姉妹の涙


愛莉が白波瀬と話すと決めてくれた日から二日後の放課後、俺は久しぶりに、調理室に遊びに行くことにした。


「よっ」


調理室にの扉を開けると、二人はエプロン姿で、杏中は楽しそうな表情でフライパンに油をしき、猪熊はボウルの中身を混ぜていた。


「塁飛!」

「来てくれたんだ!」

「おう。今日は何作ってんだ?」

「今日はな、パンケーキって甘いイメージがあるけど、なにか大人も好んで食べたくなるようなものを作ってみようと思ってるんだ!」

「へー」

「よかったら味見してよ!」

「いいのか?」


そのために来たけどね!


「もちろん!出来上がるまで座ってくつろいでてよ!」

「そうさせてもらうわ」


しばらく二人が料理をする光景を見ていると、調理室に天沢先生がやってきた。


「流川」

「はい?」

「愛莉が話したいってよ」

「なんでそれを天沢先生が?」

「一人で来るのが気まずかったんだってよ」 「言わないでくださいよ」


愛莉の姿は見えないが、天沢先生の横に居るみたいだな。


「愛莉が思い悩んだ様子でウロウロしてたからだろ?」

「なんでもかんでも言わないでください」

「悪かったよ。そんなに睨まないでくれ」

「もういいです」


愛莉はムッとした表情で姿を現し、天沢先生は安心したように微かに笑みを浮かべて、静かに何処かへ行ってしまった。


「覚悟ができたわ」

「よし、行くか」


俺が立ち上がると、猪熊は寂しそうな声で言った。


「食べていかないのか?」

「愛莉の方が先に約束してたからさ、ごめん。明日は必ずご馳走になるよ!」

「約束だぞ?」

「そうだ!愛莉と白波瀬が仲直りできたら、二人にご馳走してやってくれ!」

「喧嘩してるのか?」

「まぁ詳しいことはいいじゃん!二人のために作ろうよ!」

「そうだな!」


杏中と猪熊の優しさは、この学校でトップ2レベルだ。他に友達がいないだけだけど。

いや、秋月を入れたら誰が一位だ?


「とにかく、また明日な」

「じゃあな!」

「バイバーイ!」


調理室を出て歩き出すと、愛莉は小走りで俺の横に来て、不安そうに聞いてきた。


「凛はどこに居るの?貴方の家?」

「いや、S組で俺を待ってる」

「そう」

「パンのなんだっけ?あれ持ってきたか?」

「一応ね」

「渡せたらいいな」

「すぐには渡さないわよ」

「そうか」


S組に着くと、白波瀬は一人で読書に没頭していた。

俺は愛莉の背中を軽くポンと叩き、無言で愛莉が白波瀬に声をかけるタイミングを与えると、愛莉は一歩を踏み出して、S組に入っていった。


「凛」

「なぜ貴方が居るのかしら」


白波瀬は本から視線を逸らさずに冷めた声で受け答えをした。


「話があるの」

「聞く気はないわ」

「それじゃ、勝手に話すから聞いてほしい」


俺は話の邪魔にならないように、廊下の壁に背をつけ、白波瀬から存在がバレないようにして話を聞くことにした。


「小さい頃の私は、わがままで、いつもお母さんとお父さんを困らせていたわ。凛は昔からいい子だったのに、私のせいで二人に捨てられて、私が凛を巻き込んでしまったの」

「だったらなんなのよ。今更そんな話をして。何の意味もないわ」

「私はずっと罪悪感を抱えていたの。凛が傷ついたのを知っているから、もう二度と誰にも気付けられないようにって」

「‥‥‥だったら!どうして私を束縛して、流川くんにも酷いことをするの!」


白波瀬は大きな声を出し、明らかに怒っているのが声から伝わってくる。頑張れ、愛莉。


「凛が傷つけられないように、誰かに裏切られて一人で泣かないように、全部壊してしまえばいいと思ったのよ!」


愛莉は泣いているのか、声が震えている。


「そんなのおかしい!」

「分かってるわよ。私の弱さが凛を苦しめ続けてるっていうのも分かってる!でも、誰かに傷つけられることだけは許せなかったの。流川くんが居なくなれば、S組が無くなれば、凛はまた一人になって、誰にも傷つけられる心配はないと思ったのよ」

