口元のクリーム

愛莉が俺の家に住み始めた翌朝、朝ごはんを食べようとリビングに来ると、白波瀬は制服にエプロン姿で朝ごはんを作っていて、愛莉は寝ぼけているのか、薄ら目を開けて、薄ピンクの下着姿で椅子に座っていた。


それを唖然として見ていると、白波瀬は笑顔で話しかけてきた。


「流川くんおはよう!」

「おはよう!じゃねーよ!下着姿でウロウロさせるな‼︎」

「愛莉は扱いが大変なのよ。試しに起こしてみたら?」

「え、これ寝てんの?」

「起きてるけれど、まだ頭が起きてないわ」


俺は試しに、目を閉じて愛莉を見ないようにしながら、愛莉に声をかけた。


「愛莉、服着ろ」

「‥‥‥」

「聞いてんのかよ‼︎」


次の瞬間、俺は宙に舞い、なにかに背中を強く打った。


「うぅ〜‥‥‥」

「朝からうるさいわよ」


目を開けると、俺はテーブルの上にいて、愛莉は俺を睨んでいたが、我に返ったのか、テーブルの上で倒れている俺を見て、驚いたような表情をした。


「ご、ごめんなさい!」

「今なにをしたんだ‥‥‥」

「思わず背負い投げを」

「なんでそんなことができるんだよ」


ゴリラなの⁉︎前世がゴリラなんだね⁉︎


「愛莉は空手と柔道の経験者なのよ。それと寝起きがビックリすほど悪いの」

「白波瀬‥‥‥こうなるなら先に言ってくれよ」

「私も流川くんが痛い思いをするのは嫌だけれど、これから一緒に暮らすなら、愛莉のことを知っていった方がいいかと思って」


言葉で教えてくれれば分かるよ‼︎


「私、また酷いことを‥‥‥」

「そんなエッロい格好しながら悲しい顔するな」

「下着も服も同じ布じゃない」

「全然違うわ‼︎頼むから玲奈が起きる前に制服着てくれ!」

「しょうがないわね」


なんとか玲奈がリビングに来る前に制服に着替えてくれ、平和に四人で朝ごはんを食べ始めた。


「そういえば、朝ごはんの材料あったのか?」


朝ごはんは白米と卵焼きとウインナーとベーコンでシンプルだけど、白米以外は無かったはずだ。


「起きてすぐ、コンビニにあるものを買っての」

「さすがじゃん」

「凛先輩、毎日料理して疲れない?」

「全然平気よ!」

「そっか!いつもありがとう!」

「どういたしまして!」


玲奈はいい子だ。素直にありがとうが言えるとかいい子すぎるよ。


朝ごはんを食べ終え、俺と白波瀬と愛莉で学校に向かい始め、三人でS組にやって来ると、楽しそうに話していた夢野と秋月は、愛莉を見て警戒するように、すぐに立ち上がった。


