キスまで5センチ


一月八日、冬休みも終わって、今日から新学期スタートだが、天沢先生に会いたくない‥‥‥

教室で机に顔を伏せて天沢先生を待っていると、いきなり教室が静かになり、誰かに肩を揉まれた。


「流川〜」

「うわっ!なんですか!」


天沢先生はニヤニヤしながら俺の肩を揉み、それを見た秋月がイライラした表情で近づいてくる。


「嫌がってるのでやめてください!」

「だって秋月、私と勝負するんだろ?」

「当然です」

「秋月、ちょっと来い」

「え?」


俺は秋月の手を引いて、屋上にやって来た。


「どうしたの?」 

「どうしたの?じゃねーよ‼︎言うなって言ったよな?なに言っちゃってんの⁉︎しかも本人に!」

「本人だからいいかなって。負けないからって勝負挑んどいた!」

「いいわけねぇだろ‼︎アホ?やっぱ秋月アホだわ!てか、アホしか居ないわ!」

「そんなに言わなくていいじゃん」

「どうすんだよ〜‥‥‥」

「どうする?」

「いや‥‥‥俺、しばらくS組行くのやめるわ」

「そ、そんなのダメだよ!」

「だって気まずすぎるだろ!」

「それじゃ、私もしばらくS組行かない」

「いや、もー。行くよ行く」

「中で?」

「秋月、俺が怒ってるの分かるよな?」

「うん。ごめんなさい」

「謝ってくれたからいいよ。みんなが居ないところで、天沢先生の誤解解いてくれ」

「誤解?」


あ、ヤベ。天沢先生のことが好きってのが嘘ってバレたら、一気に俺が悪くなる‼︎


「な、なんでもない」

「塁飛くん。なんか怪しい」

「なにも怪しいくないぞ?」

「私、塁飛くんでも嘘は許さない。よくさ、傷つけないための嘘ならいいとか言う人いるけど、私はそう思わないの」

「どうしてだ?」

「嘘はバレるからだよ。傷つけないための嘘をつかれた人は、嘘に気づいた時、二倍傷つくよ」


‥‥‥俺は屋上の軽く雪の積もった、冷たく硬いコンクリートの上で全力の土下座をした。


「すみませんでしたー‼︎‼︎‼︎」

「えー⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎」

「嘘ついてました‼︎ごめんなさい‼︎」

「ちゃ、ちゃんと話してくれないと分からないよ!」


俺は土下座をしたまま話を続けた。


「本当は、白波瀬と夢野にも告白されてて、みんなの仲が悪くならないように返事をはぐらかしてきたんだ。だから、秋月が言いたいことが分かって、天沢先生が好きだって嘘をついた!ごめん!」

「‥‥‥嘘つき」 

「‥‥‥」

「でも、さっき許してくれたから私も許す。そうだったなら早く言ってくれたら良かったのに」

「ごめん」

「ほら立って」


秋月は俺の手をとり、怒らずに立たせてくれた。


「塁飛くんが優しいのは知ってるけど、最終的にはどうするつもりなの?」

「分からない」

「でも、いつまでに返事するとかは言ってないの?」

「それは言ってないな」

「‥‥‥ 2人のためならいいよ。誰も傷つかないように協力する!」

「秋月はそれでいいのか?」

「私の恋が叶わないことより、2人が傷つく方が嫌だからさ!」

「‥‥‥ありがとう。また今度、弁当作るからな!最近蕎麦で失敗したからトラウマだけど」

「楽しみにしてる!それじゃ、私は戻るね!」

「おう」


秋月は教室に戻って行き、俺はズボンについた雪を払った。

にしても、秋月が優しい奴でよかった。秋月と白波瀬と夢野のことは嫌いじゃないし、好きか嫌いかなら好きな方だ。でも今回みたいに、いい感じに解決できたらいいな。

そんなことを考えながら、すぐに教室には戻らず、少しの間雪の降る街を眺め、冷静になると急に寒くなってしまい、急いで校内に戻った。

てか、なんで始業式が昼からなんだよ。普通一番最初だろ。さっさとやって早めに帰りたいのに。


体が冷えたせいで、どうしてもホットココアが飲みたくなり、S組には戻らず、一階の自販機にやって来ると、生徒指導室の方から誰かの泣き声が聞こえ、ホットココアを買って様子を見に行ってみることにした。


