しちゃダメかな


玲奈が現実を見るようになった日の夜、愛莉は親の部屋のドアを全開にして放置した。

いじわるではなく、愛莉なりの厳しさと優しさど理解でき、俺もドアを閉めることはせずに、玲奈が廊下から部屋の中を見て涙ぐむのをただただ見つめ続けた。


「やっぱりママとパパはいないんだね」

「そうだな」

「でも前を向かなきゃね」

「うん。でも、居なくたって、ずっと俺達の親には変わりない」

「‥‥‥やっぱり会いたいよ」

「長生きして、俺達が死んだ時に迎えにきてくれるよ」

「そうだよね。頑張って生きる」

「おう」


そして夏服にもなり、こっそりウハウハしているうちに26日、体育祭の日になり、俺達S組は、天沢先生に衝撃的なことを告げられた。


「えーっと、わざわざ弁当持って、ジャージで来てくれて申し訳ないが、私達は体育祭の練習をしていない!そう!私が忘れていたからだ!よって!S組に参加資格なーし!」

「お前ら!あのクソ教師を殴れ!」

「おー!」

「ま、待て待て!うぁ〜!」


天沢先生はS組の女性陣に身体中をつねられ、床に這いつくばり、生まれたての子鹿みたいになってしまった。


「と、とにかくグラウンドには行く‥‥‥」

「行ってなにするんですか」

「玲奈が紅組だ。みんなで応援しよう」

「あぁ、それなら行きます。みんな、今日の玲奈はちょんまげだからな!」

「見つけやすいね!」

「夢野、お前の目は信じない」

「なんで⁉︎」

「お前の勘違いで大変だったんだからな!」

「あっ、それだけど冬華ちゃんに聞いた。ごめんなさい!」

「よし、許す!夢野は人100倍応援しろ!」

「アイアイサー!」


そしてすごい熱気の中で体育祭がスタートし、俺達はイベント集会用テントの下で、先生達に混ざって応援することになった。


「玲奈ちゃんの出番はいつかしらね」

「玲奈の出番以外つまんねー。あ、熊と杏中と同じ組なのか」

「琴葉先輩とも一緒ね」

「マジか!いいね!てか、さっきから玲奈のちょんまげしか見えないぞ」

「前に立ってる生徒の方が背が高いから仕方ないわ」


んー、愛莉に頼むか。


「愛莉」

「なにかしら」

「玲奈と席変わるように言ってきてくれ」

「なぜ私が?」


めんどくさいからに決まってんだろ‼︎‼︎とは言えない。


「シュークリーム買ってやるから」

「言ってきてあげるわ」

「ありがとう」


愛莉が玲奈の前に立つ生徒の元へ行くと、玲奈は愛莉を見つけて前に出てきた。

そして愛莉が俺達の方を指差すと、玲奈は笑顔で手を振り、俺達も手を振り返した。


「流川の妹、無邪気で可愛いなー」

「天沢先生も見習ってください」

「私は可愛いだろうが」

「態度ですよ!中身です!」

「どうしたらいいんだよ」

「背筋はいい感じなので、そのまま淑やかな表情してください」

「こうか?でもこれ見た目だろ」

「こうか?じゃなく『こうかしら?』です」

「こうかしら」

「気持ち悪っ」

「あ?」

「やっぱりいつも通りでいいですよ。顔はかなり美人ですし、優しい時は優しいので」

「そ、そうか」


なんだよ今のぎこちない反応!

それより、いつの間にか玲奈が前に来てるし、愛莉が戻ってきてる。


「ありがとうな」

「シュークリーム」

「はいはい」


紅組と白組から一年生が三名ずつグラウンドに並び始め、俺達も椅子からから立ち上がった。


「玲奈が走るぞ!」

「頑張ってー!」


グラウンドにはいろんな障害物が置かれ、しょっぱなから障害物リレーのスタートだ。


「天沢先生」

「ん?」

「普通のリレーより先に障害物リレーって珍しくないですか?」

「あの、体育祭のアンケートあっただろ」

「ありましたね」


結局手伝わなかったやつだ。


「あれで集まった希望のリレーしかやらないんだよ」

「そうなんですか?」

「琴葉が言うには、体育祭には祭って漢字がつくのに、ただ疲れるだけの競争ばかりじゃつまらないってことでな」

「おー。さすが琴葉だ」

「さぁ、始まるぞ!」


玲奈はキツくハチマキを締め直して位置についた。


「位置について、よーい!」


バン!とピストルの音が鳴り、玲奈を含めた六人の生徒が走り始めた。


「頑張って玲奈ちゃーん!」

「頑張れー!」


最初にハードルを5個飛び、地面に張られた網とダンボールのトンネルをくぐり始めた。


「玲奈ー!急げ急げー!」

「ちょんまげが引っかかる〜!」

「なにやってんの〜⁉︎」

「出れた!」


玲奈は現在3位で、障害物はまだまだある。まだ一位を狙える!


