絵を描くのが好き
日曜日の正午、麗は駅前のモニュメントの前でとある人物を待っていた。
眼を擦っていると、ぼやけた視界でも認識できるくらいの桃色の髪がこちらに迫ってくる。
大きく手を振ってこちらに駆け寄ってくる姿に圧倒され、ついこちらも手を振り返した。
「すみません、お待たせしました! 」
「大丈夫だよ、そんなに待ってないし。ええっと、何て呼べばいいかな? 私は麗ってまんまペンネームと一緒なんだけど……」
「
「ありがと、光莉ちゃんも素敵だと思うけどね。そういえば光莉ちゃんの行きたい所って? 」
「そうでしたそうでした! アタシが行きたいのは―
*
ビル群の中に不自然にそびえ立つ湾曲したレール。そこから聞こえるポジティブな悲鳴。
奥には観覧車が見える。きっと光莉の姿は観覧車からでも良く見えることだろう。
「……遊園地? 」
「はい! モチベーションを高めたい時はここに来てがんばるぞー! って気分にさせるんです! 」
「でもここって入場料だけでも結構しなかったっけ?気合い入れるにはちょっとコスパ良くない気が……」
「そうですね! だからこそ、そのくらいお金を出したんだから頑張らなきゃって意味もありますっ! 」
「強かだね……というか一緒に行くんだったら私も入場料払わないと―
4000円、同人8冊、ガチャ天井まで4分の1、資料2冊分、液タブのスタンド1個分と麗の価値観に基づいたレートで換算する。
お世辞にも高校生の麗にとっては安いとは言えない金額だが、慕われている以上多少の背伸びは必要なようだ。
観念したかのように財布を取り出そうと鞄に手を伸ばしたその時だった。視線の先に1枚のチケットが差し伸ばされていた。
「えっと?」
状況が上手く呑み込めない麗に光莉が訴えかける。
「師匠にお金を出させる訳にはいきません! なので師匠、大人しく奢られてください! 」
何故かキメ顔で光莉はそういった。
なんと真っすぐな少女だろう。そう麗は感嘆し、感激した。だが、
「分かった。じゃあ、光莉ちゃんと会う時財布はいらないね? 」
目を細め、ニヤリと笑いながら光莉を見る。
「そっ、それはダメですっ! もし本当にお財布を忘れちゃった場合はしょうがないですがっ」
真っ直ぐすぎるその姿勢に感激を越え最早心配になる。
「冗談だよ。チケットありがと。今度はちゃんと私がお金出すから安心して」
「えっ、からかったんですか師匠!? 」
「ごめんって、それより後の事は本当だから」
「もう、師匠までっ! 」
”まで”という言葉から推察するに光莉にはからかいたくなる素質があるのだろうか。まぁ、この表情の豊かさに加え、オーバーなリアクション。からかうなと言うのが無理な話だ。
「ハハハ、じゃあ行こ―
そう光莉に声を掛けようとした途端、鞄に仕舞っていたスマートフォンが振動する。緋乃木からの着信だった。
「チッ……ごめん光莉ちゃん、先行ってて」
舌を鳴らしながらスマートフォンの画面を睨みつけ、勢いよく画面をスワイプさせる。
「……はい、麗です」
*
数時間後、園内の大半を乗り尽くした麗と光莉は観覧車に乗り、夕暮れに染まる街を見下ろしていた。
「はぁ……疲れた」
「お疲れ様です師匠。付き合ってくれてありがとうございました! 」
「どういたしまして。それよりそのスケッチブック、事ある毎に描いてたけど、どんなもの描いてたの? 」
「心に残ったものとか、色んなの描いてますよ!それに、今日は師匠が居てくれたお陰でいつもより多く描けました! 」
そう言い光莉は嬉々としてスケッチブックを麗に渡す。
風景の描写は省略されており、おおまかにしか描かれていない。
だが、表情は対称的に細かく描かれ、描かれた人物が楽しそうにしている様がよく伝わってくる。
ドレスを着たエリンの絵も含めて、緋乃木の言っていた”熱量”というものがなんとなく麗も分かった気がした。
「なんだか、光莉ちゃんの絵は暖かいね」
「暖かい? 」
「うん、見ていて暖かい気持ちにしてくれる絵柄。表情は描かれてないのに楽しそうだなとか、怖がってるのかなとかそういう感情がよく伝わってくる」
「冷たい鋼鉄ばかり描いてきた私としては少し羨ましいなって、そう思った……緋乃木さんの事もそうだし、光莉ちゃんは人の事をよく見てるよね……」
思いの丈を告げる麗を前に、光莉は今までに見せた事のない様な悲し気な笑みを浮かべた。
「ありがとうございます……アタシの両親はいつも喧嘩ばかりしてて、それから顔色や機嫌ばっか窺って……多分それが原因で人の感情の変化に敏感になったんだと思います。でも……」
「……光莉ちゃん? 」
「でも、その経験が役にたって、こうして師匠に褒められるなら悪くないなって……」
「……っ!! 」
不意に襲ってきた嗚咽を押し殺し顔を景色の方へと向けた。
*
―数時間前。
「ごめん光莉ちゃん、先行ってて」
『もしもし緋乃木ですー。レイさん今誰かと一緒? なら、掛けなおすけど』
「あ、いえ大丈夫です! で、えっとご用件は」
『うん。エリンなんだけどさ、やっぱりお姫様に戻ってもらう事にしたよ』
「それって……」
『うん。改めてレイさんにはドレスをメインにしたエリンを描いて欲しいなって思うんだけどどうかな? 』
「えっ…」
麗は幾度となく慣れない絵を描き続けてきたが、何一つとして特筆するような成長はなかった。が、自身の将来が掛かっている以上易々と諦めるわけにはいかない。
「あの、緋乃木さん」
『ん? 』
「まだ……もう少しだけ返事待ってもらえますか? 」
『えー? この間考えておいてって言ったじゃん』
「すみません……」
『はぁ……レイさんってさぁ、もしかしてドレス描くの苦手? 』
光莉との誘いを無理にでも断って家で練習するべきだったのだろうか。
いや、それでも描けなかったとだろう。何せ描き方の一つも麗は理解出来ていないのだ。
「…」
図星を突かれ口をつぐむ麗。それを無視するかのように緋乃木は追い打ちをかける。
『いや、苦手なら良いよ。仕方ないさ、誰だって向き不向きあるもん。けど、苦手な状態のままでお仕事は正直任せられないかな。苦手じゃないならごめんだし、それだったら明日まで返事待つから。んじゃ、お疲れ様』
「あっ……」
―――
――
―
「…しょう? ししょー? 」
「―っ! ごめん、ボーっとしてて…もう観覧車終わっちゃうね」
「はい、あの、大丈夫ですか師匠? どこか具合でも悪いんですか? 」
「ううん、大丈夫だよ。ちょっと考え事しててね……」
「考え事……? 」
「うん。でも、大丈夫だよ」
「師匠……」
麗の思わせぶりな発言に光莉は耐え切れず声を上げる。
「本当に大丈夫な人はそんな顔しません!!」
「っ!……」
「あっ、ごめんなさい師匠。さっきも言った通りアタシ人の感情の変化に敏感なんです。だからっ……だから、どうして師匠がそんな寂しそうな表情《かお》をするのか気になって……」
きっと光莉なりに勇気を出しての発言だったのだろう。その証拠に脚と声が小刻みに震えている。
その震えを抑え、なだめるように麗は返答をする。
「私知らない内に光莉ちゃんに酷い事しちゃってたんだね、ごめんなさい。……実はさ、光莉ちゃんに……エリンを託したいんだ」
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