「落ち着け」


生徒指導室のドアの横で中の話を聞くと、泣いてない方の声は天沢先生の声だった。


「秋月、お前は優しすぎる」


え‥‥‥秋月‥‥‥


「ずっと‥‥‥好きだったんだもん!」

「自分の優しさで自分が傷つくことはないよ」

「だって、2人が傷つくのは嫌なんですよ‥‥‥」

「秋月はこれから先も、ずっとそうやって生きていくのか?誰かのために好きな人を諦めたり、夢を諦めたり、そうやって生きていくのか?」

「どうしたらいいか分からない‥‥‥」

「恋愛は戦いだからな。本当に負けだって思うまで戦うんだよ」

「先生は、そういう経験あるんですか?」

「あるに決まってるだろ。ボロ負けだっての」

「‥‥‥フッ」

「おい!なに笑ってんだ!」

「いつか勝てたらいいですね」 

「そりゃ無理だ。私はこう見えても一途なんだよ。負けても、ずっと好きなんだ」

「なんか、先生のそういう一面初めて知るかも」

「もうなにも教える気はないぞ?ほら、元気出てきたなら教室戻れ」 

「はい!私、どうにか2人を傷つけないようにしながらでも、恋愛頑張ってみます!」

「あぁ。流川はきっと、秋月のことも傷つけたくなかったはずだ。流川のためにも、明るくな」

「はい!」


ごめん、秋月‥‥‥


俺は、秋月と天沢先生が出て来る前にその場を離れて昇降口まで走り、家に帰ろうとしたが、靴を履き替えている時、誰かの視線を感じた。


「ポチ?」

「夢野か」


夢野はイチゴミルクを持って、なぜか不安そうな表情で俺を見つめている。

 

「顔色悪いよ?」

「気にしなくて大丈夫だ」 

「どこか行くの?」

「帰る」

「やっぱ何かあったんだ。私も一緒に行く」

「は?」

「いいから!」


夢野も靴を履き替え、何故か2人で帰ることになってしまい、一緒に学校を出た。


「いきなり2人居なくなって、天沢先生怒ってるかな」

「怒られたら、ポチに拐われたことにする!」

「最低だな。このまま家まで来るのか?」

「うん!今日はサボって遊んじゃおう!」

「別にいいけど、なにがあったか気にならないのかよ」

「気になるけど、言いたくなさそうだからいいや!最終的にポチが元気になってくれればそれでいい!」


こいつヤバイな。今好きになりかけたわ。


それから家に着き、リビングにやってきた。


「ゲームでもするかー」 

「しようしよう!」


夢野は体が触れ合いそうなほど近くに座り、2人でプレイできる、沢山のミニゲームバトルでポイントを競うゲームをやることになった。


「おい夢野!爆弾投げんな!」

「そういうゲームじゃん!」

「分かった!俺も投げないから一旦ストップ!」

「しょうがないなー。はー⁉︎」

「へっ、バーカ!」

「もう一回もう一回‼︎」


さっきまでめちゃくちゃ辛かったのに、こうして遊んでいると、すげー楽しい。

そのまま昼まで遊びまくり、満足してきた頃、夢野はコントローラーを優しく置き、座りながら背伸びをした。


「んー!ふぁ〜。楽しかっ‥‥‥」 


俺が夢野を見ていたせいで、夢野が俺を見た時、お互いの顔がめちゃくちゃ近くになってしまった。夢野は顔を赤くしているが、俺も自分の体温の上昇を感じ、顔が赤くなっている気がする。なのに何故か、顔を逸せない。


