答え合わせ

                

 互いにひとしきりの感傷に浸ったあと、碧唯は萌咲と共に美術準備室、もとい犯行現場へと向かっていた。


「ふむ、犯人は現場に戻るとはよく言ったもんだね」


「どちらかっていうと実況見分だよ」


 反省の色を示し、苦虫を噛んだような表情で碧唯は萌咲に汚れきったキャンバスを見せる。


「碧唯……派手にやったね」


 惨状を萌咲に見せると、流石の萌咲も表情を歪ませた。


「ごめん……いや、ごめんじゃ済まされないよね」


「そうだねぇ……」


 萌咲はテレピン油に塗れた自身の作品をただただ茫然と眺めていた。


 碧唯はやってはならない事をした。作品を壊しただけじゃなく友情まで壊すような真似をしたのだ。最悪の場合一緒に絵を描くという約束も、今この場で潰える事だろう。


「じゃあこれが一緒に描いた作品の一作目って事で」


「……え? 」


 だが、そうはならなかった。萌咲はいつだって碧唯の予想を超える。交友を持ち始めてから四年が経過したが、未だに萌咲が何を考えているのか碧唯は読めない。

 やはり彼女に”らしさ”を見出すのは早計だったようだ。


「それに今から直しても怒られちゃいそうだし、とりあえず段ボールに戻してご飯食べに行こ! 」


「え、ちょっ……」


 こうして作品を段ボールに戻し、美術室と準備室を施錠し、鍵を事務室に預けた。


                *


「いやぁ、やっぱファミレスって安泰だね、学生の味方ですわ」


「そうだね、小洒落た喫茶店だったらサラダ一つでここのサラダ三つは頼めるもんね……」


 碧唯の奢りでファミレスに行くことになった。

 最初萌咲は碧唯が奢る事に『お金が絡まる友達関係は嫌だ』と断固拒否したが、碧唯は『私が奢りたいから奢るんだ』と言った途端、渋々ではあるが納得はした。




 注文を済ませ、碧唯は最後の最後に溜まった不安を萌咲に漏らした。


「萌咲、怒んないの? 」


 このところ萌咲には損ばかりさせてしまっている。そんな罪悪感から漏れ出た懸念だった。


「え? 」


「あ、いや、あんなに絵を滅茶苦茶にしちゃったから……」


「怒って欲しいの? 」


「そういうわけじゃ―」


 言い訳をしようとした途端、萌咲が碧唯の頬に掌を当てる。


 ぶたれても文句は言えないと覚悟を決めたのも束の間、色白のきめ細かな手は軽く碧唯の頬に『ぺち』と当たっただけでそれ以上は何もしなかった。


「何で……」


「さっきも話したけど、あたしが変な意地張らなきゃこうはならなかった訳だし、過去を掘り返してあーだこーだ言うのってカッコ悪いなって。戻れないで嘆くより今と先の話してた方が楽しいじゃん」


「そ、そうだけど――


 反論して掘り返すのかと自分に言い聞かせ、苦し紛れの撤回をする。


「違う……あ、いや、そうだね」


「まったく、面倒くさい親友を持っちゃったな」


 そう言いながら萌咲は口を尖らせる。


「ごめん、直そうとは思ってるよ」


「いやいや、面倒くさい所が碧唯の良いところだから、そういうのもひっくるめての碧唯だから……って文句言っときながらダメっていうあたしも面倒くさいな」


「違いない」


 萌咲の無邪気な笑顔に碧唯も釣られて笑ってしまう。


「他になんかこう、ある? 」


 面倒くさがられる事を承知で、碧唯は萌咲に立て続けに問い掛けた。


「うーん、じゃあ、一つだけ」


 煌びやかで夕日のように赤い瞳、真面目な話をする時の萌咲の表情だ。


「碧唯はさ、不器用なんじゃないかな。あたしよりずっとずっと頭良いし色んな事知ってるよね。

 たまにそれで勉強教えてもらったり、ノートも写させてもらってるし有難いなって思う。けど、碧唯はその勉強に使ってる頭を日常でも使ってるんじゃないのかなって、たまにそう思う時がある。碧唯はいつも正解を求めようとしてるのかなって」


