第十四話 〜決着〜
カプラの声を聞いたエスカーが、仲間を引き連れて走ってきた。
バッファローの全力疾走は時速50kmを超える。
本当にあっという間にやってきた。
「な、なんじゃこりゃあああー!?」
ドカドカと蹄を鳴らしながら走ってきたエスカーは、畑の惨状を目の当たりにして叫んだ。
「うおああ……! 畑がぁああ! あたしらの畑があああー!」
それはそれは酷い状況であった。
畑の一角に、巨大な「の」の字が刻まれている。
そこにハイエナ男が、ロンとともに飛び出してきた。
戦いに夢中だった彼は、牛達の来訪にまったく気付いていない。
「……助かったぜ!」
これ幸いとロンは、エスカー達の背後に回りこんだ。
その表情を暗黒色に染めた牛人達の前に、何も知らないハイエナが踊り出てくる。
「え……?」
そして直ちに取り囲まれる。
ようやく致命的な事態に陥ったことに気づいた男は、青ざめた表情でだらだらと冷や汗を流し始める。
「テメエが原因か……」
「……ヒイィッ!?」
だが、時すでに遅し。
怒りに震える重量級が、全身から殺意の波動を放っていた。
ミノタウロス形態になっていたエスカーが、男に向かって顎をしゃくる。
「お前らお客さんだああああ! やっちまえええええ!」
「ゲエエエエー!?」
それと同時に、無数の蹄が殺到する。
――ウモオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!
「――ぅピャ!?」
すぐに悲鳴は消え、その代わりに骨肉をすり潰す音が響いてくる。
1トンにも迫る巨体に踏みにじられたハイエナは、ほぼ一瞬にして原型を失った。
やがてボロ雑巾のようになったその姿が、土埃の中より引きずり出される。
「魚のエサになりな!」
エスカーはハイエナ面を剥ぎ取ると、己の立派な角でもって男をしゃくりあげた。
――ボーン!
すでに男に息は無く、綺麗な放物線を描きつつ湖へと落ちていく。
一件落着……。
「ロン! 無事だったのね!」
そこに、カプラとミーヤが駆け寄ってくる。
「まーな」
「ロンはやれば出来る男にゃ! というわけでラーメン食わせるにゃ」
「気が早えーよ……」
ひとまずホッと一息つくロン。
ポケットの中に手を入れ、戦利品のハイエナマスクをにぎにぎする。
これを売れば当分金には困らないだろう。
ラーメン一杯くらい安いものだ。
「そいじゃ姉さん、畑荒らしも片付いたことだし、俺は仕事に戻るぜ」
そして、何食わぬ顔でその場を離れようとするが。
「ちょっと待て」
「うげっ!?」
その前に首根を掴まれてしまった。
「どういうことなのだ?」
「…………」
刺すような視線を背後に感じて、ロンは思わず身震いした。
嫌な予感しかしない。
下手をすれば、カプラが金の山羊であることも知られてしまうだろう。
「ど、どうもこうもないぜ……。いきなりあの兄ちゃん達が襲ってきたんだ」
「どうしたらハイエナなんぞが畑を荒らしにくるのだ?」
しかしエスカーは納得しない。
強力な獣面を持っている者は普通、畑荒らしなどという半端なことはしない。
もっと大きく稼げる手段を選ぶ。
それでもあえてここに来たというからには、よほど重大な理由があるはずだ。
「べ、別にいいじゃねーか……。畑の被害はその獣面でチャラになるだろ……」
「確かに収穫ではあるが……。いやしかし、気になる!」
と言って今度は、ロンの隣でかしこまっているカプラに眼を向けた。
「ふふふ……そうか、さてはその女がらみだな?」
ロンとカプラは同時にギクリとした。
二人とも口笛を吹きつつ、それとなく牛館の主から視線をそらす。
エスカーはさらにロンに近づくと、その肩を力強く抱き寄せた。
「……なーに隠してるんだ、オオカミくん? 一体その女に何がある?」
「うがぐぐ……!?」
言いながらぎゅうぎゅう首を絞めてくる。
筋肉の塊のようなその腕は、農作業による汗でジットリしている。
「お、俺もよくわからねえよ……。あれだけの上玉なんだ。そりゃあ色々あるんだろうさ……」
「事情もよく知らずに、ハイエナを敵に回したというのか? それはますます不自然だ……。まさか、惚れちまったとか言わないよな?」
言われてロンはハッとした。
確かにそれは名案だ。
カプラに一目惚れしたということにすれば、彼女を庇っていることのもっともらしい理由になる。
この場を上手く切り抜けられる――。
「いや、それはねえ」
だが口が裂けても言えなかった。
「じゃあ何なのだ? あたしはこれでも繊細なのだ……これでは夜もぐっすり眠れない」
繊細? どこがだよ――。
ロンは胸の内でそう思う。
首の周りが、エスカーの汗でベタベタしてきた。
そろそろ勘弁して欲しい。
「頼むから離れてくれよ……暑苦しいから」
「むむっ? レディーに向かって暑苦しいとはなんだ!」
レディ? どこがだよ――。
喉元まで出かけた言葉を、ロンは何とか飲み込んだ。
迂闊に怒らせると、何をされるかわからない。
「む……?」
だがそこで、ロンは新たな策を思いついた。
わざと怒らせるのも有りかもしれない。
それでエスカーの意識が自分に向けば、カプラへの注目をそらせるかもしれない。
「むむ……」
ハイエナ面を守るためにも、やってみる価値は十分にある。
覚悟を決めたロンは、一呼吸おいてからエスカーに告げた。
「んなこと言ったってよ……ウシみてえな匂いがするんだ!」
「な、なぬうっ!?」
直後、ブチッと太い糸が千切れる音がした。
「ひ、人が気にしていることを……!」
エスカーの腕がわなわなと震え、全身に黒い熱量がみなぎっていく。
「ふ、ふふふ……せっかくハイエナ面を手に入れて上機嫌だったのだがな……今ので帳消しになったぞロン!」
肩にまわされている腕に、凶悪な力が生じる。
「あがあっ!?」
その力に締め付けられ、ロンは顎がはずれそうになった。
「ならばたっぷり味あわせてやろうではないか……! このジューシーな肉体をなああああ!」
足をかけられ、腕をまわされ。
あっという間にコブラツイストの体勢となった。
「う、うぐおおおおー!? ギブッ! ギブギブ!」
たまらず腕をタップするが聞き入れてもらえない。
ロンはそのまましばらく、エスカーの筋肉にいたぶられ続けた。
「ロン! ファイトにゃあー!」
「がんばってー!」
いつの間にか、カプラとミーヤが観戦に加わっている。
「ちょ!? てめえら……うげえええ!?」
ロンの悲鳴は、その後しばらく農園地帯に響き続けた。
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