いつもの玲奈


夢野からの電話で、明日学校に着いたら、保健室で会う約束になった。

できればあの話はしたくないな。


そして翌日、約束通り保健室に行くと、夢野は真剣な表情で椅子に座り、イチゴミルクを飲んでいた。


「そんな顔して、飲んでるもの可愛いな」

「ポチも座って」


テーブルを挟み、夢野と向かい合って座ると、夢野はイチゴミルクをテーブルに置き、ズバッと話を切り出してきた。


「琴葉先輩に騙されたるよ」

「別になんも騙されてないぞ?」

「両親、亡くなってるんでしょ?」

「そうだな」

「‥‥‥えぇ〜⁉︎」


夢野はなぜか驚いて立ち上がり、目お大きくして話を続けた。


「何その反応!」 

「だって、自分でしっかり受け止めてるし」

「聞いてた話と違う!どうなってるの⁉︎」

「前の話だけど、愛莉に現実を見せられた感じかな?琴葉は知らないだろうけどな」

「それでポチは大丈夫だったの?」

「大丈夫なわけあるか!」

「じゃ、玲奈ちゃんは⁉︎」

「なにも知らないし、玲奈に関して現状維持が一番いいと思ってる」

「そんなのダメ!ちゃんと現実を見なきゃ!」

「現実を見なくても、俺と玲奈は生きてきたんだ。なにも問題はなかった。むしろ、俺が現実を見るようになってからの方が、俺は‥‥‥」

「ポチ?」

「分かっちゃったんじゃないの?」


そう言って、いつもニコニコしている琴葉が、真剣な表情で保健室に入ってきた。


「今のるっくんを見て、現実を見せないほうがいいんじゃないかって、夢野さんは思わなかった?」

「待て待て、なんで琴葉がいるんだよ」

「夢野さんがね、今日るっくんに話すって言うから」

「そういうことか」

「で、どうなの?夢野さん」

「ポチの辛そうな顔を見て、確かに現実を見ない方がいいのかもって思ったけど、いつか受け止めなきゃいけないよ。受け止めきれずに傷ついても、必ず傷は癒えるんだから」


前に、天沢先生も似たようなこと言ってたな。


「そっか」


あれ?意外にもあっさり納得?


