恥じらうドS
日曜日
夢野からの電話で目を覚ました。
「もしもし〜」
「ポチ‼︎なに3コールも待たせてんの?」
「夢野⁉︎」
「今日は日曜日でしょ‼︎お散歩に行くよ‼︎」
「散歩......」
「校門前に今すぐ来て」
「今すぐ⁉︎」
「ご主人様を待たせるの?」
「い、行きます行きます!」
嫌な予感しかしない‥‥‥あんなに可愛いのに、本当に勿体ない人だ。
急いでシンプルな私服に着替えて校門前に行くと、夢野は白いレースのワンピースを着ていて、小さな白いカバンを持ち、髪のリボンも白に変えていた。お人形さんのように可愛くて、来るのが嫌だったのにドキドキしてしまう。
「お、お待たせ」
「遅い!」
「ごめんごめん」
「今日のご主人様の服は何点?」
「100点。可愛いと思う」
素直に褒めると、夢野は顔を真っ赤にして、俺の両頬を引っ張った。
「いてててて‼︎」
「ポチが生意気なこと言うな‼︎」
「褒めたのに‼︎」
「ほら!散歩行くよ!」
「どこ行くんだ?」
「服見たり、なんか食べたり‥‥‥」
「それって‥‥‥」
デートだよねー⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎そんなわけないか。服買わされて、ドックフード食べさせられるんだ。俺、ポチだから。
学校から程近い場所にある駅に行き、隣街のショッピングセンターに向かうことになった。
「人いっぱいで座れないな。平気?」
「平気。なんなら、ポチが椅子になってくれてもいいんだよ?」
俺は少し考えた。どう考えても嫌だが、こんな可愛い子のお尻が密着するのは悪くない。
前向きに考えればご褒美かもしれない。
「なに考えてるの?」
「い、いや!隣街まで行かなくても、ショッピングセンターあるのになって」
上手く誤魔化せたはず。
「地元のショッピングセンターに行くと、ポチに迷惑かけることになるから」
「迷惑って?」
「私と一緒に居るところを、同じ学校の男子に見られたら大変だよ」
「あぁ、夢野モテるもんな」
「そう。私モテるから」
なにか言い返したくなるむず痒さがあるが、事実ゆえに、何も言い返せない。
それから、たわいもない会話をしているうちに目的地に着き、ショッピングセンターに入ろうとした時、入り口の横に立っていた、少しチャラそうなイケメンが夢野の名前を呼んだ。
「あれ?夢桜じゃん」
「誰?」
「告白してきた相手覚えてねーのかよ」
「思い出すかもしれないから、私のどこが好きだったか言ってみてくれない?」
「可愛いところ」
「そっか。みんなそう言うから思い出せないや」
「は?つか、その男誰だよ」
「私のクラスメイト」
「彼氏なわけないよな。こんな地味な奴」
失礼な‼︎でも怖くて何も言い返せない。
「彼氏じゃないよ。でも、外見しか見てくれない、君みたいな男じゃない」
「あ?こんな男の方がいいってことか?」
男は俺に、威圧的に顔を近づけてきた。
「離れてあげて。怖がってる」
「こんな男ほっといて、俺と遊ぼうぜ」
「ちょ、ちょっと!」
夢野は強引に肩を組まれ、不安そうな表情で俺をチラッと見て、ショッピングセンターの中に連れて行かれてしまった。
初めての経験に脚が震えて動けない。
「助けないの?」
「白波瀬⁉︎なんでここに!」
「買い物に来たのよ」
「そ、そうなんだ。てか、どうしよう‼︎」
「私には関係ないわ」
「頼む!一緒に行ってくれ!」
「嫌よ。でも夢野さん。あの人は貴方が思うほど強い女の子じゃないわよ」
「そうなのか?」
「私の次にS組に連れて来られたのだけど、泣きながらだったわ。天沢先生との話を聞いていたら、夢野さんは告白を断って殴られたらしいの」
「マジ⁉︎」
「さっきの男性は同じ学校の二年生。夢野さん、貴方には結構強気よね」
「そ、そうだな」
「普通、無理矢理連れて行かれそうになったら怒ると思わない?」
「確かに」
「ここからは私の推測だけれど、あの男性が夢野さんを殴った先輩だと思うわ。最初は無理に強気な発言をしたけれど、怖くて最後まで拒否できなかったのよ」
「‥‥‥」
「それじゃ、私は焼きたてのパンを買わなくちゃいけないから」
「教えてくれてありがとう!」
「私は、弱いものいじめが許せないだけ」
「うん。それじゃ、夢野にいじめられてる俺を助けてよ」
「弱い者が弱い者をいじめている場合は別よ。それと、夢野さんがS組に来た理由はもう一つ」
「なんだ?」
「人の平凡な日常を奪った代償に、自分の平凡な日常も失ったの。言わなかったかしら?私は夢野さんにいじめられていたのよ?」
