ヒーローには胸を揉む権利がある‼︎


学園祭2日目の朝、一応調理室に集まったが、無駄になってしまった駄菓子は処分してしまい、途方に暮れていた。


「塁飛」


猪熊は、少し眉毛を下げて心配そうに話しかけてくれた。


「今日はクッキング部として、クレープを作るか?」

「作れる自信ないわ」

「そうか‥‥‥」


その時、天沢先生が両手に大きな袋を持って調理室にやってきた。


「お前ら!隣街で駄菓子買ってきたぞ!」


駄菓子を買ってきてくれたこともそうだが、自腹を切って買っただろうに、嫌な顔せず、笑顔の天沢先生を見て元気が出たし嬉しかった。


「ありがとうございます!」

「今日はこのまま駄菓子屋ができるぞ!」

「でも、冬華ちゃんが買った本、無駄になるよ?」

「気にするな!お前らが、学園祭を楽しめたら、それでいいんだ!」


本当この人は‥‥‥カッコいい。


それから、テーブルに駄菓子を並べたり、値札を貼るのを、クッキング部の二人も手伝ってくれ、無事に準備が整った。

その時、廊下から慌てた琴葉の声が近づいてきて、俺も含め、S組のみんなは顔を見合わせた。


「大変大変‼︎S組!クッキング部!大変!」

「どうした」

「大変大変大変‼︎」

「一旦落ち着け」


琴葉は胸に手を当て、ゆっくり息を吸った後、とんでもなく大きな声を出した。


「なにしたの⁉︎」

「なにもしてないぞ?」

「校門前でお客さんが並んでるんだけど、調理室はどこ?ってみんなに聞かれるの!」


「熊、なにした」

「俺はなにもしてないぞ⁉︎それになんで俺なんだよう!」

「と、とにかく、もう3分で学園祭でスタートだから、対応頼んだよ?あ、るっくんは悪くないからね♡楽しんでねー♡」

「はーい」


琴葉はそう言い残し、慌ただしく調理室を出て行った。

それから3分後、ピッタリに学園祭2日目が始まり、ものの数分で調理室に行列ができた。


「どうなってんだ‥‥‥」


唖然としてると、先頭に並んでいた他高の女子高生が口を開いた。


「注文いいですか?」

「あ、はい」

「って‥‥‥駄菓子の料理はないんですか?」

「え?」

「SNSで写真がバズってたんですよ!しかも安いって!それが食べれると思って来たんですけど」


玲奈が写真を撮っていたのは、そういうことか‥‥‥


「‥‥‥夢野!白波瀬!秋月!今すぐ駄菓子を砕け!」

「は、はい!」


三人は一心不乱に駄菓子を砕きはじめ、杏中は気を利かせて、昨日作ったレシピを飾ってくれた。


「みなさーん!クレープ半額でーす!150円でーす!美味しい駄菓子料理ができるまで、クレープはいかがですかー?」

「じゃ‥‥‥一つ買います!」


杏中と俺はグッドポーズで意思疎通し、俺も駄菓子を砕くのを手伝った。


「塁飛くん!これはどういうこと⁉︎」

「そうだよポチ!なんなの⁉︎」

「多分、俺の妹が昨日のうちにネットで流行らせたんだ!とにかく急ぐぞ!」


急いでスナック菓子を砕き、お客さんにどう声をかけたらいいのか分からず困っていると、秋月が声をかけてくれた。


「準備が整いました!注文どうぞ!」


無限に終わらない注文と料理、そして鳴り止まないカメラのシャッター音。人気が人気を呼び、お客さんは絶えることがなかった。


「夏樹!今日は休憩できないぞ!」

「いいよ!作ったものを食べてもらえるなら!」

「お!さすがだな!」


クッキング部の二人、今日は目がキラキラして楽しそうだな。

そんなことを思っていると、白波瀬は困り顔で話しかけてきた。


「流川くん、駄菓子が底を尽きるわ」

「は⁉︎まだお客さんは並んでるぞ」

「でも、無い物は無いのよ」

「ずっと並んでたお客さんはどうするんだよ」

「‥‥‥」

「後何人分ある?」

「20人ぐらいはいけると思うけど、一人何個も買われたらすぐに終わるわ」

「そうか。10分は持たせてくれ、なんとかしてみる」

「なんとかって?」

「なんとかはなんとかだ。ついでに、いろいろ解決できたらしてやる」

「え?」


俺は調理室を飛び出して、S組の三人をいじめている集団を探した。


どうしてこんなことしてるんだろうか。今まで、他人がどうなっても、どうでも良かったのに。あいつらが案外いい奴で、一緒に居て、なんとなく楽しいこともあるからかな‥‥‥楽しいこと、今日とかがそうだ。みんなで協力するのが、こんなに楽しいとは思わなかった。解決できたら、白波瀬に胸揉ませてもらお。そうしよう。