「だったら、なんでいじめられてる時に助けてくれなかったの‥‥‥」

「秋月さんに頼んだのは私よ」

「え?」

「凛を心配そうに見てたから、私から頼んだのよ」

「嘘よ‼︎秋華さんは貴方に怯えていたもの!」

「協力してくれないなら、貴方の人生を壊すと脅したわ‥‥‥それと、頼まれたのは誰にも言わないようにって」

「‥‥‥最低」

「私だって、誰かに傷つけられるのが怖かった‥‥‥だから、傷つける側になれば、何も怖くないと思ったの」

「ますます最低ね」


愛莉の考え方は分からなくもない。自分が傷つかないように、白波瀬が傷つかないように、必死に生きてきた結果だ。でも、確かにやり方はまずかった。


「最低だなんて分かってるわよ。私はただ、今までのことを謝りたくて」

「今更謝罪なんて聞きたくない。出て行って」

「‥‥‥分かったわ‥‥‥」


愛莉はS組から出てきて、俯いたまま俺の左胸に優しく触れた。


「やっぱり、今更無理だったのよ。今まで悪かったわね。もうなにもしないわ」

「白波瀬から全てを奪いたかったのに、優しい秋月に助けるように言った時点で失敗だったな。仲良くなられちゃ、愛莉の作戦は失敗だろ」

「私はあまり頭が良くなかったってことよ。さよなら」


やっぱり、ネズミと蛇のようにはいかないか。


愛莉は行ってしまい、俺はなにも知らないふりをしてS組に入った。


「白波瀬」

「‥‥‥」

「なに落ち込んでんだよ。まぁ、そんなことより、今日はパスタが食べたい気分だ」


白波瀬は気持ちを隠すように、ニコッと笑みを浮かべた。


「美味しいの作るわね」

「おう」


‥‥‥やっぱりダメだ。今の白波瀬は逃げてるだけだ。


「ごめん白波瀬」

「なんで謝るの?」

「弱いのは白波瀬も同じだ。愛莉は長い間抱えていたものを打ち明けたんだ。なんでまともに聞いてやれなかった」

「やっぱり流川くんが関わっていたのね」

「迷惑だったか?」

「いいえ。心のどこかでは、助けてほしいと願っていたの」

「だったらどうして」

「やっと気持ちを伝えてくれた照れ臭さかしらね」

「照れ臭さ⁉︎」

「まるで、あの小説みたい!素敵なお姉ちゃんだわ!」


へー、愛莉の方が先に生まれてきたのか。にしても、白波瀬は損する性格してるなー。


「よし!今から愛莉を連れ戻す!ムキにならないで、ちゃんと話せたら、今日は白波瀬が満足するまでお仕置きしてやる!」

「お仕置きって言えば、なんで言うこと聞くと思わないでちょうだい」


あの白波瀬がお仕置きで喜ばないだと⁉︎しょうがない。少しスイッチを押すか。


「とりゃ!」


俺は白波瀬のデカ乳を本気でビンタしてやった。


「んっ♡」

「ちゃんと話せ」

「は、はい♡」


マジで、白波瀬は変な男に騙されないか心配だ。


「んじゃ少し待ってろ」

「分かりました♡」


俺は必死に昇降口に走り、今にも昇降口を出ようとしていた愛莉を呼び止めた。


「愛莉!」

「なに?」

「白波瀬は、愛莉がちゃんと話してくれたことを喜んでたぞ!」

「そんな嘘までついて、気を使わなくても大丈夫よ」

「いいからS組に戻れ」

「これ以上、凛にも貴方にも迷惑をかけられないわ」

「いいか?俺はこれから先、なにかで愛莉を傷つけるかもしれない。でも、その度にぶつかってこい!わがままぶちかませ!俺は白波瀬も愛莉も捨てたりしない!喧嘩したら間に入ってやる!」

