自称大嫌い

 ――碧唯の自室


 夜の九時を回った頃、碧唯は自室でタブレットをボーっと見つめ、風呂上り後の睡魔と闘っていた。

 本来であれば睡魔に身を委ね、眠りにつく事が最善の選択と言えるのだが、今回ばかりはそうはいかない。何せあと一時間程で碧唯が好きなバーチャルライバーの”ウニ”の配信が控えているのだ。そしてウニの配信でしか得られない臨場感こそが碧唯が睡魔と闘うただ一つの理由である。


 (寝たら絶対後悔するよね、何とかしないと……)


 頬をつねり、目を大きく見開など試行錯誤をしていた次の瞬間。


「―あ」


 碧唯は何かを閃き、一語だけ声を発した。


 ――


「お母さん、ちょっとコンビニ行ってくるね」


 パーカーを羽織りながら階段を下り、リビングのソファでくつろぐ母に声を掛ける。


「こんな時間に? もう九時だよ? 」


「うん、プリペイドカードとルーズリーフ買いにね、心配なら位置情報入れとくよ」


「了解、あんまり遅かったら電話するからね。あと、碧唯のお金だからどうこう言わないけど、あんま使いすぎないようにね」


「分かってるよ、行って来まーす」


「はいはい、気を付けて」




                  *


 夜風にあたり、幾度も欠伸をしながら歩き続ける事5分。煌々と街中のLEDが輝き、多くのサラリーマンや大学生が各々の目的地に向かう。そんな雑踏の海の中をラフな格好をした十六歳の女子高生はその流れに逆らいながらコンビニへと向かった。


「いらっしゃいませー」


 自動ドアを通り抜け、退屈そうな女性の大雑把に砕かれた挨拶が碧唯を出迎える。


 「三千……あれ? 」


 プリペイドカードが所狭しと引っ掛けられている棚をまじまじと見ても、碧唯の望む額のカードが見当たらない。不可解に思った碧唯は先程の女性に尋ねた。


「あの、すみません」


「あっ、はい」


「ストアのプリペイドカードの三千円分ってどこに―」


「あっ、それでしたらあそこの……今別のお客さんが立ってる所ですね、あの券売機で購入出来ますよ」


「分かりました、ありがとうございます」


 軽く店員に微笑み券売機の方を振り返ると、確かにそこにはカーディガンを羽織った銀髪の少女が立っていた。背丈や風貌からして碧唯と変わらない年頃に見える。

 そんな少女の隣ではコピー機が大きな音を立て忙しくなく稼働している。

 どうやら暫く終わりそうにない。そう悟った碧唯はスニーカーをキュッと音を立てながら飲み物が陳列されている冷蔵庫へ脚を向け、安価な紅茶を二本籠に入れた。


 途端、上着のポケットに入れたスマートフォンが振動する。あらぬ誤解を掛けられぬよう防犯カメラに自身の姿がハッキリと映る場所に立ち、スマートフォンを取り出しす。

 萌咲からの着信だ。


「もしもし? 」


『もしもし萌咲だよ今大丈夫? 』


「大丈夫だけど今コンビニだから出来れば手短にね。で、どうしたの? 」


『先週出された数学の宿題あるじゃん、あれっていつまでだっけ? 』


「先週って言うと……指数法則?あれなら明後日の三限までだよ」


『オッケーありがと! 』


「出来るなら今やっちゃいなよ、後回しにしてると痛い目見るよ? 」


『えー、でもウニの配信がぁ……』


「見ながら出来るでしょ? 」


『うぅ……どうしても解けなかったら明日手伝って』


「仕方ないな……でも、できる限り頑張って」


『はーい……あ、そういえばサンプル用の絵ってどこまで進んだ? 』


「それなら後は陰影をつけて終わりだから次のバイトまでには間に合うと思うよ」


『え、もうベタ塗り終わったの!? 早いなぁ』


「うん、萌咲の絵は線がはっきりしてて塗りやすいしイメージしやすいからね」


『ありがとう! えへへ照れるなぁ』


「ふふっ、じゃあそろそろ切るね」


『うん、おやすみ』


「おやすみ、またね」


 通話を切りふと画面に映し出された現在時刻に目をやると、配信開始までの時間は三十分を切っていた。再度券売機の前を訪れるが、銀髪の少女は未だに券売機の傍を離れず印刷が終わるのを待っている。


(あと二十分か……発券して買って、少なくともそこで三分費やして……って考えても仕方ないよね)


 頭では割り切っていても焦燥は碧唯のスニーカーを通し外部へ出力されていた。

 コツコツコツコツとスニーカーのつま先を四度早く床に打つ。ハッと我に返った碧唯は必死に誤魔化そうと試みるが、既に銀髪の少女は碧唯に振り返っていた。


「「あっ」」


 碧唯と銀髪の少女の声が重なる。


「あ、ごめんなさい。す、すぐ終わるんで! 」


 少女が中止ボタンを連打しても、コピー機が止まる様子なく、少女は慌てふためいた。


「あわわわわわ、ちょっと待っててね! ごめんね! 」


「あっ、そんなに急がなくていいですよ! あと何枚くらいなんですか? 」


「え、あ……よ、四枚!! ホントにごめんね!! 」


 銀髪の少女は鶏がついばむ様に会釈を幾度となく繰り返す。


「いえいえ、本当にもうゆっくりで良いので! 」


 謙遜しながらもコピー機の排出口から出て来る紙を一瞥すると、高貴な装飾があしらわれた鎧を着た少女のイラストが何枚も印刷されていた。そのイラストに碧唯は既視感を覚える。


(この絵って……)


「あ、待たせちゃってごめんね! 」


 印刷が終わったことを碧唯に告げると、少女は印刷したイラストをクリアファイルに入れた。本来であればすぐにでもプリペイドカードの発券に取り掛かりたいところだが、どうも既視感を覚えたイラストが気になって仕方がない。

 そして碧唯はついに少女に尋ねた。


「いえ、お気になさらず。あの、そのイラストって……」


「これ?これはね……そうだなぁ……」


 銀髪の少女は考える素振りをし含みのある笑みを浮かべ口を開いた。


「大好きなイラストレーターが描いた大嫌いな絵だよ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

鮮やかなキャンバスの裏で私は筆を折る 解像度の高い正方形 @SqHigh

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