二年生編

黒髪の圧倒的美少女


「流川くん!玲奈ちゃんが帰ってこないわ!」


4月5日、入学式の前夜、白波瀬は慌てて俺の部屋へやってきた。


「明日の準備とかもろもろで、じいちゃんの家に泊まるんだってよ」

「そうなの?」

「うん。だから心配するな」

「そういうことは決まった段階で教えてくれないと心配になるわよ」

「ごめんごめん。あ、琴葉と玲奈が一緒にいても、警戒しなくていいからな。あいつら、めちゃくちゃ仲良いから」

「私達より?」

「多分、白波瀬とより仲良い。ほっぺにチューしちゃうぐらい」

「わ、私だって玲奈ちゃんの胸にキスマークつけたことあるわよ!」

「なにムキになってんの⁉︎てか、なにしてんだよ‼︎」

「私の唇がプルプルで気持ち良さそうって言うから、試させてあげたのよ。ご主人様もいかがですか?♡」


確かに、白波瀬の唇って気持ち良さそう!いつも潤って見えるし、絶対柔らかい!


「う、腕になら」

「いいんですか⁉︎」

「お、おう」


白波瀬は少し目を泳がせ、頬を赤らめながら俺の目の前に正座をした。


「失礼します♡」


なにこれ、本当にキスする気分だ。ドキドキが止まんねー‼︎‼︎‼︎


白波瀬の唇が俺の右腕に触れそうな時、ドアの隙間から、愛莉が冷静な目で俺を見つめているのに気付いた。


「し、白波瀬!ヒャッ!」


白波瀬の柔らかい唇が腕に当たり、どんどん吸う力が強くなり、その間、ずっと愛莉と目が合っている‥‥‥


「付きました!」

「あ、本当だ」


腕にはキスマークが付き、恥ずかしさとドキドキ感で体が熱い。初めて、女の子の唇の柔らかさを体感した。


俺がキスマークを見つめていると、白波瀬はポケットから携帯を取り出し、嬉しそうに写真を撮り始めた。


「撮りすぎだよ」

「初めてご主人様とキスした日ですよ?記念写真です!」

「誤解生まれるから!」

「でも、ご主人様は私のキスを受け入れました♡!」

「そうかもしれないけど違うって‼︎」


欲を我慢できなかった‼︎腕ならいいかと安易な気持ちで‼︎愛莉にも見られたし‼︎って‥‥‥愛莉居なくなってるし。


「私、すごくドキドキしました♡男の人に唇が触れるなんて初めてで♡」

「白波瀬」

「はい!」

「今あったことは忘れよう」

「‥‥‥」


白波瀬は少し悲しそうに部屋を出て行ったが、あまり気にしないでSNSを見ていると、白波瀬のアカウント名が【流川くんにヤリ捨てされました】に変わっていた。


「白波瀬〜‼︎‼︎‼︎」

「なにかしら」


白波瀬はドアを少し開けて、顔だけを入れて目を細めた。


「名前なんなんだよ‼︎」

「事実よ」

「違うよね⁉︎誰かに見られる前に名前変えろ‼︎」

「それじゃ、前の名前を当てられたら戻すわ。流川くんがどれだけ私を見てるかの確認」

「流川くんの椅子」

「正解!戻しますね!」