「とにかくね、S組のみんなには感謝しかないね」

「どうして?」

「るっくんが現実に戻された後も、こうやって学校に来て、みんなと仲良くしてる。ありがとう、夢野さん」

「ま、まぁ?ポチは私が好きだからー?」

「夢野?ふざけるところじゃないぞ?あと琴葉の顔見てみろ」


琴葉は不気味な笑みを浮かべながら夢野を見つめ、ジリジリと距離を縮め始めた。


「な、なに?」

「るっくんが好きなのは私。私以外ありえない」

「俺、別に琴葉のこと好きじゃないけど」

「るっくん⁉︎どうしちゃったの⁉︎」


琴葉は俺に近づき、両手で俺の頬に優しく触れた。


「誰に言わされてるの?」

「言わされてない」

「大丈夫だよるっくん!私がるっくんを汚す女を消してあげるから!ね?安心でしょ?」

「全然安心できねーよ!てか、さっきまでのどんよりした空気どこいった⁉︎」

「ポチから離れて!ポチはね、先輩みたいな変な人嫌いなんだよ!」

「あぁ、分かった。るっくんの心を汚したのは夢野さんだね」


琴葉は、また夢野に詰め寄り始めた。


「は?私なにもしてないし」

「嘘つかなくていいんだよ?なるべく痛くないようにしてあげるから。夢野さんはるっくんが好きなんでしょ?」

「う、うん」

「なら、るっくんのために消えてよ。好きな人のために消えるなんて幸せじゃない?」

「誤解だよ琴葉」

「夢野さんじゃないの?」 

「悪いのは天沢先生」

「教えてくれてありがとう♡」


琴葉が保健室を出ていき数秒後、保健室のドアについている擦りガラスに、二人が走っていくシルエットが見えた。


「冬華ちゃん大丈夫かな」

「大丈夫大丈夫。とにかく、玲奈には話さないでほしい」

「どうしても?」

「どうしてもだ。俺は今が幸せだからさ!」

「‥‥‥ごめん。もう遅いよ」

「え?」


保健室のカーテンがモゾモゾと動き、そこから出てきたのは玲奈‥‥‥じゃなかった。


「え、誰?」

「え、えっと、夢野先輩に玲奈ちゃんと勘違いされて」

「玲奈ちゃんじゃないの⁉︎」

「違うって言ったじゃないですか!」


その女子生徒はマスクをしていて、前の玲奈のように、前髪をゴムで止めていた。


「夢野!心臓に悪いことすんな‼︎」

「ご、ごめん!」

「私、教室行っていいですか?」

「あ、うん!なんかごめんな?」

「いえいえ。そ、それじゃ」


女子生徒は保健室を出て行き、俺は夢野の両頬を引っ張った。


「ゆーめーのー‼︎」

「痛い痛い!ごめんなさーい!」

「玲奈はもっと可愛いだろうが‼︎」

「分かったから〜!」

「お前はいつもいつも‼︎」

「いい加減に〜!して‼︎」

「うぐっ‥‥‥」


夢野に男の急所を膝蹴りされ、俺は床に倒れ、体をピクピクさせるしかなかった。


「ほっぺ腫れたらどうするの!」

「腫れても可愛いから‥‥‥」

「えっ、ありがとう」


何照れてんだ‥‥‥こっちは死の狭間彷徨ってんだぞ‥‥‥


それから痛みが和らぐまで夢野に見守られ、何故だかたまに頬をツンツンされたりなんかして、やっと保健室を出れた。


「飲み物買ってから行くから、先に教室行ってろ」

「分かった!」


まだホームルームまで時間あるしな、お兄ちゃんらしく、玲奈にジュースでも持っていってやるか。

俺はお決まりのイチゴミルクを買い、玲奈にあんこミルクセーキを買って、玲奈の教室に向かうと、何故か白波瀬がカバンを持って、不安そうな表情で教室の横に立っていた。


「白波瀬?」


白波瀬は俺に気づくと、何も言わずに俺の手を引き、自販機の前まで戻って来てしまった。


「なんだよ!」

「玲奈ちゃんが、ご両親のことを‥‥‥」

「‥‥‥行ってくる!」

「ダメ!」

「なんでだよ‼︎」

「玲奈ちゃんは友達にその話をされてもニコニコしてたわ。きっと今、必死に自分を守ろうとしてるのよ」

「だったら尚更行くべきだろ!」

「今行って、何って声をかけるのよ。まさか『大丈夫だからな』とかご両親が亡くなったことを認めさせるようなことを言うの?それこそパニックになりかねないわよ?」

