10 - パリ編 イスファハールへ
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ついに一線を越えたマリーとサイード。
そのままパリを発ってイスファハール王国へ向かったふたりだが、マリーは彼の勢いにどんどん引きずられて……!?
作:ケイ・ブルー(Kay Blue)
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なんとなく感じた薄明るさに、マリーはゆっくりと目を開けた。
最初に目に入ったのは真っ白なシーツの海――ものすごく肌ざわりのいい……
これはシルク?
ななめ上に視線を移すと、やはり真っ白な広い天井が見えた。
いつもとは違う感覚と景色に、昨夜の記憶がいっきによみがえった。
思わず体を起こすと、上掛けがするりと肌を滑っていき、一糸まとわぬ自分の姿があらわれて息をのむ。
あわてて上掛けを胸まで引っ張りあげながら部屋を見まわすと、サイードの寝室の様子がようやく意識に入ってきた。
白を基調にした落ち着く部屋。
黒檀の巨大な衣装だんす。
客間でも目にした金糸を織り込んだグレーのカーテン。
そしてベッドは――大人が四、五人並んでもゆったりと眠れそうな巨大サイズだ。
自分が着ていたはずのものはどこにも見当たらず、どうすればいいのかわからない。
そのとき、カチャリとドアの開く音がして、マリーは思わず振り向いた。
ハキムがカートを押して入ってくる。
とっさに上掛けをかぶり、ベッドにもぐり込むのが精いっぱいだった。
「おはようございます、ご気分はいかがですか?」
いつもと変わらぬおだやかな声でハキムが話しかける。
マリーは気が動転して答えることもできず、上掛けの下でじっと息を凝らしているしかない。
「コーヒーをお持ちしましたので、どうぞお召し上がりください」
カチャカチャという陶器の音がつづき、液体の注がれる音がして、ハキムが出ていく気配がした。
そろりと上掛けから顔を出して覗くと、サイドテーブルでコーヒーが湯気をたてていた。
サイードはどこ?
ハキムはどうしてあんなに平然と落ち着いているの?
なにがあったか一目瞭然の、こんな状況を前にして?
そこまで考えて、また昨夜のことがよみがえってマリーは真っ赤になった。
わたしたったら、サイードと……。
思わず両手で顔を覆う。
ひとりでどぎまぎしていると、またドアが開いてハキムが入ってきた。
「お召し物をお持ちいたしました」
シーツを胸元で押さえたまま、なにも言えずにただハキムの動きを目で追う。
彼はベッドの足元にあるドレッサーに長方形の薄い箱を置き、一時的に服を掛けるためのハンガーにワンピースを吊るしていった。
見覚えのない、淡いゴールドのワンピース。
マリーはシーツを体に巻きつけた格好で、ベッドを降りてそこへ行った。
光沢のあるワンピースはサテンで、とんでもなく手ざわりがいい。
ノースリーブでひざ丈のシンプルなもの。
胸元や背中の空き具合も品が良い。
一見シンプルだけれど、とびきり上等な生地と仕立てなのだろうということは想像がついた。
ドレッサーに置かれた箱を開けてみると、白地に繊細な金のレースがふんだんにあしらわれたブラジャーとショーツが並んでいた。
これも最高級のシルクに見える。
頬がかっと熱くなった。
けれど、これしか着るものはない。
しかたなく、シーツをそっとはずして足元に落とし、まずは下着をつけてみた。
サイズはぴったりで、肌に吸いつくようなつけ心地だった。
次にワンピースをおそるおそる手に取って袖を通してみると、肌をさらさらと滑るような心地よさ。
こちらも体にぴたりとフィットした。
そばにあった姿見に映してみると、体のラインがとてもきれいに見える。
そのとき、きびきびとした足音がしてサイードが部屋に入ってきた。
マリーの姿を見るなり、眉をあげて口元をゆるめた。
「思ったとおりだ、よく似合う」
マリーは混乱していた。
「あの、サイード、昨夜は――いえ、このワンピース――いえ、わたしの服は――」
なにから言えばいいのか、わからない。
「きみの服はクリーニングに出したから着替えを用意したまでだ。気に入らなかったのか?」
「いえ、そんな! でもこんな高価な服、わたしにはとても代金が払えないわ。家から着替えを取ってくればなんでもないことだったのに……」
「なにを言っている。きみはこれからぼくとイスファハールへ行くんだ。あんな危険な目に遭った場所に返すわけがないだろう」
「でも、わたしを襲った人はもう捕まったわ。それに、旅行の荷物なんてなにも持ってきていないし」
「荷物などいらない。なんでも向こうでそろう」
「ばかなことを言わないで。そんなお金――」
「どうして金の心配をする? ほしいものがあればぼくに言えばいい」
マリーはあっけにとられてぽかんと口を開けた。
「どうしてあなたがお金を出すの? そんなのおかしいわ。それに、コックコートはいつも使っているものでないとだめなの! それだけは譲れないわ」
ひどく真剣な顔のマリーを見て、サイードも折れるしかなかった。
