ぶつかる優しさ


今日から、玲奈も含めて四人での登校だ。


「玲奈、前髪上げろって言ったよな?」

「別にいいじゃん!」

「お兄ちゃんは高校デビューなんて許しません!」

「なんで!」

「高校デビューなんてな、いつか黒歴史になるんだよ!」

「でも成功してるじゃない」

「愛莉は黙ってろ。犯罪者が」

「はい?今私を侮辱したのかしら」

「うん、白波瀬が」

「なんで私⁉︎」

「凛なら許すわ」

「俺だったら?」


愛莉は歩きながら、無言で俺を見つめてくる。


「無言が一番怖いから‼︎」


学校に着くと、一年生の女の子が玲奈に駆け寄ってきた。


「玲奈ちゃんおはよ!」

「おはよう!」

「教室行こ!」

「うん!」


もう友達できたのかよ。俺とは見た目と性格のスペックが違いすぎるな。


それからS組に着き、カバンを置いてS組から出ようとすると、ちょうど夢野がS組にやってきた。


「どこ行くの?」

「トイレ」

「トイレ?ポチは片足上げて電柱にしなきゃ!行こ!」

「アホか!夢野はできんのかよ!」

「私がやったら丸見えじゃん!」

「俺がやっても丸見えだけど⁉︎」 

「いいから行くよ!」

「待て待て!」


なんで白波瀬達は助けてくれないの⁉︎いつもの光景で慣れちゃったの⁉︎


夢野に廊下に連れ出され、夢野はカバンからリード付きの首輪を取り出した。


「なにやる気満々になってんの⁉︎」

「やらないの?」

「捕まるわ!」

「んじゃこっち!」

「は⁉︎」


女子トイレに無理やり連れ込まれ、便座に座らせられてしまった。


「おい、バレたらやばいって」

「大丈夫だよ。このトイレはS組以外の生徒が使うことは滅多にないし。あ、鍵閉めなきゃ」


久しぶりに夢野のスイッチが入ってしまった。


「ポチ♡見ててあげるからしていいよ♡」

「できるわけないだろ」


そもそもトイレとか嘘だし!琴葉のとこ行こうとしただけだし!


「私に全部見せてよ♡」

「嫌だよ」

「でもさ、前に私のお尻見たよね?ポチだけ見せないのはおかしいよ」

「あれはお前らが勝手に裸エプロンになっただけだろ」

「誰に向かってお前とか言ってるの?」

「その後ろの人」

「きゃ‼︎」


俺の嘘に夢野は驚いて振り向き、そのまま俺にちょこんと座り込んだ。


なにこれ!なんかエロい!


「嘘ついた?」

「う、うん」


夢野は俺に座ったまま制服のボタンを外し始め、俺の手をワイシャツの上から胸に添えた。


「なななななー⁉︎」

「許してあげるから撮らせて」

「なにを⁉︎」


夢野は携帯で自撮りを始めて、トイレで俺が胸を揉んでいるような写真を撮られてしまった。まぁ、揉んでるんですけども。【揉める時に揉んでおけ】は俺の座右の銘でもあるからな!


「よし!琴葉先輩に見せてくる!」

「‥‥‥ん?‥‥‥んー⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎」


夢野がトイレを飛び出して行き、急いで追いかけようとした時、鼻歌を歌いながら白波瀬がトイレに入ってきてしまった。

スカートをズラす生々しい音が聞こえ、俺は慌てて声をかけた。


「白波瀬!出すな!ガッツリ音聞こえちゃうから!」

「流川くん⁉︎」

「誤解だからな!夢野に連れてこられただけだからな!」


白波瀬は俺がいるトイレのドアを開け、中に入ってきた。


「聞きたかったんですね♡」

「ん?」


白波瀬は目の前でパンツを脱ぎ、恥ずかしそうにトイレに座った。


「‥‥‥」

「ご主人様のためなら、恥ずかしいところも全部見せます♡」

「やめて⁉︎」

「ご主人様に出すとこを見せてこそ、本物の奴隷です♡」

「ちょ、ちょっと待て!」


俺はネクタイを外し、白波瀬に目隠しをした。


「はぁ♡幸せです♡」

「30秒経ったらしていいぞ」

「我慢させられるのも興奮しちゃいます♡」


俺はそのまま、こっそりトイレを出て生徒会室に走った。琴葉は登校してきて、まず最初に生徒会室に向かう。二人はそこにいるはずだ!


