幕開け


朝から目覚まし時計のせいで、登校中で既に体が怠い。

そして教室へやってくると、夢野と秋月が愛莉の机を見ていて、俺達に気づいた夢野が笑顔で愛莉に抱きついた。


「愛莉ちゃん!なんか綺麗になってるよ!よかったね!」

「え、えぇ。そうね」


天沢先生、あれからも頑張ったんだな。


それから、いつも通り美少女達の話を教室の隅で盗み聞きしているうちに時間は経ち、天沢先生はいつも通り教室に入ってきて、黒板の前に立った。


「やっぱり、一人増えるだけで賑やかだな!」


天沢先生は黒板の前にある机に両手を置き、右手の小指には包帯が巻かれ、袖からは、チラッと腕に貼られた湿布が見える。天沢先生の顔を見ると、たまたま目が合い、天沢先生はすぐに右手を机から下ろして、いつもしない号令を始めた。


「起立!前習え!着席!」


デタラメすぎ‼︎


白波瀬と愛莉は真面目すぎるせいか、前習えで腕を前に伸ばしながら着席した。


「休め!」


今かよ‼︎


それから天沢先生は普通に授業を進行し、休憩時間になると、白波瀬達は四人でジュースを買いに教室を出て行ったが、天沢先生は珍しく教室に残った。


「コーヒー飲みに行かないんですか?」

「誰にも言ってないだろうな」

「言ってないですよ」 

「ならよし!」

「天沢先生は凄いですね。見て見ぬ振りじゃなくて、見てないふりしながら、こっそり助けて」

「後ろの席の流川には分からないだろうな。あの日の愛莉の顔」

「どういうことですか?」

「分からないなら私からは何も言わないよ」

「まーた何も教えてくれないんですね。にしても、落書きを消したこと言えばいいじゃないですか。みんなに好かれますよ」

「あいにく、女には興味がないからな」

「そういうこと⁉︎」

「だから〜♡流川きゅんが知ってくれてればいいの♡」

「あ、雪だ」

「ん?本当だ」


いいタイミングで雪が降ってくれた。今年初雪だ。


「今年もあっという間に終わりますね」

「まだ一ヶ月ちょいあるけどな。来年も頼むよ」

「俺も結構しんどいんですよ?」

「申し訳ないと思ってるよ。でも後悔はしてない‼︎」

「本当に思ってんのかよ‼︎」

「じゃ、コーヒー飲んでくるわ」

「はーい、行ってらっしゃーい」


まぁ、今年中に問題を解決すれば、来年からは楽だ。


「頑張るか」

「ポチ‼︎」

「なに⁉︎」


何故か夢野が大慌てで教室に戻ってきた。


「秋華ちゃんが連れて行かれた‼︎」 

「誰に⁉︎どこに⁉︎」

「誰かに‼︎どこかに‼︎」

「はー⁉︎なんだよ!また連れて行かれたとかなんとかって!わんこそば部か⁉︎」

「多分違ったと思う!」

「白波瀬と愛莉は?」

「外の自販機の方がいいのあるからって、外にいる!」

「二人が無事か見てきてくれ、合流したらS組で大人しくしてろ」

「ポチはどうするの?」

「秋月を探す」

「一人で大丈夫?」

「おう」

「それじゃ、二人のとこ行ってくる!」


夢野が走って教室を出ていき、俺はとりあえず、学校中の教室を見て回ったが、秋月はどこにも居ない。


「どこに居んだよ‥‥‥」


次に俺は、体育館倉庫に行ってみることにした。そして体育館倉庫に入ると、そこには五人の女子生徒と、縄跳びで手足を縛られ、全身が濡れた秋月が居た。秋月の横にはバケツが転がっていて、多分水をかけられたんだろう。


「なにしてんの?」

「塁飛くん‥‥‥」

「愛莉ちゃんへの仕返しだよ?友達を傷つければ反省するでしょ?」

「んー、どうだろうな」


俺は秋月から縄跳びを解き、秋月を立たせてあげた。


「戻るぞ」

「戻れると思ってるの?」

「んじゃ、秋月だけでも見逃してくれないか?俺も愛莉の友達だから、俺でもいいだろ?それともあれか?自分より弱い人間にしかできないか?」

「は?」

「だってそうだろ?五人で居ないといじめができないんだから」


最悪の状況になったら、琴葉を呼べばなんとかなる!今はビビってるのを悟られるな!


