ネズミと蛇


「白波瀬」

「どうしたの?」


白波瀬は寝る前に家の廊下を掃除機で掃除してくれていて、俺はお礼に、またコンビニに連れて行こうと思い声をかけた。


「掃除までありがとうな。またコンビニでなにか買ってやるよ」

「いいわよ。私はこの生活が好きなの」

「ならいいけど。まぁ、玲奈も白波瀬のこと気に入ってるし、白波瀬が料理作ってくれるから、じいちゃんもゆっくりできて喜んでる」

「よかったわ」

「あ、そうだ。玲奈って部屋で受験勉強とかしてるのか?」

「してるわよ?さっきも、絶対お兄ちゃんと同じ高校行くんだーって。なんだかんだ流川くんのことが大好きみたいよ?」

「おー!そうかそうか!嬉しくなっちゃったから寝るわ!」

「普通、逆じゃないかしら」

「嬉しい気持ちのまま眠くなって寝れたら最高だろ?だから寝る!」

「そう。それじゃ、掃除機は明日にするわね」

「おう!下着エプロンでうろつくな。見慣れちまったじゃないか」

「こんな格好でお家をウロウロしてる悪い子です♡お仕置きしてください♡」

「はい、おやすみ」


その日は隣の部屋の白波瀬と玲奈の仲良さげな話し声を聞きながら眠りにつき、翌朝、学校についてすぐ、あんこミルクセーキを買って猪熊を探しに一年生の教室を回り始めた。


俺と同じクラスではなかったからなー。


「あ、いた」


猪熊は三組の一番前の席に座っている。アフロなのに一番前の席とか、後ろの奴らが可哀想だろうが。


「熊」

「おー!塁飛!」


猪熊は元気に廊下に出てきたが、俺は1番後ろの席に座る愛莉と目が合い、小さな声で猪熊に言った。


「おい、愛莉と同じクラスなのかよ」

「そうだぞ?」

「まぁいいや。これ、昨日のお礼な」

「おいおいマジかよ!俺が好きなの知ってたのかよ!」


マジかよ。これ好きな人いたんだ。


「しかも新作、ホットだぞ」

「最高だな!」

「んじゃ、俺は行くから」

「なんだよー。もうちょっと話そうぜ?」

「愛莉がこっち見てんだよ」

「呼ぶか?」

「アホか。じゃあな」

「また調理室遊びこいよー?」

「おう」


朝から愛莉と目が合うとか、嫌な1日になりそうだな‥‥‥


S組に行く途中、秋月が知らない女子生徒と仲良く話していたり、夢野がぶりっこしながら男子生徒を軽くあしらっていたり、普段あまり見ない光景を目の当たりにした。

夢野は腹の中で『マジだるい』とか思ってそうだけど、秋月に関しては、夢野と白波瀬以外にも、ちゃんと友達がいたのが意外だ。

そんなことを思いながらS組にやってくると、白波瀬はいつもと変わらず、読書をしていた。


「いつもなんの小説読んでるんだ?」

「ネズミと蛇のお話」

「なんだそれ、ネズミ食べられるのか?」

「ネズミはそう思って、蛇から逃げようとしたりするのだけれど、その蛇は、ネズミを食べようとする他の蛇から、そのネズミを守っていたのよ」

「へー、なんで?」

「ネズミを守っていた蛇は、呪いで蛇の姿に変えられていた、心優しいネズミだったの」

「なんで呪いかけられたんだよ」

「この蛇には、このネズミを傷つけた過去があって、ずっとその後悔を心に抱えていた。その呪縛が呪いとなり、蛇に姿を変えたのよ」

「後悔の呪縛ねー。んで、最終的にどうなるんだよ」

「嫌われ者の蛇の姿でいれば、仲間のネズミを守れると気づいた蛇は、仲間のネズミに嫌われながらも、ずっとネズミを守り続けたの。そして、とある日ネズミは気づくのよ。この蛇が自分の片足に軽く噛み付いて動きを鈍くしたり、逃げようとしても殺さない程度に噛み付いて、巣に閉じ込めていたのは、自分を守るためだったんだって」

「ふむふむ」

「その瞬間に蛇の呪いは解け、ネズミの姿に戻るの。そして2匹とも、他の蛇に食べられそうになるのだけれど、たまたま通りかかった人間に拾われて、安全な場所で大切に育てられるの」

