再生は破壊あってこそ


昼休み、秋月と昼ごはんを食べるようになってから、土日祝日を除いて、今日で四日目だ。

屋上で食べるのも肌寒くなってきて、最近は誰もいない調理室で昼ごはんを食べている。


「明日、なにか作ってきてやろうか」

「いいの⁉︎」

「期待はするな。料理したことないからな」

「全然いい!嬉しい!」

「よかった。味覚のこと、医者にはなんて言われてるんだ?」


気になっていたことを切り出すと、秋月は少し気まずそうに聞いてきた。


「やっぱり、それが理由で一緒にご飯食べてくれてるの?」

「まぁな」

「治るには治るだろうけど、それがいつかは分からないって」

「それじゃ、今日かもしれないし明日かもしれないってことか!」

「そんは前向きに考えられませーん」

「前向きに考えてくださーい」

「へへ♡でも、塁飛くんと居ると元気出る!」


そんな可愛い笑い方されたから、こっちまで元気でまーす。


「元気が出るなら良かったよ。早くパン食べちまえ」

「うん!」


味覚が戻るかどうかなんて俺には分からないが、事は順調に進んでいた気がしていた。その日の放課後までは。


「ねぇ、どうして?」


久しぶりに猪熊に会いに行こうと、一階の廊下を歩いている時、女子トイレの中から夢野の声が聞こえてきた。


「私、秋華ちゃんに相談したよね。塁飛くんが好きだって言ったよね」

「そうだね‥‥‥」

「応援するって言ってくれたじゃん!」

「状況が変わったんだよ」

「友達の好きな人と毎日二人っきりでお昼食べてさ‥‥‥どんな気持ちでやってるの?」

「嬉しかったから‥‥‥ごめんね」

「そんなの友達じゃない!」

「なら、友達なんてやめよ」

「‥‥‥」


秋月が女子トイレから出てくる気配がして、俺はとっさに男子トイレに隠れて身を潜めた。


「俺のせいだ‥‥‥」


数分後、男子トイレから出た瞬間、天沢先生から電話がかかってきた。


「はい、もしもし」

「流川、すまないな」

「なんのこと言ってるんですか?日頃のセクハラのことですか?」

「違うよ。さっき」

「まぁいいです。行きたい場所あるので切りますね」

「お、おい!待て!」


きっと、天沢先生もさっきの話を聞いていたんだ。そして、それを聞いている俺を見ていた。でも悪いのは俺だ。謝られたくない。


俺は調理室に行き、扉をノックした。すると杏中が笑顔で扉を開けてくれた。


「あ!久しぶりだね!」

「入っていいか?」

「もちろん!」

「待っていたぞ!塁飛〜!」

「テンション高いな」


二人はエプロン姿で、これからなにかを作るところだったようだ。


「だってよー、せっかく友達になったのに、学園祭から一回も会ってなかったじゃんよ〜」

「S組に顔出せよ」

「行ったさ‼︎なのに‼︎凛さんと夢桜さん?あの二人が『なんのようかしら。貴方みたいな人が来る場所じゃないのよ?』とか『なに勝手に入ろうとしてるわけ?汚らしい』って‼︎酷くないか⁉︎」

