混乱する玲奈の気持ち


あれから、天沢先生になにも聞き出せないまま6月に入り、太陽の暖かさがポカポカと気持ちのいい季節がやってきた。


21日の放課後、天沢先生は教室を出て、何故かすぐに戻ってきた。


「忘れてた!明日から夏服な!」

「えー。それはまだ寒くない?」

「夢野に同じく」

「学校の決まりなんだからしょうがないだろ」

「だったら、早く窓ガラス直してくれませんか?」

「白波瀬に同じく」

「そんな金はない‼︎」

「大人なのに?」

「秋月に同じく」

「先生はあまり儲からないんだよ」

「アルバイトしてください」

「愛莉に同じく」

「私を殺す気か‼︎あと流川!お前は文句があるなら自分の言葉で言え!」

「そうだぞ秋月。反省しろ」

「私⁉︎」


いろんなことを適当に流すことができ、尚且つ人のせいにする、最低な高校二年生に成長してしまった。


「あ、そうだ流川」

「なんですか?」

「会長が手伝ってほしいことがあるみたいだぞ」

「琴葉が?」

「なんか、体調が優れなくて仕事が終わらなそうなんだってよ」

「分かりました。白波瀬と愛莉は先に帰っててくれ」

「分かったわ」

「私もポチと行く」

「夢野は喧嘩するからダメだ」

「しない!」 

「体調悪い時に人が集まったら疲れるだろ。手伝うだけだから心配するな」

「んー、分かった」

「んじゃ行ってくるわ」


一人で生徒会室に行くと、生徒会室には琴葉一人だけで、マスクをして一枚の紙を見ていた。


「あ!るっくん!」

「大丈夫か?」

「ちょっと風邪気味かも」

「気を付けろよ。副会長とかは?」

「まだ教室かな」

「そっか。なにを手伝えばいいんだ?」

「えっとね、この書類を男女別に分けてほしいの」


書類は大量にあり、全学年に配られた26日にある体育祭のアンケート用紙だった。


「多いな」

「ごめんね」

「玲奈にも手伝わせるか」

「でも玲奈ちゃん、毎日部活を楽しみにしてるみたいだよ?」

「琴葉が困ってるって言えばすぐ来るよ」


玲奈にメールで琴葉の体調のことと、作業を手伝ってほしいと伝えると、予想通り、玲奈はすぐやってきた。


「琴葉先輩!」

「玲奈ちゃんもごめんね」

「大丈夫⁉︎って、んー?」

「玲奈?どうした?」


玲奈は目を細め、手で琴葉の前髪を少し隠す。

すると琴葉は驚いたように立ち上がって二歩後ろに下がりマスクを外した。


「ど、どうしたの?」

「サンタさんだ〜‼︎」

「何言ってるの?私は琴葉だよ?」

「玄関の前にプレゼント置いてくれたのって琴葉先輩だったんだ!」

「はぁ⁉︎」

「違うのるっくん!」

「ねぇ!ママとパパからプレゼント貰ったの?二人は今どこにいるの?」


琴葉‥‥‥そんなに俺を見ても、俺は何もしてやれないぞ。それに俺だって驚いてるんだ。


「ふ、二人は海外旅行中だよ?」

「‥‥‥嘘つき」

「え?」

「友達に言われて思い出したよ。二人とも、死んじゃったって」


あの時夢野が玲奈と間違えた生徒‥‥‥


「なっ、何言ってるんだ玲奈!二人は生きてるよ!」

「そうだよ!」

「本当はずっと分かってたよ‼︎」


玲奈は大粒の涙の涙を流し、生徒会室を飛び出して行った。


「玲奈!」

「ごめんなさい‥‥‥」

「なんでプレゼントなんて。あんな小細工までして」

「正確には私じゃないの」

「玲奈は琴葉をサンタさんって言ってたぞ?」

「プレゼントを置いて、玲奈ちゃんに手を振ったのは私。でも、私を近くまで送って、プレゼントを置くように頼んだのは‥‥‥」

