悲劇と隠し事


「塁飛くん!見てた?」


秋月と夢野が滑り終わり、俺達の元にやってきた。


「あ、あぁ見てた。でも今はそれどころじゃない」

「どうしたの?」

「白波瀬があの位置から滑ったら崖に落ちるかもしれない」

「い、急いで行かなきゃ!」


夢野は慌ててチェアリフトに向かって走り出したが、すぐに呼び止めた。


「夢野!今、天沢先生が向かってる。俺達は下で待機だ」

「冬華ちゃんが行ってるなら安心か!」


今、不安を煽ってもどうにもならないな。


「そうだ!大丈夫だ!愛莉もあまり心配するな」


愛莉は白波瀬の方を心配そうに見つめて何も言わない。


「そうだ!凛に電話する!」

「さっきかけたけど繋がらなかった。って、夢野は?」

「あれ?どこに行ったんだろ」


周りを見渡すと、夢野は休憩室からメガホンを持ってやってきた。


「ポチ!借りてきた!」

「よくやった!」


俺はメガホンで白波瀬に呼びかけた。


「白波瀬‼︎そこから滑るな‼︎」


白波瀬に声が届いたのか、白波瀬はソリから立ち上がろうとしている。周りのお客さんも空気を読んで静かにしてくれ、俺はもう一度白波瀬に呼びかけることにした。


「白波瀬‼︎ソリから降りて待ってろ‼︎」

「ポチ、凛ちゃん変だよ」

「え?」

「足が滑って立てないのかも。ちゃんと見て、凛ちゃんがあまり動かないのは、もう斜面にいて、手でなんとか止まってるだけだよ」

「白波瀬‼︎立たなくていい‼︎横に倒れろ‼︎」

「あっ!」


白波瀬はソリに乗ったまま滑り出してしまい、その直後、白波瀬の後ろからスノーボードに乗った女性と、アフロの男が凄いスピードで白波瀬の両サイドに着いた。


「あのアフロ!熊⁉︎」

「もう一人は冬華ちゃんだよ!」

「えっ、かっけー‼︎‼︎‼︎」


白波瀬の乗ったソリは崖の方に逸れていき、猪熊の脚にぶつかった。


「熊‼︎」


猪熊が崖から落ちそうになった時、天沢先生は猪熊のスキーウェアを引っ張って転ばせ、そのままバランスを崩して白波瀬に抱きついた。


「嘘‥‥‥凛‥‥‥」


二人はそのまま崖の下に落ちてしまった。

頭がクラクラする。息も苦しい。白波瀬と天沢先生も失うのか‥‥‥?