生徒会室の前まで来ると、中から琴葉の怒鳴り声が聞こえてきた。


「夢野さんになにができるの‼︎」 

「私だって塁飛くんが好きなの!琴葉先輩より幸せにできる!」

「幸せとか、そういう問題じゃない‼︎るっくんと玲奈ちゃんが普通に過ごせてるのは私のおかげ、私は中学の頃から二人を守ってきたの!」

「守る?なに言ってるの?」

「二人の親は、私達が中学の時に亡くなったの。二人に親は死んでないと思い込ませて、平和を保ってきたの!」

「‥‥‥思い込ませた?それ洗脳でしょ。そんなことしちゃいけないよ!」


玲奈が急に親が生きてる設定になったのは、琴葉が関わってたのか‥‥‥


「いけないこと?二人の絶望した顔も見たことないくせに‥‥‥」

「‥‥‥二人だって、いつか気づくよ?その時はどうするの?」

「私がずっと側にいる」

「先輩には塁飛くんを渡さない。私が洗脳を解く」

「その先の責任を取れる?玲奈ちゃんは入学したばかりだよ?現実を知って、引きこもりになる可能性だってあるの」

「んじゃどうしたらいいの?塁飛くんの親が亡くなってるのも今知ったし、頭が追いつかない」 

「何も聞かなかったことにして。私に聞いたことは誰にも言わないで。それが二人のためだから」

「なんか納得したくないけど分かった。でも、なにかあれば私も黙ってないからね」

「分かった」


話が終わった途端、俺は話を聞いていたことがバレないように、全力でS組の方に走り、S組に着くと、白波瀬はふてくされた表情で俺のネクタイを握って席に座っていた。


「ネクタイ返してくれ」

「嫌です」

「えぇ〜」


まぁいいや、帰る家は同じだし。


それから少しして、夢野は何食わぬ顔で教室に戻ってきて、いつものように三人とたわいもない話を始め、天沢先生も早めに教室にやってきた。


「ちーっす!みんな聞いてくれ!」


また朝のホームルームサボったのかよ。


「今日から、S組だけの担任になったぞ!」


特にみんなからの反応は無く、天沢先生は真顔になってしまった。


「なんだよ‼︎嬉しくないのか⁉︎」

「朝一から教室にいるか、10分遅いかの違いじゃないですか」


そうそう。愛莉の言う通りだ。


「10分も長く私と入れるんだぞ⁉︎この美人なピチピチ教師と!流川は嬉しいって言ってた!」


一気に四人の視線が俺に向けられる。


「言ってませんけど⁉︎今知ったし!」

「流川、恥ずかしがって嘘つくなよ」

「マジっぽく聞こえるから真顔やめて⁉︎」

「私と同じ空気を吸ってるだけで幸せなんだもんな!な‼︎」

「これだから嘘つき独身ゴリラは」

「おらぁ‼︎」

「うぁ‼︎」


天沢先生は、まだ開けていない缶コーヒーを投げてきたが、ギリギリのところで避けることができた。


「あっぶねーな‼︎当たってたら死んでたぞ‼︎」

「コーヒーをナメるなよ‼︎」

「いや!怒りすぎて、怒るとこ間違ってるから‼︎」

「私が怒りたくて怒ってる内容なんだ‼︎だから間違いなんてない‼︎」

「言ってることすげーな‼︎」

「出席を取ります‼︎みんないますね‼︎終了‼︎授業を始めます‼︎はい、自習‼︎」


勢いがすごすぎるわ。とにかく、琴葉がやったことは正しかったか間違っていたかは分からないけど、琴葉も夢野も、俺達を大切に思ってくれてるってことは分かった。今はそれだけでいいや。

