第十五話 〜金の山羊〜
「ダブルミックス豚骨味噌! チャーシューどか盛り野菜マシマシ味玉4個のせにゃ!」
「ちったぁー遠慮しろや!」
ロンは店に戻ってきていた。時刻はちょうどお昼時。
あの後ロンは、ポケットに隠していたハイエナマスクを発見され『これで許してやる』と奪い取られた。
流石にやる気をなくしたロンは、すぐにカプラとミーヤを連れて店に帰ってきたのだ。
「何でも好きなのおごってくれるって言ったにゃ!」
「だからってそれはねーだろ! おいおっさん、まて! 準備すんな!」
イノシシのマスターは、さっさと調理を始めてしまう。
豚骨と味噌を一袋ずつ、それに山盛りの具材がのせられる。
しめて1200サヴァナ。
「俺の4日分の食費だぞ……」
「安心するにゃ、余ったらロンにあげるにゃ」
「そういう問題じゃねえ!」
ハイエナマスクも奪われて素寒貧のロンは、ぐったりとカウンター席につっぷした。
「ロンってば、今度は何をやらかしたの?」
鍋を火にかけながらマスターが聞いてくる。
「畑でハイエナ男を二人もぶっ倒したにゃー」
「え、マジ?」
マスターは感心したようにロンを見る。
「すごいね! やれば出来るじゃん!」
「ミーヤも手伝ったにゃ! はじめての共同作業だったにゃ! でもなんだってカプラはあんな奴らに追われてたにゃ?」
カプラはギターを胸に抱いたまま、壁にもたれていた。
疲れているようだ。
「ふえっ? ええと……なんでかしら?」
首を傾げて目をそらす。
明らかにしらばっくれている。
「何か恨みを買うようなことでもしたにゃ? カプラの体からは花の匂いがするにゃ。あんまり際どい商売はしないほうがオススメにゃー」
「う、うん……」
カプラはふうと一つため息をつく。
「ごめんなさい……。私なんだか疲れちゃって。少し休ませてもらうわ」
そしてギターを持ったままカウンターの奥に入り、そのまま二階にあがっていった。
その様子を、ミーヤが口をポカーンとあけて見送る。
「に゛ゃ!?」
そして、全身の毛を逆立てた。
カウンターテーブルをバンッと叩いて立ち上がる。
「どういうことにゃー!?」
「ああミーヤちゃん、言ってなかったね。住み込みで働いてもらうことにしたんだよ」
「にゃあっ!? にゃああああ!?」
ミーヤはその酷い顔のまま、ロンとマスターを交互に見た。
「一つ屋根の下にゃー!?」
「にゃーにゃーうるせえ! 何にもありゃしねえよ!」
「こんな寂れた店が人を雇うとかありえないにゃ! 何かあるにゃああー!」
「お、落ち着いてミーヤちゃん……。昨日たまたまロンがあの人を助けて、それで何となくこれも一つの縁だよねって話になっただけなんだよっ」
「嘘にゃ! マスターの鼻の下がラーメンみたいに伸びてるにゃ! 二人とも、あの女の色香に惑わされてるんだにゃ! どうりでビッチ臭いと思ったにゃ!」
「お前が言うな……」
「ミーヤちゃん、出来たよ超大盛り……座って食べよう?」
「うにゃにゃああー! ミーヤもあのビッチのために命かけちゃったにゃ! 屈辱にゃあああ!」
「うぜぇ!」
「ふぁあああーっく!」
* * *
その後もミーヤは、ロンとマスターにしつこく迫ってきた。
しかし、カプラが金の山羊であることを明かせない二人は、のらりくらりと受け流すのみだった。
「もういいにゃ! 思う存分、金玉の中身を搾られるといいにゃ!」
やがてミーヤは大盛りラーメンを半分近く残して、ぷりぷりと店を出て行ってしまった。
その食べ残しがロンの昼食になった。
色んな味が混ぜ合わさったそのラーメンは、ほぼ冷めていて、なんともピンぼけな味がした。
「ミーヤちゃんのことを考えてなかったね……大丈夫かな」
「どってことないだろ……ふん」
「だと良いんだけど……。ところで、ハイエナの獣面はどうなったの?」
「二つとも姉さんに取られた」
「あちゃー」
「サボりの件は帳消しに出来たけどな。ハイエナ面って今いくらするんだ……」
「さあ、滅多に売りに出るものじゃないしね。100万は超えるんじゃない?」
ネズミのマスクですら、数万サヴァナもする。
肉食系中位クラスの獣面であれば、どんな値がつくかわからない。
ロンは胸元でグッと拳を握った。
「流石に恨むぜ姉さん……!」
「ウチのツケもちゃらになったのにねー」
しばしずるずると、麺をすする音が店内に響いた。
オオカミの獣面は口の部分が出っ張っているので、食事をする時は少々面倒だ。
片手で獣面の口を開いておいて、その中に食べ物を押し込む。
「しかしどうしたもんかな、あの人」
洗い物をしつつ、マスターは天井を見上げる。
「どうにもならねえさ。いつかはバレる。そう遠くないうちにな」