白波瀬のアカウント、通報しとこ。


それからその日は三人で夜ご飯を食べ、翌朝目を覚ますと、腕にキスマークが一つ増えていて、俺は朝ごはんを作る白波瀬に聞いた。


「またやったか?」

「え?」

「え?じゃねーよ!やるなら起きてる時にして⁉︎」


どうせやられるなら起きてる時がいいのに‼︎‼︎


「それ、私じゃないわ。腕を貸して」

「え、うん」


白波瀬は俺の腕を掴み、タワシを握った。


「私以外のは消します」

「‥‥‥いてててててっ‼︎‼︎‼︎」


腕をタワシで擦られ、激痛のあまり全力で離れ、全力の言い訳をした。


「これは俺のだ!」

「愛莉しかいないでしょ?」

「俺だよ!白波瀬が付けたキスマークの隣に付けたかったんだよ!なんか、なんとなく、その、いいじゃん?そういうの」


白波瀬は恥ずかしそうに顔を隠し、体をクネクネさせ始めた。


「そんなことされたら、ますます‥‥‥♡」


なんとか腕から血が出る前に誤魔化せた。

確かに白波瀬じゃなかったら愛莉しかいない。愛莉はなんなんだ。興味本位か⁉︎


数分後に愛莉も起きてきたが、何も言ってこないし、聞いたら嘘がバレるから俺も黙っておくことにした。それに今日は玲奈の入学式だ!朝から腕を失って病院送りにはなりたくない‼︎


そして無事に登校し、始業式を済ませ、入学式が始まるのを体育館で大人しく待つことになった。

まだ玲奈が高校の制服を着ている姿を見てないし、ワクワクが止まらん!


徐々に保護者が集まり始め、俺のじいちゃんもやってきた。


「なぁ夢野」

「ん?」

「あの、スーツ着て、坊主頭のじいちゃん見えるか?奥に座ってる人」

「うん」

「あれ、俺のじいちゃん!」

「そうなの⁉︎優しそうだね!」

「めちゃくちゃ優しい!」

「凛と秋月さん、おじいさんのところへ行ったわよ」

「ん?は⁉︎」


二人は俺のじいちゃんに駆け寄り、笑顔で握手をしている。


「ただの挨拶か。ならいいや」

「私も行ってくる!」


夢野もじいちゃんの元へ向かい、愛莉だけが残った。


「愛莉は行かなくていいのか?」

「人見知りなのよ」

「へー」


人見知りとか嘘だろ。最初の頃、心壊そうとして、めっちゃ俺に質問してきたじゃん。


「よっ!」


聞き覚えのある声がして振り向くと、すっかり元気そうな明るい笑顔の天沢先生がいた。


「うおー‼︎天沢先生‼︎退院したんですか⁉︎」

「一昨日退院して、今日から復帰だ!」


天沢先生を見て、白波瀬達も戻ってきた。


「よっ、白波瀬!」

「もう体は大丈夫なんですか?」

「もう完璧だ!ってことで私は教室にいるから、大人しくしてろよ」

「入学式は出ないんですか?」

「いろいろやることあんだよ。じゃあな!」


天沢先生はすぐに体育館を出て行き、数十分後に入学式が始まった。


「新入生入場」


玲奈は何組だ!どこだ!玲奈!


