友達以上恋人未満


『キスしちゃダメかな』という夢野の言葉から何分経っただろうか。

髪をほどき、いつも以上に可愛い夢野と見つめ合い、ただ時間が流れていく。


「ダメ‥‥‥?」

「えっと‥‥‥」

「‥‥‥」

「‥‥‥」


夢野は俺の手を握り、ゆっくり顔を近づけてくる。


「ゆ、夢野?」


夢野は止まらなく、俺の左頬にキスをして照れくさそうに笑った。


「えへ。しちゃった」


唇へのキスではなかったけど、ドキドキして言葉が出ない。微かに残るパイナップルの香りでさえドキドキしてしまう。


「な、なんで俺が好きなんだ?」

「ありきたりで説得力ないけど、優しくて、私を受け入れてくれるから」

「俺は優しくないだろ。ほっぺ引っ張るし」

「一緒に居れたら、毎日引っ張られてもいいもん」

「絶対怒るくせに」

「でもね、優しくしたいって気持ちは本当にあるし、塁飛くんがいるから頑張って生きたいって思えてるの」

「‥‥‥俺の素直な気持ち聞いてくれるか?」

「う、うん」


夢野には、包み隠さずに気持ちを話すことにした。


「S組のみんなって、最初は仲良くなかっただろ?」

「うん」

「今、夢野以外にも告白の返事をまってもらってて、誰か一人を選んで、他のみんなを傷つけたくないんだ」

「‥‥‥」

「それと、夢野と付き合ったとして、夢野を失うのが怖い‥‥‥えっ⁉︎」


夢野は俺に抱きつき、ギュッと少し力を入れた。


「私は塁飛くんの前からいなくなったりしない。病気も乗り越えて見せるよ」

「‥‥‥手術とかするのか?」

「ドナーが見つかればね」

「見つかれば治るのか?」

「手術も命がけだけど頑張る」

「死なないって約束してくれるか?」

「絶対に死なない!」

「‥‥‥それじゃ、友達以上恋人未満からで」

「うん!ん?付き合ってくれないの⁉︎」

「今はだよ今は!とりあえず、二人で遊んだりする回数を増やして、もっとお互いのこと知ろうぜ!」

「ん〜、分かった!それじゃ、明日は日曜日だし、私の家で遊ぼ!」

「おっ!いいね!前に行けなかったから行ってみたかったんだよ!」

「明日の12時半ぐらいに、この橋の上集合でいい?」

「いいけど、そろそろ離れてくれないか?」

「あっ、そうだよね!」


危ない危ない。これ以上こんなに近くで見つめられたら、俺の方からキスしちゃうところだった。


「夢野の家って遊ぶ物ある?」

「手錠と猿ぐつわとムチとか?でも、学校にも持って行ってるよ?」

「やっぱり明日はゴロゴロして過ごすわ」

「捨てる捨てる!もう捨てるから!」

「言ったな?」

「よし!少し歩こう!」

「捨てる気ないだろ!」

「にひひ〜♡」

「まったくー」


少し歩いて『にひひ』と笑って振り向く夢野が可愛すぎるせいで許してしまう。


それから街を歩いていると、夢野が嬉しそうに1台の車を指差した。


「あっ!」

「焼きたてメロンパン?」

「あれ食べよ!」

「いいけど奢らないからな」

「私が奢る!」

「マジ⁉︎行くぞ!」


車で移動販売をしている焼きたてメロンパン屋が、スーパーの前でパンを売っている。

夢野はよっぽど好きなのか、焼きたてメロンパンを奢ってくれるらしい。


「メロンパン二つお願いします!」

「はーい!」

「あっ、三つで」

「了解でーす!」

「三つ?」

「白波瀬の分。一つは俺が払うよ」


夢野は俺のジャージを指先で掴み、不満そうに俺を見つめた。


「なんだよ、嫉妬か?」


夢野は静かに頷き、俺の心は撃ち抜かれた。


