先生が教えてあげる♡


「天沢先生」

「お、起きてたのか」

「今起きました」

「そうか。学校着いたぞ」


車は学校の駐車場に止まっていて、車の中には俺と天沢先生しか居なかった。


「みんなは?」

「もう帰った」

「んー!」


背伸びをして目を覚まし、天沢先生の顔を見ると、なぜか目の下がほんのり赤くなっていた。


「寝不足ですか?」

「なんでだ?」

「目の下が赤いですよ」

「あー、たまたまだ」

「どういうたまたま⁉︎」

「金た」

「言うな‼︎」

「寝起きから元気だなー。どうする?家まで送るか?」

「いいならお願いします」

「了解」


天沢先生の運転で家に向かう間、天沢先生は俺に質問をした。


「どうだった?楽しかったか?」

「はい!めちゃくちゃ!」

「そうか!」

「玲奈も連れてこれば良かったですよ!」

「バカ!そんな金ねーよ!」

「あっ。やっぱり自腹なんですね」

「‥‥‥」


天沢先生は何も言わなかった。


家の前に着くと、俺のシートベルトを外すボタンを押し、早く行ってほしそうな態度を見せた。


「ほら、着いたぞ」


車から降り、一言だけ言いたいことがあって振り返ると、天沢先生はこっちを見ないで前だけを見つめていた。


「やっぱり俺は、次からイベントに参加しません」

「ほら、流川の分の写真だ」

「話を逸らさないでください。合宿の時も自腹で、お金がないから車で寝ていたんじゃないんですか?」

「悪いな流川。話すつもりはない」

「そうっすか」


天沢先生らしくない逃げの態勢に苛立って、車のドアを少し強めに閉めてしまった。


「おかえりお兄ちゃん!」

「おう」

「なんか元気無くない?」

「普通だよ」

「ふーん」


その日、考え事をしているうちに寝てしまい、夜ご飯にも顔を出せなかったが、白波瀬達は深く聞いてくることは無く、翌日学校に行くと、S組には学年主任の宮本先生が居て、よく分からないまま俺達は席ついた。


「えー、天沢先生は体調が優れないということで、今日は私が担任を努めます」


男性教師は勝手なイメージで怖いってイメージがある。それだけでも嫌なのに、天沢先生が仮病を使ったんじゃないかという考えが俺の頭によぎり、一気にテンションが下がった。


「トイレ行って来まーす」

「チャイムが鳴る前に戻れよー」

「はーい」


チャイムが鳴る前に戻れとか、その一言だけで天沢先生がどれだけ緩い先生なのか改めて分かる。

そして俺はトイレの奥に入り、天沢先生に電話をかけた。


「なんだ」

「なに逃げてるんですか」

「流川にはお見通しか」

「はい。俺に隠してることがあるのは分かってます。でも、逃げるのは反則でしょ」

「はぁー」  


電話越しの深いため息で、本当に話したくないことなんだと理解できた。


「今全てを教えることはできない。でも一つだけなら言ってもいい。それで今は許してくれないか?」

「分かりました。学校で待ってます」

「いや、私休んじゃったぞ」

「いいから来てください!みんなテンション下がってるんですから!」

「わーかったよ。今から行くけど、話は放課後だ。放課後に一人で屋上に来い」

「分かりました」


それから教室に戻り、約40分が経った時、夢野が授業中に携帯をいじり、宮本先生が力強く黒板消しを置いた。


「コラ‼︎‼︎授業中になにやってるんだ‼︎」

「あ、うん。ごめんね」


夢野は怒られても動じなく、携帯をいじり続けた。


「携帯をしまいなさい‼︎」

「ちーすっ!」

「天沢先生!」

「み、宮本先生」


天沢先生は呑気に教室に入ってきて、宮本先生を見て顔を引きつらせた。


「体調は大丈夫なんですか?」

「なんとか」

「それと、ちーすってなんですか?」

「すみません、気をつけます」 


天沢先生が素直に謝ってる!気持ち悪っ!