琴葉に関しては、まだ何か隠してるように感じるけど、今深入りしたら、今の環境が壊れてしまいそうという不安もあり、今は何もしないことに決めた。

それに、俺は琴葉に洗脳されたっていうより、玲奈にされた感あるけど。


そして昼休み、弁当のお供にジュースを買いに一階に行くと、猪熊と杏中が自販機の近くで部活の勧誘をしていた。


「昼休みなのに頑張ってるな」

「塁飛!やばいんだよ!」

「えっ」

「私達を助けて!」

「どうしたんだ?」

「私達クッキング部!4月中に部員を五人にしないと廃部宣言されちゃった!」

「しかもな!一年生が入学してきたってのに、見学すら来ないんだよ!」

「落ち着け、昨日はそもそも部活無かったし、勧誘と見学は今日からスタートだろ」

「あ、そっか」

「大丈夫だって。三人ぐらいどうにかなる」

「でもな‥‥‥わんこそば部は勧誘すら許されずに廃部になったんだぞ⁉︎」

「え、わんこそば部は五人以上部員いただろ」


杏中は急に俺の耳元に顔を近づけた。


「これはあくまで噂なんだけどね、一人の女の子が部員を脅して、どんどん部員が減っていったらしいよ」

「それはなかなか不幸だな」


夢野、あいつやりやがったな。


「私達も廃部になったらどうしよう‥‥‥」

「妹が入学したから、部活なにするのか聞いておくよ」

「本当⁉︎」

「おぉ!我が友よ!妹キャラは大好物だ!」

「ごめんな杏中。やっぱり今の話はなしにしてくれ」

「大丈夫!このオタクは埋めておく!」

「なんだと!」

「そしたら部員一人減るぞ」

「あ‥‥‥どうしたらいいんだー‼︎」

「とりあえず勧誘頑張れ。それでもヤバそうだったら手を貸す」

「なんでそこまでしてくれるんだ?杏中のことが好きなのか?」

「いや別に」

「ねぇ!なんか振られた!ちょっとショック‼︎」

「あはは!ドンマイ!」

「るっくんが言う⁉︎」

「おい、その呼び方やめろ。ほら、一年生いっぱい来たぞ」


二人は一年生の群れに飛び込んでいき、部活の勧誘を始めた。


クッキング部にはお世話になってるからな、廃部は困る。にしても、振っても杏中みたいなテンションなら、どれだけ楽か。


「流川くん!」

「あ、白波瀬」


白波瀬は明らかに文句を言いに来たのが分かるぐらいハムスターフェイスだ。


「私を騙したわね」

「いや、ちゃんと見てたぞ?」

「え?」

「スカートの中も」


白波瀬は目を泳がせ、無言でネクタイを返して、トコトコと歩いていってしまった。


「うむ。可愛い」

「おにーちゃん!」

「次から次へと美少女に話しかけられて、お兄ちゃんすごいわ」

「なに言ってるの?それよりさ!売店のプリン奢って!」

「は⁉︎」 

「私にも奢って〜♡」


コーヒーを買いに来たであろう天沢先生も話に混ざってきた。


「玲奈!俺の後ろに隠れろ!この人が担任の天沢冬華だ!」

「あ!あの独身の!」

「れ、玲奈?逃げろ‼︎‼︎‼︎」

「うっ、うぁ〜!」


玲奈は全力で廊下を走り、天沢先生は玲奈を追いかけて行った。


「琴葉〜‼︎」

「はい!るっくん♡」

「いや、はやっ!どこに居たんだよ!」

「2秒ぐらい前から後ろにいたよ?」

「こわっ‥‥‥そんなことより、玲奈を救え!天沢先生が玲奈を襲ってる!」


琴葉は凄まじい早さで指差した方に走っていき、廊下を曲がると、天沢先生の声が聞こえてきた。


「会長!やめろ!ちょっ!いやっ!」

「天沢先生のブラジャーはピンクー!」


なんだと⁉︎行くしかない!


俺も様子を見に行くと、琴葉はピンクのブラジャーを頭につけ、天沢先生はスーツの上から胸を隠すようなポーズをしていた。


「天沢先生、可愛いの付けてますね」


天沢先生は顔を真っ赤に、そのままどこかへ逃げて行った。


「玲奈は?」

「逃してあげたよ!」

「さすがだな!ついでにそのブラくれ」

「は?」

「冗談です」

「私のあげる♡」


琴葉は制服に手を入れ、ブラジャーを外そうとした。


「やめろやめろ!もうとりあえず教室戻るわ!」

「分かった!」

「おう」

「るっくん!」

「なんだよ」

「いつでも助けに来るからね!」


琴葉の笑顔は優しく、事実を知ってから、その言葉が少し重く感じる。


それから天沢先生は、スーツの上にジャンバーを羽織り、ノーブラということを四人に隠しながら1日を過ごした。S組の中で俺だけがノーブラということを知っているこの状況!なかなか悪くない。天沢先生は一切俺と目を合わせないし、初めて勝った気分だ。

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