「‥‥‥」

「天沢先生」


ここで天沢先生の名前が出るのか。


「るっくん、やっぱり知らないの?」

「ん?」

「私は天沢先生から全部聞かされてる」

「なにを聞いたのか教えてくれ」

「それはできないの。でも玄関の前にプレゼントを置いたのは私」

「もう何言ってるか分からないんだけど」

「初めて置きに行った日、そこに天沢先生が居たの。お菓子の詰め合わせを持って、二階を見つめてた」

「お菓子の詰め合わせだけだったら、何年も前から置かれてたな」

「私がプレゼントを置いたのは一昨年と去年の二回」

「確かに2年前からお菓子じゃなくて、親からのプレゼントって形に変わったな」

「もうこれ以上は話せない」

「絶対に?」

「ごめんね」

「ありがとうな」 

「なんでお礼なんか」

「琴葉が居たから俺も玲奈も今日まで生きてこれたんだと思う。琴葉がいて良かった」


琴葉は涙を流し、震える声で話を続けた。


「でも失敗しちゃった」

「気にするな」 

「中学の時、二人の辛そうな顔を見て、私が助けなきゃって思ったの。励ます言葉なんか無くて、玲奈ちゃんを洗脳した‥‥‥」

「でも、玲奈は分かってたみたいだな」

「うん‥‥‥」


その時、白波瀬が慌てて生徒会室にやってきた。


「今すぐ来て!」

「どうした?」

「玲奈ちゃんが屋上から飛び降りようとしてる!」


そう言われた瞬間、全身に鳥肌が立ち、俺の体は動き出していた。


「玲奈‼︎」


屋上に来ると、玲奈は柵の向こう側に立ち、一歩踏み出したら落ちてしまう位置に居た。天沢先生と愛莉が不安そうに玲奈を見つめ、すぐに白波瀬と琴葉も追いついてきた。


「玲奈ちゃん!」

「玲奈、落ち着いてくれ!」


玲奈は俺達に背を向けたまま話し始めた。


「お兄ちゃん」 

「なんだ?なんでも言ってくれ!」

「私は、琴葉先輩に親が生きてるって言われて、嘘だって分かりながらも、そう思い込んだ方が毎日が楽だったの」

「それでいいんだよ!玲奈は変わらなくていいんだ!」

「ママとパパがまだ生きてる設定で暮らしてると、お兄ちゃんは私に話を合わせてくれて、自然とお兄ちゃんの表情も明るくなっていくのが分かって、私は‥‥‥」

「‥‥‥」

「お兄ちゃんのために!お兄ちゃんの心を守るために演技を続けてきたの‼︎演技を続けてるうちに現実との区別がつかなくなっていって、最近まで、本当にママとパパが生きてると思ってた‼︎」

「‥‥‥俺も玲奈に言いたいことがある」

「‥‥‥」

「俺も愛莉に気づかされるまで、親は死んでないって思い込んでたんだ。でも現実を見るようになってから、俺は玲奈のために演技を続けた!俺だって玲奈の心を守りたかったんだよ‼︎」

「それも今日で終わり」

「玲奈ちゃん!私は玲奈ちゃんがいないとつまらないわ!」


白波瀬は涙目になりながら必死に訴えかけた。


「凛先輩は優しいけど、時々ママの面影を感じて胸が苦しくなる」


俺にも同じことがあった‥‥‥


「そんなつもりはなかったわ‥‥‥」

「でも、そんな凛先輩が大好きだった。いつも私とお兄ちゃんを気にかけてくれてて、お風呂でちょっとのぼせて顔が赤くなっただけで心配してくれたり、優しくて大好きだった」


玲奈と白波瀬が話してる間、俺と天沢先生は静かに玲奈に近づき、玲奈を助けるタイミングを待った。柵の網目の大きさ的に手は入らないけど、風が吹いて玲奈の制服が柵に密着する時がある。その時に制服を指で掴めれば‥‥‥あとは玲奈が暴れなければなんとかなる。


