貴方でいっぱい
休日も玲奈はいつもと変わらず元気で、もう親の話に触れなければ問題はなさそうだ。
そして月曜日の放課後、俺は愛莉と一緒に調理室にやってきた。
「玲奈、テニス部は?」
「私決めたの!」
「ん?」
「クッキング部で頑張る!」
「おー!テニス部はいいのか?」
「友達にも言ったし、愛莉先輩がクッキング部を守ってくれてるし!あと、アンアンとアフロがいい人!」
「よし、今度、玲奈のマイエプロンとバンダナ買ってやる!」
「やったー!」
「よかったね玲奈ちゃん!」
「うん!」
玲奈がクッキング部だけに絞ったのには驚きだが、俺的にもその方が安心できる。
そして話をしていると、副会長は一人で調理室にやって来た。
「逃げなかったか」
「先輩こそ」
副会長は愛莉を睨み、愛莉は至って冷静な表情で副会長を見つめている。
愛莉に関しては、あの冷静な表情の裏に狂気さを隠してるから怖い。副会長も気をつけないと愛莉に壊されちゃいますよー。
「さっそくだが、そもそもクッキング部は今月中に部員を五人にしないと廃部って話なんだよ」
「先輩が前に言ったことを覚えてますか?」
「なんだ?」
「先輩は『こんなのは遊びだ。調理室を独占するほどの活動内容じゃない』そう言ったんです。会議で決められた部員を五人というのはいいですが、部活自体を貶した発言は謝罪してください」
「ふっ。なんで俺が後輩に頭を下げないといけない」
「貴方みたいな子供には、敬語を使わなくてもよさそうね」
「馬鹿にするのも大概にしろよ」
愛莉が副会長のネクタイを掴んで目を見開くと、副会長は一瞬顔を引きつらせて後退りしようとしたが、愛莉はネクタイを離さない。
「玲奈ちゃんの大切な場所は奪わせない。絶対に」
「あと三人集められるのか?五人になれば廃部はないんだ。お前がムキになる必要はないだろ」
「少ない人数じゃダメな理由は何かしら」
「無駄に調理室を使うなって話だ」
「無駄?」
「‥‥‥」
「無駄な理由が具体的に説明できないのね。まるで嘘をついてる時の流川くんみたいに目を泳がせて。哀れね」
「おい待て!今俺の悪口言わなかったか⁉︎」
「言ってないわよ?嘘川くん」
「本当、俺のこと嫌いなら言ってくんない⁉︎」
「何回嫌いじゃないと言えば分かるのよ!」
「くっ」
愛莉は機嫌が悪くなり、副会長のネクタイを力強く引っ張り、副会長も話題の急カーブにどうすればいいのか分からなくなっているようだった。
「嫌いじゃないなら悪口言うなよ!」
「だってたまに、しょうもない嘘ついたりするじゃない!」
「俺がどんな嘘ついたよ!」
「トイレ掃除したらシュークリーム買ってあげるって言ったのに、全然買ってくれないじゃない!」
「そんなことあったか?」
「あったわよ‼︎」
確かに何日か前にそんなことがあった。
「今日買ってやるから!あと、副会長が困ってる」
「あら、ごめんなさい」
「とにかく五人揃えろ!」
「無駄な理由を答えたらそうするわ」
副会長はネクタイを離され、一歩後ろに下がり、ネクタイを直しながら話し始めた。
「生徒会はな、みんなの部活が終わったら見回りしないといけないんだよ」
「要するに、一つでも部活が減れば仕事が楽になると?」
「そうだ。見回りの時間が減れば他のことに回せる」
「そう。今までの会話、全て録音させてもらったわ」
やること怖いよ‥‥‥だけどナイスだ‼︎
「貴方は自分の都合、めんどくさいという理由で廃部を望んでいる。副会長のすることかしらね。さぁ、どうするのかしら?会長はクッキング部がこのままでも、続けることに賛成みたいだけれど」
「お、脅しのつもりか?」
「脅しよ?」
「‥‥‥そこの一年‼︎」
「え?」
副会長は急に玲奈を指差し、玲奈はキョトンとした顔をしている。
「今から一人でなにか作ってみろ。美味かったら廃部を取り消してやる!」
「望むところだ!」
愛莉さーん⁉︎顔が青ざめちゃってますよー⁉︎
それも無理はない。玲奈は料理が下手だからな‥‥‥
玲奈は杏中と猪熊にアドバイスをもらいながら、楽しそうに料理を始めた。
そんな中俺は、椅子に座って玲奈を見つめる副会長に声をかけた。
