可愛い夢野
11月も中旬に差し掛かり、あれから愛莉は俺の前に姿を現すことはなかった。もう、約十日は愛莉を見ていない。
そして、白波瀬もだいぶ俺の家に馴染み、玲奈とは本当の家族のようになっていた。
「ねぇねぇ、凛先輩」
「どうしたの?」
「今日の夜ご飯はチャーハンがいいな!」
「それじゃ、一緒に卵買いに行きましょうか!」
「行く行く!」
学校から帰ってくると、三人でリビングに集まり、会話をしたり、みんなでテレビゲームをする毎日だ。
今も、ゲームを終えた玲奈が白波瀬に夜ご飯のリクエストをしている状況だ。
「玲奈ちゃん。女の子がイクイクって言う時は、もっと可愛く、気持ちよさそうに言うのよ?」
「そうなの?」
「流川くんの持っていた雑誌に書いてあったわよ!」
「グラビア雑誌だかな‼︎たまたまそういう特集があっただけだからな‼︎」
「でも、袋とじの中は裸の女性だったわよ?」
「勝手に開けたの白波瀬かよ‼︎」
ヤバイ。玲奈がめっちゃ睨んでる。毎回毎回、白波瀬のせいだよな。
「白波瀬、ご飯食べたら説教な。早く買い物行ってくれ」
「はい♡」
ダメだ。白波瀬は説教すらご褒美なんだ。
そして二人が買い物に出かけてすぐ、夢野から電話がかかってきた。
「もしもし」
「ポチ〜」
「なんだ〜」
夢野は、とてつもなく退屈そうな声で俺の名前を呼んだ。名前ポチじゃないけど。
「暇〜」
「そう言われてもな」
「遊ぼ!」
「夕方の6時から遊ぶって、なに考えてんだよ」
「凛ちゃんばっかりズルい〜」
「んっ、ん?」
「一緒に暮らしてるのズルい〜」
「し、知ってたのか?」
「バレバレ。秋華ちゃんも知ってるよ」
「バレてないと思ったんだけどな」
「なんか訳ありかな?って秋華ちゃんと話してて、だから怒ったりしなかったけど、私の気持ちも考えろっての」
「どんな気持ちだよ」
「分かんないの⁉︎クソじゃん‼︎」
「は⁉︎」
「とにかく、明日の放課後は私と遊ぶこと。分かった?」
「いや、全然分かんないんだけど」
「ご主人様が遊んであげるって言ってんの。ポチは尻尾降って喜べばいいの」
「ワンワン」
「可愛いー♡!自分からワンって鳴いた♡!」
「めんどくさいからって気づけ」
「あ?」
「まぁ、遊ぶのはいいけど、なにするんだ?」
「私の家来てよ!」
「嫌だ‼︎」
「なんで‼︎」
「拷問器具とかいっぱいありそう‼︎」
「4個しかない‼︎」
「あんのかよ‼︎アウトだよ‼︎」
「来い」
「はい」
「じゃ、また明日ね!」
「はい」
夢野の家かー。なんかウサギのぬいぐるみとかいっぱいありそう。
それから白波瀬と玲奈が帰ってきて、二人が料理する姿を見守り、三人仲良く、チャーハンを食べ始めた。
「いただきまーす」
「はい!どうぞ!」
「お兄ちゃん!美味しい?今日は私も手伝ったの!」
「おう!めちゃくちゃ美味いぞ!」
「やったー!」
玲奈は卵を割っただけだが、喜ぶ玲奈を見て、白波瀬は優しく笑みを浮かべている。
それにしても、白波瀬は日頃からカップ麺ばかりだと言っていたけど、料理の腕前はかなりのものだ。
「白波瀬、食べたら俺の部屋来いよ」
「はい♡もちろんです♡」
「お仕置きとかしないからな」
「チッ」
「え⁉︎舌打ちした⁉︎」
「いいえ♡」
舌打ちなんてするキャラでした⁉︎
そしてご飯を食べ終わり、玲奈に食器洗いを任せて、白波瀬と俺の部屋にやってきた。
「約束忘れたか?」
「え?」
「玲奈に変な知識を教えるなって言わなかったっけ」
「あっ!ごめんなさい!」
「追い出すぞ」
「嫌‥‥‥」
えぇ〜⁉︎本気で嫌そうじゃん‼︎なんかごめんね⁉︎
「次からは気を付けろよ」
「はい」
「あと、この前掃除してる時、俺と玲奈の部屋の向かいにあるドア開けただろ」
「そ、そうよね!分かってるわ!」
「ん?」
白波瀬は小さな声で話を続けた。
「お父さんとお母さんの部屋なのよね」
「そうだ」
「開けてすぐに分かったわ」
「玲奈は、一切あのドアを開けようとしない。きっと居ないことが怖いんだと思う」
「もう開けないようにするわね」
「助かる‥‥‥あとさー‼︎お前さー‼︎」
いきなり大きな声を出し、白波瀬は驚いて、体をビクッとさせた。
「は、はい!」
「勝手に人の部屋の物漁るなよ‼︎」
「で、でも、流川くんが手に持って寝ていたから」
「‥‥‥」
「床にティッシュのゴミも落ちてて、玲奈ちゃんに見られたら大変だと思って片付けてたのよ。雑誌はその流れで気になって‥‥‥」
