09 - パリ編 出発前夜

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突然サイードから提示された「専属料理人」のオファー。

有無を言わさず押し切られ、旅行の準備に入ったマリーに一大事件が!?

ふたりの関係は急進展!

作:ケイ・ブルー(Kay Blue)

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 専属料理人。

 そんなことをいきなり言われて、マリーはすぐには反応できなかった。

 だがアンリとジャンは、へえ、それはよかったと即座に納得し、店の修理の状況はぼくらが確認して知らせるからと言い置いて、帰ってしまった。

 まだ引き受けるともなんとも言っていないのに……。

 マリーがサイードに向き直って話をしようと口を開いた瞬間、腕を組んだサイードがたたみかけるようにしゃべった。

「三日後、ぼくはイスファハールに一時帰国することになっている。きみには専属料理人として、国まで同行してもらおう」

「イスファハールに?」

 ますます信じられなかった。

「そんな、いきなり……こんな状態の店を放っていけないわ」

 頭も口もうまくまわらなかったが、マリーはなんとかそれだけ言った。

「店の状態なら、きみの仲間が見にきて知らせてくれると言っていたじゃないか。ほかに仕事もないんだろう? なにをためらう必要がある?」

 さも意外そうにサイードは言った。

「それは……」

 なにも言葉が出てこず、マリーは口をつぐむしかない。

「決まりだな」

 サイードは腕を解いた。

「今日はこれから会合があるから、ぼくはいったん自宅に戻る。三日後の夜には出発するから、準備をしておいてくれ」

 そう言うと、サイードは車で帰っていった。

 マリーはとりあえず、被害の少なかった正面ドアに「二週間ほどやすみます」の貼り紙をした。

 あまりに突然ではあるけれど、これから外国に行く準備をしなければならなくなった。

 しかも、出発まで日にちもない。

 すでにマリーは頭のなかで、スーツケースや持っていくものについてあれこれ考え始めていた。

 結局、いったんアパルトマンに戻って旅行の準備をしようとしたものの、いろいろと足りないものがあるし、厨房の修理にあわせて新しくする備品を決める必要も出てきた。

 アンリやジャンと電話で相談してから業者と話をしに行き、買い物や食事もしていたら、部屋に戻ってくるのが夜十時をまわってしまった。

 前夜の寝不足もあってくたくたで、アパルトマンの外鍵を取り出す手つきにも疲労がにじんでいた。

 ふう、と思わず息をつく。

 鍵穴にキーを挿し込もうとしたとき、背後でバタバタという足音が聞こえた。

 なんだろうと思うひまもなく、いきなり後ろから抱きつかれた。

 なに? なんなの?

 とにかく本能で腕を振りほどこうともがく。

 鍵を取り落とし、チャリンと音がする。

 後ろから巻きついた腕は力が強く、押さえつけられた両腕がまったく自由にならない。

 男の人だ、ととっさに思った。

 いやっ! どうして?

 無我夢中で体をよじっても、どうにもならない。

 叫ぼうと口を開けたが、声が出る前に手で口をふさがれた。

 くぐもった声と荒い息だけがかすかにもれる。

 じりじりと、路地のほうに引きずっていかれる気配がした。

 いやっ! いやっ! やめて! だれか助けて!

