真面目なあの子が


9月に入り、校内は学園祭一色になり、みんなが学園祭の準備に追われていた。

夢野の気持ちを知ってしまってからも、何も知らないフリをして自然に振る舞い、白波瀬には、未だにいじめの話は聞けていない。


「今日の授業は、学園祭についてだ。率直に聞くが、なにがしたい?」

「何もしたくありません」

「白波瀬。そう言わないで考えてみろ」

「はーい!冬華ちゃん!」

「おっ、夢野。なにか思いついたか」

「なにもしないで遊ぶー!」

「ダメだ」 

「えー」

「流川はどうだ」


学園祭の出し物か。楽で、それなりにやってるように見えるものがいいな。


「駄菓子を10円高く売るとか?」

「さすがポチ!」

「ポチって言われるとあんまり嬉しくないんだよ」

「赤字になったらどうする」

「結局、自分達で食べれば損はしないと思いますよ」

「さすがポチ!」

「だから‥‥‥」


その時、教室の扉が開いた。


「なに?お菓子の話?」


教室に入ってきたのは、金髪のカッコいい系の髪型で、ミニスカートを履き、生地の薄そうな黒色のパーカーを着ている女子生徒だった。顔は美形で、女に人気出そうな美少女って感じだな。


「秋華さん!」


白波瀬が嬉しそうに立ち上がり、その女子生徒に近づいた。


「凛!おひさー!」

「久しぶり!」

「夢桜も久しぶり!」

「久しぶりー!」

「‥‥‥」


秋華ってこの人か。にしても、なぜに俺を不思議そうに見つめる。気まずいわ。


「天沢先生、あの男だれ」

「紹介しよう!流川塁飛だ!ここの新しい生徒だぞ!」


俺は席に座ったまま、軽く頭を下げた。


「私は秋月秋華あきつきあいか。よろしく」

「よろしく」

「夢桜、そいつから離れな」

「どうして?」


秋月は急に『ガルルルル』と犬の威嚇のような声が聞こえてきそうな表情で俺を睨みつけた。


「エロいことしか考えてない目をしてる」

「ちょっと待て。それは夢野だ」

「は?夢桜を悪く言うとか許さないよ?」

「そうじゃない」

「待って待って!」


言い合いになりそうな俺達を止めるためか、夢野は慌てて立ち上がった。


「ポチは悪い人じゃないよ?」

「ポチ?」

「私のペットだからポチ」


秋月は俺の目の前までやってきて、左手を腰に回し、ドンッ‼︎と力強く机に右手をついた。


「夢桜と凛に変なことしたら許さない」

「俺が変なことされた場合は?」

「助けてあげてる」

「え?」


秋月はニコッと笑みを浮かべ、机から手を離した。


「だって、クラスメイトじゃん!」

「うっ」


可愛い笑顔と優しい言葉に、思わず自分の胸を押さえた。


「どうしたの⁉︎」

「い、いや。なんでもない」


危なかった。あと少しで惚れるところだった。


「とりあえずあれだ、夢野のドSに振り回されて大変なんだ。なんとかしてくれ」

「夢桜〜?」

「は、はい!」

「ダメでしょ!」

「で、でも」

「でもじゃないの!」

「ごめんなさい‥‥‥」


‥‥‥えぇー⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎うそん‼︎‼︎‼︎あの夢野が秋月の一言で⁉︎秋月は何者なんだ⁉︎


