食いしん坊な愛莉


クッキング部が必死に勧誘を始めた翌日の放課後、一人で調理室の様子を見に行くことにした。


「失礼しまーすって、二人とも暇そうだな」


二人は料理もせずに椅子に座っている。


「見学に来るって言ってくれた人もいるんだけどねー」

「塁飛の妹はどうなったんだ?」

「テニス部に入りたいんだってさ。でも見学は来るらしい」

「助かるよ」

「料理しないのか?」

「する気が起きないんだ」

「なら一年生も来る気にならないだろ」

「なんでそうなるの?」


この二人、料理好きなのに分かってないなー。


「焼肉屋の前とか通ると、いい匂いがして焼肉屋食べたくなるだろ?この調理室からもいい匂いがしたら、誰かかしらは来るんじゃないか?」

「待てよ塁飛‥‥‥お前天才か⁉︎」

「俺はS組の中で一番天才だぞ」 

「その嘘は俺でも分かるぞ」

「さ、さっさと作れよ」

「よし!」


猪熊と杏中はバンダナを巻き、冷蔵庫の中を覗き始めた。


「いい匂いなら、やっぱりカレーかな?」

「だな!」


俺はカレー作るのを眺めながら、玲奈を待つか。


それから数十分が経ち、やっとカレーのいい匂いがし始めた。


「窓と扉全開にしていいか?」

「うん!お願い!」


窓と扉を全て開け、調理室からカレーの匂いを校内にばら撒き始めて数分が経つと、一人の足音が調理室に近づいてきた。


「おっ足音が近づいてくるぞー。二人とも笑顔な」


とは言ったが、二人はいつも楽しそうな笑顔で料理してるし、愛想は悪くない。


「あら、流川くん」


まさかの愛莉が釣れた‥‥‥


「なにしに来たんだ?」

「いい匂いがしたものだから」

「食いしん坊だな」

「愛莉ちゃん食べる?」

「いいの?」

「もちろん!」

「夜ご飯食べれなくなるぞー」

「食べるわよ」

「ならいいけど」


愛莉は、普通に一食分の量のカレーを貰って調理室の隅で食べ始め、俺は愛莉の目の前に座った。


「本当に夜ご飯食べれるんだろうな」

「やっぱりそうだわ」

「ん?」

「このカレーはシーフードよ」

「だからなんだよ」


愛莉は質問に答えず、俺にカレーを食べさせ、淑やかな笑みを浮かべた。


「うっま‥‥‥」

「いい?凛の料理の腕前は確かなものだけれど、あの二人には負けるわ。家じゃ食べれないわよ?」


思わず唾を飲んだ。でも、白波瀬の作るご飯を食べれなくなったら、白波瀬は絶対に悲しむ‥‥‥


「あと間接キス」

「おい!」

「流川くんもカレーをもらってきたらどう?」

「いや、スプーン借りてくる。そのカレーを一緒に食べようぜ」

「嫌よ。これは私の」

「太るぞ」

「私、食べても太らない体質なの」

「それ、女友達の前で言うなよ?嫌われるからな」

「流川くんも嫌いになるかしら」

「いや、今更嫌いにはならない」 

「なら問題ないわ」

「お。おう。頼む、あと一口だけ」

「嫌」

「クソ」

「クソ食べてる時にカレーの話するなんて最低よ」

「お前終わりだよ‼︎もう女じゃねー‼︎」

「はい、塁飛の分!」


猪熊は俺の分のカレーを盛り、テーブルに置いた。


「俺は少しでいいよ。夜ご飯もあるし」

「夜ご飯の頃にはまたお腹空くって!」

「そうよ。流川くんは考えすぎだわ」

「そ、そうか?」

「そうよ」

「だよな。食べるわ!」


そしてカレーを一口食べると、猪熊と杏中はニヤッと笑いながら近づいてきた。


「食べたな」

「食べたよね」

「な、なんだよ」

「二人とも、クッキング部に入って!」

「は⁉︎」


すると愛莉は全力でカレーをかきこみ、すべてを食べ終えると冷静に答えた。


「条件は先に言うものよ。よって却下」


そのまま出口まで歩いて行き、チラッと俺を見た瞬間、全力で走って逃亡した。


「愛莉⁉︎」

「愛莉ちゃんはしょうがないね」

「塁飛だけは逃がさん!」

「ちょ、ちょっと待て!」 

「塁飛の作戦で来たのは愛莉だけだったしな!」

「今から玲奈が来るから!」


部活なんて入ったら毎日がめんどくさい!絶対嫌だ‼︎


「今、玲奈に電話するから」

「分かった」


慌てて玲奈に電話をかけると、玲奈はすぐに出てくれた。


「なに?」

「調理室にいつ来る?」

「今向かってる!」

「よし!」


電話を切り、二人に嘘をついて逃げることにした。カレーを全部食べれなかったのは悔しいけど、こうするしかない!