「初めて聞いたわ‥‥‥と、とにかく、その話はまた後日聞かせてくれ!」
「嫌よ。それじゃ」
とにかく、白波瀬の言ったことが本当なら、俺が助けなきゃ。
先に入って行った白波瀬を追い越して、服屋や、ゲームセンターがある二階に向かった。
勘でゲームセンター内を探し回っていると、俯いて手を引かれ、プリクラ機の中に入ろうとする夢野を見つけた。
「夢野!」
「あ?さっきの男じゃん。何しに来たんだ?」
「夢野は俺と遊びに来たんです。夢野を離してください」
「あぁ、お前も一緒にプリクラ撮る?」
「ん?」
夢野は俺を見て、声に出さずに口を動かしたが、何を伝えたいか分からなかった。とにかく、仲良くなっちゃえば怖くない。プリクラを撮って距離を縮めよう。
「撮ろうぜ」
「はい」
男の人はプリクラのカーテンを開けてくれ、案外優しいなと思った時、俺は足元に落ちている100円を見つけてしゃがみ込んだ。
「あ、100円」
「危ない‼︎」
「てめぇ‼︎なに避けてんだよ‼︎」
「えぇ⁉︎」
男の人のポージング的に、背後から俺を殴ろうとしたのだろう。100円に感謝‼︎
「ポチ!逃げて!」
「夢野を置いて逃げれるわけないだろ。あ、ガム踏んでますよ」
「は⁉︎」
男の人が焦って夢野から手を離した隙に、俺は夢野の腕を掴んで、その場から全力で逃げた。
「ま、待て!」
待てるわけないだろ‼︎
無我夢中で走り、気づけば駅まで戻って来ていた。
「いつまで走るの!」
「あ、ごめん!」
夢野は荒れた呼吸を整えると、何故か悲しそうに喋りだした。
「‥‥‥来てくれないかと思った」
「たまたま白波瀬が居て、夢野のことを色々と教えてくれたんだ」
「なにを聞いたの?」
「簡単に話すと、夢野を殴った人はあの人かもしれないって」
「なるほどね‥‥‥」
「こんな可愛い人を殴るとか、人間じゃない‼︎」
あ、思わず可愛いとか言っちゃったわ。
「腕でガードしたから、殴られたのは腕だけどね。それにあの人、元カノにも手出したって有名だから。ポチも気をつけて」
「同じ学校でも、S組には誰も来ないから安心だろ」
「そうだね。でも、私決めた」
「なにを?」
「もう逃げない。ポチは勇気を出して来てくれた。私のペットを傷つけようとする人は許さない」
「だ、大丈夫だよ。夢野は女の子なんだから、怪我でもしたら大変だ」
なんだろう。夢野の雰囲気がさっきまでと違う。怖がっていたのに、今は怒りを感じる。
「ポチは私が傷つけさせない」
「うん。んじゃまずは、ポチって呼ぶのやめて」
「なんで⁉︎ポチはポチじゃん!」
「嫌だよ!人前でポチって呼ばれる気持ち考えろよ!」
「私に文句?今日、首輪してないこと見逃してあげてたのに。文句があるなら私も言いたいことがあるけどいい?」
「いや、俺が悪かったです」
「よろしい!」
夢野はニコニコと可愛らしく笑い、元気を取り戻した。
「今日はショッピングセンター行かない方がいいね」
「だな。夢野は他に行きたい場所とかある?」
「ん〜」
「あ、白波瀬だ」
白波瀬は、パンを入れた茶色い紙袋を持って駅にやってきた。
「なに」
冷たく一言で返され、とにかく何か言わなきゃと思い、率直に思ったことを言った。
「本当にパン買いに来ただけなんだな。結構買ったみたいだし」
「悪い?」
「いや、悪くないけど」
正直、パンのことはどうでもよく、早めに話を終わらせたいと思っていると、夢野も話に入ってきた。
「誰が食べるの?」
「関係ないでしょ?」
「教えてよー」
「何故、友達でもない貴方に教えなきゃいけないの?」
「なにそれ」
「友達ごっこはやめてちょうだい」
「あー、はいはい。別に凛ちゃんとか友達って思ってないから」
「そう。よかったわ」
なにこの雰囲気‼︎女同士のバチバチ感って怖い‼︎
「ふ、二人とも、仲良くしてくれ」
「どうするの?貴方のペットが言ってるわよ?」
「仲良くしたいなら、してあげてもいいけど?」
「貴方が仲良くしたいだけでしょ?」
「なに生意気言ってるわけ?頭下げてお願いしてみなよ。仲良くしてくださいって」
「謝罪もできない人とは、友達になりたくないわ。電車が来てしまうから行くわね」
「バイバーイ」
白波瀬は行ってしまい、夢野の機嫌に怯えていると、怒っていると思った夢野は、何故か笑顔だった。
「ポチ」
「ん?」
「とにかく!カラオケでも行こ!」
「そうだな」
話を変えたのは、白波瀬をいじめていた過去を知られたくないからなのか。これは本当に闇が深そうだ。
ただ、いじめていた方の意見と、いじめられていた方の意見、両方聞かないとなんとも言えないな。