「ふーん」

「本当は興味がないのね!」

「いやいや!その本が好きなんだなーと思って」

「好きよ。自分を犠牲にしてでも守りたい者の為に頑張るなんて素敵だわ」

「そうだな。傷つけない方法もあっただろうけど」

「例えば?」

「後悔の呪縛で姿が変わっちまったなら、蛇が未熟で、考えの浅い奴だったってことだ。ちゃんと話せば分かり合えたかもしれないのに、それをしなかった」

「でもやっぱり、そこは後悔を抱えた者にしか分からないこともあるのよ」

「かもな。そういえば、今日って廊下に生徒会長選挙の結果発表が貼り出されるんだっけ?」

「琴葉先輩だったわよ?」 

「お!いいね!」

「なぜ?」

「会長になって忙しいと、俺に付き纏う時間が減る!」

「それはいいことね!」

「だろ?」


その時、慌てた杏中の声がS組に近づいてきた。


「大変たいへ〜ん‼︎」


前にもこんなことがあった。杏中が慌て来る時は、いいことなんてない。


「大変‼︎」

「どうした?」

「夢桜ちゃんがね!大変だよ!」

「だから、なにがあったんだよ」

「塁飛くーん!たいへーん!」


次は秋月か。


「秋月、ちゃんと説明してくれ」

「う、うん!夢桜がバスケ部の部室に連れて行かれた!」

「また告白されるんじゃないのか?」

「私も連れて行かれそうになったんだよ⁉︎」

「でも秋月と夢野、別の人と話してなかったか?」

「グルだったんだよグル!いきなり無理矢理!」

「連れて行かれそうになったのか?」

「そう!」


杏中は、自分が言おうとしたことを秋月が全部言ってくれたからか、ホッとした様子だ。


「早く助けに行きましょう!」

「待て白波瀬。そもそも、なんで連れて行かれそうになったんだよ」

「S組を潰そうって集まってた集団!まだあれは解決してなかったの!」

「マジかよ」

「そ、そうそう!停学になった生徒いたでしょ?」

「いたな」

「あの人が主犯格じゃないの!」

「杏中は何か知ってるのか?」

「知ってる。私、S組のみんなが好きだから、S組になにかあった時のために、協力するって言ってスパイみたいに情報収集したの。そしたらグループチャットに招待されて、そこで主犯格を知った!」