「いけたいけた!」


S組のみんなも楽しそうに応援してくれている!テンション上がる〜!

次の障害物は、ピンポン玉をお玉に乗せ、落ちたら最初からやり直しというものだ。


「慎重に!」

「慌てるなよ!」


玲奈は慌てているのか、あたふたしながら走り、ギリギリでピンポン玉を落とさずに済んだ。


「今何位⁉︎」

「二位!」

「次の障害物!あれなに⁉︎」


秋月が驚いているが、それも無理はない。人数分の水筒が置かれていて、なにをするものか分からない。


「抹茶オレ!」

「正解!」


中の飲み物を当てるのか!


玲奈は何口か飲んで悩んでいるみたいだ。


「なにこれー!あんこと牛乳みたいな味がするー!」

「天沢先生!教えちゃダメなんですか⁉︎」

「ダメだろうな」

「んじゃ!喉渇いたので、あんこミルクセーキ飲みたいです‼︎」


わざと大きな声で言い、玲奈は閃いたような顔をした。


「あんこミルクセーキ!」

「正解!」

「ほー。流川、頭使ったな」

「天才ですから!」

「ふーん」

「冷たくないですか⁉︎」


その後も、吊るされたパンを食べたり、小麦粉の中から飴を探して顔を真っ白にしながらも二位をキープしている。


「最後は借り物競走か!」


これはお題次第で順位が決まる可能性がある!お題で【好きな人】とかベタなのが出た時は大変だ。仮にそれを引いて、知らない男のとこに行ったら‥‥‥俺はその男を抹消しなければいけない‼︎