 そのとき。

 キキーッとタイヤのこすれる音がして、ガチャッと車のドアが開くような音がつづいた。

 さらに、あわただしい靴音。

 一瞬のち、ふっと体が軽くなった。

 気がつくと、巻きついていた腕がはずれている。

 あわてて振り返ってみれば、サイードが男の両肩をつかんでいるところが目に入った。

「サイード!」

 マリーは名前を呼ぶだけで精いっぱいだった。

 彼はそのまま暴漢の顔を殴りつけ、相手の男は歩道に転がった。

 サイードが相手の襟首をつかんで顔を上げさせる。

 街灯の明かりを受けて、口の端に血のにじんだ顔が浮かびあがった。

「あなたは!」

 マリーの口から驚きの声があがった。

 唇が切れて血を流した男は、いつも〈レトワール〉に来てくれる常連客の若い青年だった。

 言葉を交わしたことはないけれど、ときどき声をかけると照れくさそうにうなずいていた、あの青年――。

 しばらく前に、店で落としたナイフを拾ってあげたことも覚えている。

 すぐにサイードは通報し、駆けつけた警官が青年を連行していった。

 そしてパトカーが去ったとたん、サイードはいきなりマリーの腕をつかんで自分の車に押し込むように乗せた。

「ここにきみを置いてはおけない」

 運転席につくなり言い放ち、彼は車を発進させた。


「え? え?」

 混乱して、窓の外とサイードの横顔を交互に見るしかないマリー。

 彼はあまりに真剣な表情をしていて、声をかけることもできない。

 あっという間に彼のアパルトマンに着き、最上階に連れていかれた。

 ハキムが開けた玄関ドアを風のように通り過ぎ、抱きかかえられるようにして連れていかれた先は、彼のベッドルームだった。

 ドアが閉まったかどうかもわからないうちに、マリーは抱きすくめられていた。

「よかった……」

 サイードが大きく息をつき、マリーの頭に頬を寄せる。

「会合が終わって、昨日の今日できみはどうしているかと行ってみたら――きみが襲われているのを見たときは目の前が真っ赤になった。間に合ってほんとうによかった……」

 つかのま腕をゆるめ、上からマリーの顔を覗き込む。

 心配と安堵の入り混じった青い瞳。

 マリーにとっては、青年に襲われた恐怖など、サイードが助けてくれたことでとっくに上書きされていた。

 マリーが顔を上げて目が合った瞬間、彼の真剣なまなざしがいっきに熱をもって燃えあがった。

 激しくマリーの唇を奪う。

 彼女の顔を両手で抱え、何度も角度を変えて、そのたびごとに強く重ね合わせる。

 何度目かで舌が入り込み、マリーは苦しいほど舌を絡め取られた。

 彼の情熱に引きずり込まれていくしかない。

 深いキスで舌を吸われるうち、だんだん頭がもうろうとしてきた。

 ひざから力が抜け、もはやサイードに寄りかかるしかなくなった。

 車のなかでキスされたときと同じように――いや、あのときよりもっと激しく、全身で血がたぎりはじめる。

「マリー、きみをぼくのものにしたい。きみのことが頭から離れない」

 キスの合間に熱い吐息混じりに告げられ、マリーは耳からも揺さぶられた。

 信じられないほど体が熱い。

 おなかの奥にも、脚のあいだにも、締めつけられるようなうずきが生まれている。

 彼にこれほど求められて、拒める女性がいるはずがない。

 サイードの唇が、マリーのあごから喉を伝って首筋をおりていく。

 大きな手のひらが彼女の背中と腰を支え、肌をまさぐられる。

 指先の熱が服越しに伝わって、ますますマリーの体温は跳ねあがった。

 いつしか背中のファスナーに彼の指がかかり、すんなりと引きおろされた。

 ゆるんだワンピースの胸元をぐっと開かれ、レースのブラジャーを肩ひもごと押しさげられる。

 胸の先端があらわになると、そこを熱い唇が包み込んだ。

「ああっ……!」

 マリーのあごが跳ねあがり、抑えきれない声が小さくもれた。

 思わず息を詰めたが、濡れたやわらかな舌先でそこをなぶられて、すぐにおなかの奥にうねるような快感が生まれた。

 息遣いが浅く、せわしなく変わっていく。

 胸の先端はたちまち真珠の粒のように固くなり、それを自覚したマリーは首から上をまっ赤に染めた。

 数メートル後ろには巨大なベッドがあった。