「愛莉、言うことがあるだろ?」


愛莉は二人の前に立ち、深く頭を下げた。


「秋月さん」

「な、なに?」

「脅したりしてごめんなさい。それと夢野さん」

「は、はい?」

「巻き込んでしまってごめんなさい」


二人は急に謝られ、どうしたらいいか分からないのか、不安そうに俺を見つめてきた。


「愛莉、もう頭上げていいだろ」


愛莉は頭を上げたが、ずっと俯いている。


「二人とも、愛莉はな、白波瀬を守るために悪役になっていたんだ。悪いことをしたのは愛莉が1番分かってる。許してやってくれないか?」

「ま、まぁ、私はいいけど」

「私もいいけど、わんこそば部は許さない」

「わんこそば部はいいだろ」

「あいつらが1番ムカつく‼︎絶対潰す‼︎」 


こうして、新たな悪役がここに誕生した。頑張れ、わんこそば部。


「よーし、座れ〜って、愛莉の机持ってきてないのか」


そう言って天沢先生は、ホームルームを終える前にS組にやってきた。


「元のクラスから机と椅子持ってこないとな」

「え?愛莉ちゃんってS組に入るの⁉︎」

「んじゃ、夢野から質問があったし説明しよう!愛莉は今日からS組の仲間だ‼︎」

「そうなの⁉︎仲間が増えた!」

「イェーイ!」


夢野と秋月は嬉しそうにハイタッチをし、俺は小さな声で愛莉に言った。


「二人とも、いい奴だろ?」

「えぇ。なんとかやっていけそうだわ。な、なに⁉︎」


夢野と秋月は愛莉に両サイドから抱きつき、笑顔で頬をすりすりし始めた。


「愛莉ちゃーん!今日から友達だよー!」

「愛莉っ呼んでいい?」

「べ、別に構わないけれど」


愛莉は友達ができ、こんな風に友達と戯れあったことがないのか、恥ずかしそうだけど、めちゃくちゃ嬉しそうだ。

そして天沢先生もだ。天沢先生は自分の子供達でも見てるかのように、静かに、優しい表情をして三人を見つめている。


「白波瀬」

「ん?」

「三人が戯れてるうちに、机運んでやるか」

「そうね。行きましょう」


白波瀬と二人で一年三組の前までにやって来ると、俺達に気づいた猪熊が廊下に出てきた。


「塁飛!」

「よっ。今日の放課後、楽しみにしてるからな」

「それはいいんだけどよ、愛莉はどうしてるか知らないか?」

「愛莉ならS組で楽しそうにしてるぞ?なにか愛莉に用か?」

「大変なことになってる。愛莉の机が見えるか?」


扉に付いたガラスから中を覗くと、俺と白波瀬は衝撃的な物を目にした。愛莉の机には、【裏切り者】や【最低】や【クズ】など、デカデカと沢山の悪口が書かれていた。


「あれなんだよ」

「なんか、愛莉はS組を潰すためのグループの主導者だったらしくて、いきなり解散したと思ったら、お前らと仲良さげに登校してるのを見た奴らがいたみたいなんだ」

「それであれか」

「そうだ」


せっかく少し笑顔を見せるようなったのに、愛莉の悲しむ顔は見たくないな。白波瀬も、すでに辛そうにしてるし。


「なぁ、熊」 

「なんだ?」

「書いた奴を知ってるか?」

「あの、ヒーターの前に立ってる生徒だ。他にも書いた奴はいるけど、書こうぜって言い出したのはあいつだ」


教室の後ろに設置されたヒーターの前には、一人の男子生徒が立っていた。別にヤンチャな見た目をしているわけでもない、普通の生徒だった。


「よし、喧嘩売ってくるわ!」

「は⁉︎ま、待てって!」

「そうよ流川くん!怪我したら大変!」

「大丈夫。殴り合いにはならないようにする」


殴り合いになったら負ける自信しかないしな‼︎


俺は勢いよく教室の扉を開け、ヒーターの前にいる男子生徒に近づいた。


「おい!」

「あ?」


えっ、なに⁉︎怖い‼︎全然普通の生徒じゃないっぽい‼︎めっちゃ目つき悪い‼︎


「いや、あの、はじめまして!愛莉の机持っていきますね!」 

「お前S組の生徒だよな」 

「は、はい!それがなにか?」

「愛莉と仲良くなったみたいじゃん。俺達を裏切った代償はデカいって伝えておけ」

「は、はーい!分かりました!」


俺はシンプルにビビリ、愛莉の机と椅子を持って素早く教室を出た。


「塁飛、喧嘩売るんじゃなかったのかよ」

