第三十三話 〜遠吠え〜
テレビ画面の中には、セントラルコロシアムの正門が映し出されていた。
タスマニアデビルの獣面をつけたニュースキャスターが、砕けた口調で言う。
『よし、おまえら、今のうちにセントラルコロシアムの構造を説明しておくぜ』
続いて、大きなパネルが登場する。
コロシアムを上から見た図面だ。
『見ての通り、コロシアムはカタツムリを潰したような造りになってやがる。渦の真ん中らへん、長い部分で200mもあるこの場所がまさに闘技場だ。獣闘をやらかすフィールドの大きさは、長い部分が60m、短い部分が40mもあるんだぜ? これは今までサヴァナで作られたどコロシアムよりも広いんだ……ギャアオ』
と言ってキャスターは、カメラに向かって悪魔的な笑みを飛ばす。
『客席は三階建てだ。収容人数は全部合わせて8万人。ニ階と三階は外から来た奴ら専用で、一階が俺たちサヴァナ民専用だ。この二つは完全に隔離されてて行き来できねえ。そんでもって、その客席の外側の部分なんだが……』
闘技場をカタツムリの殻とするならば、今キャスターが指し示しているのは、カタツムリの腹足にあたる部分だった。
闘技場を囲うように広がる全長300mほどの半螺旋の空間。
その先端部にはサヴァナゲートがすっぽりと収められてる。
つまり、建物全体が要塞のように白い壁と天井で覆われて、資材の搬出口を除いては一切の出入りが出来ないようになっているのだ。
『ここは外から来た連中が、メシ食ったり寝泊りしたりする場所だぜ。コロシアム開業と一緒に、ここに入った店やらホテルやらも営業を始める。そんでもって、サヴァナと外を行き来するシステムがガラッと変わるんだ。いいかお前らよーく聞けよ。これを知らない奴は、バーで大恥かくぜ?』
いちいち挑発的なキャスターの物言いに首を傾げつつ、ロンはマスターに問う。
「何が始まるってんだ?」
「たぶん、前から言ってたイベントの告知じゃないかな」
そう言えばエスカーも似たようなことを言っていた。
再び思い返される獅子長の不敵な笑い。
ロンは嫌な予感がしてならなかった。
『なんと開業後は、サヴァナに入ってくる奴全員が、コロシアムの土を踏まなきゃいけなくなるんだあ!』
タスマニアデビルは続ける。
『出て行く奴も同じだ。闘技場の一階席と、ニ階より上の席とは完全に隔離されてて行き来できねえ。そんでもって、ゲートの方から来る奴らはニ階席と三階席しか使えないようになっている。つまり、ゲートをくぐってきた奴らが、コロシアムの外に出る手段が一つもないってわけだ! なんてこったギャアーオ!」
キャスターのテンションが無駄に高いが、要するに、そう簡単にはサヴァナに入れないということだ。
「じゃあ一体、どうやって外の奴らはサヴァナに入ってくりゃいい? まさかニ階席からフィールドに飛び降りるのか? そう思った奴、わりと正解だぜ!』
と言ってキャスターは、指示棒でパネルをピシリと叩いた。
『この獣闘士入場口の上の部分から、長い階段が下ろせるようになっている。外から来た奴らは、全員ここから降りて闘技場の土を踏むんだ。そして……サヴァナで死ぬ覚悟を決めるんだぜぇ! グヘヘヘ!』
ロンはその説明を聞いて、若干の感心を抱いた。
つまりは、あのいけ好かない金持ち共にも、一度は血生臭い土を踏ませるということだ。
「知ってたにゃ?」
ミーヤが聞いてくる。
「いいや、今知った」
「にゃふふ、ミーヤは知ってたにゃ!」
と言って得意げな顔をしてくるが、ロンはどうでも良かった。
それよりも、獅子長の重大発表とやらについて、胸騒ぎが収まらなかった。
もったいぶってないで早く出て来いと、舌の先まで出かかっていた。
『そもそも今までは、無断でサヴァナに入ってくる奴が多過ぎた。しかも大抵は死ぬ覚悟はおろか、戦う気概もない連中だ。でもこれからは大変だぜ? 無断入国者は例外なく死刑だからなぁ! そいつらの処刑は、ここセントラルコロシアムの新しい見世物にナルゥ……。生き残ることが出来たら恩赦もあるんだが……まあ、あてにしない方が懸命だぁ……」
そこで映像が切り替わった。
『っておっととお!? お前ら記者会見が始まるってよ!』
タスマニアデビルに変わって、記者会見場の光景が映し出される。
恐らくはキングタワーの内部だろう。
外の世界からも、大勢の記者が詰めかけてきているようだ。
続いて、開け放たれる扉。
夥しいフラッシュが焚かれ、ジョーが数人の部下を従えて入ってくる。
足早に進んで、一礼することもなく椅子に腰を下ろす。
そしてゆっくりと室内を見渡し、フラッシュが落ち着くのを待つ。
ダークグレーのスーツに包まれた肉体からは、周囲の景色を歪めるほどの闘気が放たれていた。
大量の筋肉を積載したその体に合わせて作られたはずのスーツが、今にも千切れて吹き飛んでしまいそうだ。
やがてジョーは、手の平を記者団に向けた。
何気ないそのジェスチャーは、それだけで驚異的な制圧力を持っていた。
記者会見場が、水を打ったように静まり返る。
『遠い所をお集まり頂きありがとうございます。本日申し上げることは2点』
単刀直入。
獅子はまず指を一本立てる。
『1点目、一週間後の午前9時に、セントラルコロシアムを全面開業いたします。そしてその時点をもって、サヴァナシティの出入国システムを新しいものに切り替えます』
再び盛大に焚かれるフラッシュ。
どことなく得意げな表情の獅子は、二本目の指を立てる。
『続いて2点目。開業にあたって、オープニングセレモニーを開催いたします。10時入場、12時開演。サヴァナ演劇楽団による上演、下級獣闘士によるバトルロワイヤルを行った後――』
獅子は記者団を見る目に力を込め、心して聞くよう伝える。
『――無断入国者の公開処刑を行う』
――オオオオ!