赤ランプの付いたスノーモービルが3台、2人の元に向かっていく。


「ポチ?愛莉ちゃん?」

「塁飛くんしっかりして!」

「君達!」


休憩室から男性のスタッフが出てきて、慌てて話しかけてきた。入り口で会ったスタッフさんだ。


「大丈夫かい?」

「二人は‥‥‥」

「今情報が入ると思うから、とにかく中に入ってください」


その時、スタッフのトランシーバーに情報が入った。


「黒髪の生徒は手を振っていて、意識がしっかりしています。先生は倒れていて動きません。頭部からの出血も確認。木にぶつかったのかもしれません」

「降りれますか?」

「無理ですね。ドクターヘリを要請します」


みんな不安で泣きだしそうだ。俺がしっかりしなきゃ。


「大丈夫だ!白波瀬が無事ってことは、そんなに高くなかったてことだ!」

「そ、そうよね。大丈夫よね」

「天沢先生が死ぬなんてありえないよ!」

「そうだよ!あの冬華ちゃんだよ?」


それからしばらくしてドクターヘリがやってきて、無事に二人を病院に運んで行き、猪熊が事情を説明して俺達に駆け寄ってきた。


「熊、大丈夫か?」

「天沢先生が引っ張ってくれなかったら落ちてた‼︎マジビビッた‼︎」

「て、てか、来てたんだな」

「お父さんとな!」

「仁‼︎大丈夫かー‼︎」

「大丈夫だ!」


猪熊のお父さんらしき人がこっちに走ってくる。いや、絶対にお父さんだ。だってアフロだもん‼︎


「おっ、まさか君が塁飛くんかい?」

「は、はい」

「となると、君達はS組の生徒かい?」

「はい」

「そうか。さぞかし不安だろう。病院に連れて行ってやる!」

「本当ですか⁉︎」

「仁も賛成だよな?」

「当たり前だ!」


かっこいいお父さんだ。俺もアフロにしようかな。


それからみんなで猪熊のお父さんの車に乗り、二人が運ばれた病院に向かった。


「あの病院だな。ドクターヘリが止まってる!」


猪熊のお父さんは、病院の入り口前に車を止めてくれ、S組にみんなは車を降りてお辞儀をした。


「ありがとうございました!」

「早く行ってあげるんだ!」

「はい!熊も助けようとしてくれてありがとうな!」

「おうよ!」


病院に入り、愛莉は看護師さんに声をかけた。


「白波瀬凛は、白波瀬凛はどこにいますか?」

「お知り合いの方ですか?」

「はい!」

「案内します!」


看護師さんに案内され、白波瀬がいる病室に案内された。


「凛!」


白波瀬はベッドの横にある椅子に座り、目立つ傷もなく元気そうだった。


「大丈夫か?」

「えぇ。天沢先生は?」

「まだ分からないけど、きっと大丈夫だ。とりあえず俺が見てくるよ」

「私も行く」

「秋月は白波瀬の側にいてあげてくれ。なにか分かったらすぐに戻ってくるから」

「分かった」


一人で入り口付近に戻り、看護師さんを探している時、テレビでスキー場のニュースが流れていた。


「スキー場の安全ロープを超え、20代女性が亡くなりました」

「‥‥‥は?」


亡くなった?誰が?


「流川‥‥‥」

「え‥‥‥天沢先生‼︎え⁉︎死んだんじゃ‥‥‥」


天沢先生はおでこに包帯を巻き、今にも倒れそうな足取りで、顔を歪ませて近づいてきた。


「死ぬわけないだろ」

「はぁ‥‥‥今この数秒で、心臓止まるかと思いましたよ」

「白波瀬は‥‥‥白波瀬は大丈夫か」 

「怪我もなくて元気でした」 

「よかった‥‥‥」

「天沢さん!勝手に動かないでください‼︎」


看護師さんが天沢先生を怒りにやってきた。


「天沢さん、骨が折れてるんですよ?」

「え⁉︎天沢先生、どこ折ったんですか⁉︎」

「右脚」

「は⁉︎なに歩いてきてるんですか‼︎」

「白波瀬が気になってな。看護師さん、白波瀬に会わせてくれませんか。そしたらすぐに病室に戻ります」

「まったく。今車椅子持ってくるので、椅子に座っててください」

「はい」


天沢先生の体を支えながら椅子に座らせてあげると、天沢先生は疲れ切ったように俺に寄りかかってきた。


「いやー。私多分、走馬灯見たわ」

「え、やば。どんなですか?」

「めっちゃスイカ食べてた」 

「はい?天沢先生の人生それだけですか?ウケますね」

「バーカ。スイカは美味いだろうが」

「まぁまぁ、数年食べてないですけど」

「流川。S組を頼むぞ」

「いやいや、死ぬ前みたいなこと言わないでくださいよ」

「今回のことは大問題になる。ごめんな」

「気持ち悪いですね。謝るなら金ください」

「最低か。ちょっと寝かせて」


天沢先生が目を閉じた時、看護師さんは呆れた様子で車椅子を持ってきてくれた。


「はい、行きますよ」


看護師さんが天沢先生を車椅子に座らせ、天沢先生は寝ることができずに、白波瀬のいる病室へ三人で向かった。


「入りますよー」

「よっ!」


天沢先生はさっきまで痛みで顔を歪ませていたのに、明るい表情でみんなと再会した。


「天沢先生!」

「白波瀬、怪我なくてよかったな!」

「ごめんなさい」

「気にするな!私はしばらく学校に行けないから、みんなで仲良くしてろよ?」

「はい‥‥‥」

「それじゃ看護師さん。病室に連れて行ってください」

「次勝手に抜け出したら拘束しますからね!」

「わー、怖い」


天沢先生は行ってしまったが、骨折のことは伏せておくことにした。


「白波瀬は今日帰れるのか?」

「少ししたら帰れると言われたわ」

「よかった。白波瀬も愛莉も、今日のことは玲奈に言わないでくれ」

「分かったわ」


白波瀬が危ない目にあったなんて知ったら、玲奈は絶対に取り乱しそうだからな。


それから白波瀬が帰っていい時間になるまで病室で話し、白波瀬も徐々に表情が明るくなっていき、帰れる時間になると、みんな安心して帰ろうとしたが、俺はしばらく残ることにした。