そして夢野に告白した先輩を、外のカレー屋で見つけた。


「先輩」

「あ?なんだよ」

「手を貸してくれませんか」

「は?」

「夢野をいじめたのは、好きだからですよね」

「‥‥‥ちょっと面貸せ」

「はい」


校舎裏の鶏小屋の裏、誰の目にもつかない場所に連れてこられ、いきなり胸ぐらを掴まれた。


「いきなりなんなんだよ。喧嘩売ってんのか」

「夢野が好きで、振り向いてくれないからいじめをした。そうしてるうちに、いろんなことがエスカレートした。違いますか?」

「だったらなんなんだよ‼︎」


あぁ‥‥‥こんなんちびるわ‼︎ゴリラに胸ぐら掴まれるぐらい怖いわ‼︎掴まれたことないけど。


「‥‥‥夢野と付き合う方法を教えます」


先輩は手を離し、俺を睨んだまま言った。


「どうするんだ」

「知りたいなら、手を貸してください」

「チッ。なにをすればいい」


どんなに怖くても、所詮は高校生。単純だ。


「今、調理室にお客さんがいっぱい並んでるんです。でも、料理の材料が足りないんです」

「それで?」

「カレー粉を分けてください」

「そうしたら教えてくれるんだな?」

「約束します」

「‥‥‥行くぞ」

「うっす」


一度カレー粉を取りに行き、二人で調理室に向かう間、先輩にこれからしてもらうことを説明することにした。


「まず調理室に行ったら、夢野と白波瀬と秋月に頭を下げて謝ってください」

「は⁉︎ふざけんなよ‼︎」

「ちゃんと謝れる男はカッコいいですよ。夢野と付き合う第一歩です」

「そ、そうか」

「そして、他に三人をいじめていた生徒に、もうなにもするなって言ってくださいね」

「それも夢野と付き合うためか?」

「はい」

「分かった」


そして調理室に着くと、予想通り三人は怯えて一歩下がり、俯いてしまった。


「先輩、三人に言いたいことがあったんですよね」

「お、おう」


先輩はしっかり頭を下げ、三人は驚きを隠せない様子だ。


「悪かった!もういじめはしない!本当に悪かった!」

「三人とも、許せるよな?」

「う、うん」


その場にいたお客さんは「おー」と声を上げながら拍手をしてくれ、少し心配だった、空気を悪くするんじゃ無いかって問題も解決だ。


「じゃあ先輩、また後で」

「おう」


先輩は自分の持ち場に戻って行き、カレー粉を持ってキッチン台の前に行くと、三人が集まってきた。


「塁飛くん、なにをしたの?」

「これで解決だ。いじめの心配はもうない」

「すごいわ‥‥‥」

「ポチ‥‥‥」

「それより、料理に使えなかった駄菓子が余ってるだろ?カレー粉を貰ってきたから、なにかに使えないか?」

「ちょっとレシピ本見てみる!」

「レシピ本は夢野に任せて、白波瀬と秋月はお客さんの対応を頼む」

「分かったわ!」

「了解!」


三人はどことなく表情が明るくなったが、問題はまだ解決してない。夢野は必ず先輩を振る‥‥‥円満に終わらせる方法は‥‥‥


「ポチ、スナック菓子はもう余ってないよね?」

「そうだな」

「ポップコーンは?」

「まだある」

「カレー味のポップコーンとかどう?」

「それはポップコーン屋がやってる」

「んー、あっ!ポップコーンにカレー粉かけて、それをチーズで包んで揚げる!」

「美味いのか?」

「本に書いてあるもん」

「熊、チーズ余ってるか?」 

「大量にあるぞ!」

「よし、それにしよう」


突然出した新商品も売れに売れ、なんとか全員のお客さんを満足させることができ、廊下に【完売】の看板を立て、俺達は調理室に倒れ込んだ。


「疲れた‥‥‥」

「もう無理‥‥‥」

「打ち上げだ〜‼︎」


俺達がヘトヘトになっていると、天沢先輩は、スーパーハイテンションで調理室にやってきた。


「なんだよお前ら、そんなに疲れたのか?」

「そうだ!」


秋月は立ち上がり、嬉しそうに話を始めた。


「先輩が私達に謝ってきたよ!」

「噂で聞いたぞ!流川のおかげなんだってな!」

「まぁ、一応」

「どうする?私が流川に託した願いは叶ったようなもんだ。休み明けから、普通の教室に戻るか?」


天沢先生のその言葉を聞き、白波瀬と夢野も起き上がり、寂しそうに俺を見つめた。

秋月までも寂しそうに俺を見てくる。


どうしたんだ秋月、そんな目で俺を見たことなかっただろ。


「塁飛くん、戻っちゃうの?」


本当なんなんだよ!可愛い顔するなよ!好きになっちまうだろ!


