

「多分な」

「マジかよ‼︎俺凄くね⁉︎モテ期⁉︎」

「今更かよ!とにかく恋愛ゲームをしよう!」

「え?なぜ?」

「イベントごとにセーブしてるからな!ちょうど塁飛が悩んでるのと同じ状況の夏祭り編がある!」

「え〜」


だるい気持ちを顔と声に出したが、猪熊はゲームの準備を始め、コントローラーを渡されてしまった。


「スロット8の夏祭り編を選んでくれ」

「了解」


ロードが終わると、照れくさそうに頬を赤くした黒髪少女が現れた。


『夏祭り明日だね。そろそろ返事もらえるかな』

「おー。喋った」

「三つの選択肢が出ただろ?」

「一緒に行こうと、千里ちさとと行くことにしたと、真菜まなと行くことにした。どれ選べばいいんだ?」

「この画面に出てるのが秋月で、千里が夢野、真菜が白波瀬だとして、一緒に夏祭り行きたい相手を選んでみろ」

「んじゃー、まぁ、今は秋月と話してるから【一緒に行こう】にするわ」

『ありがとう!いい思い出にしようね!』

「お!なんかいい感じじゃね⁉︎」

「ほら、次は千里だ。」


その後も、みんなにいい顔をして【一緒に行こう】を選択して行くと、夏祭り当時、二人にも同じことを言っていたと知った秋月に刺されて【Bad end】の文字が表示された。


「死んだんだけど‼︎なにこのゲーム‼︎」

「ハッキリしないのが一番相手を傷つけるってことだ」

「そういうこと?」


猪熊はコントローラーを取り、また夏祭り編をロードした。


「ほら、選択肢を変えてみろ」

「んじゃー【千里と行くことにした】にするわ」


すると、画面の少女は切なく涙を流し始め、さっきの選択の時の笑顔とは真逆の表情で、悲しい気持ちになるBGMが流れ始めた。


『そっか‥‥‥これでやっとスッキリできるよ。でも最後に言わせて‥‥‥アフロマンが、ずっと大好きだったよ!』

「お前、アフロマンって呼ばせてんの⁉︎空気ぶち壊しなんだけど‼︎」

「でもどうだ?ハッキリ断ったら、泣きはしたものの、最後に笑顔を見せてくれただろ!」

「お、おう」

「塁飛はただ、あの涙を見るのが怖いんだ!でもそんなんだと、最初みたいに刺されるぞ!」

「なんかあれだな」

「なんだ?」

「重く考えすぎてだかもしれないわ。もっと、自分に素直になってみる!」

「それでこそ塁飛だ!ちなみに、恋愛ゲームは夢を見せてくれる魔法のアイテムだ。現時とは異なるから気をつけろ」

「熊がそれを言う⁉︎あと、それならこれはなんの時間だったんだよ‼︎」

「まぁまぁ!とりあえず俺のおすすめアニメでも見ようぜ!」

「お、おう」


それから15時まで二人でラブコメのアニメを鑑賞した。


「面白かっただろ!」

「笑いどころと感動シーンもあっていいな!ヒロイン可愛いし!」

「だろだろ!」

「また違うアニメ見せてくれ!」

「んじゃ次は」

「あ、今日は帰らないと」

「早くないか⁉︎」

「アニメ見てる時に、玲奈から話あるから帰ってきてってメッセージ届いてさ」

「ならしょうがないか」

「悪いな。夏休み中、また遊ぼうぜ!」

「おう!」


玲奈から話があるなんて珍しすぎて、猪熊の家を出たあと、急ぎ目に走って家に帰った。


「ただいまー!」


家に入ると、玲奈が二階から降りてきて、小さな声で話を始めた。


「来月の夏祭り、愛莉先輩と行ってあげてよ」

「え‥‥‥」

「ケーキ食べながら話聞いてたらね、愛莉先輩はお兄ちゃんのこと好きなんだって」

「いや、いきなり言われても困るよ」

「私知ってるんだからね。いろんな人に告白の返事待たせてるでしょ。何ヶ月も」

「それは理由があって」

「あと、話があるのは私じゃなくて愛莉先輩だから、愛莉先輩の部屋行って」

「なに?俺告白でもされんの?」

「逃げないで返事してね」

「わ、分かった」


そうだ、後回しにしないでちゃんとしなきゃな。でも、俺は愛莉をどう思ってるんだ?猪熊は、愛莉はいつも俺を優しく見ているって言ってたな‥‥‥俺、恋愛経験ないから、それだけで好きになっちゃうんだよ‼︎そうだ‥‥‥一番の問題は俺だ‼︎俺はクラスメイトとかそういうのじゃなく、多分みんな好きなんだ‼︎なんで日本って一夫多妻がダメなの⁉︎


「お兄ちゃん大丈夫?」

「あ、あぁ。俺はみんなが好きだ。もちろん玲奈も」

「え、う、うん。でも、やっぱりチャラ男じゃん」

「違うわ。みんなが好きだけど、ちゃんと一人に決めるよ」

「そっか。ハッキリできる、かっこいいお兄ちゃんでいてね」

「おう。行ってくる」


ででででもどうすんの⁉︎愛莉を振ったら、あのゲームみたいに泣くかな。いや、愛莉が泣くとか想像できない。


勇気を出して愛莉の部屋に入ると、愛莉は布団の上に正座して俺を待っていた。


「は、話って?」

「え、えっと、来月の夏祭り、一緒に行ってくれないかしら」

「それなんだけど、他のみんなにも誘われてるんだ」

「分かってるけれど、もう‥‥‥貴方を好きって気持ちを隠してるのが耐えられないのよ」


赤くした頬、少しキョロキョロした目、かなり緊張してる様子だ。


「俺は」


その時、愛莉は立ち上がって俺に抱きつき、何故か微かに手を震わせ、辛そうに涙を流した。


「貴方はまだ隠してる。玲奈ちゃんが現実を見るようになってからも、なにかを抱えてる。私は貴方が好き。貴方を助けたい。だから‥‥‥一番そばで流川くんを救わせて」


抱えているものは白波瀬が知っている。事故の相手を見つけたいって話だ。そんなことなのに、不思議と自然に涙が流れてしまった。


「ただいま」


帰ってきた白波瀬の声がして俺達は離れ、涙を拭いた。


「1日時間をくれ。明日の夜、白波瀬も含めて三人で話そう」

「分かったわ」

「それじゃ、俺は自分の部屋に行くから」

「涙を見れてよかった。心が生きてる証拠」

「泣いたことは誰にも言うなよ?」

「もちろんよ」

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