「誰なんだ?」

「‥‥‥愛莉ちゃん」


あいつ、いつから計画してたんだ‥‥‥


「バスケ部の部室ってどこだっけ」

「体育館倉庫の奥に、もう一つドアがあるんだけど、そこだったはずよ!」

「お前らは来なくていい」

「流川くんだけじゃ危ないわよ‥‥‥」

「大丈夫。結局は校内だから、派手なことはしてないはずだし、されないはずだ。行ってくる」


三人の心配を無視して、一人で体育館倉庫にやってきた。体育館倉庫は薄暗く、想像以上に静かだった。


「やっぱり一人で来たのね」


そう言いながら、愛莉は物陰から姿を現した。


「夢野は?」

「あのドアの向こうよ?」


バスケ部の部室に向かって歩き出した時、愛莉は力強く俺の制服を引っ張り、体操マットに俺を押し倒した。


「力強いな」

「周りの人が傷つく前に凛と縁を切れと言ったはずよ?」

「夢野になにをしたんだ?」

「夢野さんは今、あのドアの向こうで苦しい思いをしているわ。全部貴方のせい」

「お前、最低だぞ」

「最低だとしても、私はその最低に美学を感じているの。私は正義。貴方もきっと正義なのでしょうね」

「なにが言いたいんだよ」

「人は悪の心に染まった時よりも、自分を正義だと思ってしまった時の方が人を傷つけるわ。きっと私も貴方もそう」

「なるほどな。意味分かんなかったわ」

「夢野さんを助けたい?」

「当たり前だろ」

「目の前の夢野さんを助けるか、凛を助けるか選びなさい」

「白波瀬を助ける?」

「貴方が教室を出た後、凛も捕まえたわ」

「どんだけ白波瀬を苦しめたら気が済むんだよ」

「これが私の正義なの。さぁ、答えを聞かせて」

「二人とも助ければいいだけだ。あとさ、白波瀬が好きな本がヒントをくれた気がするよ」

「好きな本?」

「お前、白波瀬を守りたいんだろ」

「‥‥‥」

「ビンゴ〜‼︎‼︎‼︎景品はなんですか⁉︎」


あの可愛い、白い下着だと嬉しいです‼︎


「貴方の考えが正しいと勘違いしないで」

「んじゃ、俺は白波瀬を傷つける。散々弄んだ後に捨ててやるよ」

「やっと本性を現したわね‼︎」

「ぐっ!」


愛莉は怒った表情をして首を絞めてきた。


冗談なのに‼︎鎌かけただけなのに‼︎やめて‼︎俺死んじゃう‼︎


「やめっろ!」


力尽くで愛莉から離れ、今が愛莉の心を知るチャンスだと感じた俺は、容赦なく追求することにした。


「愛莉は白波瀬が大切なんだろ」

「そんなことないわよ」

「誰にも傷つけられないように、自分だけの側に置いておきたかった。違うか?」

「貴方になにが分かるの」

「後で図書室に来い」

「なぜ?」

「来たら白波瀬と縁を切ってやる」


愛莉も俺を保健室に誘う時、相手の都合に合わせた嘘をついた。これでチャラだ。


「分かったわ。夢野さんを連れて行きなさい」

「ありがとう」


夢野がどんな目にあっているのかと、ハラハラしながら部室のドアに手をかけると、中から男と夢野の声が聞こえてきた。


「もっとだよもっと‼︎」 

「無理!もう入らない!」

「もっと手と口動かせ!」

「嫌‼︎もう入れないで‼︎」


何してんのー⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎


「夢野‼︎」


最悪の状況を想像しながらドアを開けると、夢野はテーブルの前に正座させられ、茶碗と箸を持っていた。


「な、なにしてんの?」

「ポチ〜!助けてよ〜!」

「俺達は、わんこそば部!100杯は超えてみせろ‼︎」

「嫌〜!」


なんだよ、わんこそば部って。来年には廃部してそうなくらい意味分かんねぇ。

まぁ確かに、夢野は苦しめられていた。


「愛莉」

「なにかしら」

「バスケ部の部室には異世界が広がってたぞ。気をつけろ」

「どんな世界?」

「バスケ部の部室なのに、わんこそば部とかいう、よく分からない種族が美少女をいじめている」

「大変ね」

「てことで夢野は置いてくわ」

「いいの?」

「勝手に戻ってくるだろ」

「そう」


目立たないように小走りでS組に戻ると、白波瀬は不安そうに自分の席に座っていた。


「あれ?連れて行かれたんじゃなかったのか?」

「流川くん!」

「塁飛くん!」


相当心配していたのか、白波瀬と秋月は俺に気づくと、すぐに近づいてきた。

それに、白波瀬も連れて行かれたってのは愛莉の嘘か。


「大丈夫だったの?」

「大丈夫だ」

「夢桜は?」

「夢野も問題ない。ただ、戻って来た時に口からトロピカルジュースか下からマシュマロの可能性あるから、体調悪そうならトイレと保健室に連れて行ってやってくれ」

「トロピカルジュースとマシュマロ?」

「あぁ、美少女限定のやつだ。それより白波瀬」

「ん?」

「あの本貸してくれ」

「いいけれど」

「ありがとう!」


白波瀬からネズミと蛇の物語の本を借り、図書室に向かう途中、お腹を押さえながら苦しそうに階段を上がってくる夢野と出会した。


「おっ、大丈夫か?」

「気持ち悪い‥‥‥」

「トイレ行け」

「だから、私はそういうのしないんだってば」


美意識が高いっていうのか、なんなんだろうな、こういうの。


「しばらく三階には来ないから、本当無理すんなよ」

「うん‥‥‥」


しばらく来ないって言えば、夢野も安心してトイレに行くだろ。

ゆっくりと階段を上がっていく夢野を見送り、俺は二階にある図書室に急いだ。


図書室に着いたが、愛莉の姿はなく、いつ来てもいいように、本を読みながら時間を潰すことにした。


結局、愛莉がやってきたのは昼休みで、授業はちゃんと受けるタイプなんだと知った。


「お待たせ」

「やっと来たか」

「なにをするの?」

「この本を読んでくれ」

「本?なぜ?」

「これを読んだら白波瀬と縁を切ってやる。読んだら感想を聞かせてくれ」

「分かったわ」


愛莉は椅子を一つ挟んだ俺の横に座り、本を読み始めた。愛莉が本を読んでいる間は、一切話しかけずに愛莉の表情を見つめていたが、本に集中しているからか、見られていることにまったく気づかない。


そして物語も終盤に差し掛かった頃、愛莉は静かに涙を流した。涙を流しながらも、どこか笑みを浮かべているようにも見える。


本当は、そんな優しい目つきだったんだな。これは感想を聞くまでもない。涙が答えだろう。


愛莉は本を読み終えると、机に本を置き、俺に背を向けて涙を拭き、いつもの冷たい目つきで振り返った。


「くだらない話だったわ」

「でも泣いてただろ」

「とにかく約束は守ってちょうだい」

「いやいや、無理無理。俺嘘つきだし」

「なんですって?」

「過去になにがあったんだ?」

「貴方に教える必要はないわ」

「やっぱり、なにかあったんだな」

「貴方と話してると頭痛がするわ。さよなら」


今日はこれでいい。愛莉攻略まで、もう少しだな。攻略した後は、愛莉と白波瀬の仲を良くする必要がある。

でも‥‥‥これが解決したら、白波瀬は俺の家を出ていくのかな‥‥‥なんか‥‥‥嫌かも。

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