「まぁ‥‥‥もう少し居てもいいかなって思ってます」


三人は静かに喜び、猪熊と杏中は、それを不思議そうに見つめている。


「あぁ、そうだ。熊と杏中もありがとうな」

「どういたしまして!」

「友のためなら当然だ!」

「と、友?」

「と、友達だろ?」

「おう。よろしく」


この高校に入学して、初めて男の友達ができた。喜ぶ前に、全部スッキリさせるか。


「まだ学園祭が終わるまで時間がある。終わる前にスッキリさせて、みんなで遊ばないか?」

「ポチ〜?ナニをスッキリさせてほしいのかな〜?」


夢野のいじわるな目つきに、一瞬顔が引きつったが、冷静に答えた。


「スッキリするのはお前ら三人だ」


すると三人は、両手で体を隠すようにして頬を赤らめた。


「わ、私達⁉︎変態‼︎」

「ご、ご主人様、みんなの前はさすがに」


白波瀬〜、みんなの前でご主人様って言っちゃってますよ〜。


「塁飛くん、なに考えてるの⁉︎」

「いやん♡」

「天沢先生までノらなくていいですよ!あれだ、いじめは解決したけど、先輩は夢野が好きなんだ。先輩に諦めてもらえれば全て解決になる」

「私がまた振ればいいの?」

「普通に振ったら、イライラさせて意味がなくなる。そこで、今から夢野と秋月にイチャイチャしてもらう!」

「え」

「え」

「抱きついて『好き♡』とか言い合っててくれ」


夢野と秋月は顔を真っ赤にして見つめ合ったが、これはなかなか良い光景だ。うむ。


「他のみんなは調理室を離れていてほしい、先輩を連れてくるから、ちゃんとイチャイチャしろよ」

「か、解決するなら、分かった......」

「今日はポチの言うこと聞いてあげる」

「んで、最後に夢野は先輩にこう言え」

「なに?」

「友達としてなら好きですって」

「頑張る」

「よし、作戦開始!」


俺はカレー屋に戻り、先輩に声をかけた。


「先輩。大変です」

「どうした」

「夢野の秘密を見ちゃいました」

「秘密⁉︎」

「先輩も見に行きましょう」

「わ、分かった」


先輩と二人で調理室に向かう間、ちゃんとイチャイチャしてるのかという不安。どこまでしているのかと言う期待に胸が弾んだ。


調理室の前に着き、こっそり扉の隙間から中を覗くと、夢野と秋月は抱きつきながら『好き♡』と言い合っていた。


「先輩、夢野は女が好きだったんです」

「マジかよ‥‥‥」


バカ!夢野、調子に乗るな!