かーわーいーいー‼︎‼︎‼︎だが男は、好きな子や可愛い子がいじめたくなるもんなんだ‼︎


「嫉妬とか可愛いね〜。ま、白波瀬には買うけどな!」

「私にもなにか買って」

「おねだりが雑だな」

「カバンに付けてるチューピーちゃんストラップ、凛ちゃんとお揃いだよね」


今になってそこに触れられるとは思わなかった。


「そうだけど、これは白波瀬が買ってくれたやつだぞ?」

「私もなにかお揃いにしたいもん」

「しょうがないなー。なにがいいんだ?」 

「いいの⁉︎」

「一つだけな」

「ショッピングセンター行こ!」

「結局行くのか。別にいいけど」 

「お待たせしました!」

「ありがとうございます!」


焼きたてのメロンパンを受け取り、一緒に食べながらショッピングセンターに向かって歩き始めた。


「これ上手いな!白波瀬も喜ぶよ!」

「今日は凛ちゃんの名前出すの禁止!」

「あ、すまん」

「でさ!お揃いにするのなにがいいかな!」

「あんま目立たないやつがいいなー」

「私もそれは賛成!」

「そうなのか?見せびらかしたいタイプかと思った」

「聞かれた時に、実はお揃い!みたいなの良くない?」

「うん!いいな!」


実際、いいかどうかはイマイチ分からないが、夢野の可愛い笑顔見たさに話を合わせた。もちろん夢野は笑顔だ!


それから話しているうちにショッピングセンターに着き、真っ先にアクセサリーショップにやって来た。


「買ってやるから安いの選べよー」

「塁飛くんも一緒に選ぼうよー」

「いいけど、たまに名前で呼ぶのなんなんだ?シンプルに恥ずかしい」

「ポチがいい?」

「もうどっちでもいい。ポチって呼ばれるのが嫌な時代はとっくに過ぎたし」

「んじゃ、みんなと居る時はポチ!二人きりの時は塁飛くん!」

「了解」


夢野はずっと嬉しそうにアクセサリーを眺め、ピアスコーナーに来ると、俺の両耳を見ながら何かを確認し始めた。


「ピアスなら開けたことないぞ?」

「だよねー」

「夢野はあるのか?」

「ない!私‥‥‥耳も処女なの!」

「うん。そういうのいいから、そんな顔真っ赤にして言うことじゃないし」

「でもピアスって憧れる!」

「確かにかっこいいよな。俺は絶対似合わないけど」

「そんなことない!」

「いや、なに言われても開けないからな⁉︎」

「んー、んじゃピアスは諦める」


お揃いのために穴開ける気だったの⁉︎絶対嫌だからね⁉︎


「ん!これ良くない⁉︎」


夢野は小さな三日月のネックレスを自分の首元に当てがい『もうこれで決まり!』と言わんばかりの笑顔だ。


「シンプルでいいな!」

「これがいい!」

「値段は?」

「800円」

「おー‥‥‥」


二つで1600円か‥‥‥7月に入ったらお小遣い貰えるしいいか。


「よし!買ってやる!」

「ん〜‼︎」

「なんだ⁉︎」


夢野は目を瞑り、唸りながら肩を丸めた。


「嬉しすぎて!」

「そっか!いいか?これはただのペアネックレスじゃなくて、病気が治るためのお守りな!」

「うん!毎日つける!」


三日月のネックレスを二つ購入して店を出て、すぐに二人でネックレスをつけた。


「いまさらだけど、男がつけても変じゃないか?」

「変!」

「は⁉︎」

「学校のジャージには似合わない!」

「そういうことね。前にもらった黒いジャージは?」

「あれなら大丈夫かも!私は?似合う?」

「夢野だと似合うな」

「本当⁉︎」

「おう」


元がいいから学校のジャージでも可愛いし、学校のジャージに合わないネックレスをつけても可愛い。なんて罪な女だ!