「‥‥‥ふっ」

「今笑った⁉︎」

「貴方のそういうところが、三人を夢中にさせた原因ね。女の子にそう言うことを軽々と言っちゃダメよ?」

「本気なら大丈夫だろ」

「そういうところよ。姉妹のトラブルなんかより、他人の女の子同士のトラブルは怖いわよ」

「え、またなにかしようとしてんの?」

「違うわよ」

「ならいいけど、とにかく戻るぞ。白波瀬が待ってる」

「分かったわ」


愛莉をS組に連れ戻すと、白波瀬はムッとした表情で読書をしていた。白波瀬が本気の本気で機嫌が悪い時は無表情だからな。今は照れ隠しみたいなもんだろ。


「白波瀬、連れてきたぞ」

「だから?」


おい、ご主人様にその口の利き方はないだろ。


「さっき愛莉と話して、思ったことを素直に伝えろ」


白波瀬は本を閉じ、愛莉の方を向いた。


「‥‥‥嬉しかった」

「え‥‥‥」

「確かにしてきたことは酷いし、嫌だったけれど、そんなに私を大切に想ってくれてたんだって、嬉しかった」

「‥‥‥」

「私達、ずっと辛かったね」

「‥‥‥つら‥‥‥かった‥‥‥」


愛莉は涙を流し、女の涙にあまり慣れていない俺は、今すぐにでも教室を出たかった。


白波瀬は涙ぐんで愛莉に抱きつき、二人は涙を流しながら抱きしめ合った。


「今まで傷つけた人に謝ろ?」

「うん‥‥‥」


愛莉は、しばらく白波瀬と抱き合った後、涙を拭いて俺の方を振り返り、深々と頭を下げた。


「たくさん酷いことをしてごめんなさい」

「おう。許す!」

「秋華ちゃんにも謝ろうね?」

「明日、必ず謝るわ」

「俺からも頼みがある」

「なにかしら」

「S組を潰すための集団を解散させてくれ」

「もちろんよ」

「あと、天沢先生にも謝れよ」

「私はいいよ」


天沢先生は平然と教室に入ってきて、コーヒーをグビッと一口飲んで机に置いた。


「いつから聞いてたんですか?」

「最初からだ。白波瀬」

「はい」

「私が、あのネズミと蛇の小説をプレゼントした意味がようやく分かっただろ」

「はい!」


あの本、天沢先生がプレゼントした物だったのか。あのケチな天沢先生がねー。


「天沢先生」 

「どうした?」

「すみませんでした」


愛莉は天沢先生にも深く頭を下げて謝罪をすると、天沢先生はニッコリ笑い、両手を広げた。


「愛莉!S組に来い!」

「‥‥‥はい!でも抱きつくのはちょっと」

「なんでだよ!」

「コーヒー臭いので」

「もういいもん!知らない!」


天沢先生は子供のように教室を出て行き、それを見た俺達三人は、思わず笑みが溢れた。


「愛莉って、意外と可愛らしく笑うんだな!」

「う、うるさいわね」


は?なに赤くなってんの?怖い怖い。


「でも分かったことが一つ」

「なんだ?」

「貴方は誰かを傷つけたり、見捨てたりしない」

「した時に気まずいから、そういうこと言わないで⁉︎」

「でも、少なくとも私と凛のことは見捨てたりしないんでしょ?」

「まぁ、問題は解決したし、一応多分って言っとくわ」

「多分?」

「そんなことより愛莉?」

「なに?」


おや?白波瀬の様子が‥‥‥進化するのかもしれない!


「流川くんとキスした件について、深〜く聞かせてくれる?流川くん待って」


俺はさりげな〜く教室を出ようとしたが、すぐに呼び止められてしまった。


「わ、私は流川くんに無理矢理されたのよ!」

「ちょっと待って⁉︎なに言ってんの⁉︎」

「しかも、おっ、おっぱいに!」


白波瀬は目を見開き、無言で俺を見つめてくる。


「また白波瀬と仲悪くなりたくないからって嘘つくな!」

「下着姿の私に抱きついたり!」

「お前から抱きついてきたんだろ⁉︎」

「抱きついたのは本当なのね」

「俺は悪くないって!」

「たまにはご主人様にもお仕置きが必要ですね♡」

「そんな!それより、まだ俺の家に住むのか?」

「当たり前じゃない。愛莉も一緒に」

「聞いてないんですけど⁉︎」


愛莉はどうすればいいのか分からず、目が泳いでしまっている。とにかく、話を変えることには成功したからいいとしよう。


「ダメなの?」

「はぁー‥‥‥おばあさんだっけ?二人で挨拶して、荷物まとめて来い」

「はい!」

「ま、待って?私も流川くんの家に住むの?」

「そうみたいだな。家で露出したら追い出すからな」

「裸で家を追い出されるのね‥‥‥いい」

「白波瀬、やっぱり愛莉はダメだわ」

「一度アパートに行って、夜には流川くんの家に行きますね♡」

「お願いだから話聞いて⁉︎」

「行ってきます!」


二人は手を繋いで行ってしまった‥‥‥

ドMと露出狂‥‥‥玲奈に悪影響すぎる‼︎それに、俺の体にも影響を及ぼすぞ。主に下の方に。

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