「別に、あんたらがS組をやめてくれればそれでいいよ。秋華ちゃんは拒否したからこうなったんだよ」

「俺が辞めるから、許してやってくれよ」

「塁飛くん⁉︎なに言ってるの?」

「辞めなかったらどうする?」

「好きにしていいぞ」

「へー」


喋りかけてくるのは一人だけど、他の四人はニヤニヤしてるし、女って怖っ。


「私が辞めれば問題ないでしょ?」


愛莉の声が聞こえ、体育館の扉が開いた。


「裏切り者の愛莉ちゃんじゃーん」

「裏切り者?自分達だけじゃなにもできないから、私が必要なのかしら。自分に力がないことをそんな堂々と、哀れね」

「は?元々お前が集めた集まりだろうが‼︎」


他の女子生徒もイライラして口を出してきた。


「だから?私はその集まりを解散させたの。それでまた集まろうと、私には関係ないことよ。それに私はやめると言っているの。それでいいでしょ?」

「今日中に教室に戻ってきて」

「分かったわ」


五人の女子生徒は体育館倉庫を出ていき、愛莉は俺を見つめた後、静かにその場を後にした。俺も秋月も、愛莉を呼び止めることができなかった。


「秋月、ジャージ持ってきてやるから、ここで待ってろ」

「うん‥‥‥」


一度保健室に行き、タオルを借りてS組に戻ると、夢野と白波瀬が心配そうに教室の前で待っていた。


「大丈夫だった?」

「おう。秋月のジャージって、どのカバンに入ってる?」

「これよ」

「ありがとう」


S組にはすでに、愛莉の席は無かった。


体育館倉庫に戻り、秋月の頭にタオルをかぶせ、無言で体育館倉庫を出て、扉の前で秋月を待つことにした。


俺が想像した何倍も状況は深刻だった‥‥‥天沢先生に怒られるかもな。


しばらくして、秋月はジャージに着替えて体育館倉庫から出てきた。


「S組は、本当に無くなっちゃうのかな‥‥‥」


そのか弱い声を聞き、何とかしてやりたい気持ちはあるが、なにをどうしたらいいか分からない。


「きっと大丈夫、なんとかなる。教室に戻ろうぜ」

 