「それじゃ後は任せますよ」

「はい」


宮本先生はS組を出て行き、天沢先生が黒板の前に立つと、四人の背中からでも嬉しそうなのが分かる。


「心配かけて悪かったな」

「大丈夫なんですか?」

「冬華ちゃんは頑張りすぎなんだよ!」

「大丈夫大丈夫!もう治った!」


だって仮病だもんね‼︎


それから、いつも通りのラフな授業が始まり、昼休みになると、目の前で玲奈が一階の廊下を全力で走って行き、その後を追うように、青ざめた表情の副会長が走って行った。


「なにやらかしたんだ‥‥‥」


後を追っていると、珍しく琴葉が俺に反応せず、俺を追い越して行った。

これ‥‥‥ただ事じゃないぞ‼︎


三人の後を追うと、三人は調理室へ入って行き、すぐに騒がしい声が聞こえてきた。


「琴葉先輩とメガネ!なんとかして!」

「ふ、副会長がやってよ!」

「俺も無理だって!」 

「男でしょ⁉︎」


ただならぬ様子に、俺は慌てて調理室に入った。


「玲奈!どうした!」

「お兄ちゃん!やばいよ!やばいのいる!」

「るっくん♡助けに来てくれるなんて♡」

「なにがいんの?」

「るる流川!あれなんとかしてくれ!」


副会長が指差した先には、茶色い蛇がとぐろを巻いてこっちを見ているだけだった。蛇が平気な俺からすれば大したことじゃない。


「なんで校内に?」

「迷い込んだんだよ!お兄ちゃん蛇平気でしょ⁉︎逃してきて!」

「あー、はいはい」


面白いこと思いついたぞ‼︎


俺は蛇を捕まえ、琴葉に蛇を向けた。


「琴葉!」

「な、なに?」

「これが俺の愛だ!受け取れ!」

「いやだー‼︎」 

「お兄ちゃん来ないで!」

「流川‼︎止まれ‼︎」 

「いーくーぞー‼︎」 

「きゃー‼︎」


え、副会長?今『きゃー‼︎』って言いました⁉︎


調理室を出て逃げて行く三人を追いかけ、俺は自分が強くなった気がしてテンションが上がってしまい、全力で三人を追いかけ続けた。


「お兄ちゃん‼︎凛先輩に言いつけるよ‼︎」 

「知るか‼︎」

「玲奈ちゃんこっち!」


琴葉と玲奈は女子トイレに逃げ込み、副会長もさりげなく女子トイレに入って行った。


「卑怯者!」

「お前が蛇持って追いかけてくるからだよ!」

「メガネ!女子トイレに入るな!」

「い、今はしょうがないだろ!」

「副会長?」 

「な、なんだよ」

「出ろ」

「はい」


副会長は足を震わせてトイレから出てきたが、その時、面白いターゲットを見つけてしまった。


「あ!夢野!」

「ん?」

「一緒に昼飯食おうぜ!」

「え!食べよ!って、うぁ〜‼︎」

「逃げるなよ!一緒に食べるんだろ⁉︎」

「来るな〜‼︎あ!秋華ちゃん助けて!」

「なに⁉︎」

「秋月!プレゼントだ!」

「い‥‥‥要らない要らなーい‼︎」

「ポチ‼︎止まらないとプールで私の胸揉んだこと言いふらすからね‼︎」

「声デカイわ‼︎わざと言ってんだろ‼︎」

「いや〜‼︎」


クソ‼︎二人とも足速すぎだろ‼︎


二人は陸上部さながらのスピードで逃げて行き、そろそろ蛇を逃してあげようと思った時、白波瀬と天沢先生が話をしながら歩いているのを見つけた。


「白波瀬!」

「お!流川!さっき凄いこと言ってたな!」

「はい?」

「いーくーぞー!とか、どんなプレイしたらあんなデカい声出るんだよ」


少し距離があるのと、まさか学校で蛇を持っているなんて思わないからか、二人は蛇に気づいていない。


「天沢先生、プレゼントがあるので目閉じてください」

「なんだ⁉︎サプライズか⁉︎」

「はい!」


天沢先生はニコニコしなが目を閉じ、蛇を持ちながら近づいていくと、白波瀬は一気に青ざめて体を震わせた。


「手を前に」  

「ほい」


天沢先生の手に蛇を乗せると、天沢先生は目を閉じたまま、ガッツリ蛇を触り始めた。


「なんだこれ。目開けていいか?」

「はい!」


天沢先生は蛇を見て、何かを言おうとしているが声が出ないのか、口を大きく開けて震えている。


「大事にしてくださいね!」

「きゃー‼︎」

「うわ!女みたいな叫び声出さないでくださいよ!」

「私は女だ〜‼︎」


天沢先生は気が動転してるのか、蛇を持ったまま逃げて行った。


「あの蛇大丈夫かな」

「る、流川くん!なんてことしてるの!」

「いやー、調理室に蛇が居たから」

「愛莉が漏らしちゃったじゃない!」

「愛莉?」


後ろを振り向くと、愛莉が腰を抜かしていて、愛莉の周りの床がピンクの液体で濡れていた。


「え⁉︎やっぱり美少女って出すものもピンクなの⁉︎」

「イチゴミルクよ‼︎」

「マジかよ!イチゴミルクがタダなの⁉︎」

