霊能者 ミサ
――いつものようにわたしはビルの乱立する繁華街の地下の店で待っている。
『霊能者ミサの館』このネオン看板がわたしの店の名。暗い色調のペルシャ絨毯の敷かれた室内。そして妖艶に着飾ったわたし。
そう、わたしの職業は霊能者。予言者と言ってもいいかもしれない。わたしには霊力があるのよ。今までその能力を使って客の運命の予測をしたり、様々な人たちに助言をしてきた。
ところで誰を待っているのかって? 愚問ね、もちろん客よ。わたしほどになると永年色々な人間を観察してきたから、およそ相手がどんな事で悩んでいるのか予測できてしまうの。それにしても現代の人間たちはどうしてこんなに多くのストレスに晒されているのかしら。
会社での人間関係の悩み、仕事上の悩み、はたまた親子間の悩み、健康上の悩み、ダントツなのは恋愛の悩み、客は女子が圧倒的だもの。人の悩みが尽きない限り、わたしの客もまた絶えないのよ。
そんな事を考えているうちに、ドアノックがして、目の前に妙に気落ちしたような表情の青年が座ったわ。もちろん予約の客。
「お待ちしていましたわ」
わたしは静かにそう言う。それは落ちついた、いかにも霊能者らしい声音でなければならないわ。占いには雰囲気、それらしさが何より大事なのよ。
「高野真司さんですね。ミサです。――で、今回のご相談は」
寡黙な青年。中々いいマスクだわ。
「……」
「恋の悩みですね。わかりますわ。お顔にそう書いてありますもの」
わたしは静かにしかもしっかりとした口調でそう言う。青年が驚いて反応したわ。
「よくおわかりですね。さすがミサさんだ」
「まあ、くわしくお伺いしたいわ」
「実は……」
青年がちょっと口ごもったみたいだった。
「大丈夫です。わたしは人様の秘密は絶対に他に洩らしたりしませんわ。顧客に著名人も沢山おりますのよ」
「そうですか、ではあなたを信頼して相談をしましょう。実は僕は今すごく迷っているのです。僕に結婚をせがむ女性が二人いるのです」
本当に真面目そうな好青年。声もマスクもわたしの好みだわ。あら、余計なことね。
「まあ、それは随分おもてになられて結構なことですわ」
そう言いながら、わたしは軽く微笑んで見せるの。年増の色気を漂わせてね。
「いや、笑い事ではないのです。親からもそろそろ身を固めろといわれておりまして。父の事業を継がなければならないのです」
「あら、でも、ご自分で決められないのですか?」
「はあ、それが二人とも凄く美人な上、教養も品格もあり、やさしさもあり、苦しいほどに悩んでしまうのです」
「なるほど。ちょっと贅沢なお悩みね」
「ええ、ですが実は僕の父が実業家でして、少しばかりの資産があるもので、大抵の女は財産目当てで僕に近づいて来るのです。僕は金目当てでない女と一緒になりたいのです。心の優しい誠実な女性と……」
「なるほどねえ」
「しかし、僕には二人の本心まで見通せないのです。なのであなたに占っていただこうかと、霊視していただこうかと思いまして」
「わかりました。お任せください。お二人のお名前と生年月日をお伺いできますか? 今夜中に霊視しておきますわ」
「はい。一人はカナエ、もう一人はユリです。二人の生年月日は――。よろしくお願いします」
わたしは真剣に目の前の水晶をみつめて霊視したわ。そして翌日には青年にはユリのほうを薦めておいたから、たぶんユリと青年は結婚するはずよ。
それからしばらくしたら、ユリがわたしの店に現れて心配そうにこう尋ねてきたの。
「どうでしたか、彼はここに来ましたか?」
わたしは笑顔で自信たっぷりにこう答えるの。
「ええ、彼はある人の紹介で、きのうここに来ましたわ。大丈夫よ。あなたなら間違いないってあなたを強く薦めておいたから、彼はきっとあなたを選びます」
「良かった! そうなったら、お礼もはずませてもらいますわ」
彼女は感謝の表情をして前金で五十万を置いていった。涙目だったわよ。残りは結婚が正式に決まったときにはいただくことになっているの。
えっ? もし青年の気が変わってカナエのほうと結婚したらどうするのかって?それって高野真司がわたしの霊視を信じなかったらって意味?
うふふふふふっ。大丈夫。実はわたしはカナエからも同じように頼まれているから、ユリにお金を返して、カナエからお礼をいただくだけだわ……。
良心の呵責? なに甘いこと言ってんの。そんなものは小説家が物語を面白くする為にこさえた、絵空事に過ぎないのよ。
――そしてこれも人助けなのよ。わかる?
わかる。良かったわ。
了
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