パン交換

村田天

パン交換



愛美まなみ、今日のお昼ここに置いておくよ」


 お母さんにそう言われてテーブルを見ると五百円硬貨が一枚置いてあった。これは正確にはお昼じゃなくてお昼代。いつものこととはいえ、少しだけ期待して損した。


「私、食べ盛りだから、こんなんじゃ足りないよ」

「足りない分は自分でね」


 本当は足りないことはない。そんなに食べないから。五百円でもパンをひとつとパックのジュースを買うだけで、いつも余らせてるくらいだ。だからその文句はただのあてつけだ。お母さんもわかっているから相手にしない。


 登校途中、高校近くのコンビニに入って目についたクリームパンとオレンジジュースを買った。選ぶのも面倒だし、だいたいいつも似たようなのを買っている。


 お昼にいつも一緒に食べてる友達が部活で呼ばれていった。クラスの雰囲気は悪くないからよそのグループに混ぜてもらってもいいのだけれど、ふと窓の外を見て思いつく。屋上、開いてる日だ。


 行ってみると、高いフェンスに囲まれたそこは予想通り賑わっていた。

 早々に食事を終えてボール遊びに興じる男子生徒数人。端の方に女子の集団。何組かのカップルもいて、そのうちひと組の男子が女子の持つサンドイッチに向けて口を開けて「あーん」とアピールしている。女子は「恥ずかしいよお」などと可愛く恥ずかしがっていた。


「お、山伏やまぶし


 ふいに入り口近くにクラスメイトのマイペース男子を発見して声をかける。彼はフェンスにもたれて座り、ひとりで携帯をいじっていた。傍らにはコンビニのビニール袋があった。こいつのお昼だろう。


「お、ひとり?」


「うん」と頷くと、ガラガラの隣を空けるように腰をずらす仕草をしたので自分のビニール袋をぽんと下に落として隣に座った。

 こいつとは話さない仲でもない。というか、山伏は無口なわりに社交的な空気感の持主で、聞き上手なのか非常に話しやすいやつだ。だから結構誰とでも話す。そのわりに特定の誰とも仲良くならないからこうやってひとりでお昼を食べていたりする。まぁ、なんだろ、そういう自由な奴。食べる相手のいないお昼の暇つぶしにもってこいの相手。


 空が青い。


「恥ずかしいって言ってんだろこのタコが!」

「あだッ!」


 見るとさきほど「あーん」をやっていたカップルの女子がキレていた。


 それを見るともなしに視界にいれながら傍においたビニール袋をほとんど見もせずに探り、中のパンを開封し、適当に口に運ぶ。つられたように山伏も同じ動きをした。


「ん?」


 口に入れて思う。


 あんこだ。


 隣から「クリーム……」と聞こえてきて、そちらを見ると山伏が、今朝私が買ったクリームパンを食べていた。


 なんとなくいつも選ばないけど、あんこも悪くないな。


 まじまじと袋を確認する。

 つぶあん。おお、ますます選ばない。でも、結構いける。何か新鮮。


 そのまま袋の中に入っていた飲み物のパックにストローをさして飲む。こっちは、牛乳。


 牛乳とあんぱん。

 張り込み中の刑事かよ。


 でも、相性抜群だ。黙って全部食べて山伏を見ると、私の買ったオレンジジュースを飲んでいた。





 次の日はチーズバーガーにした。

 飲み物はリンゴジュース。


 屋上に行くとまさかの二日連続で同じポジションに山伏が鎮座していた。


 これは、と思ってニヤニヤ笑いながらパンのビニール袋をぽんと放って、素知らぬ顔で隣に座り込む。


 同じコンビニの袋。そんなべらぼうに美味いものは売ってないのはわかっている。でも、わくわくした。山伏は今日、何を買ったんだろう。


 山伏が私のビニール袋を素知らぬ顔で取ったのを横目に、私も彼のビニール袋を開けた。


 お、焼きそばパン。

 山伏は私がなんとなくで選ばないパンを買う。


「チーズバーガー……」


 隣から山伏の気の抜けた声が聞こえた。


 焼きそばパンも、思っていたより美味しかった。理由もなく食べずにいて損したと思う新鮮さだった。





 次の日は屋上が開いてなかったので、山伏の席に行ってビニール袋を机に置いた。


 彼は一瞬びっくりしたようだったけれど、「ん」と頷いて鞄から自分のを取り出す。


 その日はカレーパンだった。どこまでも私の普段食べないメニューを選ぶ彼にはハムたまごサンドが進呈された。


 もともと好き嫌いはそんなにない。特別食べたいものもないのでなんとなく惰性で似たようなのを日替わりで選んでいた。自分のメニューを誰か別の人が選んでくれるだけでちょっと楽しくなる。