それから教室に着くまで、秋月とは一言も喋らなかった。教室に着くと、天沢先生が居て、ちょうど休憩時間の終わりを告げるチャイムが鳴る。


「二人も座れ」


席に着くと、天沢先生は愛莉が居ないことには触れず、授業を進行し始めた。


「愛莉ちゃんは?」


夢野の一言で、天沢先生の黒板に文字を書く手が止まり、その手はゆっくり下がり、俺達の方を振り返ることなく答えた。


「元の教室に戻ることになった」

「どうして⁉︎」

「本人が決めたことだよ。授業を進めるぞ」


一気に教室内が重い空気になり、放課後になるまで誰も言葉を交わさなかった。

帰りの準備を済ませて愛莉の教室に行くと、教室には愛莉と猪熊の二人だけで、猪熊は席に座りながら俯く愛莉にハンカチを差し出している。

愛莉は酷い状態だった。机にはまた落書きをされ、白波瀬が作ってくれたであろう弁当の中身が机の上でぐちゃぐちゃにされている。


「熊」

「塁飛‥‥‥」

「ありがとうな。愛莉の味方してくれて」

「私はやめてと言ったのよ」

「どうしてだ?」

「猪熊さんまでいじめられてしまうわ」

「俺は大丈夫だ!いじめられたって!塁飛がいる!」


やめてくれ、助ける相手を増やすな。


「流川くん、今日からアパートに戻るから、私のことは忘れて」

「そうか。分かった」

「塁飛!」


どうして、愛莉を無理矢理にでも家に連れて行かないんだ。どうして愛莉の言葉を否定してやれないんだ。


その日は家に帰り、二人に愛莉がもう来ないことを伝えると、二人は明らかに動揺したが何も言わない。

19時半に夜食でシチューを食べ、白波瀬がお風呂に行ってすぐ、玲奈は悲しい表情で話しかけてきた。


「愛莉先輩が居ないとつまらない。愛莉先輩は優しいし、パパとママも、きっと気に入ってくれるはずなのに‥‥‥愛莉先輩は、もう家族でしょ?」


無性に玲奈の頭を撫でたくなり、優しく頭を撫でると、玲奈はその手を優しく握った。


「お兄ちゃんも、本当は寂しよね」

「かもな」

「理由は分からないけど、愛莉先輩もきっと寂しがってる」

「なぁ玲奈」

「なに?」

「しばらく家を出るから、白波瀬が心配しないように、上手く誤魔化しててくれ」

「いつ帰ってくる?」

「今日中には帰るよ」

「雪降ってるから転ばないようにね」 

「分かった」 


俺はジャンバーを羽織り、白波瀬が風呂から出る前に家を出た。


あのアパートは、ゲーセンからの帰りだったからな‥‥‥


「左だな」


とりあえずゲームセンターがある方向に向かって歩きなら、見覚えのあるアパートを探した。

アパートは、外見が茶色い壁だったのを覚えてるけど、夜だと分からないな。そう考えて、しばらく歩いているうちに、ゲームセンターに着いてしまった。

アパートは何軒かあったけど‥‥‥

あの時と同じ、帰り道の方が思い出しやすいと思い、周りを見ながらゆっくり帰っていると、見覚えのある雰囲気の小さめのアパートを見つけた。


「この感じ‥‥‥」


タイミングよく、そのアパートに入っていく一人のおばさんを見つけ、勇気を出して声をかけることにした。


「あ、あの」

「はい?」

「このアパートの大家さんの部屋って分かりますか?」

「一応、私が大家ですけど」

「あ、そうなんですね!お聞きしたいんですけど、白波瀬愛莉って子知りませんか?」

「あら!愛莉ちゃんのお友達?」

「はい!」


やっぱりこのアパートだ!しかも、話しかけたのが大家さんとか神!


「でもねー、最近出て行ってから会ってないのよ」 

「え、今日来てませんか?」

「今日?来てないわよ?」

「そうなんですか。いきなり話しかけてすみませんでした」

「いいえ。愛莉ちゃんによろしくね!」

「分かりました!それじゃ」


来てない?それじゃ、愛莉は何処にいるんだ。


アパートを離れて、適当に歩きながら愛莉に電話をかけるが、コールは鳴るものの、何回かけても電話に出ない。それでもめげずに電話をかけ続けながら適当な道を歩いていると、公園から携帯の着信音のような音が聞こえてきて、目を凝らすと、愛莉は一人で公園のベンチに座っていた。


「愛莉!」


愛莉に駆け寄ると、愛莉はすぐに立ち上がって驚いているようだった。


「どうして来たの?」

「アパートに戻るんじゃなかったのかよ!」

「‥‥‥」 

「でも見つけられてよかった!雪降ってるのに、こんな場所にいたら風邪引くぞ」

「ほっといて」 

「帰るぞ。玲奈も寂しがってる」

「もう関わらないで」

「どうしてだよ」

「S組のみんなと関わらなければ、もうみんなには何もしないって約束してくれたわ」

「そんなの嘘に決まってんだろ‼︎」

「今はそれを信じるしかないのよ!」

「いじめてくるやつのことは信じて、俺達は信じられないのか!みんなで何とかすればいいだろ!」


感情を抑えないと、怒ってもダメだ。


「なにができるのよ!」

「知らねぇよ‼︎俺だってどうしたらいいか分からないんだよ‼︎」

「力のない人間は、私に守られてればいいの。犠牲になるのは私だけで充分なのよ」

「天沢先生が言った、やってきたことへの代償だと思ってるのか?」

「そうよ」

「なら、俺も天沢先生が言った通りだ」

「なにがかしら」

「愛莉は俺にとって、守りたいと思う人間なんだよ。白波瀬も夢野も秋月も玲奈も、きっと天沢先生だって、愛莉がいないと嫌なんだよ。だから守りたいって思う」 

「だから‥‥‥なにができるの。なにもできないなら大人しくしてて」

「なにができるか分からない。明日は祝日だから、明後日までに考える。だから、俺を信じてくれ。見捨てないって約束しただろ」

「‥‥‥」


愛莉は両手で顔を隠し、辛そうに泣き出してしまった。


「辛かったならそう言えよ」

「言えるわけないじゃない!」

「プライド高い露出狂とか、めんどくさいにも程があるわ!いったい、なにされたんだ?」

「‥‥‥目の前で机に落書きされて、お昼には弁当の中身ぐちゃぐちゃにされて、あとは悪口」

「担任は?」

「めんどくさい問題に関わりたくないのでしょうね」


愛莉はまったく泣き止む気配がない、本当に怖くて辛かったんだな。口では強気でも、白波瀬との心の壁が壊れた今はもう、人を傷つけながら、人を操って上手く立ち振る舞う、前までの愛莉みたいにはなれないんだ。