「玲奈ちゃん来るわよ」

「あっ!」


玲奈は俺達の元へ駆け寄ってきて、目の前で顔から転けてしまった。


「大丈夫か⁉︎」

「玲奈ちゃん怪我は⁉︎」

「足挫いた」

「マジかよ。お題は?」

「好きな人!」

「はぁー⁉︎誰だ‼︎おい!お前!」

「え?」

「お前だよ!見学してるお前!」


近くで見学していた男子生徒を指差し、強い目力で近づいてやった。


「な、なんですか⁉︎」 

「お前、玲奈のなんなんだよ‼︎」

「知らないですよ!」

「塁飛くん落ち着いて!」

「そんなことしてる場合じゃないわ!」


秋月と白波瀬にジャージをひっぱられて玲奈の元に戻ると、玲奈は少し痛そうに立ち上がり、キラキラした笑顔で俺の手を握った。


「私、ずっとお兄ちゃんが好きだったよ!」

「ん⁉︎」

「なんだよー!私のことが好きなんだと思ったのに!」

「天沢先生は嫌いな部類に入るかな」

「は?」

「綺麗な人だと思ったら、うるさい人だったし、暴力ゴリラだし」

「玲奈〜⁉︎最後のは関係ないし余計だよね〜⁉︎」


天沢先生は怒りのオーラを醸し出し、自分が座っていたパイプ椅子を持ち上げた。


「兄貴が兄貴なら妹も妹だな‼︎許さーん‼︎」

「玲奈!俺の背中に乗れ‼︎」

「うん!」

「逃げろ〜‼︎」

「待て〜‼︎‼︎‼︎」


玲奈をおんぶしながら、椅子を持った天沢先生に追いかけられる光景を見た生徒達は、何故か異様な盛り上がりを見せた。


「頑張れー!」

「逃げろ逃げろ!」

「おっと!紅組が逆転かー⁉︎二人を追いかけているのは学校一の美人教師!天沢冬華先生だ!遂に本性を現したかー⁉︎」


ますますキレそうなマイクパフォーマンスやめてくれません⁉︎


「お兄ちゃん急いで‼︎追いつかれる!」

「天沢先生って、めっちゃ足速いんだよ!絶対逃げきれない!」

「そんな!」


すると、放送部が言っていけない煽りを入れてしまった。


「天沢先生が美人なのに独身なのは、この本性のせいなのかー⁉︎」

「お兄ちゃん!天沢先生どっか行った!」

「振り向くな!血を見たくなかったらな‥‥‥」


俺はただ前を向いて走った。放送部の男子生徒よ‥‥‥天沢先生の本性はここからだぞ。


「やっ!やめてください!」

「おらぁ〜‼︎‼︎‼︎」

「ぎゃ〜‼︎‼︎‼︎」


マイクを通した断末魔を聞きながらも一位のままゴールし、玲奈と喜びを分かち合った。


「一位だぞ!」

「イェーイ!」


今までも仲はよかったけど、一緒に頑張って笑い合うなんてなかったかもな。


「てことで、天沢先生のとこ行ってくる!」

「うん!」

「一人で歩けるか?」

「もう大丈夫!」

「よし!んじゃ、勝てるように頑張れよ!」

「頑張るー!」


急いで天沢先生の元へ戻ると、ペコペコと放送部の生徒の保護者に謝っていた。


「すみません!すみません!」


本当、なんでクビにならないんだろう。俺が校長なら絶対クビにしてるわ。


「ポチ!」

「流川くん!」


S組のみんなが駆け寄って来る。


「一位凄かったね!」

「たまたまだよ」

「でもかっこよかったわよ」

「おー、愛莉がそんなこと言うなんて珍しいな!」


そう言うと愛莉は、プイッとそっぽを向き、椅子に戻っていった。


「なんだ?まぁとにかく!まだまだ体育祭は終わらないからな!最後まで玲奈を応援しようぜ!」

「おー!」


それから応援しまくって疲れてしまったが、玲奈は騎馬戦で大活躍し、楽しんでる玲奈を見てると疲れも癒される。

そして体育祭の最後で、紅組と白組の点数発表が始まった。これで勝敗が決まる!


「発表します!」


琴葉が発表するのか!


「紅組70点!」


なん点中⁉︎100点中⁉︎


「白組130点!よって白組の勝ち!」

「やったー‼︎」

「ボロ負けじゃねーか!」


あーあ、玲奈ガッカリしちゃってるよ。


「すまないな」

「なんで天沢先生が謝るんですか?」

「一応S組も紅組だったらしくて、私の乱入と暴力でマイナス点がヤバかったらしい!」

「おい!」

「てへ♡」

「てへじゃねーよ!反省しろ!」

「したわ‼︎謝ればそれでいいんだよ‼︎」

「教育者がそんなこと言う⁉︎」

「だって間違ってないだろ?謝らなければ謝罪しろって言われて、謝れば謝って済む問題じゃないって言われるんだ。大切なのは、自分は謝ったって事実を自分が知ってるかどうかだ」

「なんか深いこと言ってますけど、最初からやらなければいいんですよ」

「馬鹿丸出しなこと言うな!誰だって過ちは犯す!」

「んじゃ、謝ったとして、謝って済む問題じゃないって言われたとします」

「うむ」

「謝罪以外にやれって言われたことをやるんですか?」

「やれることはやる。やれないことはやらないし、なんでお前が言ってきてるの?って相手に言われてもやらない」

「前からですけど、本当に深いように見せかけて浅いこと言うの上手いですよね」

「実際に反省してたって、理解してくれる人なんて一握りだからな。さっきも言ったように、自分が謝ったことを知ってればいい。許されなくても、後に自分は謝ったって事実が自分を救ってくれる。だから、流川もお前らも、誰かを傷つけたら謝るんだぞ!」

「はい」


妙な説得力!これで『適当なこと言ってましたー!』みたいな感じだったら、さすがに殴っていいよね⁉︎


「ま、私にも謝れてない事とか、謝っても取り返しのつかないことがある。みんなは後悔しないようにな」

「はい‥‥‥」


天沢先生のどこか真剣で少し切ない表情が嫌いだ。『助けて』と聞こえてくる気がするからだ。でもなにもできないし、あまり深くも聞きたくない。だから切ない表情は見たくない。


「よし!教室戻ってさっさと帰れ!」

「はーい」


教室に戻る間、歩きスマホをしていると、中学の頃にゲームセンターでよくやっていた音ゲーの新作が今日から遊べるという記事を見つけ、ワクワクしながら曲のラインナップなどを確認した。すると夢野が隣にやってきて携帯を覗き始めた。