「ちょっと待って、お母さんから電話きた」


夢野が母親からの電話に出ると、何故だか嫌な顔をして顔を引きつらせた。


「分かったよー。てか、出なかったの私悪くないし‥‥‥うん、テント。うん。はーい」


電話を切ると「はぁー」とため息を吐き、めんどくさそうに携帯をズボンのポケットに入れた。


「なんの電話だ?」

「今日の体育祭、なんで出なかったんだーって。早く帰って来いってさ」 

「ちゃんと天沢先生が悪いって言えよ?」

「言っても怒られそう」

「そんなに厳しいのか?」

「いや!優しいけど、やるべきことはしっかりやりなさいってタイプだからさ」

「でも、体動かしすぎて大変なことになるよりいいだろ」

「うん!お母さんもその辺は理解してる!ただ、みんなと混ざって楽しそうにしてるのが見たかったんだって!まさかテントのとこに居ると思ってなかったみたいでガッカリしてた」

「そうなのかー」

「てことだから私は帰るね!」

「おう」

「ネックレスありがとう!だっ、大好き‼︎」


デカい声で言わないで⁉︎


夢野は小走りで去っていき、俺は一人で夕方までショッピングセンター内のゲームセンターで遊んでから帰宅した。


「ただいまー」

「おかえりなさい!どこへ行っていたの?」

「ゲーセン。白波瀬にお土産あるぞ!」

「お土産⁉︎」

「ほら!焼きたてのメロンパン!だったやつ!」

「わぁ!ありがとう!」

「流川くん」


白波瀬がリビングでメロンパンの匂いを嗅いで喜んでいると、愛莉がリビングにやってきて、何かを求めるように手を出した。


「はい、チョキ。俺の勝ち」

「違うわよ」

「じゃんけんじゃないのかよ」

「シュークリーム」


あ‥‥‥忘れてた〜‼︎‼︎‼︎まっ、そんなことで怒らないか!いや、きっと愛莉は怒る‥‥‥でもあれだ、あの可愛い怒り方ならいいか。


「忘れてた」


思った通り、頬を膨らませて床ドンドンが始まった。


「愛莉?みっともないわよ?」

「流川くんが悪いのよ」

「あとさ、なんでズボン履いてないんだよ‼︎」

「いつものことじゃない」

「そうだな」


そうだなもおかしいけどな。慣れって怖い。


「ちなみにパンツも履いてないわよ」

「それは履けよ!ジャージの丈が短かったらアウトだろうが‼︎」

「長いからセーフね。シュークリーム買ってきて」

「そんなに食いたいのか?」


コクっと無言で頷かれ、俺は黙ってリビングを出ようとした。


「チョコレートクリームのやつが食べてみたいわ」

「明日な〜」

「明日なら二個」

「はいはい!二個買うよ!いつもシュークリームシュークリームって!太る呪いかけてやるからな!」

「なら私は、流川くんの大事なところがもげる呪いをかけるわ」

「マジでやめて?」

「呪いが失敗したら物理的にでも」

「すみませんでした‼︎明日三個買ってきます‼︎」

「ですって凛。一つあげるわ」

「ありがとう!」


ここって俺の家だよな?なんで尻に敷かれてるみたいになってんの⁉︎許せん‼︎


そしてその日の夜、寝る前に携帯をいじっていると、急に夢野から電話がかかってきた。


「どうしたー?」

「話そ!」

「なにをだよ」

「適当に!」

「なんだそりゃ。明日遊ぶんだからいいだろ」

「分からないかなー。こういう暇電?したくなるものなの!」


なんなの⁉︎カップルが寝る前に通話して、お互いに通話を繋いだまま、いつの間にか寝ちゃう幸せイベントみたいじゃないか!

んで、起きたら携帯越しに自分を呼ぶ声が聞こえてくる的な⁉︎まぁ夢野は彼女じゃないけどね⁉︎でも、もうなんかそれに近いし⁉︎


「もしもーし。聞いてるー?」

「あつ、あぁ、聞いてる。それじゃ、夢野の趣味の話とか聞かせてくれよ」

「私の趣味?」

「うん」

「サワガニ飼育!」

「それ食べるんだろ?」 

「今は大切に飼ってるし!」

「名前は?」

「エビくん」

「へっ、へ〜」

「ちゃんとエビの餌食べるよ!」

「カニの餌あげて⁉︎」

「似たようなもんじゃん」

「確かに。あ、そうだ、夢野の誕生日っていつなんだ?」

「8月22日!」

「夏休み中か」

「そう!誕生日聞いたってことは、期待しちゃっうぞ〜?」

「期待するだけならタダだもんな」

「なにそれ!」


それから夜遅くまで話し続け、途中から電話を切りなくないと思い始めるが、夢野の声がどんどん眠たそうになっていき、それに釣られて俺は寝てしまった。

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