「‥‥‥そうだな。やめておく」


保健室に居た女子生徒と同じクラスだったってことか。一番恐れていたことになっちまった。


「白波瀬、俺はどうしたらいい」

「玲奈ちゃんがいつも通りなら、私達もいつも通りに接するべきだわ」

「分かった。で、白波瀬はなにしてたんだ?」

「私のカバンに漫画が入っていたのよ。お昼休みにでも読むのかと思って、一応没収とかされないようにカバンに入れたまま持って行こうかと思って」

「間違えて白波瀬のカバンに入れたのか」

「そうみたいね。でもこの状況だから、漫画は我慢してもらうわ」

「実際、昼休みでも小説以外ダメだしな。あ、これやるよ」


あんこミルクセーキを渡すと、要らないと言うと思ったが、白波瀬はあっさり受け取ってくれた。


「流川ミルク性器」

「今は下ネタにツッコむテンションじゃないわ」

「流川ミルクドッピュ」

「確信犯すぎんだろ‼︎セーキと関係なくなってるしな‼︎」


思わずツッコんでしまうと、白波瀬はニコッと笑った。


「ツッコむの好きね。私にはいつ突っ込んでくれるのかしら」

「そんなこと言ってて恥ずかしくないか?」

「恥ずかしくないわよ?」

「逆に白波瀬が恥ずかしいことってなんだよ」

「セックス」

「オブラートに包めよ‼︎」

「オブラートに包まなくても、アソコはゴムで包めってね!」

「うるせーよ‼︎」

「でも私は、流川くんを優しさで包みます」 


いきなりマジな顔で言うなよ!ドキッとすんだろうか!


「流川〜」

「天沢先生⁉︎」


天沢先生は朝から疲れ切った様子で俺達の前に現れた。


「琴葉がお前を守るんだとか言ってさー。めっちゃしつこかったんだけどー。だから一発殴らせろ」

「PTAに言いますよ」

「なっ!頭のいい逃げ道を見つけたな。だが殴る!」

「なんでだよ‼︎」


天沢先生は平気で俺の頭にゲンコツをし、白波瀬は俺の頭を撫でてくれた。


「天沢先生。流川くんをいじめないでください」

「ごめんね白波瀬〜♡流川のエッチな秘密教えるからゆるちてよ〜♡」

「許します‼︎」

「おい‼︎てか、なんだよその秘密って‼︎」

「流川は白波瀬の尻が好きだ‼︎」

「なんで知ってんだよ‼︎じゃなくて、えっと、その」

「流川くん!私頑張ります!」

「なにを⁉︎」


白波瀬は俺を元気付けようとする時に見せる、とても優しく、暖かさを感じる笑みを見せた。素で下ネタを言ってるのか、元気付けるためにわざと言ってるのか、本当に分からない奴だ。

とにかく今日は家に帰ったら、玲奈を注意深く見ておかないとな。


‥‥‥時間が経ち放課後、調理室に行ってみると、玲奈は二人に料理を教わっている最中だった。


「あ!お兄ちゃん!」

「お、おう」


元気そうだな。


「塁飛!れなっちは優秀だぞ!」

「おいこら。玲奈さんと呼べ」 

「え、あぁ、ごめん」

「それに、玲奈が優秀とか当たり前だろ」

「そうなんだよ!卵の殻が入らないように割れるようになったんだぜ!」


レベルひっく‼︎俺でもできるし‼︎でも今は褒めてやろう。


「マジか!凄いな!」

「れなっちは楽しそうに料理するし、本当いい子だね!」

「当たり前だ」

「塁飛?れなっち呼び禁止なんじゃ」

「杏中はいいんだよ」

「なぜに⁉︎」

「ねぇ、アフロ。次なにするの?」

「あ、えっと、卵を混ぜてみよう!」

「泡立たないようにね!」

「分かった!」


微笑ましい気持ちで玲奈が頑張る姿を見ていると、秋月も様子を見に来た。


「秋華先輩だ!」

「やっほー!塁飛くんもやっほー!」

「や、やっほー」

「何作ってるの?」

「卵焼き作るの!」

「へー!凄いね!」

「でしょ!」


秋月は舐めてくることを除けば唯一完璧に近いし、安全性も高い。玲奈と仲良くしてくれるのは嬉しいな。そんなことを考えている時、夢野から電話がかかってきて、嫌な予感が過ぎる。