「なにそれ、二人の真似か?バレたら殺されるぞ」

「マジかよ。そんなヤバい人だったのかよ」

「あぁ、ヤバイ。すごくヤバイ。そんなことより、簡単な料理教えてくれないか?」

「もちろんいいぞ!」

「どんなの作りたいの?」

「普通に、弁当に入れるメニューとか」

「なるほど!私達に任せて!」

「ありがとう」


二人が準備を始めてくれている間、俺は椅子に座って猪熊に聞いた。


「なにか、友達同士が仲直りできるような料理ってないか?」

「あるぞ?」

「え、マジ?」

「美味しい料理だ!」

「は?」

「一緒に美味しい料理を食べれば、自然と笑みも溢れるだろ」

「いいよ。そのクッキング部特有の、料理は素晴らしい理論」


そう言った瞬間、猪熊と杏中は息ピッタリで大きな声を出した。


「料理をナメるなよ‼︎」

「わぁお。息ピッタリ」

「とにかく始めるぞ!」

「おう」


それから小さなハンバーグや、唐揚げの美味しい揚げ方など、綺麗に見えるおかずの配置を教わり、その日は帰宅することにした。


「今日はありがとう」

「塁飛が誰と喧嘩してるか分からないけど、いつでも相談してくれ!」

「私も!いつでも待ってるよ!」

「ありがとう‥‥‥」


喧嘩してるのが俺なら、どれほど楽な問題だったろうな。


翌日の昼休み、いつものように秋月と調理室にやってきた。


「ほら、作ってきたぞ」

「やった!」


秋月は、昨日の夢野との出来事を話そうとはしない。でも、教室でも一切喋らないし、白波瀬も二人の異変には気付いているようだったが、深入りする様子は無かった。だが、白波瀬の選択は間違っていない。

俺は、自分のお節介が原因で、二人の仲を切り裂いてしまったのだから。


「美味しいよ!」

「そうか!少し、全体的に濃いめに作ってみたんだけど」

「うん!少しだけ味する気がするもん!」

「だろ?まぁ、体には悪いけど」

「え」

「あと太る」

「ちょっと!まぁ、全部食べるけど!」

「おう。残すなよ」


二人を仲直りさせるには、俺が夢野と仲良くするだけじゃダメだ。どうしたらいい‥‥‥

そう考え事をしている時、白波瀬から『屋上で待ってるわね』とメッセージが届いた。


「悪い秋月、ちょっと用事思い出した」

「えー、行っちゃうの?」

「悪い悪い」

「んじゃ舐めさせて!」

「ごめん、ちょっとよく分かんない。じゃあな」


秋月を調理室に残して屋上に来ると、白波瀬はベンチに座って本を読んでいた。

何故だかその光景は、まだ仲良くなる前の白波瀬を思い出す。


「来たぞ」

「隣、座っていいわよ」

「お、おう」


本当に、仲良くなる前の白波瀬に戻ってしまったみたいな喋り方だ。


「で、どうしたんだ?」

「天沢先生から事情は聞いたわ」

「夢野達の?」

「そう。そこで私からアドバイスよ」

「なんだ?」

「流川くんが二人から嫌われちゃえばいいのよ」

「えぇ〜」


白波瀬は俺の太ももに手を置き、優しい笑みを浮かべて俺を見つめた。


「大丈夫。私が流川くんを一人にさせない。流川くんには私がいるわ」

「下心丸みえだぞ」

「丸みえだなんて♡エッチ♡」

「おい」

「でも、ご主人様は女の子をいじめるのが好きですよね?二人に嫌われちゃえば、私だけとずっと一緒に居れますよ?♡いじめ放題です♡」

「いじめるのが好きってどこ情報だよ」

「私の体情報♡」

「教室戻るわ」


立ち上がり、白波瀬に背を向けた時、白波瀬はまた冷たさを感じる喋り方に戻った。


「でもね、流川くん」

「ん?」

「私が言ったことは本当よ。嫌われてしまえばいいのよ」

「嫌われた後はどうすんだよ」

「再生は破壊あってこそ。でも、人間関係は接着剤で直せるほど簡単なものじゃない」

「だな」

「だから、嫌われた後は私を敵にして」

「‥‥‥は?」

「二人に酷いことをしたのは、私に脅されていたからと言うのよ。そうすれば、元々流川くんを好きだった二人は、すぐに流川くんの味方になり、手を取り合う」

「それじゃ、白波瀬が傷つくだけだろ。そんなことできない」

「私はその後のことも考えてるわ。私を信じて」


白波瀬は真面目な表情をしていて、俺は少し考えた後、答えを出した。


「やってみるか」

「ありがとう。作戦は休み明けから」

「了解」


白波瀬はただの変態じゃない。ちゃんと頭がいいことも知ってる。どうしたらいいか分からない以上、今回は白波瀬の案に乗ってみることにした。

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