「玲奈はクッキング部入るってよ!」

「本当か⁉︎」

「本当なの⁉︎」

「本当だ。だから俺は見逃してくれ!あと二人は俺も探してやるからさ!」

「分かった!ありがとうね!」

「じゃ、じゃあな!」


よし、逃げろ‼︎


運良く玲奈ともすれ違わずに学校を出ることができ、そのまま家に帰り、愛莉の部屋のドアを開けた。


「なに一人で逃げてんだよ」


愛莉は布団に潜って、まったく反応しない。


「あれー?愛莉居ないのか。よいしょっ」

「くっ」


隠れてるつもりの愛莉に座ると、愛莉は少し声を出したが、俺はそれでも気付かないふりを続けた。


「まっ、居ないなら今のうちに目覚まし時計捨てるか。二階まで微かに聞こえてきてうるさいし」


すると愛莉は手を伸ばし、手探りで目覚まし時計を探し始めたが、先に俺が目覚まし時計を取り、愛莉の手を掴んだ。


「おい」

「ワタシハアイリジャアリマセーン」

「なんでカタコトなんだよ!」

「ワタシハ〜」

「はいはい、それ以上はキャラ崩壊に繋がるから布団から出ろ!」

「もう。なによ」


愛莉は布団から出てソファーに座った。


「なんで一人で逃げたんだよ」

「だって、部活なんて私には無意味な時間だもの。嫌だったのよ」

「その気持ちはめっちゃ分かるけど、一人で大変だったんだぞ!」

「いくらでも脱いであげるから許してちょうだい。あと、時計返して」

「恥じらいの無い女の裸に興味はない‼︎」

「本当に?」

「めっちゃ見たいです‼︎でもダメだ!そういうのは好きな男にだけ見せろ!」

「分かったわ。それは約束する」

「え、マジ?」

「もちろん」


もう見れなくなるの⁉︎もったいないことしちまったー‼︎‼︎‼︎‼︎


「とりゃー‼︎」

「ぐはっ‼︎」


いきなり背後から玲奈の声がしたと思った瞬間に背中を蹴られた感触がし、座る愛莉のスカートの中に頭を突っ込む形で四つん這いになってしまった。


「愛莉、約束したばっかりなのに見てごめんな」

「問題ないわよ?」

「お兄ちゃん‼︎」


玲奈に制服を引っ張られ、そのまま床に押し倒された。


「な、なんだよ!落ち着けって!」

「お兄ちゃんのせいでクッキング部入ることになっちゃったじゃん‼︎テニスしたかったのにー‼︎」


玲奈は俺を殴ろうとし、とっさに頭を横にズラすと、玲奈の拳は凄い力で床に当たった。


「あっぶねー‼︎」

「いったーい‼︎」

「こら!なにしてるの!」


白波瀬は怒る母親のように愛莉の部屋にやってきて、優しく玲奈の手を引き、落ち着かせるためか、玲奈の頭を優しく撫でている。


「なんで喧嘩しているの?」

「お兄ちゃんに騙された!テニス部入りたかったのに、クッキング部入ることになっちゃった!」

「クッキング部は嫌なの?」

「アンアンとアフロは優しかったけど‥‥‥」

「玲奈、杏中をアンアンって呼ぶのやめろ!」

「うるさい‼︎」

「そんな怒るなよ!」

「謝って‼︎」

「ごめん‼︎」

「うるさーい‼︎」

「なんでー‼︎」

「玲奈ちゃん?謝ったんだから許してあげなきゃ」

「もうお兄ちゃんなんて嫌い‼︎」


玲奈はドンドンっと足音を立てて二階へ行ってしまった。


「二人とも気にするな。明日にはケロっとしてるから」

「してなかったらどうするのよ」

「愛莉が一緒にゲームして、機嫌とってくれ」

「任せてちょうだい」

「ありがとう。ちょっとコンビニ行ってくるわ」

「ご飯までには帰ってくる?」

「おう」


俺は財布を持って本屋に行き、玲奈が集めてる漫画の最新刊と、コンビニでプリンを二個買って帰宅した。


「白波瀬」


白波瀬は夜食を作っていたが、あきらかにカレーの匂いがしている。愛莉終わったな。


「ん?」

「玲奈は部屋か?」

「ずっと出てこないわよ?」

「分かった」


相当怒ってるよこれ‼︎


二階に行き、玲奈の部屋をノックしたが、玲奈からの返事がない。


「開けるぞー?」


ドアを開けると玲奈はベッドに横になり、ドアに背を向けていた。


「玲奈?」

「なに?」

「起きてたのか」

「うるさい」

「漫画とプリン買ってきたぞ」

「知らない!」

「そんなに嫌だったとは思わなかったんだよ」

「友達とも一緒にテニスやろうねって言ってたのに」

「分かった。クッキング部の二人には俺から謝っておくからさ」

「二人の期待を裏切れないよ」

「‥‥‥よし!どうにかならないか、天沢先生に電話してみるよ!」

「あの先生怖いし、頭悪そう」

