これでよかったんだって
翌週
朝日が差し込む初夏の平日。
碧唯は大きく欠伸をし、誰も居ない教室で制服の上に羽織ったパーカーの紐を弄りながら萌咲の登校を待っていた。
「ふぁ……」
眠い目を擦りながら机の上で頬杖をつく。
昨日の夜から今朝にかけて萌咲とは連絡を取り合っていない。
別に喧嘩した訳でもないし、どちらかと言えば仲が良い方だと思っているけど、萌咲とは毎日のように会ってるからか、なんとなく寂しく感じてしまう。
ガララッ! 不意に教室の扉が開き、見慣れた姿が入ってくる。
「やっほー!」
片手を挙げて陽気に挨拶する萌咲に碧唯は微笑んだ。
「おはよう」
碧唯が言うと萌咲もニコッと笑う。
いつも通りの朝の光景。
萌咲の席まで歩いていくと鞄を置き、椅子に座っている碧唯に身体を寄せて来る。
「……ん?」
そして、何かに気付いたように私の顔をまじまじと見つめてきた。
「何?……」
少し照れ臭くて目を逸らす。
すると萌咲は両手を伸ばし―
「むぎゅ〜」
碧唯の顔を思いっきり抱き締めた。
「ちょ、ちょっと萌咲!?」
私は慌てるが萌咲はお構いなしだった。
「碧唯成分充電中ー」
「な、何それ……」
萌咲は暫くの間そうしていたが、やがて満足したのかゆっくりと離れて行った。
「ふぅ……これで今日も頑張れる……」
萌咲の言葉に苦笑しながら、自分の席に向かう彼女の背中を見送る。
やっぱり萌咲と居る時間は楽しくて安心できる時間なのだと碧唯は改めて思い、思わず頬が緩む。
*
放課後になり、いつも通りバイトに行くため萌咲と共に秋葉原へと繰り出す。
店に着くとすぐに更衣室に入り、仕事用のエプロンを制服の上からつける。
店内に入ると相変わらず碧唯達の担当フロアには閑古鳥が鳴いていた。
とはいえ、元々そんなに忙しい店でもないわけで……
それでもお客さんが少ないと何だか少しだけ残念な気持ちになる。
「暇だね〜」
萌咲が退屈そうにスマホをいじりながら呟いた。
「まあ平日だしこんなもんじゃない?というか仕事中なんだからスマホ弄んない」
碧唯はパソコンにデータ入力をしながらそう応える。
「え〜だってこれってほとんど作業終わってるじゃん。何かやる事ある?」
確かに既に今日の分の作業は終わっているが、だからといってスマホを弄るのは如何なものか。
「うーん……」
碧唯が返答に困っていると店長がやって来た。
「2人とも今日もよろしく頼むよ!」
頭と笑顔を輝かせそう言う店長。
「はっはい!よろしくお願いしますっ! 」
萌咲は咄嗟にスマホをエプロンのポケットに隠し慌てて声をあげた。
「よろしくお願いします」
続けて碧唯も挨拶をすると店長は再びにこやかに笑う。
「はい、よろしくねっ。あ、北邑さん。スマホ、気を付けてね! 」
「あっ……ごめんなさい」
しょんぼりとした表情で萌咲は店長に頭を下げた。
「大丈夫謝んないで、次から気を付けてくれれば僕はそれでいいから。それじゃあ今日も頑張ろうね」
そう言って店長はゆっくりとフロアを去っていった。
ホッとしてため息をつく萌咲。
「全くもう。だから言ったのに」
そんな萌咲に注意をする。
「ごめん……さっきの店長ちょっと怖かったよね。怒ってはないと思うけどなんか圧があったっていうかさ」
先程の店長の様子を思い出してか少し怯えている様子だった。
「そうだね。まあでもあの人はいつもあんな感じだよ。怒ると怖いらしいけど、普段はとても優しくて頼りになる人だと思うよ」
「よ、よし! 怒らせないように……じゃなくて、しっかりバイト頑張ろ! 」
「そうだね、なんか萌咲の動機が不純な気がしなくもないけど頑張ろ」
*
それから数時間後……。
「ねえ、これどう思う?」
「うーん、こっちの方が良くないかな?そっちの口の方が何かクールな感じする」
「なるほど、じゃあこっちにしよっと」
碧唯はレジに立ち、萌咲と雑談をしながらサンプル用の絵を描いていた。
「……よし、出来た!」
ようやく仕事が終わったところで碧唯が伸びをする。
「お疲れ碧唯! 色塗りはアタシに任せて!」
「うん、お願い」
萌咲はコピックを巧みに操りながら碧唯の描いた絵を彩っていく。
こうやって萌咲がイラストを描く姿を眺めているのが、今では碧唯の密かな楽しみになっていた。
「ふう……」
一息つくと同時に時刻を確認する。
もうすぐ19時、このフロアはそろそろ閉店時間だ。
「あのさ、萌咲」
「何?」
「今度の土曜って予定ある?」
碧唯が尋ねると萌咲はキョトンとした表情を浮かべる。
「ないけど、どうして?」
「良かったら一緒にイラストの本買いに行かない? 先週部長が店に来てからといううものの何だか無性に絵が描きたくなっちゃって……」
「……」
「ダメ……かな?」
碧唯は少し不安になって萌咲の顔を覗き込む。
すると萌咲は少し頬を赤らめながら嬉しそうに笑ってくれた。
「もちろん! 行きたい!!」
「よかった……」
碧唯はホッとして微笑む。
そしてバイト先を出て二人は駅へと向かっていった。
*
同時刻、フォトンコネクト
「……それがレイさんの答えと、そう受け取って良いんだね? 」
緋乃木は目の前の少女が下した決断に動揺をしながらも意思を問う。
「はい、残りは予定通り納品させていただきますので。後は彼女……ルクス先生がエリンを先程見せた写真のように素敵なお姫様にしてくれると思います」
それに反し、麗は酷く落ち着いた調子で淡々と意思を伝える。
「つまり、あの子はレイ先生のお墨付きイラストレーターになる訳か……専属にするならこれ以上に無いくらい良い響きになるね」
顎鬚を手で擦りながら笑みを浮かべる緋乃木のあまり非常識で薄情な発言に麗は拳を強く握りしめる。
結局麗は最後までこの男に良い印象を覚える事は無かったが、自身を慕ってくれる後輩の事を想い、最小限の力で緋乃木に釘を刺す。
「彼女は緋乃木さんの事を”一緒にキャラクターを作り上げてくれる良いアドバイザー”だと思っています。ですので、その期待を裏切る様な真似だけは絶対にしないで下さい……では、残り短いですが最後までどうぞよろしくお願いします」
緋乃木の返事を聞く事無く麗はミーティングルームを後にした。
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