「さっきも言ったけど、俺は見捨てないって約束した」 

「巻き込まれるかもしれないのよ?」

「天沢先生にS組に連れてこられた時点から、ずっと巻き込まれっぱなしで慣れたわ!だから俺を頼れ!愛莉が元の教室に戻った後、みんな悲しそうだった。天沢先生の背中も、すごく悲しそうに見えた。あんな天沢先生は初めてだったぞ!みんなのためにも、なにより愛莉のためにも、俺を頼れ!」


愛莉はますます涙が止まらなくなり、微かに震える手で俺のジャンバーの裾をか弱く掴み、数十秒の沈黙が続いている。


「‥‥‥助けて」


やっと素直になった愛莉を見て、無意識に手が動き、俯く愛莉の頭をわしゃわしゃと、髪がぐちゃぐちゃになるように撫でてしまっていた。


「帰ろうぜ」 

「その無意識な行動、本当に犯罪よ」

「え、なに⁉︎俺捕まるの⁉︎」

「どうでしょうね」


それから、二人でゆっくり歩きながら家に帰り始め、途中で白波瀬に電話をかけた。


「もしもし」

「もしもし?どこにいるの?」

「今から帰るから、シチュー温め直しててくれないか?」

「いいけれど、まだ食べるの?」

「愛莉の分」

「わ、分かったわ!」

「それじゃ、また後で」

「はい!」


電話を切り、愛莉に玲奈が言っていたことを話すことにした。


「玲奈がな、愛莉のことを、もう家族でしょって言ってた」

「そう」

「玲奈のお姉ちゃんになってやってくれよ」


愛莉は静かに頷き、優しい表情をしている。

そして家に着くと、玲奈はすぐに玄関に走ってきて、愛莉の頭にバスタオルを乗せた。


「風邪ひいちゃう!」

「大丈夫よ。でもありがとう」

「お兄ちゃんのは?」 

「お兄ちゃんは大丈夫!」

「なにを根拠に⁉︎」

「なんとなく。それより愛莉先輩!」

「ん?」

「おかえり!」


玲奈の笑顔を見ると、本当に嬉しいのが伝わる。


「ただいま!」

「愛莉ー!シチューあるわよ!」


リビングから白波瀬の嬉しそうな声がして、愛莉と玲奈がリビングに行くのを見送り、俺は自分の部屋に行き、すぐに秋月に電話をかけた。


「塁飛くん?」

「うん。風邪ひいてないか?」

「大丈夫だよ」

「よかった。ちょっと伝えたいことがあって」

「なに?」

「愛莉は必ずS組に戻ってくる。愛莉がな、素直に『助けて』って言ったんだ」

「本当?」

「本当だ。だから秋月、協力してくれるよな?」

「あったりまえでしょ!よし!元気出た!あいつらに戦線布告だー‼︎‼︎‼︎」

「シンプルに耳痛い」

「あ、ごめん!」

「夢野にも伝えておいてくれ。あと、明後日は早い時間に学校に来てくれ。それまでに作戦考えておく」

「分かった!」

「秋月」

「ん?なに?」

「すぐに助けに行けなくてごめんな」

「いいの!塁飛くんは悪くないんだから!来てくれた時、すっごい格好良かったよ!」

「そ、そうか」

「あ〜、今照れたでしょ!」

「じゃあな」

「ちょっと待ってよ!」


電話を切り、一人でニヤけている自分が気持ち悪すぎる‼︎部屋に鏡がなくて良かった‼︎


「ちょっと!慌てて食べすぎよ!」

「お昼から何も食べてないのよ!」

「あはは!愛莉先輩、口の周り真っ白!」


リビングから三人の話し声が聞こえてきて、やっぱりいいなと、心が暖まる。


「戦線布告‥‥‥校内戦争の幕開けだな」

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