夢野は秋月が恥ずかしがっているのを見て興奮してしまったのか、秋月の尻を揉み始めたのだ。


「ゆ、夢桜」

「どう?もっとその顔見せて」

「‥‥‥好き♡」


なにこの状況‼︎半端ねー‼︎‼︎‼︎


「せ、先輩、好きな女が他の男に汚されないって考えれば、夢野の幸せを願ってあげてもいいんじゃないですか?」

「‥‥‥これはどうしようもないな。そうするわ」


勝った。嘘はついちゃいけませんって言われて育ったけど、ごめんなさい先輩。嘘つかれてるのは、今までの報いです。


「最後に夢野の気持ち聞いてスッキリしません?」

「言ってくれると思うか?」

「大丈夫です。先輩はいじめをしないって約束したんですから」

「そうだな」


何も見ていなかったように平然と調理室に入ると、一瞬で二人は抱きつくのをやめた。


「夢野」

「な、なに?」

「先輩のことどう思うか、気持ち伝えてくれ」


夢野は先輩の目の前まできて、前屈みでぶりっ子しながら気持ちを伝えた。


「友達としてなら好きです!」

「お、おう!そうか!」

「最後まで学園祭楽しみましょうね!」

「おう!」


アドリブも完璧だ。先輩も機嫌がいいみたいだし。


「じゃ、先輩。俺達はまだやることがあるなので、先輩は先輩で楽しんでください」

「分かった。ありがとうよ!流川!」

「え、あぁ、どうも」


先輩が調理室を出て行くと、俺達は笑顔で見つめ合い、夢野は一瞬涙ぐんだ後、笑顔で走り出した。


「凛ちゃんに謝ってくる!」

「んじゃ、俺達も適当にブラブラするか」


秋月に背を向けて一歩歩いた瞬間、秋月は背後から、前に両手をまわして抱きついてきた。


「あ、秋月?」

「‥‥‥うわ!ごめん!」


秋月はすぐに離れたが、俺は心臓の鼓動が早くなり、恥ずかしくて後ろを向けなかった。


「つまずいたのか?」

「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない‥‥‥」

「‥‥‥あ、あれだ!唐揚げ食いたい」

「うん!行こうか!」


恋が始まるような気がした。初めて不思議な気持ちになった。

でも俺は‥‥‥三人の誰とも付き合う気はない。やっと繋げられた3本の糸を、また切ってしまいかねないからだ。


秋月と唐揚げ屋にやってくると、秋月は笑顔で唐揚げを注文した。


「一本ください!」

「俺も一本」

「もったいないから、一本を二人で食べようよ!」

「ん、んじゃそれで」

「かしこましました!」


一本を一緒に食べる⁉︎で、でも、唐揚げだから間接キスとかにはならないか?


唐揚げ串を買い、近くのベンチに座ると、秋月は楽しそうに俺の口に唐揚げを近づけた。


「はい!あーん!」

「え」

「あーん!」


勢いで一つ食べると、秋月は可愛らしく『いひひ♡』と笑った。

可愛い‼︎秋月優勝‼︎


「いただきまーす!」

「あと全部食べていいぞ」

「いいの?」

「おう」


それから唐揚げを食べ終わり、一緒に校内を歩いていると、奥の方から白波瀬と夢野が歩いてきた。


「あいつら、手繋いでない?」

「繋いでるね。私達も繋ぐ?」

「な、なに言ってんの?」

「じょ、冗談」


あー‼︎‼︎繋ぎて〜‼︎‼︎‼︎


「ポチ!秋華ちゃーん!」


二人は手を繋いだまま駆け寄ってきて、肩を寄せ合った。


「私達、仲直りしましたー!」

「白波瀬、言った通りだったろ?」

「そうね」

「ん?なんの話?」

「なんでもない」


白波瀬も嬉しそうでよかった。てかマジで、俺ってヒーローじゃね⁉︎今なら白波瀬だけじゃなくて、二人も胸揉ませてくれるんじゃね⁉︎


その時、天沢先生が片手にお酒を持って、フラフラしながら歩いてきた。


「るかわ〜ん」

「なんですか‼︎酒くさ‼︎」


天沢先生は酔っ払い、俺の背中にもたれかかってきた。


「学校ですよ⁉︎見つかったら怒られるんじゃ」

「だーいじょびぃ〜」

「飲むなら人目につかない場所で飲んでくださいよ‼︎」

「だってさ〜、私は今幸せなんだよ〜。お前らがさ〜、仲良くさ〜、仲っ‥‥‥よく‥‥‥」

「冬華ちゃん⁉︎」


天沢先生は泣いていた。俺の背中に顔をつけて、泣き顔を見られたくないのだろう。


「天沢先生、水飲んで保健室で寝てください」

「流川は優しいな‥‥‥本当‥‥‥やさ‥‥‥オロロロロ」

「うぁ〜‼︎‼︎‼︎おいテメェー‼︎‼︎‼︎」

「大変!保健室に連れて行くわ!」

「私も手伝う!」

「塁飛くん!ハンカチ使って!」

「あー‼︎もう‼︎白波瀬‼︎胸揉ませろ‼︎」

「えっ⁉︎はい♡」

「夢野も‼︎」

「ななななななに言ってるの⁉︎てか、なに命令してんの?」

「秋月も‼︎」

「塁飛くんがおかしくなった‼︎でもまぁ、二人の時なら‥‥‥」

「え」

「え?」

「マジかよ」

「な、なに言わせてんの‼︎」

「うっ‼︎」


初めて首がもげるかと思うほどのビンタをくらい、初めての学園祭は、最高と最低がぶつかり合う学園祭になった。気分は最悪。

だが、怒涛の売り上げを見せたクッキング部と俺達は、最後の最後にMVPとしてステージに上がり、全生徒にS組の存在を知られてしまった。

まだまだ何か起こる予感。そんな悪い想像をしながら学園祭の幕は閉じられた。

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