「そ、そんなこと言ってないし⁉︎」 

「言ってたぞ」

「猪熊さん!」

「なんだ?」

「流川くんが無事に戻ってきたのよ?なんかちょっと格好悪いぐらい許してあげなさいよ!」

「白波瀬⁉︎なんか傷つく!めちゃくちゃ本音っぽくて傷つく!」

「大丈夫よ流川くん!私は格好悪い流川くんでもいいわ!」

「嬉しくない!全然嬉しくない!とにかく、熊は心配するな。放課後は必ず行くからな」

「分かった!」


それから、白波瀬が椅子を持ち、俺は机を持って教室の前を離れ、下駄箱の場所へやって来た。


「どうしたもんかねー」

「こんなガッツリ書かれたら、さすが消えないわよね」

「だな。俺の机と交換してもいいけど、これが愛莉の机だってバレるのは避けたいな」

「でも愛莉、もしかしら悲しまないかもしれないわよ?」

「え、なんで?」

「多分もう、私達に酷いことはしないけど、自分を攻撃してくる人は、言葉だけで戦意喪失させたりしそうだなって」

「あぁ‥‥‥それもそうかも」


そういえば愛莉って、論破マシーンだったわ。


「んじゃ、普通に渡すか。もし悲しんだら、全力で励ます方向で」

「分かったわ」


結局そのまま机をS組に持っていき、少しハラハラした気持ちで教室に入った。


「愛莉の机持って来たぞ」

「わざわざありがとう」


愛莉は酷い落書きをされた机を見つめ、なにも言わない。

そんな時天沢先生は、その机のことは気にしていないのか、いつも通りに言った。


「みんな座れ〜」


夢野と秋月は顔をしかめていたが、二人も何も言わずに席についた。

愛莉が白波瀬の隣に机を運んで座ると、天沢先生は愛莉を見つめて言った。


「何もかも肯定こうていされて守られると思うなよ」

「はい」

「やってきたことへの代償だ」

「分かってます」

「いじめをする人が悪くないって言いたいの?」


よく言った夢野!俺も同じことを思っていた。


「いじめをしている奴が悪くないと言いたいわけじゃない。教師は口を揃えていじめをなくそうだの、いじめのない学校だの言うけど、いじめは無くならない。きっと人口が三人になってもいじめは起きる。だからな、やったことは返ってくると思って生きろってことだ」

「いじめって、理不尽に始まることもあるよ」

「だから、日頃から人には優しくしておけ。守られると思うなと言ったが、守るかどうかは周りの判断一つだ。よく、いじめっ子が後にいじめられるオチとかあるだろ?」

「うん」

「あれは、いじめをしてる時点で性格が悪いって周りが冷静になったり飽きたすると判断する。性格の悪い奴を助ける必要性がないだろ。自分にメリットもない。だから、自分が人に傷つけられた時、助けたいって思われる人間になれ」


夢野は返す言葉もないようだった。天沢先生は真面目なスイッチが入ると、普段のテンションが嘘のように人が変わる。なんだかんだ、1番なにを考えてるか分からない人かもしれない。それとあれだ、時々、朝のホームルームをサボるけど大丈夫なのかな。


「相手が悪くても、その人を傷つけた時点で、自分が奈落の底に落ちるカウントダウンは始まる。最初は擁護ようごされ守られるかもしれない。そこで被害者な私可哀想みたいな振る舞いをして人を傷つけようとするな。人は飽きる生き物だからな、一生擁護されて幸せで、私の勝ちとか思ってると、死にたくなる結末が待ってるぞ」


真面目な話をした天沢先生は、軽く机をポンっと叩き、明るい表情を見せた。


「でも愛莉は守られる!S組の生徒はそういう人間の集まりだ!んじゃ、授業の準備しまーす」


スイッチの切り替えどうなってんの⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎


授業の準備をしている天沢先生と目が合い、俺は全てを察した。


あー、はいはい。『なんかあったら頼むぞ流川』って言葉がテレパシーで脳に直接入ってきている気がする。


それから普通に授業が始まり、愛莉は丸一日、落書きされた机で平然と授業を受けた。休憩時間や昼休みになると、愛莉は気にしていないのか、普通に楽しく話していたし、今のところは安心して大丈夫そうだ。