「先に帰っててくれ」

「ポチはどうするの?」

「ちょっと用事。あと、今日の料理は愛莉が頼むぞ」

「もちろん」

「んじゃ、また後で」


みんなと別れ、俺は近くのコンビニにやってきた。


んー、包丁ないけど、やっぱりリンゴだよな。内臓が悪いわけじゃないし、丸かじりしてもらえばいいか。あとプリンでいいや。


リンゴとプリンを買い、天沢先生に届けるために病院に戻って天沢先生の病室を探した。


「あら、さっきの」


声をかけてきたのは、天沢先生に説教をしていた看護師さんだ。


「天沢先生の病室教えてください」

「二階の一番右の病室です」

「ありがとうございます」


脚骨折してるのに階段下りてきたってこと⁉︎イカれてるわ。


そして、天沢先生の病室の扉に手をかけた時、中から教頭先生の声が聞こえ、静かに手を離した。


「天沢先生、分かってますね」

「はい」

「今まで何度もS組の生徒を旅行に連れて行ったり、学校行事と見せかけて、全部天沢先生の自腹で、いったい、なにがしたいんですか?」


自腹?どういうことだ?


「答える気がありません」

「今日も天沢先生が勝手に連れて行き、そこで生徒が危ない目に合ったんですよ?」

「生徒の保護者の方には私から謝ります」

「はぁ‥‥‥なるべく問題にならないように動きますから。早く学校に戻ってきてくださいね。きっと、あの教室には天沢先生が必要なんだと思うので」

「本当にありがとうございます」

「あと、一つだけ教えてください」 

「なんですか?」

「なぜ、S組を作ったんですか?」

「‥‥‥私は、教師失格なんです」

「と言いますと?」

「もちろん、白波瀬凛、白波瀬愛莉、夢野夢桜、秋月秋華の四人も大切です。ですが、私は流川塁飛、その一人の生徒のためだけにS組を作りました。いや‥‥‥私のためにが正しいのかもしれませんね」

「あの生徒ですか。とにかく、次はありませんよ」 

「はい」


教頭先生が病室から出てくる気配がして、俺はすぐに近くのトイレに身を潜めた。


今までのは自腹?俺のためにS組を作った?意味が分からない‥‥‥

‥‥‥教頭先生が帰っていく足音がして、一度、気持ちを切り替えて病室の扉を開けると、天沢先生はベッドに寝て、窓の外を眺めていた。


「リンゴとプリン買ってきましたよ」

「おー!やっさしぃ〜♡」

「無理に元気出さないでください」

「なに言ってんだよー。私は元気だ!」


ベッドの横にある椅子に座り、テーブルにリンゴとプリンを置いて話を始めた。


「そういえば、2月1日に妹が花苗坂高校を受験するんですよ」

「そうなのか!受かるといいな!ま、流川が受かったんだから、余裕で受かるか」

「なにさらっとバカにしてんだよ!」

「あはは!いって!笑わせるな。体が痛む」

「いや、知るか」

「私の全てを知って♡受け止めて♡」

「あ、はーい」


こんなこと言って、全て教えろって言っても教える気ないんだろうな。


「でさー、流川は誰を抱きたいんだ〜?」

「質問おかしいよね⁉︎」

「誰が好きなんだよー」

「みんな好きですよ」

「みんなを抱きたいだと⁉︎まさか私も⁉︎」

「みんなのことも、天沢先生のことも、そういう意味じゃなく好きです」

「はっ、は?教師をおちょくるな」

「俺だって恥ずかしいですよ!あと、そういう意味じゃないって言いましたよね!」

「なら、どういう好きだよ」

「大切って意味です」

「わ、私も大切なのか?」

「はい?なに若干照れてるんですか?普通に引きます」

「はい。私が退院したらドロップキックな」

「華麗に避けて、バカにしてやりますよ」

「ほー。ますます生意気になったなー。童貞が調子に乗るなよ」

「童貞はいいだろ!いつか卒業してやるよ!」

「卒業の瞬間、ビデオ通話待ってるからな!」

「あと2年は入院しててください。さよなら」

「お前ら卒業しちゃうだろ!待て!」

「なんですか?」

「私、背骨も折れてるみたいなんだ。次に学校で会うのは二年生になってからだな」


俺は耳を疑った。


「ちょっと‥‥‥なに言ってるんですか?その間、俺達はどうしたらいいんですか?」

「自習用のプリントを大量に用意する。退院した時に終わってなかったらドロップキックな」

「ドロップキック好きですね。まぁ、ちゃんとS組は守りますよ」

「うん‥‥‥頼むよ」


天沢先生は手を差し出し、俺と天沢先生は優しく握手を交わした。


それから俺は病院を出て、家に帰るために電車に乗ったが、天沢先生のことで頭がいっぱいだ。

多分あの先生は‥‥‥とんでもないことを隠してる気がする。


天沢先生のことを考えすぎて頭がパンクしそうになりながら家に着くと、白波瀬は元気に玲奈とゲームをしていたが‥‥‥その日の夜、リビングから白波瀬の泣く声が聞こえて、胸が痛む。