「流川!カモーン♡」

「普通に呼んでくださいよ」


天沢先生に廊下に呼び出され、S組から少し離れた階段まで連れてこられた。


「よかったな」

「秋月は何者なんですか?」

「唯一、夢野と白波瀬が心を開いて、誰にでも優しい、いい生徒だ」

「金髪なのに⁉︎」

「人間性ができていれば、見た目なんかどうでもいいんだよ。みんなに好かれるなんて無理なんだから、一部の人間がその人を認めればそれでいい」

「大人な考えですね」

「大人だからな!」

「ちなみに、秋月は男嫌いだったりします?」

「秋月は大丈夫だ!ただ、S組に通ってるってことは、そういうことだ」

「なるほど」

「きっと秋月は、流川の力になってくれる」

「夢野と白波瀬と仲がいいなら、秋月に頼めば余裕じゃないですか?」

「秋月とは、これから協力してもらいたいから、秋月のことは特別に教えてやる」

「ありがとうございます」

「その前に付き合え」

「は⁉︎なに言ってんの⁉︎」

「コーヒー飲みたくなった。ちょっと付き合え」

「あ、はい」


天沢先生は少し階段を下り、クールに振り向いた。


「それか、私と付き合うか?」

「そうします?」

「なっ!大人をおちょくるな!さっさと行くぞ」


勝った。いつも馬鹿にされるから、冷静に言い返したのは正解だった。

天沢先生は少し慌てて階段を下りていき、その後、自動販売機で缶のコーヒーを二本買い、俺に一本をくれた。


「ありがとうございます」

「あ、苺ミルクがよかったか?」

「大丈夫ですよ」

「そうか。それじゃ、屋上行くか」

「わざわざ一階に来たのに⁉︎」

「本当、三階にも自販機置いてほしいよ」

「それは最高ですね」


屋上に行き、太陽の熱でベンチが熱くなっていて、ベンチには座らずに景色を眺めながら話を始めた。


「うげっ。いつもこんなの飲んでるんですか?」

「大人になれば美味さが分かるよ」

「そんなもんですかねー。で、秋月のこと教えてください」

「うん。秋月は、優しさ故に友達を失った可哀想な奴でな」

「優しさ故?」

「秋月は、自分の損になるって分かっていても、人を守ろうとする。でも、いじめられっ子を助けたら、次は『何あいつ調子に乗ってる』って、いじめの対象になる。そういうことだ」

「そのいじめって、夢野と白波瀬が関わってますよね」

「なんだ。もうそこまで知ってたのか」

「白波瀬は夢野にいじめられてたって」

「まぁー‥‥‥そうだな」

「なんですか。その訳ありな感じ」

「みんな‥‥‥可哀想なんだ」


よく分からないけど、夢野が白波瀬をいじめて、それを助けて秋月がいじめられたなら、秋月が夢野とも仲がいいのはおかしい。やっぱり訳ありか。


「とりあえず、秋月は話しかけも普通に接してくれる。協力してもらえるように、一度二人で話してみろ」

「了解です」

「そういえば白波瀬なんだが、お前と話したがってたぞ」

「え、なんでですか?」

「詳しくは教えてくれなかったけど、なんかイライラしてたな。屋上に呼んでやろうか?」

「イライラしてる人と話したくないですよ!」

「ビビってんの〜?ププー!」


出た‥‥‥煽り芸。


「なんかムカついたんで呼んできてください。話してやりますよ‼︎」

「よし、待ってろ」

「はい」


天沢先生は屋上に設置してあるゴミ箱にコーヒーの缶を入れ、白波瀬を呼びにいった。

それから数分後に白波瀬は屋上にやってきて、なにも言わずにベンチに座ろうとした。


「あ、そのベンチ」

「熱っ!」

「熱いぞ」

「言うのが遅いわよ」


絶対俺悪くないのに‼︎そんな睨まれても‼︎


結局、白波瀬はベンチに座るのを諦めたみたいだ。


「それで、話ってなんだ?」

「いつまでも夢野さんに騙されてて、貴方達二人を見てるとイライラするのよ」

「騙されてる?」

「急に夢野さんが貴方に優しくなったけど、夢野さんの本性を知ってるでしょ?何故仲良くするの?」

「S組で話せるのが夢野だけだからだ。白波瀬は話してくれないじゃんか。それに優しくなったって言っても、普通にドS心剥き出しにしてくるぞ」

「貴方もいつか、いじめられるわよ」

「出会った日からいじめられてるんだけど」

「あんなのいじめって言わないわよ」

「んじゃー、白波瀬はどんないじめを受けたんだ?」


白波瀬は少し黙り、言いづらそうに教えてくれた。


「‥‥‥典型的なやつよ。悪口を言われたり、物を隠されたり」

「全部夢野だけにやられたのか?」

「メインはね。でも、夢野さんは人気もあって、夢野さんには仲間がいっぱい居たわ。王勢の人にいじめられる人の気持ち分かる?」

「分からん」


分かるはずがない。逆に分かるとか適当なことを言うと、絶対に白波瀬を怒らせる。


「す、素直ね」

「そのいじめから救ってくれたのが秋月か?」

「知ってるのね。秋華さんは私を助けたせいで、私と同じようないじめを受けたわ。だから夢野さんは許せない」


白波瀬は前に『私の次に夢野さんがS組に来た』って言ってたな。


「秋月に助けてもらったのは、白波瀬がS組に通う前?」

「そうよ」

「んじゃ、白波瀬がS組に通い始める前に秋月がいじめられたのか、通い始めてからいじめられたのか教えてくれ」

「なぜ?」

「いいから」

「通った後」


白波瀬がいじめられて、それを秋月が助ける。そして秋月がいじめられて、秋月の前に夢野がS組に通う。最後に秋月。なんかおかしいような‥‥‥


「夢野がS組に通うことになった本当の理由を教えてくれ」

「周りの反応がいきなり変わって、急に夢野さんがいじめられるようになったのよ。いじめっ子が急にいじめられっ子になるなんて、よくあることでしょ?」

「だとしたら、順番がおかしいだろ」

「え?」

「秋月が白波瀬を助けていじめられる。なのになんで、夢野が秋月より先にS組に来たんだ?」

「どういうこと?」

「怒らないで聞いてくれよ?」

「怒らないで聞いてあげる」


そうハッキリ言われると『怒らないから正直に言いなさい』とか言って、めちゃくちゃ怒る人の台詞に聞こえるわ!


