かき方が分からない
午前7時40分、晴れ渡った空の下、閑散とした教室の中に2つの影が落ちていた。
「んで、部長何か言ってたの? 」
そう問いながら腕に掛けていたヘアゴムを取り出しくるくると回す萌咲。
「何かって言われると特になにも。久しぶりーみたいな感じだったかな」
碧唯は手に持ったスタイラスペンをくるくると回しながらそう答えた。
「へー……おほん、フハハハハハッ! 久しいなぁっ和泉殿よっ!! みたいな」
「違うね、誰それ」
「え? こんな感じじゃなかったっけ部長って」
「そんなむさ苦しい感じではなかったと思うよ……でもまぁ、どんな風に喋れば良いのか混乱してる感じはあったかな」
「混乱? もしかしてあたし達の知る部長は複数ある人格のうちの一つで―」
「そんなアイデンティティを求めた己との戦いはしてないと思うけど。そうじゃなくて、私達の中での部長が古風な口調で喋る部長のイメージがあるからそれに対する配慮でしょ」
「なるほどね。まぁ、高3にもなって『フハハハハハッ! 』なんて流石にね? こう……自分の世界で生きてる方なんだなぁって思うもんね」
「もうちょっと綺麗なフォローしよ? 」
「無理を仰る、知ってるくせに」
「にしてももう少し手心をだね……それと、プロになってた」
「何の? 」
「イラストの。lateのイラストレーターなんだって」
「そうなの!? で、何のキャラ担当してるの? 」
鞄からスマートフォンを取り出し今か今かと萌咲は碧唯の返答を待っていた。
「分かんない、そこまでは聞いてなかったし、そもそも教えてくれるかどうか」
「なーんだ、あたしもバイト休まずに行けばよかった」
「そっか、昨日居なかったんだよね。たしか萌咲のお兄さんの誕生日だっけ? 」
「そうそう。まったくお兄ちゃんめ、もう一日早く生まれてくれば良かったのに……」
そう言い萌咲は口を尖らせ仏頂面をした。
「無理を仰る……けど、また今度来るって言ってたから次は会えるかもよ」
「んー、絵見せてくれるかな? 」
「どうだろう、プロなら描く絵は商品として扱われるだろうからね、まだ世に公表されてないイラストとかは難しいと思うよ」
「なーんだ、そか」
再度スマートフォンを取り出し視線を逸らす萌咲。あまりに不自然な挙動に今度は碧唯が萌咲に問い掛けた。
「ねぇ、萌咲ってさ、あんまり部長の事興味ない? 」
「え? 」
「例えばさ、部長の苗字分かる? あ、検索なし、スマホ置いて」
スマートフォンを机に置き人差し指を宙に指しくねくねと動かす。
「……”けん”って名前に付くよね? 最初聞いた時かっこいいなーって思ったからそれは憶えてる。あ、御剣? 」
「一文字も掠ってないし、なんで音で覚えてて訓読みが出て来るかな。”剱持”だよ」
「あー、ケンモチ。そんな名前だったっけか」
「まぁ、仕方ないか萌咲はあんま部長と話す機会なかったもんね」
「そうだね、だからあんまり絵のタッチとかも含めて碧唯程知らないかも」
絵のタッチ、その言葉に引っ掛かりを覚えた碧唯は声を上げる。
「そっか、ねぇ萌咲」
「ん? 」
「絵のタッチで思い出したんだけどさ、一問だけ萌咲に問題出しても良い? 」
「良いけど難しいのはヤダよ? 」
萌咲の要求を快諾し、碧唯のスマートフォンに表示された一枚の画像を萌咲に見せる。そこには紅葉の並木道が描かれていた。
「これは人間が描いた絵でしょうか? それともAIが描いたものでしょうか? 」
「うーん、流石にAIがこんな細かい絵を描ける訳ないから……人間! 」
「気持ち良いくらいに引っ掛かったね」
「えっ!? これAIなの? 」
「そう、部長はこれを、AIを凄く嫌って……ううん、私には怖がってるように見えた」
「まぁ、そうだよねAIに仕事を奪われちゃうかも知れないしあたし達も他人事じゃないよね」
「そうだね……部長が怖がる要因は仕事を奪われる事もそうだけど、AIに頼って批難される事が部長にとっては一番怖い事なんじゃないかなって、そう思う」
憂いを帯びた表情で碧唯はそう呟く。
何か自分に出来る事はないだろうか、そんな恩返しの意を込めた思いから何度も頭を捻りアイデアを熟考するが何も思い浮かばず、手に持ったスタイラスペンは依然として回し続けていた。
*
同刻、麗の自宅
遮光カーテンにより外部からの光が途絶えた部屋。しかし、ディスプレイから放たれる光は夜通し麗を照らし続けていた。
「違う、硬すぎる。また悪い癖が出た。」
「……何度やっても柔らかな雰囲気が出ない。作風という事でやり過ごすか? いや、駄目だいつもの落書きなんかじゃない商品として出す事になるかも知れないんだ、誤魔化すな、手を抜くな……けど、納期は迫ってるんだ」
ふと、日程を確認する為に画面右下に目をやると時刻は午前8時を迎えようとしていた。血相を変えドアを勢いよく開ける。
「お父さんお母さん何で声掛け―
「……そうか、今日は誰も居ないんだった。」
実際の所、麗には学校に行ける程の心の余裕などなかった。だがそれ以上に学校をサボる程の余裕も麗にはなかった。
「早く帰って描かなきゃ」
瞼の下に出来た隈など気にも留める事なくブレザーを羽織り鞄を背負い家を出て行く。その足取りは酷く覚束ないものだった。
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