「音ゲー?」

「おう。てか、めっちゃ息がパイナップルだな。パイナップル食った?」

「あ、ごめん!臭かった?弁当に入ってたから食べたの」

「別に臭くないぞ?パイナップル好きだし」

「よかった!」

「夢野もゲーセン行く?」

「いいの⁉︎ポチと二人で?」

「今のところ他に誰にも行く事言ってないし」

「行く!」

「ゲーセンだぞ?ショッピングセンター内のゲーセンじゃないから、買い物とかできないぞ?」

「全然いい!」

「この音ゲー、二人でプレイできるから勝負しようぜ!」

「絶対勝つ!」

「俺は経験者だけど手加減しないからな」

「それで負けたらいっぱい罵ってあげる〜♡」

「やっぱり玲奈と行くわ」

「う、嘘だよ!」

「はいはい」


結局、夢野と二人でゲームセンターにやってきた。


「うっわ。音ゲー並んでるし!」

「人気あるんだね!」

「人気ゲームのBGMとかを多く使ってるからファンが多いんだよ」

「へー、とりあえず並ぼ!」

「おう!」


ざっと12人ぐらい並んでいたが、百円で二曲遊べて、その度に次の人と交代する暗黙のルールがある。そのおかげであっさり自分達の番が回ってきた。


「タイミングよくボタン押すだけ?」

「そうだ!」

「ボタン多いねー」

「慣れればボタン見なくてもできるようになるぞ!曲は俺が選んでいいか?」

「うん!」


難易度高い方が楽しいけど、はじめての人には、ちゃんとプレイできた喜びを感じてほしいからなー。難易度1の曲にするか!


「始まるぞ」

「う、うん!」


夢野は少し緊張している様子だったが、簡単でテンポの遅い曲を選んで正解だった!

なんだかんだ楽しめてるみたいだ!


一曲目が終わると、夢野は楽しそうに意味もなくボタンをポチポチしている。


「思ったより楽しいかも!」

「だろ?二曲目は今のより速い曲やってみるか!」

「やってみる!」


楽しさは分かったみたいだから、鬼畜な曲でビックリさせてやるか!


「しっかり指動かせよ!」

「負けないからねー!」

「きたぞ!」


予想通り、夢野は慌ててミスを繰り返しまくっている。


「速い速い!」

「ほらほら頑張れ〜」

「ダメっ!速すぎておかしくなっちゃう〜!」

「なにが⁉︎」

「出ちゃう!出ちゃうよ!」

「リズム音符が通り過ぎてくって言いたいんだよね⁉︎」

「そんな真ん中ばっかり責めないでよ!」

「夢野〜‼︎」


どうしても下ネタにしか聞こえなく、プレイを放置して夢野を無理矢理外に連れ出した。


「なんでやめたの⁉︎頑張ってたのに」

「お前が変な事言うからだろ⁉︎」

「下ネタのこと?」

「自覚あたのかよ‼︎」

「ポチの反応が面白くて♡」

「最近また優しいと思ってたのに、やっぱりSだな」

「でも最初に、そんな私を受け入れるみたいなこと言ってくれてたじゃん」

「そうだけどね⁉︎あんなに人いる場所でいじめないで⁉︎」

「どうしようかな〜」

「ニヤニヤすんな」

「はーい。もうゲーム終わり?」

「もう今日は入り辛い」

「んじゃ、散歩でもする?」

「いいけど、どこ行くんだ?」

「川とか!なんか青春って感じじゃない?」

「確かにたまにはいいかもな」

「行こう!」


それからゲームセンターから一番近い川の橋の下に来て、二人並んで座ると、夢野はツインテールのヘアゴムを取り、川を眺め始めた。


「うわ‥‥‥」

「ん?」

「いや、なんでもない」


はじめて普通のロングヘアーになった夢野を見た。ツインテールでもすげー可愛いのに、髪解くとヤバイ‼玲奈の時もそうだけど、髪型でこんなに雰囲気変わるのか。なんか照れて直視できない‼︎小魚でも見てよ。


謎の沈黙。夢野が少し動いて、靴とコンクリートが擦れる音と水が流れる音だけが聞こえる。


「ねぇ」

「な、なんだ?」

「前の続きしない?」

「前の続き?」

「‥‥‥キス‥‥‥しちゃダメかな」

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