「も、もしかしたら、夢野は誰かに脅されていじめをしてたんじゃないのか?」

「なぜそうなるの?」

「だから、普通、夢野がいじめの主犯格なら、白波瀬を守った秋月が白波瀬の次にS組に通うはずなんだよ。なんで夢野が秋月よりも先にS組に来たんだ」

「秋華さんが主犯格だって言いたいの?」

「は⁉︎頭固すぎだろ!秋月は夢野とも仲がいいみたいだから、それはない」


てか俺、なんでこんな真剣に考えてんだ?


「それじゃ、簡単に貴方の考えを教えて」

「まず、夢野は誰かに脅されて、たまたま白波瀬をいじめた。あたかも主犯格のように。そして秋月が白波瀬を助けて、突然現れたヒーローに苛立った主犯格は、使い物にならない夢野と秋月をいじめて、秋月は夢野のことも助けたから夢野より後にS組に通い始めた。これなら納得がいく」

「それじゃ、なぜ夢野さんは本当のことを言わないの?」

「言えない理由があるんだろ」 

「‥‥‥貴方、すごいわね」

「この高校に入学してから、しばらく人間観察しかやることなかったしな」

「哀れね」

「おい。とにかく俺は秋月と話して、この問題を解決する」

「なぜ貴方が?関係ないでしょ?」

「俺にもいろいろあるんだよ」


天沢先生にいいことしてもらわなきゃいけないし?べ、別に期待なんかしてないんだからね!


「べ、別に期待なんかしないわ」

「ふぇ⁉︎」

「な、なに?」

「いや、別に」


ビビったー‼︎俺の心を読まれたのかと思ったわ。


「でも、思ったより貴方はいい人かもしれない」

「そうだ。俺はいい人だ!」

「自分で言う?」

「だって、誰も言ってくれないし」

「私が言ったじゃない」

「確かに。ありがとう」

「どういたしまして。結果、貴方の考えが違ったら話は別だけど、それまでは仲良くしてあげてもいいわよ」

「それじゃお近づきの印に一言いいか?」

「いいわよ?」


俺は白波瀬のスカートを指差し、堂々と言ってやった。


「なーんでそんなにスカート長いんだよ‼︎今時そんな女子高生居ないぞ‼︎」

「ど、どこ見てるのよ‼︎」

「布だよ布‼︎長いスカートとか、ただの布だろうが‼︎」


ふぅー。言えてスッキリ。って、これじゃただの変態じゃねーかー‼︎


絶対怒られると思ったが、白波瀬はギュッとスカートを握り、頬を赤くして俯いてしまった。


「し、白波瀬?」

「だったらどうしたらいいのよ」

「も、もう少し短くしてみたらどうだ?」

「ハッキリ言って‥‥‥」

「も、もっと短くしろ!」

「は、はい♡」

「は‥‥‥」


まさか白波瀬‥‥‥嘘だろ。おい。


「いいか?明日までにだ」


白波瀬はまたに手を当て、体をくねらせた。


「嫌だけど、しょうがないわよね‥‥‥問題解決に努めてくれるんだものね。だから‥‥‥分かりました ‥‥‥♡」

「いやあの、白波瀬?」

「なに?」

「お前まさか‥‥‥ドM?」

「‥‥‥」


白波瀬は顔を真っ赤にして走り出し、屋上のドアを開けると、そこには天沢先生が居て、急に開いたドアに驚いた。


「うわっ!白波瀬⁉︎」

「きょ、教室に戻ります!」

「転ぶなよー」


白波瀬は教室に戻って行き、天沢先生はニヤニヤしながら俺に近づいた。


「また聞いてたんですか?」

「まぁな」

「てか、白波瀬のあの反応‥‥‥」

「少なからず、流川に心を開いた証だろ。ドSとドM!楽しい教室だな!あははははは!」

「笑い事じゃねーよ!」

「んじゃ何事じゃ‼︎」

「なんだその侍みたいな口調」

「カッコいいだろ」

「いや別に」

「なんでだよ〜」

「それより、話聞いてたなら教えてください。俺の推測が当たってるかどうか」

「私の目的は、S組のみんなに仲良くなってもらうことだ。だから私は答えを出さない。お前達だけでなんとかしないと意味ないだろ」 

「本当、それでも教師かよ」

「チッチッチ。私は最初に言ったぞ?お前達を生徒ではなく、一人の人間として見るってな」

「あ」

「まさか忘れてたのかー?プププー!物忘れの激しい、お爺ちゃんはっけーん‼︎」

「うるせぇ‼︎」

「うわ。こわ」

「でもまぁ、白波瀬も心を開いてくれたなら、S組はそんなに居心地の悪い場所じゃないですし、焦らずやります」

「そうだな。まずは学園祭に情熱を燃やそう!」

「ですねー」


にしても、ドSとドMの美少女が通ってる教室ってなんなんだよ。これから大変になりそうだな‥‥‥今までの経験からすと、夢野のにいじめられながら、白波瀬をいじめないといけないのか?でも‥‥‥あんな美少女をいじめていいなら、それはそれで‥‥‥


「流川。なにニヤニヤしてるんだ?」

「してません」

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