真っすぐ歪んでいく

 まばゆいブロンドのうねった髪に、艶やかなドレスを身にまとい恥ずかしそうに笑うエリン。

 確かに緋乃木の言う通りとても上手いと言う訳ではない。だが、見た者を魅了する力が彼女、ルクスには備わっているようだった。戦いに身を投じる戦乙女ばかり描いてきた麗にはとても生み出す事の出来ない姿だ。


「これ……」


「エリンちゃんっていつも鎧着てるから世界が平和になった後は鎧を脱いでお姫様らしくして欲しいなって、そんなもしもって設定で描いてみたんです! 」


「そうなんだ、素敵な絵だね……良かったらで良いんだけど、データのコピー貰っても良い?」


「ぜひぜひ、師匠に貰われるならこのエリンちゃんも本望な筈ですから! 」


 再び目を輝かせ、自身で描いた絵をまじまじとルクスは見つめていた。そんな視線を避けるように麗は疑問もとい、不安を投げかける。


「……もしさ、エリンが戦いから身を置いて元のお姫様になるっていう展開になったらルクスさんはその絵を見せる? 」


「えっ? 」


 仕事を、自分がここで描いてる理由を奪われることを懸念したのか麗は不安げな表情で疑問を投げかけた。


「ごめん、変な事訊いちゃったね。……忘れ―


「見せませんよ」


「……」


「エリンちゃんは師匠だけのエリンちゃんです! アタシのはただの二次創作に過ぎません、師匠の描いたエリンちゃんだけが公式ですから! 」


 歯を見せ笑うルクスに麗は動揺し、目を逸らしながらも安堵の息を溢した。


「そっか……シナリオ読みに行こっか」


「はい!! あ、そうだ師匠ちょっと提案があるんですが―



                  *



 23時。今日はディスプレイの光ではなく月明かりに照らされながら寝支度をしていた。

 こうして日付が変わる前に寝床に付けたのはいつぶりだろうか。不意に今日の出来事を思い出し目を瞑る。


『エリンちゃんは師匠だけのエリンちゃんです! 』そうルクスは言った。

 ならば焦る事も怯える事もなければ上手く描こうと意識する必要もない。

 エリンはЯ∀Yにしか描けないのだから。


「まだ、終わってない……」


 希望と決意を胸に秘め、明日に備えようと寝る事に意識を集中させた途端、スマートフォンのディスプレイが煌々と輝いた。


 そこに映し出されていたのは新敷淡翠の名だった。


「出なかったらもっと面倒だしな……仕方ない」


 面倒事に振り回される明日の自分を助ける為、麗は仕方なく緑色のアイコンをスワイプした。


「……はい」


 怪訝そうに電話に出る麗。それとは対称的に淡翠は―


『麗ちゃん? 寝てた? 』


 相変わらずのあっけらかんとしたテンションだ。


「寝るとこだった」


『そうなんだ、ごめん。この間さ私が書いた小説あったじゃん? さっき読み返したら誤字があったんだよねぇ』


「へぇ、どこが? 」


『どこって……えっと』


「把握しときなよ」


『……ちょっと待って、あった15ページの3行目、”淡々と”の字が”耽々”になってるから直しておいて』


 一度も目を通していない誤字報告に麗は柔和な嘘をつく。


「あー、ごめん淡翠。時間なくてまだ読んでないんだよね。一段落したら読むから。まだ作業残ってるし切って良い? 」


 数秒の間が空く。

 嘘がバレたのかと思い、一瞬、恐らく一秒にも満たないであろう間が麗にとっては重く、長く感じられた。


『……うん、ごめんねぇ、誤字は多分そのくらいだと思うけどまたあったら報告するね! 』


 こちらの返事を待つことなく一方的に電話が切れる。


 何か伝えたい事があったのだろうか、先程の慌てたような声色からするに、恐らく書いた本人ですら誤字の箇所を把握できていない。では何故電話をしてきたのか。

 はっと答えに気づいた途端、仮眠状態だった脳が目覚めるのを感じた。どうやら今夜も眠れそうにない。


「はぁ、難儀だ…」


 小さくため息と悪態をつき、淡翠に架電する。


『麗ちゃん? 』


「ねぇ、淡翠」


『はい? え、作業してたんじゃないの? 』


「……淡翠は自分の小説の感想が欲しいんでしょ? 」


『……まぁ、出来たら欲しいかな』


 普段から饒舌な割に素直じゃない。そんな性格が麗にとってはまるで過去の自分を見ているようで好きになれないでいた。


「じゃあさ、取引しない? 」


『というと、麗ちゃんも何か感想が欲しいのかな? 麗ちゃんの事だからイラストかなぁ? 』


「話が早くて助かるよ。正直、今取り掛かってる絵が上手いのかどうか分からない……だからお願い」


『オッケー、絵はいつ頃出来そう? 』


「うーん、明後日までには……あ、ごめん明後日予定があるんだった」


『予定? 』


「うん、ちょっとね。とりあえずラフ……ごめん、ラフって言っても分かんないよね」


『下書きの事でしょ? そんくらい知ってるよぉ』


「あ、うん。とりあえず来週の月曜までに満足のいくラフ描いてくるから淡翠も誤字訂正は済ましておいておいて欲しいな」


『りょーかい! わざわざ掛けてきてくれてありがと』


「いや、淡翠が何か言いたそうだったから気になって」


『……やっぱ麗ちゃんは優しいね』


『どうだか』

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