そして放課後、杏中がS組にやってきた。


「ねぇ!夢野ちゃん!秋月ちゃん!暇?暇だよね!来て!」

「う、うん」


二人は杏中に連れて行かれ、白波瀬と愛莉は不思議そうに顔を見合わせた。

そんな時、猪熊から『一時間半後に来てくれ!』とメッセージが届き、S組で時間を潰すことにした。


「流川くん、帰らないの?」

「しばらく話してから帰ろうぜ」

「分かったわ」


愛莉は知っているが、白波瀬は何も知らない。完全サプライズだ。

しばらく三人で、たわいもない会話をしていると、天沢先生が不機嫌そうな表情で教室に顔を出した。


「いつまで居るんだよ。早く出ろ!」

「えぇ〜。居ても問題ないじゃないですか」

「いいから帰れ」

「まったくー。場所変えるか」

「そうね」


俺達は、静かな図書室に移動し、なんとか一時間半の時間を潰すことができた。


「よし、調理室行くか」

「調理室?」

「行きましょう。凛」

「う、うん」


白波瀬は怪しんでいるが、ちゃんと付いてきてくれ、調理室の前に着くと、猪熊がニコニコしながら待っていてくれた。


「来たな!」

「汚い?いきなり失礼ね」

「愛莉って、もしかしてアホ?」

「流川くんも失礼だわ」

「ま、まぁ、とにかく!今日はクッキング部がおもてなしするぞ!」


猪熊が調理室の扉を開くと、ワンホールのショートケーキがテーブルに置かれていて、杏中と夢野と秋月がクラッカーを鳴らした。


「お誕生日おめでとーう‼︎」

「熊、なんか間違ってるぞ」

「馬鹿言え!11月19日、今日は愛莉の誕生日だぞ!」

「マジ⁉︎てことは白波瀬も⁉︎」

「誕生日をお祝いしてもらえるなんて始めて‥‥‥」


マジなんだ‼︎全然教えてくれなかったじゃん‼︎


「白波瀬、お、おめでとう!」

「流川くんもありがとう!」

「愛莉もおめでとう!」

「ありがとう」

「夢野ちゃんと秋月ちゃんも、ケーキ作り手伝ってくれたんだよ!」


そう杏中が言うと、二人はドヤ顔で仁王立ちした。


「みんなありがとう!」

「みんなで食べよ!」


杏中がケーキを切り分けてくれ、白波瀬と愛莉は二人並んで座り、ケーキに目を輝かせている。


「いただきます!」


二人は何故か、恐る恐るケーキを食べ、白波瀬と愛莉は見たことない、幸せそうな表情を見せてくれた。


「美味しいわ!ケーキってこんな味がするのね!」 

「シュークリームもいいけど、ケーキは別格!」

「まさか、食べるの初めてか?」

「うん!」

「今まで食べる機会がなかったから」


二人は口の右側の同じ位置にクリームを付けて、今にも天国に登ってしまいそうな表情をしていた。


「二人ともー!写真撮るよー!」


秋月は二人に携帯を向け、口元にクリームを付けた白波瀬と愛莉のツーショットを撮ってあげた。


「可愛い〜!」

「俺にも後で送って」

「いいよ!」


そう言って秋月は、指先にクリームを付け、俺の右頬につけると、ペロッとそのクリームを舐め取った。


「ちょっと‼︎」


白波瀬と愛莉と夢野が同時に大きな声を出して立ち上がる。何故愛莉も?


「へへ♡舐めちゃった♡」


舐められちゃった♡じゃなくて、なんで愛莉も怒ってんだよ。なんなんだよ。怒ることが趣味なの⁉︎マイブームなの⁉︎

三人が秋月を睨んでいる。逃げるしかない。


「あ、教室にカバン置いてきゃったから行ってくる」

「行ってらっしゃい」


カバンを忘れたのは本当だ。


一人でS組に戻ると、天沢先生が愛莉の机になにかをしていた。


「なにしてるんですか?」

「わっ!な、なに戻ってきてるんだ!」

「カバン忘れたので」


なんでそんなに驚くの⁉︎生徒の机でいやらしいことでもしてたんですか⁉︎主に角とか使って!


「誰にも言うなよ」

「なにしてたんですか?」

「落書きを消してたんだよ」

「へー。優しいですね」

「だけどなー、まったく消えないんだよ」

「ちょっ!小指!」


天沢先生の、右手小指の爪の横あたりには、血が滲んでいた。


「あぁ、机拭いてる時に擦れたんだろ」 

「大丈夫ならいいですけど」

「あれれ〜」


煽りスイッチ入ったな。表情ですぐ分かる。


「流川〜?こんな小さな怪我でそんなに心配しちゃって〜。私のことが心配だったんでちゅか〜?それとも私のことが好きなのかな〜?ププー!」


久しぶりのこのテンションに、本気でイラッとした。


「さよならー」

「待ってよ!手伝ってよ!」

「消えないなら仕方ないじゃないですか」

「だな!諦めよう!」 

「諦め早いな‼︎あ、そうだ。一つ相談があるんですけど」

「おっ、なんだ?」

「実は今、白波瀬と愛莉が俺の家で暮らしてるんですけど、ヤバいですかね」

「はー⁉︎ヤバいに決まってるだろ‼︎」

「ですよね〜」

「白波瀬とヤッた後、愛莉とヤるんだろ⁉︎」

「ヤッてねーよ‼︎」

「白波瀬は満足して、二回目の愛莉は『なんで出ないの?凛で出し切っちゃった?』って‼︎可哀想だろうが‼︎」

「アホか‼︎多分二回以上出るわ‼︎」

「え、生々しいこと言うなよ」  

「なにちょっと引いてんだよ‼︎生々しいのは天沢先生だろ‼︎」

「わ、私と‥‥‥生で?」

「言ってないからね⁉︎」

「とにかく、ヤバいもんはヤバい。PTAのおば様方にバレたら大変だからな。私は聞かなかったことにしてやるから、誰にも話すな」

「分かりました」


天沢先生は教室を出ていき、俺も調理室に戻り、みんな幸せいっぱいで誕生日会を終えることができた。


そして家に帰ると、白波瀬は愛莉の部屋に行き、二人の楽しそうな笑い声が聞こえてきて、こっちまで幸せな気持ちになる。

明日は土曜日だし、玲奈と誕生日プレゼントでも買いに行くか。

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