「なにを言っているの?昨日元気がなかったから、買ってあげようと思ったの!」

「あ、それは申し訳ない。でも、なんでストロー刺さってんだよ」

「喉渇いたから一口貰ったわ」

「あげるつもりなら飲むな!」

「また今度買うわよ」


愛莉は平然と立ち上がり、スタスタと階段に向かって歩いて行った。


「拭けよ‼︎」

「美少女から出たものと勘違いして、誰かが舐めて綺麗にしてくれるわよ」

「白波瀬、舐めていいぞ」

「はい♡」

「え」


白波瀬は四つん這いになり、床に顔を近づけ始めた。


「はぁ♡はぁ♡舐めますね♡」

「やめろ!汚いぞ!」

「ご主人様が望むなら♡」

「そんなに汚いもの舐めたいのか」

「舐めさせられてると思うと体が疼きます♡」

「んじゃ、熊のアフロ舐めてこい」


白波瀬は立ち上がり、冷め切った表情で振り返った。


「チッ」 

「舌打ちしないで⁉︎熊が可哀想!」

「男なんて嫌いだわ」

「男に生まれてごめんな」

「る、流川くんは別よ!」

「都合いいな」

「私、都合のいい女だから!」

「白波瀬?」

「流川くんの都合のいい女になるから許して!私を捨てないで!」

「なに言っちゃってんの⁉︎」


白波瀬は俺に抱きつき、周りにいた女子生徒が俺を睨んでいる。


「やばくない?」

「最低な男じゃん」

「クズだね」


めっちゃ言われてるんですけどー‼︎‼︎


「白波瀬、離れろ!」

「うぉ〜‼︎」


天沢先生の大きな声が聞こえ、俺と白波瀬が廊下の奥を見ると、天沢先生はまだ蛇を持ったまま走っていた。


「どこに逃せばいいんだー‼︎あっ!」


天沢先生は溢れたイチゴミルクで足を滑らせ、目の前で頭を打って動かなくなった。


「天沢先生⁉︎」

「大変!イチゴミルクが!」

「いや、そっち⁉︎」


蛇は自分でニョロニョロと昇降口から出て行き、無事野生に帰っていった。


「天沢先生?しっかりしてください」

「キ‥‥‥キス‥‥‥お姫様は王子様のキスで目を覚ます‥‥‥」

「誰かー!学校に王子様の方はいらっしゃいませんかー!」

「俺を呼んだか!」 

「熊!いいところに来た!この、結婚できずに死んだ独身姫にキスしろ」

「キスしたら全身の骨を折る」

「熊は嫌だってさ」

「なんだと!二次嫁とキスしまくった俺をナメるなよ!」


ふと白波瀬を見ると、ゴミを見る目で猪熊を見ている。最初の頃は俺もこんな目で見られてたのか‥‥‥今こんな目で見られたらショックで死んじゃうよ。


「し、白波瀬?熊はゴミじゃなくて人間だぞ?」

「チッ」

「まったく。俺がするしかないかー」

「流川くん!」


動揺する白波瀬に、ジェスチャーで『静かに』と伝え、天沢先生の横に座った。


「いきますよ」


天沢先生は少し顔を赤くし、少し唇をぷっくりさせた。そして俺達は、静かにその場を後にし、天沢先生は昼休みが終わる頃に超不機嫌そうにS組に戻ってきた。


「流川〜‼︎」

「はい!」

「お前のせいで先生に怒られたじゃねーか‼︎」

「へー」

「日に日に生意気になりやがて!私にキスしなかったことを後悔させてやるからな!」

「どんだけされたいんだよ‼︎」

「私は人生で一回しかキスしたことがない!二回目がしたい!」

「知るか‼︎」


そもそもキスしたことあるの⁉︎⁉︎どんな人かめっちゃ気になるんだけど‼︎‼︎


てかさっきから夢野と秋月がめっちゃ睨んでくる‥‥‥夢野に睨まれるのは慣れてるけど、秋月に睨まれるのはダメージがデカい!


それから怒りのオーラが漂う教室で授業を受け、やっと放課後になった。天沢先生はチラッと俺を見てすぐに教室を出て行き、俺もさり気なく教室を出て屋上に向かった。

屋上で天沢先生はベンチに座り、空を見て黄昏ている。らしくない、超らしくない。


「来たか」

「何を教えてくれるんですか?」

「あんなことやらこんなことまで、先生が教えてあげる♡」

「あ、そういうのいいんで」

「分かったよ。私が今から言うことは嘘じゃない。流川が信じるかどうかは流川次第だ」

「分かりました」

「‥‥‥私と流川は、流川が高校生になるずっと前から出会ってる」

「え?」

「約束通り一つ教えたからな。今はこれで勘弁してくれ」


そう言って天沢先生は校内に戻って行ったが、俺の頭は混乱している。

天沢先生と過去に会った記憶なんてない。あんなインパクトある人、会ったことがあれば覚えてるはずだ。

でも嘘じゃないって言ってたし‥‥‥天沢先生は何者なんだ‥‥‥いつか全部教えてくれるのか?

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