「副会長」
「君はいつも会長が言ってる、るっくんか?」
「あ、はい。流川です」
「なんのようだ」
「ちょっと廊下で話しませんか?」
「いいだろう」
副会長と廊下に出て少し歩くと、副会長は振り返り、俺の話を聞いてくれた。
「話って?」
「あの一年生は俺の妹なんです」
「ほー。似てないな」
「ま、まぁ、いろいろ事情があるので」
「なるほど。察したけど、深くは聞かないでおいてやる」
「ありがとうございます。あいつが家意外であんなに楽しそうにするなんて珍しいことなんです。愛莉も失礼な感じでしたけど、俺の妹を守りたかっただけなんです。お願いします。今回は見逃してください」
深く頭を下げると、副会長は優しく俺の左肩に触れた。
「頭を上げろ」
「は、はい」
「俺にも妹がいてな」
「そうなんですか」
「大切にしていた犬が死んでしまってから、部屋に引き籠るようになってしまった。でも、俺とジグソーパズルを作るのが好きなんだ」
「パズルですか」
「そう。無心で遊べるからかな?本当は、学校が終わっらすぐに帰って、妹と遊んでやりたい。俺は妹の笑顔が見たくて、自分勝手な理由をつけてでも部活を廃部にしたかった。本当、副会長失格だわ」
「なら、生徒会入らなければよかったんじゃ」
「分かるだろ?妹に、頑張ってるお兄ちゃんが好きとか言われたらさ」
「分かります」
「お前も妹の笑顔が大切なんだな」
「はい」
「よし、クッキング部だけは見逃す」
「ありがとうございます!」
「他は潰す!」
「琴葉に怒られますよ⁉︎」
「会長なー、あいつたまに怖いんだよ。オーラ的なやつ?」
「めっちゃ分かります」
「愛莉だっけ?あいつもヤバいわ。目を見てると吸い込まれそうになる」
「うわ。分かります」
「マジか。俺達気が合うかもな」
「それはどうか分かりませんけど」
「は?」
「めっちゃ気が合うような気がします」
「いや、やっぱそんなことないか」
なんだこいつ‼︎‼︎‼︎
「焼けた!」
玲奈の声がし、俺達は調理室に戻った。
「はい!食べてみて!」
玲奈が作ったのは、消しゴムより少し大きめぐらいのホットケーキに、生クリームを乗せ、さらにチョコチップを散りばめたものが20個だった。
「いただきます」
副会長は爪楊枝で一つ口に運び、飲み込んですぐに軽く微笑んだ。
「まだまだだな」
「頑張って作ったのに!」
「まだ練習が必要みたいだし、クッキング部の廃部を取り消してやる」
「‥‥‥しゃー‼︎」
「イェーイ!」
杏中と猪熊は嬉しそうにハイタッチをし、玲奈と三人で円陣を組むようにして、その場でグルグル回り始めた。
「副会長、残りの19個、妹さんに持って行ってあげてください」
「いいのか?」
「いいよな?玲奈?」
「いいよ!ちゃんと食べてね!」
「ありがとう。絶対喜ぶ!」
この人、本当はただの優しい人だったんだな。どうしたら妹さんと長い時間を過ごせるのか答えを探しているうちに、少し答えを間違えてしまっただけだ。それを素直に言えれば、一度間違えたことのある愛莉は、どんな行動を取ったのかな。
少なくとも、あの目つきで副会長を見ることはなかっただろう。
杏中がホットケーキをパックに詰めて玲奈に渡し、玲奈は笑顔で副会長に渡した。
「はい!」
「また、妹のために作ってくれたらありがたい」
「いつでも作るから、たまに顔出してね!メガネくん!」
「メ、メガネ?」
「玲奈!副会長に向かって馬鹿なのか⁉︎」
「だって、もう友達でしょ?」
「す、すみません副会長」
「あぁ、友達だ。じゃ、また来るよ」
怒るかと思ったが、副会長は優しい表情を見せて調理室から出て行った。
「解決か?」
「解決みたいね」
「愛莉ちゃんありがとう!」
「ありがとうな!」
「愛莉先輩ありがとう!」
「明日はクレープが食べたいかもしれないわね」
「私が作るー!」
愛莉も素直じゃないな。いや、多分本当にクレープが食べたいだけだわ。
「流川くん、行くわよ」
「お、おう。玲奈、先に帰るから、気をつけて帰ってこいよ?」
「うん!」