その時、玲奈は背を向けたまま両手で柵に掴まり、俺は玲奈の指に優しく触れた。


「お兄ちゃん?」

「帰ろう」

「帰ってもママとパパはいないんだよ」

「俺と白波瀬と愛莉がいる」

「ママとパパの代わりにはならないよ‥‥‥」

「俺達はもう、二人がいないことに気づいちゃったんだ。逃げないで一緒に苦しもう。楽しい時は一緒に楽しもう。頼むから、玲奈まで居なくならないでくれ‥‥‥」

「一緒に気持ちを共有する相手が私なんかでいいの?」

「当たり前だろ!」

「本当の妹じゃないのに?」

「知ってたのか‥‥‥」

「うん」

「でも関係ない。玲奈は俺の妹だ。一番大切な存在なんだ」


玲奈は泣いているのか肩を震わせ、ゆっくり俺達の方を向いて俯いた。


「登れるか?」

「うん‥‥‥」


玲奈がゆっくり柵を登る間、かなりヒヤヒヤしたが、無事にこちら側に戻ってこれた。


「ごめんなさい‥‥‥」

「よかった」


ずっと泣いてるけど、死んでしまったら泣いてる顔も見れなくなる。どんなに泣いてても、玲奈には生きていてほしい。


「お兄ちゃん!」


玲奈に抱きつかれ、優しく抱きしめ返すと、天沢先生と琴葉、そして白波瀬と愛莉は優しい表情で俺達を見ていて、何故だか俺も泣きそうになってしまった。


このことは大きな問題にはならず、俺からクッキング部の二人に玲奈を休ませると伝えに行き、白波瀬と愛莉に見守られながら、玲奈と手を繋いで家に帰ってきた。


「玲奈は部屋で少し休め」

「今日はお兄ちゃんと一緒に居る」

「分かった。俺の部屋来るか?」

「うん」


玲奈と俺の部屋に行き、数分間、お互いに喋らない時間が続いたが、痺れを切らせて俺から切り出した。


「もう、今日みたいなことは考えないでくれよ?」

「うん。もう心配かけない」

「‥‥‥よし!もう元気出せ!」


笑顔で玲奈の頭を撫でると、少し照れ臭そうにカバンから携帯を取り出した。


「琴葉先輩に電話する」

「おう」

「スピーカーにした方がいい?」

「なんでだ?」

「なに話してるから分かる方が、お兄ちゃん安心するかなって」

「ありがとう!んじゃスピーカーで!」

「分かった」


少し緊張してるのか、玲奈はその場に正座をして電話をかけ始めた。


「もしもし」

「もしもし。お家ついた?」

「うん。さっきはごめんなさい」 

「私こそ、ずっと騙した形になっちゃってごめんなさい」

「違うの。私は琴葉先輩に救われてた。でもさっきは、一気にいろんな感情がぐちゃぐちゃになっちゃって」

「私はいいよ!玲奈ちゃんが無事でよかった!」

「お詫びに、琴葉先輩の恋愛をサポートする!」


待て玲奈!それだけはやめて⁉︎


「本当⁉︎」

「うん!お兄ちゃんが好きなんでしょ?」

「う、うん!」

「でもお兄ちゃん、多分S組のみんなに好かれてるし、振りも付き合いもしないから、たくさんキープ居る状態だよ?」


なんで知ってるの⁉︎あとキープとか言わないで⁉︎


「大丈夫!るっくんは私が好きだから!」


玲奈と目が合い、俺は必死に首を横に振った。

琴葉の考えてたことを直接聞けて、確かに見直したけども‥‥‥


「お兄ちゃんと付き合う方法知りたい?」

「なになに⁉︎」

「愛莉先輩に洗脳してもらえばいい!副会長が言ってた!あいつの目と口調は、人の心を操ることもできるだろうなって!」

「今、洗脳とか言われると落ち込む」

「ご、ごめん!」


俺の目の前で話す内容じゃね〜‼︎‼︎‼︎


「大丈夫!まぁでも私、玲奈ちゃんがるっくんのこと好きって気づいちゃってるからな〜」


は⁉︎なに⁉︎なんだって⁉︎


玲奈は顔を真っ赤にして俺の部屋を飛び出して、自分の部屋に行ってしまった。


玲奈が俺を好き⁉︎そんなわけあるか‼︎でも、今の反応‥‥‥


とりあえず気を紛らわすためにリビングに行くと、白波瀬と愛莉が一緒に料理をしていた。


「玲奈だけど、少し元気出たみたいだ」

「よかったわ!」

「今日は私も料理してあげるんだから感謝しなさい」

「なんで愛莉も料理してんの?」

「今日はいろいろあって疲れてるでしょ。私の大好物のカレーに玲奈ちゃんの大好物のエビフライを乗せて、スペシャルカレーよ」

「俺の大好物は⁉︎」

「ごめんなさい。スーパーに女体は売ってないの」

「俺のことなんだと思ってんだよ‼︎」

「私のなら食べてもいいわよ?」

「ちょっと!流川くんに変なこと言わないで!」

「そうだそうだ!」

「流川くんは私を食べるのよ!」

「‥‥‥」 

「お、怒ったかしら‥‥‥」

「二人とも手を止めてこっちを向け」

「はい‥‥‥」

「いつもありがとうな」


俺の言葉で二人は笑顔になり、基本無表情な時の方が多い二人の笑顔に、俺はトキメイてしまった。

天沢先生が隠してることはゆっくり追求するとして、一番の悩みは一つ解決したし、恋愛面も少しは考える余裕ができて、ちゃんと恋愛できる。本当にできるだろうか‥‥‥いや、してやる‼︎絶対に‼︎

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