 カレーパン。カレーにはご飯だろと思って意味なく避けてたけど、美味しいじゃん。


 一週間こえたあたりから意識が変わってきて、いつもより真剣に選ぶようになった。


 お、このスモークサーモンとクリームチーズサンド、美味しそうだ。いつもならお金を余らす為に買わない金額のそれを購入。

 あとあいつ、細身で栄養足りてなさそうだから野菜ジュースにしとくか……。無駄に栄養バランスを考えだす。


 わくわくしながらお昼を待って、渡された自分の方を開けると苺サンドとミルクティーが入っていた。それを見てなんとなくニヤついた。


 次の日も私はコンビニのパンコーナーですっかり考え込んでいた。

 と、少し離れたところに同じ制服が突っ立って動かない。見ると山伏だった。


「お昼買うの? 決めた?」

「うん、俺は決めた、かな」

「あ、見ないようにする! 私まだだから」

「うん、じゃあ俺行くな」


 いつも三分もかからなかった買い物がずいぶんと長考するようになった。少しでも美味しいもの。変わったもの。新商品。似たようなものが続かないように。飲み物との組み合わせ。


 そうして、一ヶ月ほど、私と山伏のパン交換が続いたある日。



「お昼、テーブルにあるから」と言われて見ると、買ったきりほとんど稼働していなかった私のお弁当箱が置いてあった。


「忙しいお母さんが珍しいねぇ」と嫌味を言ってそれを鞄に入れる。お母さんは呆れた顔で溜め息を吐いたけれど、「たまにはやるんですぅ」と私のおでこをつついて応酬した。


 さて、どうしよう。


 もともとお弁当に執着があるわけじゃない。お弁当じゃない子なんてたくさんいる。ただ手を抜かれてる感じが嫌で、むくれてみせていただけだ。お母さんのお弁当は美味しいと思う。だから私はなんの気なしに、山伏にも食べさせてあげたくなった。


 お昼にお弁当箱を山伏の机に持っていくと彼が顔を上げた。


「これ、どうしたの」

「え、と、今日はあった。まぁ、明日はまたパンだと思うけど」


 そう言って彼のビニール袋を手に持ってそのまま、友達と別の場所で食べようと扉のところまで行ったところで肩を掴まれた。


「間違えてるよ」


 山伏が弁当箱を返してきた。


「これ、俺のじゃない」


 それだけ言って彼は自分のパンをとりかえし、その場を去った。


 当たり前の指摘。それは一ヶ月前にクリームパンとあんぱんを間違えた時に言ってくれるべきだった。


 山伏に弁当交換拒否された。

 見ていた友人にこぼすと、「人んちの弁当なんて食べたくない人なんじゃない? ほら、ちょっと気分的に潔癖よりの」と言われた。


 あぁ、と一瞬納得しかけたが、よく考えたらおかしい。私は山伏がクラスメイトの男子から、持主が苦手で食べたくないという煮物をもらって食べてるのを見たことがある。「美味いじゃん」とか言ってた。


 次の日にまたビニール袋持参に戻った私を見た山伏が来て、黙って自分のパンを置いて私のパンを持っていった。


 なんとなくもう交換はあのままなくなると思っていたので、今日は雑に選んだクリームパンとオレンジジュースだった。

 山伏の持ってきた方には明太ポテトフランスと苺の飲むヨーグルト。デザートのプリンまでついていた。


 山伏が私のお弁当を食べるのを拒否した理由を少し考えてみたところ、彼の発した「これ、俺のじゃない」が全てではないかとの結論に達した。


 あれは確かに、山伏のではない。私宛に作られたものだし、私が食べるべきものかもしれない。

 だけど、あの日なんだかしみじみ食べたお弁当はやっぱり美味しくて、よけいに山伏に食べさせたくなった。


 そうして、ちょっと思いついてしまった。





「はい」と言ってお弁当箱を差し出すと、山伏は顔を上げた。


「これは、俺のじゃない」

「いや、これは私が朝自分用に作ったから、あんたの。美味しいか、微妙だけどね」


 山伏は目を丸くしてぱちぱちと瞬いたあとに


「じゃあ、俺んだ」と言って笑った。




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パン交換 村田天 @murataten

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