「え。おいおいおい。お前ら、玲奈見つけた?」


全員が入場し終わったが、俺は玲奈を見つけられなかった。


「いたよ?」

「私も見つけたけれど」

「愛莉は?」

「見つけたに決まってるじゃない」

「え。秋月は?」

「見つけた」


なんで俺だけ見つけられなかったの⁉︎


それから入学式は順調に進行され、新入生が体育館を出始めた。


「夢野夢野!玲奈どれ!」

「あれあれ!」

「どれだよ!」

「あれだってば!」

「どれ!」

「あーあ、行っちゃった」

「マジ?」

「マジ」


なんで⁉︎絶対いなかったよ‼︎俺がちょんまげを見逃すわけがないのに‼︎


ガッカリしながらS組に戻ると、天沢先生は教室でコーヒーを飲んでいた。


「やることってそれですか?」

「当たり前だろ」

「まぁ、やっと退院できたので何も言いませんけど。レンタカーどうなりました?」

「事情説明したら1日分で許してくれた!流川!ざまぁ〜」


クソ‼︎‼︎殴りてぇ‼︎‼︎なんだそのムカつく顔は‼︎‼︎


「とりあえず今日はこれで下校だから、気をつけて帰れよー」

「はーい」


帰る準備をして、みんなで昇降口を出ると、サラサラの黒髪で笑顔が眩しい美少女に声をかけられた。


「制服どうかな!」

「えっ、えーっと、話しかける相手間違えてませんか?」

「ポチ、なに言ってるの?」

「いや、俺この子のこと知らないし」


こんな圧倒的美少女、俺は四人しか知らない‼︎


「お兄ちゃん、妹のこと忘れたの?」


その美少女は前髪を上げ、ちょんまげのように髪を束ねた。


「玲奈⁉︎どうしちゃったんだよその髪‼︎」

「愛莉先輩がアイロン貸してくれたから、前髪下ろしてみた!」


おでこを出さないだけで、こんなにも美少女に変身するのか⁉︎確かに玲奈は元がいいけど、こんなに印象変わる⁉︎

俺の妹が高校デビューして、ナンバーワン美少女になった件。


「玲奈!」 

「ん?」

「結婚しよう」 

「えぇ〜⁉︎そ、そういうのはまだ早いって言うか、私達家族だしって言うか〜!」


玲奈は手をワチャワチャと慌ただしく動かし、少し頬が赤くなっている。可愛い‥‥‥ただ、四人が目を見開いて、威圧感マックスで俺を見ているのは可愛くない。まったく可愛くない。


「前髪下ろしてる方がいい!でも明日から上げろ」

「なんで⁉︎」

「変な男が寄ってくるだろ‼︎」

「それは大丈夫だよ、るっくんが心配なら、私が見張ってあげる!」

「琴葉せんぱーい!」


琴葉も学校から出てきて、琴葉を見た玲奈は嬉しそうに琴葉に抱きついた。


「玲奈ちゃん!しばらく見ないうちに可愛くなったね!」

「琴葉先輩も可愛い!好き!」 

「玲奈、お兄ちゃんにも言ってくれ!」

「好き♡」

「あ、琴葉は言わなくていいんで」

「お兄ちゃん!琴葉先輩をいじめないでよ!」

「玲奈ちゃん?るっくんは何も悪くないよ?」

「そうなの?」

「でもねー、一つ悲しいことがあるの」

「なに?」

「バレンタインのお返し、いまだに貰えてないの」

「お兄ちゃん酷い!」


ん?バレンタイン?