そのまま沈黙が続き、ゆっくりと顔が近づいている気がする。


もうこのまま、夢野と付き合うのもいいかもな‥‥‥なんだかんだで優しいし、開き直っちゃえば悩むこともないし。


夢野の左手に自分の右手を重ねると、夢野は恥ずかしそうに目を閉じる。


「たっだいまー!」


絶妙なタイミングで玲奈が帰ってきて、俺達は顔を逸らし、素早く距離を取った。


「げっ。夢桜先輩だ」


玲奈はそう言い残し、二階へ上がって行った。玲奈も今日が始業式だから、帰りが早いのか。


「ポ、ポチ?」

「な、なんだ?」

「そろそろ返事とかって」


その時、白波瀬がリビングのドアを開け、白波瀬は焦っているような、困っているような笑みを浮かべた。


「る、流川くん。天沢先生が来てるわよ」

「え?」


一人で玄関へ行くと、天沢先生は不機嫌そうに一言「来い」と言って、俺を家の外に出した。


「な、なんか怒ってます?勝手に帰ってすみません」

「私と秋月の話を聞いていたのか」

「た、たまたま」

「だから帰ったのか」

「はい」

「流川のその行動で、前を向いた女の子の気持ちを踏みにじるかもしれなかったんだぞ」

「ん?」

「流川が帰ったのは自分のせいだって、秋月は悲しんでた。白波瀬と愛莉が慰めてなんとかなったけどな」 

「ならよかったじゃないですか」

「誰も傷つけないように、みんなの気持ちをはぐらかしてるだろ。流川は優しいからな、分かるんだよ」

「でも、それは無理でした。秋月の気持ち、全然理解できてなかったです」

「恋愛ってのはな、誰かの幸せが始まると同時に、誰かが泣くようにできてるんだよ。その覚悟ないなら、さっさと全員振れ」

「そしたら天沢先生が目指す、いい教室にはならないと思います。俺もS組に居づらくなりますし」

「中学の先生とかに、心の傷は一生消えないとか教わったのか?」

「まぁ、小学生の頃ですけど」

「その先生に会うことがあったら、一生生きてから言えって言っておけ。消えない傷なんてない。もしみんながバラバラになっても、また戻れるよ」

「それも一生生きてから言ってもらえます?」

「一生消えないと思って生きるより、消えると思ってた方がいいだろうが」

「確かにそうですね。でも、バラバラになるのは嫌です」

「嫌?」

「誰も傷つけないようには無理だったので、できるだけ傷つけないよにするやり方を探します」

「‥‥‥そうか!」


天沢先生は優しい表情になり、俺の頭を撫でながら静かに笑った。


「なんなんですか。怒ったり優しくなったり」

「自分で次の答えを見つけられたならそれでいいよ。挑戦してみるといい」

「はい」

「あと、明日イベントだからな」 

「なにするんですか?」

「スキーに行くぞ!」

「うわ。白波瀬嫌がってませんでした?」

「説明してる時、激しい貧乏ゆすりしてたな」

「やっぱり」

「とにかく、消えない心の傷はない!それは流川も同じだ」 

「俺も?」

「あぁそうだ」

「でも、どうやったら消えるんですかね」

「いや、私が知るか」

「いきなり冷たいのはなんで⁉︎」

「え〜?優しくしてほちんでちゅかー?まぁー、流川は〜、私のこと好きだから仕方ないか〜♡」

「いや、秋月から聞きませんでした?好きなの嘘ですよ」


‥‥‥なんだろう。天沢先生の表情が、また怒りに満ちてきた‥‥‥


「流川」

「は、はい!」


胸ぐら掴まないで⁉︎あんた教師でしょ⁉︎


「女心を弄ぶなー‼︎」 

「ひぃー!」

「おらおらおらおらー‼︎」


そのまま足をかけられて尻餅をついてしまい、制服の襟を掴まれて庭を引きずりまわされた。


「痛い‼︎冷たい‼︎やめて‼︎そもそも、どっちでも先生はどうだっていいでしょ‼︎」

「独身なめんな〜‼︎‼︎‼︎」

「やめてー‼︎独身怖いよー‼︎」

「独身って言うなー‼︎‼︎‼︎」

「白波瀬〜‼︎」

「はい!」


白波瀬を呼ぶと、白波瀬は慌ててすぐに出てきてくれた。


「この独身を止めろ〜‼︎‼︎」

「は、はい!」

「白波瀬〜‼︎お前も道連れだー‼︎」

「きゃー‼︎」


白波瀬も天沢先生に捕まり、二人一緒に引きずられてしまった。


「おらおらおらおらー‼︎」

「白波瀬⁉︎ストッキング!パンツ!」 

「スカートも下がってしまうわ!」


白波瀬は引きずられているうちにストッキングとパンツが靴まで下がり、ノーパンで引きずられていた。


「天沢先生!白波瀬が大変なことになってます!」

「はぁはぁはぁ。疲れた」

「疲れるの遅いです。制服ずぶ濡れなんですけど」

「大変。私の下もびしょ濡れに」

「ストッキングとパンツのことだよね⁉︎」

「白波瀬、不純なことは認められないな」

「天沢先生⁉︎どの口が言ってんの⁉︎」