「わかった。だがコックコートだけだぞ。ぼくが送っていくから、それを取ったらすぐに出発だ」
その言葉どおり、サイードの車でアパルトマンに戻ったマリーは、コックコートを数セットとわずかな身の回りの品を取っただけで、ろくに荷造りもできなかった。
サイードの住まいにとんぼ返りすると、すぐに運転手付きのリムジンで空港に向かった。
そこに待っていたのは、とんでもなく豪華なプライベートジェットだった。
ふつう飛行機に乗るときのような厳重な検査を受けたり、待たされたりすることもない。
そして一歩足を踏み入れた機内は、これが飛行機なのかと思うような快適な空間――。
豪華な客間にしか見えない空間だった。
「おいで」
安定した水平飛行に入ったころ、サイードが巨大なソファに腰を沈めてマリーを呼んだ。
マリーが少し距離を置いて座ろうとすると、手首をつかまれてぐいと引かれ、彼のひざの上にすとんと降ろされる。
やわらかなサテンのワンピースを通して、お尻の下に彼の引き締まった太ももが感じられた。
横抱きにされてサンダルを脱がされ、サイードがその靴を無造作にじゅうたんの上に落とす。
そのゴールドのサンダルもまた、ワンピースとセットでサイードが用意していたものだった。
彼は片腕でマリーの上半身を支え、もう片方の手でひざ下をなでながら、ゆっくりと口づけてきた。
「サ、サイー……」
マリーの声は合わさった唇に飲み込まれ、たちまち彼の舌と手の愛撫で頭がぼうっと熱くなった。
「しばらくはふたりきりだ、愛しい人」
彼の手がじょじょにマリーの太ももからおなかへ近づいていき、さらに胸まで上がっていって、布地の上から胸の先端を親指でやさしくなでさすった。
そのたびにマリーは鼻から抜けるような声をもらし、ふたりの息がともにせわしなくなっていく。
マリーの腰の下でサイードが固くなっているのが、はっきりと伝わってきた。
彼はときおり口づけをほどいて顔を上げ、マリーの顔を見つめた。
彼女の潤んでぼんやりとした瞳。
紅潮した頬。
キスで濡れた唇。
首筋にはうっすらと汗が浮かび、見れば見るほど美しい。
もっと感じさせたくなる。
迷いのないサイードの強い瞳と手の動きに、マリーは引き込まれていくしかなかった。
反応を確かめるように見つめられると恥ずかしいけれど、隠したり取り繕ったりできないほど反応してしまうのだからしかたがない。
また唇を重ねているうち、いつの間にかワンピースの背中のファスナーがゆるみ、肩の部分が引きおろされ、胸をむきだしにされていた。
サイードの唇がマリーの喉から胸におりていき、すでに固くなっていた胸の先端に覆いかぶさる。
マリーは鋭く息をのんでわなないた。
湿った舌がつぼみを転がし、彼女を追い立てる。
サイードは巨大なソファにマリーを寝かせ、深く口づけながらスカートをたくしあげてシルクのショーツを剥ぎとった。
もう彼女は熱くぬかるんでいる。
長い指先が潤いを確かめたかと思うと、性急に彼の固いものが押し当てられ、奥へと入っていった。
サイードは極まったような声でうめき、大きく腰を突きあげはじめた。
飛行機のなか、ソファの上で、ふたりとも服を体に絡みつかせたままの行為だというのに、あっという間に昇りつめた。
ふたりの荒い息づかいが、一定のエンジン音と重なって空間を満たす。
しばらく抱きあっているうち、少しずつ落ち着いていった。
ようやく体を離して服を直したとき、使用人がドリンクをカートに載せて入ってきた。
マリーは羞恥に頬を染め、顔をあげることができなかった。
今朝も、まだ彼女があられもない格好でいるところへハキムがコーヒーを運んできた。
そしていまも……。
こんな、行為の直後のタイミングで入ってくるなんて。
サイードに仕える人たちは主人の行動をいつでも把握しているの?
しかもなんの動揺もなく、平然として……。
もしや、彼らはこういったことに慣れているのかしら?
これまでにも、何度もこんなことが……?
少ししわの寄ってしまったワンピースを、マリーは落ち着きなく何度もなでつけた。
こんなふうに、簡単にサイードに流されてはいけない。
わたしがこうしてイスファハール王国に行こうとしているのは、彼の専属料理人としてなんだもの。
そう、これは仕事なの。
それなのにサイードとこんなことをしているなんて、どう考えてもおかしい。
よく考えもしないうちに彼という大きな渦に巻きこまれ、わたしは自分を見失ってしまっている。
彼がどういうつもりでわたしとこんなふうになっているのか、まったくわからないのに。
理性が戻ってくると、自分の行動がどれほどおかしなことなのか見えてきた。
こんな状態のまま、この飛行機に乗ってしまってよかったのだろうか。
専属料理人なんか引き受けて、ほんとうによかったの?
不安と迷いが生まれてくる。
でも、それでも――。
マリーはグラスを片手に窓の外を眺めているサイードを見やった。
彼とともに彼の国へ行くことに、胸がときめいていることは否定できなかった。
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