「白波瀬!シュークリーム買いに行くか!」


リビングのドアを開けると、白波瀬は床に倒れ、足の指を押さえていた。


「な、なにしてんの?」

「テーブルに小指が」

「心配して損したわ‼︎おやすみ‼︎」

「シュークリーム食べたいわ‥‥‥」 

「あぁ‥‥‥別にいいけど」

「私も食べたいわ」


愛莉は下着姿でリビングにやってきた。


「愛莉は服着ようなー?殴りますよー?」

「女に手を出すなんて最低ね。下着も脱ぐわよ」

「攻撃方法が捨て身すぎるわ‼︎」


結局、二人にシュークリームを奢ることになってしまった。

前と同じようにコンビニの前でシュークリームを食べている時、ふと思ったことを聞いてみることにした。


「二人の学費とか、どっからでてるんだ?」

「おばさんが今でも払ってくれているわ。だから、社会人になったら少しずつ返すつもりよ」

「私も愛莉と同じ。ちゃんと返すわ」

「偉いな。俺は将来のこととか一ミリも考えてないのに」

「流川くんは今を一生懸命だからいいの」

「なにを一生懸命なの?手を上下に動かしてることかしら」

「あ、愛莉?なに言ってるんだ?」

「愛莉、見たの?」

「いけなかったかしら」

「あれは私だけが見ていいものなの!」

「私は二回も見たわよ?」

「なに争ってんの⁉︎俺の心の傷はどうしてくれんの⁉︎」


愛莉は俺の両頬を押さえ、微かに笑みを浮かべる。


「大丈夫よ。男の子だもの」


あぁ、死にたい。


「そういえば大事なことを思い出したわ」

「なんだ?」


白波瀬はシュークリームのゴミを袋に入れながら話をした。


「夢野さんが病気を患っているって話よ」

「は?」

「これは、自分で話しづらいから、いつか私の口から伝えてほしいと言われていたから話したことで、無断でバラしてるわけじゃないからね?」

「なんの病気だよ」

「小さい頃から心臓が弱いらしいの」

「そんなそぶり見たことないぞ」

「流川くんが見てない場所で、何度か苦しんでるのを見ているわ」

「私も見たわよ」

「ちょっと、秋月に電話する」


焦って秋月に電話をかけるが、なかなか出ない。


「はい〜」


やっと出たと思えば、完全に寝起きボイスだ。


「なんで夢野の病気のこと言わなかった」

「あー、私言ったじゃん」

「言ってないだろ」

「人の秘密は勝手に話したりしないみたいなこと言わなかったけ?」

「あ‥‥‥でもだよ、なにがサワガニだよ。問題のレベルが違いすぎるだろ」 

「だからこそ勝手には言えないでしょ?」

「そ、そうだな。悪かった、秋月は悪くないのに」

「全然いいよ!」

「んじゃ、切るからな」 

「うん!」


電話を切り、俺はその場に蹲み込んだ。


「もう嫌だ〜」

「大丈夫?」

「天沢先生はそれも全部知ってたのかな。あの人、何が本当のことで何が嘘か分からない」


嘘をついてもすぐバラすタイプとか言って‥‥‥あの人の言ってること、嘘だらけなんじゃねーの⁉︎


「天沢先生、なに企んでるんだろうな」

「なにを企んでいても、いい人には変わりないわ。それは私が保証する」

「いい人なのは分かるけどさー、いつも答えを教えてくれない。夢野がそうだって知ってたら、もっと優しくできたのにさ」

「夢野さんに流川くんの優しさは伝わってる!それも私が保証できるわ!」

「白波瀬〜、そんな簡単に保証人になったら後悔するぞ」

「しないわよ」

「月曜から、どんな顔で夢野を見ればいいんだよ」

「いつも通りでいいんじゃない?私達も、知った時は驚いたけど普通に接してるわ」

「そうかー。てか、心臓弱いのにスキーとかして大丈夫だったのか?」

「時間を守れば大丈夫みたいよ?」

「そうなのか」


普通にとか無理だわ。少しは優しくしてやろ。あー、頭が混乱する〜‼︎‼︎‼︎

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