約束通り、帰る途中にコンビニに寄りシュークリームを買って、コンビニの外で待つ愛莉の目の前にシュークリームを出した。
「ほら、受け取れ」
愛莉が少し嬉しそうに手を伸ばした瞬間、俺は手を引っ込め、シュークリームの袋を開けた。
「いただきまーす!」
「あぁ〜!」
俺は次に愛莉にシュークリームを買うことがあれば、絶対に目の前で食べてやると決めていたんだ。
愛莉は今まで見せたことのない、慌てたような可愛らしい表情をした。
「うっま‼︎」
「わ、私のシュークリームよ!」
「俺の金で買ったから俺のだよ!」
「ん〜‼︎」
愛莉は小さな子供のように頬を膨らませ、右足でドンドンと地面を踏んで、動きで怒りを表した。
「どうしたのかな〜?」
「私の‼︎」
「最後の一口いただきまーす!」
最後の一口を食べると、愛莉は口を開けて、悲しそうな表情になった。
「酷すぎるわ!」
「はいはい。ちゃんと愛莉のもあるから」
愛莉の分のシュークリームをビニール袋から出して渡すと、幸せそうに、すぐにシュークリームの袋を開けて食べようとした。
「いただきますは?」
「い、いただきます」
甘いもの食べる時だけは、普通の女子高生って感じになるの可愛いよなー。
「なんか、玲奈のためにありがとうな」
「いいえ。私は、流川くんが困っているみたいだったから、流川くんのために‥‥‥」
「え、そうなの?」
「私の心は、貴方でいっぱいだから」
「またシュークリーム買ってほしいからって、適当なこと言うな」
「はぁー」
愛莉は深いため息をついて家の方に歩いて行き、静かに俺もついて行ったが、時々俺の方を振り返っては、また無言で歩き出す謎の行動をしながら帰宅した。
「ただいま」
「おかえりなさい♡」
家のリビングには天沢先生が居て、白波瀬がお茶を出していた。
「なにしてんの⁉︎」
「家庭訪問」
「いやいや、聞いてないし」
「言ってないし」
「は?」
「いやん♡そんなに私を見つめないで♡」
「嫌でも目に入る場合はどうすれば?」
「嫌々入れるなよ。こっちの気持ちも萎える」
もう嫌だ!下ネタに聞こえちゃう!
「とにかく三人とも座れ!家庭訪問は三人まとめてだ!」
俺を真ん中にして白波瀬が左隣、愛莉が右隣に座ると、天沢先生は真剣な表情を見せた。
「来月、久しぶりにイベント行くぞ‼︎」
「俺はパスで」
「なーんでだよ!行こーよ!」
「なんですか、その子供みたいな言い方」
「白波瀬と愛莉は行くよな⁉︎」
「はい」
「もちろん」
「ほら!流川がいないところで、二人がナンパされてもいいのかよ!」
「天沢先生がついてればされないだろ!」
「私がナンパされたら⁉︎」
「チャンスじゃないですか」
「確かにー!」
病院での教頭先生との話を聞いちゃったら、行くなんて言えねーよ。
「とりあえず、詳細はまた日が近くなったら話すから、楽しみにしとけよ!」
「だから俺は行きませんって」
「流川くん?どうしちゃったの?」
「白波瀬には関係ないよ。ただめんどくさいだけだ」
「流川!反抗期か⁉︎おっぱい飲ませてやるから落ち着けよ!」
「どんな落ち着き方だよ‼︎しかも出ないだろ‼︎」
「出るようにしてよ‼︎」
「言ってる意味分かってます⁉︎」
「分かってる!」
「分かってるなら大問題だよ‼︎」
「ま、流川が来ないって言うならいいよ。可哀想になー、みんなのあんな姿を見れるチャンスがなー」
「ど、どんな姿ですか?」
「それはもう、ビンビンなやつだよ」
「言葉を選ぶってことを知らないんですか?あと、やっぱり行きます」
「よし!家庭訪問終わりー!」
「適当すぎんだろ‼︎」
「てかさ、なに茶だけ出してんだよ!クッキーぐらい出せよ!」
「何様⁉︎」
天沢先生は立ち上がり、天井を見上げて目を閉じ、両手を広げた。
「様なんて付けるほどの者ではありません。私はただの先生です。少し美人で、男子生徒の憧れの対象ではありますが、私は‥‥‥」
俺達は天沢先生が一人で喋っているうちに静かにリビングを出て、天沢先生が帰るまで放置することにした。
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