「そうだよねえ……。まさか生きているうちに“山羊”に逢うなんて思ってもみなかったよ。気の毒にね……あのヒゲが生えちゃうと、外の世界にも出られなくなっちゃうんだ」
返す言葉を持たないロンは、ただ黙って麺をすすった。
マスターは棚から『サヴァナシティ虎の巻』を取り出す。
そしてパラパラとページをめくり、その中から『金の山羊の願い事』についての項目を開いて最初の一文を読み上げた。
「汝、不死を願うなかれ」
ロンとマスターは、しばしその言葉の意味を考える。
不老不死――それはこれまで多くの者が望み、そして叶えられなかった願いである。
形あるものは皆いずれ滅する。
その宇宙の理に真っ向反する、ある意味では最も願い事らしい願い事だ。
「金の山羊を抱いた者は、どんな願いでも叶えることができる……か」
サヴァナでは知らぬ者のいない事実を、ロンは改めて口にする。
「……マジだったんだな」
ここサヴァナでは、頬に金色のヒゲを生やした者が定期的に現れる。
それはまったくの無作為に、ある日突然現れるのだ。
メスの山羊であればオスが、オスの山羊であればメスが、それぞれ金の山羊を抱いて、願い事を一つ叶えることが出来る。
「そうだねえ……」
マスターは虎の巻をめくりつつ言う。
「でも、願わない方が良いことだらけだ。大金を望んではいけない……人を操ってはいけない……もてようとしていはいけない……。ないないづくしだよ」
どの願い事も叶うことは叶う。
しかし、良い結果をもたらすことはないのだった。
不老不死を願った者は、永遠に生き続ける石になる。
大金を望んだ者は、サヴァナ中の標的になる。
もてようとした者は、いずれ異性に殺される。
「一体何を願えば良いんだよ」
そうロンが疑問に思うのも当然だった。
「オススメの願い事はやっぱり『館の願い』だね。今住んでいる家を絶対に壊されないようにする。そうやって作られた建物が『館』だ」
ロン達が牛館とか猫館と呼んでいるのがそれである。
「その次がに無難なのが『獣面の願い』かな。何か新しい獣面を下さいってお願いするんだ。何がもらえるかはやってみないとわからないけどね」
「指定は出来ないんだな」
「そうだね。大昔は出来たのかもしれないけど、きっといつの時代かの王様が、そう出来ないように『願って』しまったんだ」
「ふん……ありそうなことだ」
他にも様々な願いが、この世界において既に『叶えられている』。
サヴァナにおいて傷がすぐに癒えるのは、かつて金の山羊によってそれを願った者がいるからだ。
難病が存在しないことや、湖の水が汚れないこと、そして電気が使い放題なことなども、それと同様だと考えられる。
ではもし金の山羊を使って、それらと相反する願い事をしたらどうなるのか?
その場合、願い事は上書きされることなく、願った者の精神に作用してくることがわかっている。
例えば、『絶対に壊せないはずの館の破壊』を願った場合、その者は、永遠にその館が失われた世界の『幻想』を見る。
実際には館はそこにあるのに、願った者にとっては見えないことになっているという、何とも摩訶不思議な状況におかれるのだ。
そのため、願ってはいけないこと一覧の中には、『館の破壊を望んではならない』という一項目がある。
何でも願いが叶うと言う割には、色々と制限が多い事象。
それが、金の山羊の奇跡である。
そしてロン達は、計らずもそれを手中に収めていることになる。
「ねえ、ロンは何か叶えたいことはある?」
その質問にロンは、ただ首を横にふることで答えた。
「いきなり言われても、そう思いつかないよね」
「ああ……」
ロンとイノシシが協力すれば、カプラを強制的に抱くことは容易だろう。
しかし、それほどの業を犯してまで叶えたい願いなど、今の二人にはないのだった。
それでもカプラが金の山羊であることが周知されれば、彼女を欲しがるオスどもがわんさかと押し寄せてくるだろう。
至って無欲な二人であるが、それでも知らない輩にみすみす渡してしまうほど落ちぶれてもいないのだった。
「……困ったねえー」
マスターは虎の巻をパラパラとめくり、最後の方に載っている注意事項を口にする。
「汝、金の山羊の救済を願うなかれ」
そして、ふうと息を吐いてから虎の巻を閉じた。
ロンはむっすりと押し黙ったまま、空になったどんぶりを見つめる。
「願ったら、その人が山羊になっちゃうんだってー」
現実とは、どこまでも冷酷である。
ロンは一つ息を吐くと、くたびれたウェスタンハットを被りなおした。
金の山羊を抱いた者は、一つだけ願いを叶えることが出来る。
そして、その願いが成就されたとき、金の山羊それ自身は――。
「まったく、どこまでも人を馬鹿にした世界だ」
地上から消えてなくなる。
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