「いや、いざという時は意外とまともな人だぞ?」

「んじゃ電話してみてよ」

「オッケー」


出るか不安だったが、天沢先生はすぐに出てくれ、玲奈にも聞こえるようにスピーカーモードで話を始めた。


「どうした〜?私の声が聞きたくなっちゃったんでちゅか〜?」

「嫌でも毎日聞いてるので、できれば聞きたくないです」

「素直になれよ〜」

「そんなことより、相談があるんですけど」

「おー。どうした?」


初っ端からふざけた煽りモードだったが、思った通り【相談】というワードだけで天沢先生は真剣モードに切り替わった。


「部活の掛け持ちって可能ですか?」

「知らん」

「本当使えない教師だな!」

「私は他の教師より使えるはずだ!経験ないしキツキツだぞ!」

「ウエストがキツキツなんですね。なるほど」

「しばくぞ」

「すみません」

「まぁ、部活のことなら琴葉に聞いてみろ」

「琴葉?」

「部活のこととかは生徒会が決めてるからな」

「分かりました!使える教師ですね!これからは使います!」

「優しくしてね♡」


返事をしないで切ってやった。そして玲奈に睨まれながら、すぐに琴葉に電話をかけた。


「もしもーし」

「どうしたのるっくん!」

「部活の掛け持ちってオッケー?ちょっと訳ありで、玲奈にクッキング部とテニス部を掛け持ちさせてやりたいんだよ」

「もちろん大丈夫だよ?でも、クッキング部は廃部の危機だけど」

「あ、部活のこととか、琴葉が決めてるんだよな」

「うん!」

「クッキング部の廃部を見逃しくれ」

「んー。ん〜」 

「ダメか?」

「生徒会全体の話し合いで決まってるから、私が今すぐ答えを出せないんだよね」

「そっかー。でもとりあえず、掛け持ちはいいんだな?」

「うん!二つまでなら大丈夫!」

「了解!ありがとうな!」

「うん!クッキング部のことも、明日会議開くね!」

「さっすが!んじゃ、玲奈と話あるから切るな!」

「分かった!バイバイ!」

「おう!」


玲奈は表情が明るくなり、俺もやっと一安心だ。


「よかったな!」

「うん!でも、お兄ちゃんが変なことしなければ、こんなことにならなかった」

「それは本当にごめん!ほら、お詫びの漫画とプリン!」

「んじゃ仲直りね!やっぱりお兄ちゃん好き〜!」

「おい、本気で惚れるぞ!」

「ふーん。今は惚れてないんだ」

「ほ、惚れてるに決まってるだろ?一番大切に思ってるし!」

「えへへ!それじゃ、漫画読むから出てって!」

「えぇ〜」


それから、漫画を読んで笑う玲奈の声を聞き、白波瀬と愛莉も安心した様子だ。


「で、なんで二人とも俺の部屋にいんの?」

「心配だったからよ」

「愛莉も?」

「そうよ?」

「そっか。ありがとう!安心したら腹減った!」

「今日はカレーよ!」


愛莉はカレーと聞いて、体が小刻みに震えている。


「愛莉?体調悪い?カレー嫌だったかしら」

「い、いや?凛の作るものなら、なんでも好きよ?」

「嬉しいわ!おかわりもいっぱいしてね!」

「も、もちろんよ!」


だから言ったのにな〜。まっ、いつもの自分勝手さを少し反省するにはいい機会かな。


それから愛莉は一時間かけて普通盛りのカレーを食べきり、苦しそうにして、二時間も椅子から立ち上がらなかった。

青ざめた表情で自分の部屋に戻っていく愛莉を見て、俺もすぐに愛莉の部屋に行き、ちょっかいを出してみた。


「愛莉〜」

「ちょっと今は話しかけないでちょうだい」

「まだカレーあるけど、おかわりするか?」

「やめて‥‥‥二度とそのワードを口にしないで」

「カレーのこと?おかわりのこと?どっちだろ。カレーかなー?おかわりかなー?」

「うっ‥‥‥」

「は、吐くなよ⁉︎」

「いつもわがままでごめんなさい」

「えっ」

「迷惑ばかりかけて、それに冷たく当たっちゃうし」

「いきなりどうした?」

「どうしたんだろう」

「と、とりあえず寝ろ」

「そうするわ」


体調悪くておかしくなっちゃったの⁉︎って、夢野から電話だ。

愛莉の部屋を出て、自分の部屋に向かいながら電話に出た。


「どうしたー?」

「ごめん。やっぱり私は間違ってないと思う」


琴葉とのことか‥‥‥こっちから何も動かなければ大丈夫って考えは甘かったか。


「なんのことだ?」

「全部言う。そしてどうなっても、私がちゃんと責任取る」

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