俺は白波瀬の両肩に手を置き、満面の笑みで言った。
「なぁ白波瀬!」
「な、なに⁉︎」
「欲しいものとかあるか?なんでも買ってやるぞ!」
「いきなりどうしたの⁉︎」
「買ってやるから誰にも言うな」
「言いません!あれは、私以外の女の子が知ったり見たりしてはいけない姿です!それと、欲しいものは手に入れました!」
「手に入れた?」
「あの日のティッシュです!」
「捨ててくれ〜‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎」
そんなこんなで、白波瀬はティッシュの隠し場所を絶対に言わないまま時間はすぎ、俺は絶望感と恥ずかしさを感じながら寝る準備をした。
ああいう雑誌は二度と買わない‼︎
そして翌日、今日も愛莉と会うことができずに、事の解決に踏み出せずにいて、痺れを切らした俺は、昼休みに調理室にやって来た。
「なんだ。居ないのか」
今日もなんの動きもなしか。
「なーにしてるの?」
「ビックリしたー!夢野かよ!」
いきなり夢野に背後から話しかけられ、愛莉が明るく話しかけてきたのかと思ってしまった。
「私じゃダメだった?」
「別にいいけど」
「今日、私の家来るんだよね?」
「まぁ、そうだな」
「私の家に行く前に、地元のショッピングセンターでも行かない?」
「隣街じゃなくていいか?」
「もう大丈夫!」
「分かった。あまり遅くならないように帰るからな」
「ほーい!」
今日の夢野はテンション高いな。家で俺をいじめるのが、そんなに楽しみか。
‥‥‥そして放課後、夢野とショッピングセンターに向かう前に、白波瀬に教室で一言声をかけた。
「今日は先に帰っててくれ」
「なにか用事?」
「ちょっとな。遅くなる前に帰る」
「分かったわ」
なんだろ。夢野と秋月にバレてるから、堂々と言ったけど、二人の不満そうな表情が怖い。
白波瀬と秋月が階段を降りていくのを確認して、ウキウキした気持ちを表情出し、座りながら無邪気に足をぶらんぶらんさせる夢野に話しかけた。
「行くか」
「うん!」
地元のショッピングセンターは、学校からそう遠くはなく、全然歩いて行ける距離にあり、夢野は一緒にショッピングセンターに向かう間、何故かチラチラと俺の顔を見てくる。
「なんだよ」
「別に〜!いひひー♡」
今日の夢野は優しいし可愛げがある。それはいいことなんだが‥‥‥やっぱ、なんか怖いよ‼︎‼︎こんなの夢野じゃないよ‼︎一緒に歩いてるのに首輪付けてこないし⁉︎四つ這いで歩けとか言わないなんて夢野じゃないよ‼︎と、不信感を抱きながらも、平和にショッピングセンターに着き、最初にゲームセンターにやって来た。
「前に一緒に、隣街のショッピングセンターに行った時は全然遊べなかったでしょ?」
「だな」
「だから今日はいっぱい遊ぶの!今日は塁飛くんを独り占め!」
「は⁉︎塁飛くん⁉︎なに言ってんの⁉︎気持ち悪っ‼︎」
「だって塁飛くんじゃん」
「いつもはポチって呼ぶだろうが。なんだよいきなり」
「気にしない気にしなーい!」
「お、おう。ゲーセンでなにするんだ?」
「プリクラ撮ろ!」
「おっけ〜」
みんな学校終わりで、いろんな生徒が沢山居るゲームセンター内を歩き、数分並んで、やっとプリクラ機に入ることができた。
「ちゃんと笑ってね!」
「えー、あまり笑うの得意じゃないんだよ」
「んじゃ照れてる顔!」
「なっ⁉︎」
夢野は写真を撮るタイミングで腕に抱きついてきて、本当に照れてる顔を撮られてしまった。
「塁飛くん可愛い顔してる!」
なんなの⁉︎これじゃデートみたいじゃんか‼︎クソ楽しい‼︎
警戒心が楽しさに変わり、夢野という圧倒的美少女と遊べることを誇りに思った。
「次はこうだ!」
「おいおい!」
夢野は俺の背中に飛びつき、ニコニコしながら手を前に回した。
夢野さーん⁉︎お尻触っちゃってますよー⁉︎落ちないようにだからいいんだよね⁉︎後で怒らないよね⁉︎
ドキドキしながらプリクラを撮り終え、落書きコーナーで夢野は【ラブラブ♡】という、誰かに見られたら誤解しか生まない落書きをし、黙って消そうと思ったが、すぐに落書き終了ボタンを押されてしまった。
「へへ♡」
「誰にも見せるなよ?」
「二人だけの秘密〜♡」
「はいはい」
それから落書きコーナーを出て、プリントされるのを待っている時、夢野と手と手が当たり、お互いに体をビクッとさせ、顔を見つめ合った。
夢野の頬が少し赤い。もしかして俺も赤い⁉︎