「なに言ってんだよ。琴葉にチョコなんて貰ってないぞ」


てか、四人もくれるかな〜、今年は人生で初めてチョコを貰う記念日かーとか思ってたのに、誰一人くれなかったし‼︎


「バレンタインの日、確かに下駄箱に入れたよ?」

「いや、無かった」

「私も入れた!」

「私も」

「秋月と白波瀬も⁉︎」

「琴葉先輩」


夢野は琴葉を睨みながら琴葉の目の前に立ち、軽く琴葉の靴を踏みつけた。


「私も下駄箱に入れたんですけど。なんでみんなのチョコが無くなったか分かりますよね?」

「な、なに言ってるのかなー?」

「先輩が捨てたからですよね」

「は⁉︎マジかよ‼︎お前最低だな‼︎俺の期待と人生で一度しかない高1のバレンタインを返せ‼︎」

「るっくん。私以外の女が作ったチョコなんて食べたら体に毒だよ?だから私が捨ててあげたの」

「琴葉先輩が捨てるのを見たから、私も琴葉先輩のチョコを捨てた」


二人は睨み合い、俺は玲奈に被害が及ばないように手を繋いだ。

なんだろ、妹なのにドキドキするぞ。


「お兄ちゃん」

「なんだ?」

「琴葉先輩ってやっぱり優しいね」 

「そ、そうかもな」


玲奈が琴葉をいい人だと言うならそれでいい。否定して傷つけたくない。


二人は一切目を逸らさず、今にも殴り合いが始まりそうな雰囲気だ。


「夢野さんとは、近いうちに本気でやり合わなきゃいけないみたいだね」

「いつでも待ってます」

「琴葉」

「なに?♡るっくん♡」

「夢野に酷いことしたら許さないからな。ただし、夢野が琴葉に酷いことするのはある程度見逃す」

「お兄ちゃん!琴葉先輩をいじめないで!酷いのは夢なんとか!」

「れ、玲奈ちゃん?私の名前分かるよね?」

「知らない!」

「夢桜だよ!」

「はいはい。夢桜」

「呼び捨て⁉︎」

「なにか?」

「い、いいよ!呼び捨てでもいい!」


玲奈‥‥‥どんだけ夢野が嫌いなの⁉︎


「夢野さん?」

「なんですか」

「へっ」

「は?」

「はいはい。今日は解散!琴葉も夢野を煽るな」

「るっくんの言うことなら、なんでも聞いちゃう♡でもね、るっくん」

「は、はい」


琴葉に顔を近づけられ、急な威圧感に思わず敬語になってしまう。


「私はるっくんのためにチョコを捨てた。るっくんは分かってくれるよね?」

「分かったから、今日は帰れ」

「るっくんなら分かってくれると思った!バイバイ!」 

「琴葉先輩!またね!」

「玲奈ちゃん!また明日ねー!」


琴葉が帰っていくと、秋月と白波瀬は肩を撫で下ろした。


「捨てられてたんだ」

「安心したわ」

「安心?」

「チョコのことも何も言わないし、ホワイトデーもお返しがなかったから、迷惑だったのかと思っていたの」

「私も」

「迷惑とか思わないって!来年は直接渡してくれ!」

「うん!」

「分かったわ!」

「夢野もな!」

「もちろん!」


その時、携帯の通知音が鳴って確認すると、琴葉から『私はるっくんを守りたかっただけなの。チョコを捨ててごめんなさい』とメッセージが届いていた。


なんだよ琴葉。素直に謝れるんじゃん!琴葉もよく分からない奴だわ。


それから白波瀬と愛莉はバイトに向かい、玲奈と二人で家に向かった。


「そういえば、愛莉ってなんのバイトしてるか知ってるか?」

「缶詰用のミカンの皮を無限に剥く仕事って言ってた」

「へー。なんか地味で似合うな」

「だから『流川くんが悩んでても、私は皮を剥くのが得意だから、きっと大丈夫』って言ってたよ?なんのことなの?」

「れ、玲奈は知らなくていいよ〜。あと、悩んでないって伝えておけ」

「いや『確認してきたけど、ギリ剥けてたから大丈夫みたい』って言ってた」

「そ、そっか。よかった」


あいつ、いつか逮捕してもらお。あと、ギリってなんだよギリって‼︎‼︎ふざけんな‼︎‼︎


「てかさー、なんで夢桜先輩と仲いいの?」

「夢野は玲奈が思ってるほど悪い人じゃないぞ?」

「そうなの?」

「気が強くて変態だけど、優しいところもあるんだ。お兄ちゃんが仲良くしてる人だぞ?信じられないか?」

「んー、少し信じる!」

「玲奈はいい子だな!」

「えへへ!」

「あ、琴葉から電話だ」

「出てあげな!」

「うん」


琴葉から電話とか珍しいな。


「もしもし?」

「るっくんるっくん」

「なんだ?」

「夢野さんに気があったりしないよね」

「まだ夢野のこと言ってんのかよ。夢野をいじめるなよー?」

「ダメだよ?私以外はダメ」

「はいはい」

「話流さないで。白波瀬さんと暮らしてるのを生徒会長として見逃してあげてるんだよ?るっくんは私に守られてるの」

「ちょっと待て。それを知ってて、お前が白波瀬と愛莉に攻撃的じゃないのはおかしいだろ」


そう言うと電話は切られ、念のため玲奈に確認することにした。


「琴葉からなにか聞いてないか?」

「なにが?」

「なにか企んでたりしてないかなって」

「なにも聞いてないよ?」

「そうか、ならいいや」

「それよりさ!明日から私も一緒に登校できる!」

「だな!でも、俺の担任の天沢冬華には気を付けろ」

「なんで?」

「あれは要注意人物だ!前に、家の庭で暴れた人だぞ?」

「あの人⁉︎」

「そうだ」

「気をつける!」

「よし!」


にしても、琴葉が俺から逃げるように電話を切るなんておかしい。明日は質問攻めの刑だな。あと、愛莉にはギリ剥けてるって言われた仕返しに、目の前でシュークリーム食ってやろ。

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