「……そうかもしれない」


 萌咲の言うとおり、碧唯はどんな事にも常に正解を求めてきた。


「問題文なんて用意されてないのに、どこにも書かれてないのに問題にして答えを探す。答えは幾つもあってその中から『私らしくないもの』を省いて相手が嫌がったり困るような答えを省いて、それでいて私も傷つかないような答えを探し言葉を選ぶ……結局に手元に残る答えなんて何もないのにね」


 自身を懲らしめるように碧唯は羽織っているパーカーの裾を強く握りしめる。


「だから、答えの出ない問題に対して悩んだり、苦しんだりして、助けを呼ぼうにも、助けて貰う行為でさえ問題にしちゃう。

 誰かの迷惑になる、ただの構ってちゃんに思われる、どうせ誰も助けてくれない、まともな答えが返ってくるだなんて思わない。

 でも、もしかしたら相談した相手が善意でまた私の知ってる人、知らない誰かに相談するかも知れない。

 人の善意を信じて期待して勝手にそれを式の一部に組み込んで考える自分がおこがましくて、独り善がりな自分が気持ち悪い」


 そうやって碧唯はきまっていつも同じ答えを出してきた。


「人なんて信じなければいい、期待なんてしなければいい、そんな思いをするなら私が一人で抱えれば誰の迷惑にもならない、誰にも干渉されないし、干渉しなくて済む。それが一番楽な答えなんだよ、そこん所を萌咲は見透かして……ううん、私は萌咲の事をみくびってたんだ、見下してたんだ、だから私はあんなに酷い事が出来た……」


 自分に苛立ち、失望し泣き崩れる碧唯を見て萌咲はそっと彼女の頭を撫でる。


「碧唯は優しいね」


「っ! なんで、話聞いてた? 私は優しくなんか……卑怯者なんだよ? 」


「なんでも何もないよ、おこがましくなんてないし卑怯なんかじゃない! 相手が困るだとか、嫌がるだなんて優しい人じゃなきゃそう簡単に思わない事だよ。あたしなんて意識しなきゃそんな考え浮かばない。碧唯は優しい。その優しさがただ空回ってるだけなんだよ。そうだなぁ……少しだけ悪い人になってみたらどう? 」


「悪い人? 」


「そ、たまには相手の事なんて考えないで自分を優先してわがまま言ってみなよ、あたしだけじゃなくてあたし以外の他人にもさ。間違ったって良いんだよ、もしかしたらその間違えが相手からしたら正解かも知れないでしょ? 」


 萌咲はそうして否定する碧唯を否定してみせた。


「要は当たって砕けろと? 」


 半ば納得のいかない表情で碧唯は萌咲に問う。


「ざっくり言えばそんな感じ、完璧を目指すよりまず終わらせろって言うでしょ? 」


「それはちょっと使いどころが違うと思うけど、まぁ、絵とかもそうか」


 碧唯はストローに口を付けて中に入ったミルクティーを飲み干し、潤んだ唇をゆっくりと開く。


「分かった、出来るだけわがまま言ってみる。悪い人になってみる」


「おぉ、なれなれ、悪人になっちまえ!!……悪人になれって字面だけ聞くと危険人物みたいだね」


「言い出しっぺが言う? 」


 萌咲の言葉に思わず碧唯の頬が緩む。


「そもそも優しい人の対義語って何て言うのよ」


「さっきの萌咲の言った言葉を汲み取るなら、『傲慢になれ』『強欲になれ』『利用しろ』『人を使え』とかかな」


「全部印象悪いね」


「そりゃ萌咲が私の否定を否定してくれたからこうなったんでしょ。そこから説得に持っていくにはどうしたって印象の悪い言葉が入る。強いて言うなら『もっと頼って』が一番耳障りが良くて無難かも…あ、でももっと頼ってだと普段から多少は頼ってると捉えられる可能性があるから―


 独り思考に沈む碧唯を、萌咲はジトっとした湿っぽい眼差しで見つめる。


「萌咲さん、目が怖いよ」


「そういうとこだよ」




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 ごめんなさい、2章は内容の再構成により現在一部非公開中です!

 順次更新していく予定なので今しばらくお待ちください!

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