会見場からどよめきが上がった。
残虐行為に反対するプラカードやボディペイントを施した者も居るが、誰もが獅子の眼力に圧倒されてディスプレイ出来ずにいる。
『我々は今後より一層、無断入国者の取り締まりを強化していく所存です。そして公開処刑執行後、獣面をかけない獣闘であるマスクレスを行い、午後三時より、特別イベントとして――』
そこで獅子は立ち上がる。
全てのサヴァナ民に対する意思表示。
ストリートファイトTVのカメラめがけて、射抜くような視線を送る。
『わたし自らが……フィールドに立つ!』
――ウオオオオオオオ!?
――パシャパシャパシャパシャ!
その瞬間、会見場のボルテージが最高潮に達した。
眼も開けていられない程のフラッシュ。
そして、それに負けないほど燦々と放たれる獅子の気迫。
獅子長の座を賭けた戦い。
人呼んで、『ライオンマッチ』の開催宣言である。
『サヴァナに生きる獣達よ、わたしは逃げも隠れもしない! さらに今回、セントラルコロシアムのオープニングを飾るにあたり、特別な“景品”も用意した!』
強い声で言い放つと同時に、獅子は後方の『壁』めがけて渾身の拳を打ち込んだ。
――ドオオオオオンッ!!
巨大な鉄球を打ち込んだかのような衝撃に、会見場全体がビリビリと振動する。
一撃を受けた場所からみるみる亀裂が伸びていき、木っ端微塵に崩れ落ちる。
もはや誰一人として声を出せない。
それはこの世の誰もが見たことのない、あまりにも凄絶な壁ドンであった。
記者団が呆然と見ているその先に、隣の部屋の内部が見えてきた。
金の装飾で彩られた椅子が一脚。
そして、その椅子に座っているのは、純白のドレスを身にまとった一人の美女――。
「……んなっ!」
中継を見ていたロンは、驚きのあまり口が塞がらなくなった。
マスターも、ミーヤも、ヤマネコ婦人も。
同様に驚きの表情を浮かべている。
記者会見場の隣室。
叩き壊された壁の向こうには、その白い頬に、金色の髭をフサフサと生やした金の山羊――つまりは、カプラが座っていたのだ。
『この美しき金の山羊! これを特別な景品として、今回のライオンマッチに提供する! この私の顔面に“最初の有効打を入れた者”に贈呈しよう。我こそはと思う者よ、今こそコロシアムに集え!』
獅子はさらに、親指を己の顔に突きつけながら言い放った。
『そして、このわたしの顔を殴ってみたまえ!』
ジョーはしばしそのままの体勢でじっとして、記者団に撮らせるだけ写真を撮らせていた。
その風貌はゆるぎない自信に満ちていた。
まるでこの世界に、自分の顔を殴れる戦士は一人もいないと確信しているように。
そして獅子の背後に座る山羊は、その顔に一切の感情を浮かべることなく、ただ人形のようにまっすぐ前を見ていた。
「……ざけんな」
ロンは立ち上がり、拳を強く握り締める。
「ふざけんなあ!」
そしてありたっけの力で壁に叩きつけた。
けして壊れることのない館の壁が、銅鑼金のようにグワングワンと振動する。
一発殴りに行こうと思っていたら、向こうから『殴ってみたまえ』と言ってきた。
まるで己の全てを見透かされているようで、ロンは悔しくてたまらなくなった。
さらに、これでは自分は、獅子に一発くらわすことさえ出来なくなったのだと思った。
ここでジョーの誘いにのって殴りに行けば、それは『カプラを取り戻しに行った』ことになってしまう。
それはロンの本意ではまったく無いのだった。
「ぐううう……!」
自分はもうあの女とは関係ない。
金の山羊がどうなろうと知ったことではない。
だが依然として、獅子の顔を殴らないと気が済まない。
むしろその思いは、挑発を受けたことによって尚のこと強くなってしまっている。
胸の奥に走る不快な痛みもまた、殊更に深まってしまった。
殴りに行きたいけど行けない。
そんな、何ともどん詰まりな状況に、ロンは追い込まれてしまったのだ。
カプラを救うために獅子長を殴りに行くことに――なってしまった!
「……うおおおお!」
その後、記者団による質問が始まったが、ロンの耳にはまったく入らなかった。
マスターも何と声をかけてよいかわからないようだ。
ミーヤとヤマネコもまた、今は自分達が口出しするべき時でないことを理解していた。
まさに、ロンの男気が試されていた。
「あの、ライオン野郎ーー!!」
ロンはそのまま館の外に走り出た。
前庭に躍り出て、オオカミ男の姿に獣化。
ありったけの息を吸い込む。
そして。
――ウオオオオオオォォーン!!
月も見えない真昼に、高い声で遠吠えた。
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