そして、近くのカラオケ店に入り、二人きりの個室でいじめられるんじゃないかとも思ったが、お互いに向かい合うように、別々のソファーに座り、普通にカラオケを楽しみ、お互いに一通り歌い終わったところで、ジュースを飲みながら話を始めた。
「呼び出された時はビックリしたけど、結構楽しいな!」
「楽しいならよかった!」
「夢野って、常にドSってわけじゃないよな」
「当たり前でしょ?」
男嫌いと変態を更生させると意気込んだのはいいが、それは夢野が嫌う、夢野の性格を否定することになるんじゃないかと、俺の中に迷いが生まれていた。
「ポチってさ、どんな人がタイプ?」
「え、なにその質問」
「さ、参考までに聞くだけ」
「なんの参考?」
「恋愛ゲームの攻略」
「へー。そういうゲームするんだ」
「ん、んで?どんな人?」
「んー......とにかく優しい人がいいかな!」
「あっそ。だから?」
「聞いたの夢野だよね⁉︎」
「別に?ポチの好きなタイプとか興味ないし」
「んじゃ聞かないで⁉︎」
「でもまぁ......教えてくれてありがとう」
「う、うん。どういたしまして」
夢野は、俺から視線を逸らしながらカラオケ店のメニューを渡してきて、足を組んで携帯をいじり始めた。
「なに?」
「さっき助けてくれたお礼に、なにか一つ奢ってあげる」
「マジ?」
「一つだけね」
夢野の優しさは全部嘘。その考えから、夢野の優しさはたまに本当に変わった瞬間だった。‥‥‥いや待て⁉︎考えるんだ流川塁飛。夢野は俺を犬扱いする‥‥‥言わばこれは、餌付けだ‼︎餌を与えて、今以上に従順なペットにしようという作戦だ‼︎怖い‥‥‥この人怖い‼︎
「決まった?」
「あ、苺アイスで」
普通に決めちゃった〜‼︎‼︎‼︎
「苺アイス一つお願いします」
夢野は本当に注文してくれ、すぐに苺アイスは持ってこられた。
「どうしたの?食べなよ」
「う、うん」
これを一口食べた瞬間、きっと夢野はニヤリと笑う。このまま食べないのも悪いし、諦めよう。
「いただきます」
怯えながら苺アイスを一口食べると、予想に反し夢野は、満面の笑みで「美味しい?」と嬉しそうに聞いてきた。
「うん!美味しい!」
「‥‥‥ポチは、私にいじめられるの嫌?」
「いきなりどうした?」
「1秒で答えるように教えたよね」
「で、できれば普通に接してほしいかな!」
「嫌‥‥‥なんだ‥‥‥」
「でもでも!夢野の性格を否定してるとかじゃなくて!」
夢野は顔を赤くしながら軽く下唇を噛み、薄ら涙を浮かべて、下着が見えない程度に軽くワンピースをめくった。
「な、なにしてるの⁉︎」
「私を‥‥‥い、いじめてください‥‥‥」
「‥‥‥エロ‼︎じゃなくてなに⁉︎」
「なにってなに⁉︎」
「どうしちゃったの⁉︎ドSの夢野が、いじめてください⁉︎」
「だ、だってポチは、いじめられるよりも、いじめたい派なんでしょ?ううん。ポチじゃないね。ご、ご主人様‥‥‥」
「なんか逆に怖いよ‼︎」
「こ、怖いってなに!私はポチのために!」
「ポチって言ってるし!もし、助けたことで恩返ししたいとか思ってるなら大丈夫だよ。苺アイスでチャラ!」
「私にここまで言わせて、何もしないの?」
「しないよ!てか、できないよ!」
「そう。さっきから思ってたんだけど、なにソファーなんかに座ってるの?」
「ん?夢野?」
夢野は、いつも俺をいじめる時と同じ目つきに戻ってしまい、声のトーンも下がった。そして、苺アイスの皿を床に置いてアイスを指差した。
「ほらポチ。餌だよ」
「ふ、普通に食べさせてくれ」
「犬は犬らしく、手を使わずに食べなきゃね」
俺はなにか、大きなチャンスを無駄にした気がする。
それから、夢野の指示通りにアイスを食べ、その日は解散となった。
月曜日
たまたま早く学校に着くと、S組から夢野と天沢先生の会話が聞こえてきた。
「それで、相談ってなんだ?」
「塁飛くんに優しくしたいのに、恥ずかしさとか、プライドみたいなのが邪魔してできない‥‥‥」
「なんだ?流川に気があるのか」
「ち、違う!日曜日、一緒に遊びに行ったんだけど、そこで私に手を出した先輩と会って‥‥‥」
「なに!大丈夫だったか?」
「塁飛くんは私を助けてくれたの。だから‥‥‥」
「だから要するに、好きになったんだろ?」
「分からない‥‥‥」
「誰かを好きになることは悪いことではないよ。そして、これからの夢野が不器用だっていい。私は応援するよ」
「ありがとう」
聞いてはいけないことを聞いてしまった‥‥‥
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