「はい」

「ごめんポチ!」

「いや、許さない」

「まだなにも言ってないし!」

「なんだよ」

「凛ちゃんと、ポチと玲奈ちゃんの話してたら、秋華ちゃんに聞かれちゃった!」

「あー、秋月ならいいよ」

「本当?」

「うん。でも話すなら危機感持て」

「分かった!ごめんね!」


電話は切られ、秋月が玲奈に余計なことを言わないか、一気に緊張感が増したが、秋月にそんな気はないみたいだ。


それから玲奈は卵を焼き始めたが、杏中がフライパンを持って慌てている。


「油しいた⁉︎」

「なにもしてないよ?」

「焦げちゃうよ!」

「アフロが悪い」

「俺か⁉︎」

「そうだそうだー!アフロが悪い!」


猪熊も大変だな。秋月は楽しそうだし、

もうクッキング部入ってやれよ。


なんとか、焦げ目の多い卵焼きが出来上がり、玲奈が満足そうにしている時、琴葉と、真面目そうな眼鏡をかけた男子生徒がやってきた。


「ほら、ちゃんと部活してるでしょ?」

「こんなのは遊びだ。調理室を独占するほどの活動内容じゃない」


クッキング部をどうすかの会議の流れで来たのか。気難しそうな先輩だな。


「それに人数が少なすぎる。廃部が妥当だろう」

「でも、ほかに調理室を使いたい部活はないし」

「もう遅い。この前の会議で決定したことを今更ぐちぐちと」


琴葉〜、頑張れ〜。


琴葉を見つめてテレパシーを送るが、琴葉ですらあまり強く言い返せないみたいだ。

玲奈のためでもあるし、俺が説得するしかないのかー。嫌だなー、愛莉が居ればなー。


「話は聞かせてもらいましたよ。先輩」


愛莉キタ〜‼︎‼︎‼︎卵焼きの匂いに釣られたのか⁉︎頼まむぞ愛莉!論破スイッチオンだ‼︎


「お前は?」

「お前?生徒会メンバーである先輩が、初めて話す相手をお前呼ばわりですか。常識がないんですね」


やだやだ。このモードに入った愛莉は目が怖いんだよ。怒ってるようには見えない冷静な目だけど、とんでもない威圧感なんだよな。


「それに、クッキング部は去年の学園祭を盛り上げたうちの一つだと思いますけど。それをお忘れですか?」

「過去の実績に囚われてる奴は、いつまでも上にいけない」

「選挙に敗れて会長になれなかった副会長さんが上とか、そんな話をよくできますね。会長になれると思っていた。でもなれなかったそのコンプレックを他者にぶつけないでください」

「お前、俺に喧嘩売ってるのか」

「いいえ。私はクッキング部の必要性を話しに来ました。喧嘩という言葉や鋭い目つきで脅してる気にならないでくださいね?」

「なら、必要性について説明してもらおうか」

「それは簡単なことです。この部活を、この場所を必要とする生徒がいるからです」

「そんな甘い考えは、社会では通用しないぞ」

「先輩は自分を優秀だと思っているようですね。ですが先輩は成功者にはなれません」

「なんだと?」

「必要とする人がいるから物が売れて、必要な物を買った人は笑顔になります。公園だってそうです。子供には必要な場所で、そこを奪う必要なんてないですよね」

「それはビジネスだからな。利益が出て初めて成立する話だ。部活には関係ない」

「社会の話を持ち出したのは先輩です。お忘れですか?」


副会長と愛莉の口論に圧倒され、俺達はそれを静かに聞いていることしかできなかった。


「話が通じない奴と話すだけ無駄だ。俺は帰るぞ」

「逃げるんですね」

「俺は忙しい。月曜日、またここに来る。お前こそ逃げるなよ?」

「はい」


琴葉と副会長は調理室を出ていき、琴葉は愛莉の意外な一面に口が開きっぱなしだ。


「あ、愛莉ちゃん!」


杏中は愛莉に礼を言おうとしたのか、愛莉に話しかけたが、愛莉は調理室を出て行ってしまった。

愛莉はあくまで玲奈のためにやったんだろう。だからクッキング部からの礼は要らない。そんなところだろうな。

‥‥‥イケメンすぎんだろ‼︎


それから玲奈が作った卵焼きをみんなで食べ、家に帰ってからも、玲奈に変わった様子はなかった。逆に不気味だな。

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