その時、雑貨屋から袋を持って出てくる愛莉を見つけ、俺は慌てて愛莉の元へ行こうとした。
「ど、どこ行くの?」
「ちょっと待っててくれ。すぐ戻る」
「うん‥‥‥」
急いで愛莉に駆け寄り、背後から声をかけた。
「愛莉!」
愛莉はギロッとした目つきで振り返り、低い声で言った。
「なに?」
「最近俺を避けてるだろ。考えてることがバレそうになったら逃げるのかよ」
「実際問題、貴方に私の考えを見破られても、状況はなにも変わらないわ」
「白波瀬と、ちゃんと話せる機会を作ってやる」
「無理よ。あの子は私が嫌いだから」
「だからなんだよ。白波瀬が大切なんだろ?俺も家族の大切さぐらい分かる。俺には血の繋がってない妹がいるんだ」
「あら、複雑な家庭ね」
「血が繋がってなくても大切に思ってる?親に捨てられた気持ちは分からないけど、俺の両親は2年前に他界して、もういない。寂しさは分かる‥‥‥白波瀬もきっと寂しいに決まってる。ちゃんと話せば分かるはずだ!白波瀬とは血の繋がった姉妹なんだろ?」
「‥‥‥」
「愛莉?」
「私‥‥‥貴方にとても悪いことをしたわ‥‥‥両親、亡くなっていたのね」
「あぁ、そうだ。お前のせいで、どんだけ辛かったか」
「‥‥‥」
「白波瀬とちゃんと話すなら許してやる」
「許されないわよ」
「俺が許すって言ってるんだから、それでいいんだよ」
愛莉の悲しそうな表情を始めて見て、徐々に蛇の呪いとやらが解け始めているように感じる。
「いつにする?愛莉にも心の準備があるだろ?」
「明後日までには覚悟を決めるわ」
「分かった。てか、雑貨屋で何買ったんだ?」
「焼きたてのパンの匂いがするスクイーズよ」
「意外と可愛いもの買うんだな」
「凛の大好物が焼きたてのパンだから」
「白波瀬に買ったのか?」
「今までも沢山買ってるわ。まだ一つも渡せていないけれど」
「んじゃ、話す時に渡せたらいいな!」
「そうね‥‥‥」
「それじゃ、俺は行くわ!」
「えぇ。さよなら」
「おう」
よし!よしよしよし!愛莉も人の子だった!ちゃんと話せば分かる奴だった!
ルンルン気分で夢野の元へ戻ると、夢野は暗い表情でプリクラを持ち、俺を待っていた。
「お、お待たせ」
「うん」
「なにふてくされてんだよ」
「塁飛くんは、なにも分かってないよ」
「なんのことだ?」
「今日ぐらいは、ずっと二人で楽しみたかった」
「悪かったよ。話は終わったからさ、今からは、いきなりどっか行ったりしないよ」
「ねえ」
「ん?」
「塁飛くんは、秋華ちゃんと弁当を食べたり、凛ちゃんに優しくしたりするけど、誰が好きなの?」
「べ、別に誰も」
「それじゃ、希望を持っていいの?もっと本気になっていいの?」
「なんの話してるんだよ」
ヤバイ‥‥‥さすがの俺でも、この先が読める。俺は誰も傷つけたくない。三人のうち一人なんて決めたら、二人はどうなる‥‥‥
「私、塁飛くんが好き!」
恥ずかしそうに俯いたまま告白してきた夢野は、周りの人に注目され、俺は夢野の体を押してプリクラ機の中に入った。
「ま、また撮るの⁉︎」
「人前でなに言ってんだよ」
「だって、ずっと伝えようと思ってて、もう今しかないと思ったんだもん」
「とにかくあれだ、今は返事をできない」
「どうして?」
「夢野が大切だからだ」
「えっ」
あ、やべ、間違えた。『三人が大切だから』って言おうと思ったのに‼︎
「ん、んじゃ、返事はちゃんと待つ!今すぐじゃなくてもいい!」
「あ、ありがとう」
完全に期待の眼差し‼︎付き合うことが決まったかのようなワクワクした表情‼︎オワタ。
それから結局、ショッピングセンターのゲームセンターでメダルゲームをしたところ、とんでもない大当たりを出し、なかなか消費できずに、ショッピングセンターを出た時には遅い時間になってしまっていた。
「あ〜」
「夢野が大当たり出すから悪いんだぞ」
「家に招待したかった〜」
「また今度行くよ。今日、なんだかんだ楽しかったし」
「本当⁉︎私も楽しかった!今までで1番!」
「よかったよかった」
「うん!それじゃ、私こっちだから!」
「おう。気をつけて帰れよ」
「また明日ー!」
夢野の笑顔で、いつか来る、誰かを傷つける日がますます怖くなってしまった。
でも今は、愛莉と白波瀬の問題が最優先だな。まだ愛莉の過去や想いを詳しくは知らないのが心配だけど、必ずなんとかしてやる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます