第十三話 〜2on1〜

 トウモロコシの葉をかさかさと揺らし、密林のようなその畑の中を、ネコとカカポが駆けていく。

 後を追うのは一頭のハイエナ。

 密林に阻まれ、思うように動けないでいる。


「ちっくしょう、面倒臭えな……!」


 作物をダメにすると後が怖い。

 しかし広大なトウモロコシ畑は100m四方もあり、このままでは延々と追いかけっこが続く。


「ええい、仕方ねえ!」


 牛達に気づかれる前に終わらせなければならない。

 畑が荒れるのを覚悟して、一気に飛びかかる。

 バキバキと作物をなぎ倒し、動きの遅いカプラを狙って突っ込む。


「危ないにゃ!」

「きゃあ!?」


 ミーヤは素早くカプラをくわえると、そのまま前方にダッシュした。

 作物に阻まれてハイエナの動きが一瞬止まる。

 そのまま駆け抜けて、距離を置いたところでカカポを離す。


「あ、ありがとう……」

「礼なら後でロンに言うにゃ! ミーヤはラーメンのために戦ってるにゃ!」


 二人はそのまま、トウモロコシ畑の端に向かって走る。

 後ろからはどんどんハイエナが迫ってくる。


 エスカー達の元に辿り着くためには、一度この畑を抜けて、隣のヒマワリ畑に入らなければならない。

 そこを抜けた先の空き地で、土煙があがっているのだ。

 おそらくはそこで仕事中だ。


「ミーヤが引き付けるから、そのうちに隣の畑に飛び込むにゃあ!」


 カプラを前にして全力で走り、そのまま密林の外に飛び出す。

 ヒマワリ畑までは、道を挟んで10mほどある。

 小さな体でヨチヨチと走るカカポにとっては結構な距離だ。


「にゃあーん、そこのお兄さん、ちょっと止まるにゃあ」


 少女の姿に戻ったミーヤは、そのまま地面に座り込んでしなを作った。

 そしてワンピースの裾をまくりあげ、その素足をハイエナの前に晒す。

 お色気作戦だ。


「止まってくれたら、ちょっと良いことしてあげなくもなーいにゃーん」


 ハイエナは、ミーヤの手前で一旦止まるが。


「……ガキに興味はねーよ」


 それだけ言って通り過ぎてしまった。


「にゃー! 失礼な奴ー!」


 慌ててその後を追うが、ハイエナの方が足が速い。

 それに追いつけたとしても、戦闘力指数30のネコが太刀打ちできる相手ではないのだ。


 カプラはあと少しでヒマワリ畑に突入する。

 後ろを振り向き、追いかけてくる肉食獣を見つけて飛び上がる。


「いやあああー!」


 飛べない翼をばたつかせ、少しでも速度を稼ごうと頑張ってみる。

 だが、畑に頭の先を突っ込んだところで、ついに追いつかれてしまった。


「グガガガーー!」

「いやああーー!」


 ヒマワリをバリバリとなぎ倒して迫ってくるハイエナ。

 とっさに飛び上がってヒマワリの茎をよじ登る。

 次々となぎ倒される花の上を、必死になって飛び回る。


「きゃあああー! 来ないでええー!」

「大人しくしろやああ!」


 しかし、絶望的なまでの体格差だった。

 カプラを生け捕りにしなければならないハイエナは、全力で仕掛けることが出来ないのだが、それでも捕まるのは時間の問題である。

 カプラが宙を飛び回る度に、黄金色の大輪が無残に散っていく。


「もう頭にきたにゃあああ!」


 だがその時、ミーヤがハイエナの背に飛び掛っていった。

 ネコの姿でしがみつき、首筋に噛み付く。


「ぎにゃあああー!」

「あだだだだだ!」


 慌てて振り払おうとするが、ハイエナの手は背中には回らない。

 止む終えず男は獣人形態に戻った。

 その瞬間をめがけて、ミーヤはその顔面を思いっきり爪で引っ掻いた。


「ネコなめんにゃー!」

「ギャアアアアアー!?」


 あっという間に網の目が刻まれ、男は顔を手で抑えて後ずさる。

 命がけの攻撃。

 しかしそれは、カプラを助けるためではなく純粋にミーヤ自身のために行われた。

 これでも、サヴァナで一番の美少女を自負しているのだ。


「ミーヤの誘いに乗らないとは、とんだインポ野郎にゃ! 悔しかった捕まえて見るにゃああー!」

「この……! クソガキいいいい!」


 ハイエナは、打って変わってミーヤを追い始めた。

 そのままトウモロコシ畑へと引き返し、再びその密林に飛び込んだ二体の獣は、そこで猛然と追いかけっこを始めた。

 ガサガサと緑色の海が波打っていく。


「み、ミーヤちゃん!?」


 このままでは彼女がやられてしまう――。

 ヒマワリの上で焦りに翼をはためかせながら、カプラは何とかできないかと考えた。


 足も遅い、力もない、空も飛べない。

 そんな自分に出来ることは何だろう。

 答えは一つしかなかった。


「お願い――」


 カプラは人の姿に戻って、大地の上に立つ。


「届いて!」


 姿勢を正し、へその下に両手を当てて深く息を吸う。

 そして、これまで歌い手として培ってきた技術を全て発揮し、限りなく高く澄んだ声で――。


『誰か助けてええええええー!!』


 救援を叫んだのだった。


『誰かあああああああー!!』


 鋭い声が農園中に響き渡る。

 ヒマワリの葉の上にいた虫が数匹、びっくりして地に落ちた。

 まるで彼女の体全体が、高性能スピーカーになったようだ。


――ルアアアアアアアア!


 するとその直後、農園の一角から銀色の影が飛び出してきた。


「ロン!!」


 それは紛れもなく、狼の姿をしたロンだった。

 ネコとハイエナがデッドヒートを繰り広げるトウモロコシ畑へと、一直線に飛び込んでいく。


――ドバアアアアア!!


 二つの獣がぶつかり合った衝撃で、畑の土が広範囲に渡って巻き上げられた。

 とばっちりを食ったネコのミーヤが、ポーンと放り出されてくる。


「ミーヤちゃん!」

「あにゃあー!?」


 カプラはヒマワリ畑から駆け出すと、その小さな獣を両手で受け止める。


「大丈夫!?」

「ひどい目にあったにゃあ……」


 そして二人、トウモロコシ畑へと目を向ける。


――グガアアアアア!

――ウガグルルルル!


 そこではすでに、激闘が繰り広げられていた。

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