「そのパンツをよこせ‼︎」 

「えっ⁉︎」


天沢先生は白波瀬の靴を脱がせ、ストッキングとパンツを奪い、誇らしげな顔をしている。


「はーい!シミチェックしまーす!」

「ちょ、ちょっと待ってください!」


あれ?白波瀬が恥ずかしがってる‼︎辱めを受けて喜ばない‼︎新しい発見だ‼︎


「ふむふむ」

「返してくださいよ!」

「ちぇー。雪で濡れて分からないなー。次は匂いチェックでーす!」


鬼畜教室だ‼︎夢野よりヤベー‼︎いいぞ、もっとやれ‼︎


「匂いは本当にやめてください!」

「ふむふむ。メスの匂い‼︎」


それどんな匂いですか‼︎具体的に詳しくお願いします‼︎


天沢先生は、ストッキングとパンツを持って手を上に伸ばし、白波瀬は必死にジャンプして取ろうとしている。

ジャンプするたびに生尻が見えているのは、きっと神様がくれたご褒美。

その時、リビングの方から視線を感じてチラッと見ると、夢野がカーテンの下から顔だけを出して頬を膨らませていた。


「あ、天沢先生、そろそろ返してあげてください」

「しょうがないなー」


白波瀬はストッキングとパンツを返してもらい、トコトコと家の中に戻って行った。


「じゃ、私は学校戻るわー」

「天沢先生」

「なんだ?」 

「ありがとうございます」 

「な、なんだよいきなり」

「わざと暴れて、空気を明るくしてくれたんですよね?」

「ち、違うからな!じゃあな!」


天沢先生は褒めたりすると、本当に分かりやすい人になる。こんなに憎めない先生は初めてだ。

で、夢野はどうしたもんかなー。冷静になると、やっぱり今付き合うのはただの逃げだし良くない。そう考えていると、夢野が家から出てきた。


「ポチ!さっき凛ちゃんのお尻見てたでしょ!」

「静かにしろ!バレたらどうすんだよ!」

「やっぱり見てたんだ!」 

「分かった分かった。もう見ないから」

「約束ね」

「うん。多分」

「は?」

「てかさ、返事のことなんだけど」

「う、うん」

「まだ待ってくれないか?」

「いいよ!」

「いいの⁉︎」

「どれだけでも待つ!あの日もそんな感じのこと言ったし!」 

「ありがとう!あ、そういえば、明日のこと聞いたか?」

「スキー?」

「分かってるならいいんだ」

「てかさー、私今から学校戻らなきゃだよー」

「なんでだ?」

「カバン置きっ放し」

「うわ。俺もだ」

「ポチのは愛莉ちゃんが持ってきてた」 

「愛莉ナイスすぎ」

「めんどくさーい」

「気をつけて行けよ」

「うん。それじゃ、明日のスキー楽しもうね!」

「おう!」


夢野を見送って家に入ると、白波瀬はコタツから顔だけ出して体を暖めていた。


「明日、白波瀬の嫌いなスキーだな」


そう小馬鹿にしながら言うと、白波瀬はプク〜と頬を膨らませて睨んでくる。


「お、怒るなよ」


巣から顔だけ出したハムスターみたいで可愛いんですけど‼︎


「明日は休むわよ」

「行かなきゃ一緒に二年生になれないかもしれないぞ?」

「んじゃ行くわよ」

「そ、そうか。俺、自分の部屋行くな」


白波瀬はコクリと頷き、俺は部屋に戻ってすぐにジャージに着替え、秋月に電話をかけることにした。


「あ、もしもし」

「は、はい」

「今日、いきなり帰ってごめんな」

「私のせいだよね」

「いや!お腹痛くっ‥‥‥」


秋月の『傷つけないための嘘なんてない』という言葉が頭を過ぎる。


「ごめん、嘘。天沢先生と秋月の会話聞いちゃってさ」

「‥‥‥」

「あの時は、秋月を泣かせちゃった事実が辛くて帰った」

「ごめん」

「秋月はなにも悪くないぞ!まだ、どうすればいいのか全く分からないけど、前向きになった秋月の気持ちだけは受け止める。でも、俺も悩んでることは理解してほしい」

「‥‥‥分かった」

「好きになってくれてありがとう。悩んでるのは本当だけど、好きになってくれたのは嬉しいよ」

「本当?迷惑じゃない?」

「本当だよ本当!」

「なら、前向きでいてもいいの?」

「いいよ。いつかは必ず、全員に答えを出すから。それまで待っててくれ」

「分かった!」

「よし、明日楽しもうな!」

「うん!よかった!もしかしたら明日来ないかもとか思ってたから」 

「行くよ!俺、意外とスキー得意だから!」

「そうなの⁉︎絶対かっこいいじゃん!」

「お、おう。じゃあな」

「待って!照れるとすぐに切るのやめて⁉︎」

「うん。アディオス」


それでも俺は電話を切り、枕に顔を埋めた。


そのうち、猪熊に相談してみた方がいいかな、多分あいつ、二次元ではモテモテだし、もしかしら俺なんかより女心分かってるかも。

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