 それに気づくひまもないうちに、いつの間にかふたりはベッドのすぐそばまで移動していた。

 口づけもまさぐる手も止まらないまま、サイードはマリーに覆いかぶさるようにしてゆっくりとベッドに倒れ込んだ。

 彼はシャツを脱いで脇に放り投げ、肩で息をしながらマリーを見おろした。

 彼女の上半身に絡みついたワンピースをウエストまで引きおろし、完全に胸をはだけさせる。

 固くなった先端に両手の親指をそれぞれ押し当て、ゆっくりと円を描いた。

「あ、あっ……!」

 あまりの快感にマリーはまた声が抑えられず、頭を左右に振り乱す。

 サイードはゆっくりと身をかがめ、またやさしく唇を重ねた。

 胸をなぶる指はそのままに、さらに濃厚な口づけを仕掛けられて、マリーはもうどうしていいかわからなくなった。

 体が震えて、声も抑えられない。

 あとからあとから迫りくる快感に翻弄されるしかない。

 胸を愛撫していた手の片方がスカートにもぐり込み、太ももの外側をするりとなであげられた。

 腰からぞくぞくと震えにも似た感覚が広がって、マリーの体が芯から熱くなる。

 サイードの指が足の付け根に移った。

 きわどいところを指先でやわらかくなでられて、マリーの脚は自然と広がった。

 すかさず、脚のあいだに彼の指が滑り込む。

 すでに潤った、敏感な場所……。

 彼の指先がそこをとらえる。

 マリーはびくんと背をしならせ、サイードの肩をつかむ手に思わず力がこもった。

 その反応に応えるかのように、合わせた唇の奥で舌を強く吸いあげられる。

 まためまいのように頭がくらくらした。

 脚のあいだでうずく小さなつぼみを弾かれ、なでられて、感じている証がもっとあふれだす。

 どうしようもなくマリーの腰が揺らめいたとき、彼の指がなかへ滑り込んだ。

「んっ……!」

 合わせた唇のあいだから思わず声がこぼれた。

 サイードの、あの長く美しい指が、自分のなかに……。

 そう思うと、全身に熱がめぐっておなかの奥が締めつけられる。

 そのまま彼の指で広げられ、ほぐされて、彼がほしいということしか考えられなくなった。

 そのとき指が引き抜かれ、代わりに熱く固いものが彼女を大きく広げながら入ってきた。

 それはゆっくりと、しかし迷いなく奥へと突き進み、やがてマリーを極限まで満たした。

 彼女の上でサイードが大きく息をつくのが聞こえた。

 彼のあごから、汗がぽたりと一滴、マリーの胸に落ちる。

 その刺激にさえ、マリーの肌は感じて震えた。

 つかのま動きを止めた彼に、マリーが閉じていた目をうっすら開けると、深い青の瞳が上から見おろしていた。

「マリー……きみはすばらしい」

 間近に見る彼の瞳の威力はこわいほどだった。

 青い瞳は欲望にうるみ、乱れた黒髪がセクシーで、形のよい唇がやわらかな弧を描いている。

「サイード……」

 無意識に名前がこぼれ出た瞬間、サイードの瞳に激情が燃えあがった。

 荒々しく彼女の唇を奪う。

 と同時に、彼の腰が動きだした。

 マリーはいっきに高みに押しあげられ、甘い声が次から次へとこぼれる。

 大きな手で胸をもみしだかれながら繊細な指先に先端を刺激されると、おなかの奥から熱がわきあがってたまらない。

 腰が揺れ、彼をもっと奥まで迎え入れようとする。

 寄せる快感の波がどんどん大きくなり、もう耐えられないと思った瞬間、マリーは昇りつめていた。

 悲鳴にも似た声が彼の口に飲み込まれ、彼女の内側がわななく。

 それに誘われたかのようにサイードは大きく腰を突き込み、彼女を強く抱きしめて腰を震わせ、欲望の証をほとばしらせた。

 サイードは何度も深く唇を合わせながら、ゆっくりと腰を動かした。

 そのたびごとに、マリーのなかに快楽の余韻がさざ波のように押し寄せる。

 たくましい胸と腕に包まれて、全身が弾けてしびれているような、ふわふわと浮いているような……。

 これほど満ち足りた幸せな感覚を味わったのは初めてだった。

 サイードの腕にすっぽりと包まれたまま、マリーの意識はいつしか薄れて眠りへと誘われていった。

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