永久なるサヴァナ

第十二話 〜１ｏｎ１〜

　ハイエナ獣人は、鋭い爪がギラつくその腕を、一直線に振り下ろしてきた。

「――シッ！」

　ロンは素早く横に跳ね、ぎりぎりのところでそれをかわす。

　男の爪先は地面へと突き刺さり、その甚大な威力で深く土をえぐる。

「グルアァッ！」

　素早く体を回転させ、今度は後ろ足による回し蹴り。

　ロンは鋭いバックステップでそれをかわす。

　ハイエナはさらに二歩三歩と踏み込んで、右へ左へ渾身の拳打を振り回してきた。

　ロンはひたすらそれを回避、一旦オオカミの姿になってトウモロコシ畑へと突っ込む。

　そしてハイエナになって追ってきた男の鼻先に、後ろ足で土をひっかけた。

「ペッ！」

　だが相手は、いとも容易くその目くらましを払いのける。

　さらには密生する植物の茎を押しのけ、力強く迫ってきた。

　ロンはひたすら逃げまわるしかない。

　畑を突っ切ったとこでハイエナが飛び掛ってきた。

　上段から振り下ろされる強烈な一撃。

　かわした直後に、再びクレーターが刻まれる。

　ロンは獣人形態に戻って足を止めた。

「くそっ、やたらとパワーがありやがる……」

　全身に付着した土砂を払いつつ、ロンは静かに距離をとった。

「ちょこまかと！　逃げ足だけは一人前だな！」

「伊達にサヴァナで生きちゃいねえよ」

　獣人形態に戻り、獰猛な闘志をむき出しにしてくるハイエナ。

　すでにその眼に理性はなく、完全なる殺意に満ちている。

　やるかやられるかの抜き差しならない勝負。

　本来ならば最大限の気力をふりしぼって構えるところだろう。

「ふう……」

　だが、ロンの全身にはまったくと言って良いほど力が入っていなかった。

　逃げるわけでも、反撃するわけでもなく、相手が攻撃してくるのをただ待ち構える。

　両手の力すら抜いてダラリと垂らす。

　そして振り子のように揺らして、相手の狙いを鈍らせにかかる。

　弛緩しきったその構えは、相手にはまったくやる気がないように見えただろう。

「ふざけてんのか……てめえ！」

　苛立ちが限界に達したハイエナは、ロンの誘いに乗って突進してきた。

「ふっ……！」

　ロンはそれをギリギリまで引き付けてから横にかわした。

　そして軽く足先を引っ掛ける。

「……！？」

　突っ込んだ勢いのまま前方に転倒する男。

　ロンはすかさず足を踏みつけた。

「……あぎゃっ！？」

　その痛みで、男は雷に打たれたように飛び跳ねた。

「く……くそが！」

　足を傷めた分、動きが鈍くなった男は、それでも怒りに任せてロンに掴みかかってきた。

　徐々にロンのペースになってきた。

　涼しい顔でその攻撃をかわすと、今度は靴の先で思いっきり相手の脛を蹴る。

「ア゛ッー！？」

　男はたまらず脛を押さえ、その場でぴょんぴょん飛び跳ねた。

「油断してんじゃねーよ、ここはサヴァナだぜ？」

　歯を軋ませて怒るハイエナ男を尻目に、ロンはオオカミになって走りだす。

「おらおら！　こっちだ！」

「グオアアアー！」

　尻尾を振って挑発し、ジグザグに走ってわざと追いつかせる。

　完全に冷静さを失った男はハイエナの形態をとり、片方の後ろ足を引きずりながら解読不能の唸り声を上げて追いかけてきた。

　ロンを捕まえようと飛び掛り、その直前でかわされて頭から地面につっこむ。

　そんなことを幾度も繰り返すうちに、ハイエナは急速に体力を消費していった。

「……頃合か」

　そろそろ反撃できそうだと判断したロンは、足を止めて相手を待ち受けた。

　オオカミのまま後ろ足で地面を掻き、突撃の準備をする。

「ガアアアアア！」

　そしてハイエナがその身を宙に躍らせた瞬間、その体めがけて突っ込んでいった。

「グルオオオオ！」

　二匹の獣が空中で交差する。

　爆発的な攻防。

　牙、爪、足、尻尾――無数の攻撃が一瞬にして繰り出され、闘志とともに宙に閃く。

　二人の獣毛が、バラバラとその後に舞う。

「グオオッ！？」

　相手の攻撃はすべて、ギリギリのところでロンに届かなかった。

　一撃必殺の攻撃も、当たらなければ意味がない。

　対してロンの攻撃は、すべてが相手の肉に突き刺さっていた。

「おらおらどーしたあ！」

　着地したロンは、すかさず四本の足で地面を叩いた。

　身体を左右に揺さぶってフェイントをかけ続ける。

　どうしてよいかわからなくなったハイエナは、一瞬その動きを硬直させる。

「シュアアアーー！！」

　そこを見計らってロンは、最高速の突撃をかけた。

　急所の喉下めがけて、とどめの一撃である牙を突き出す。

　決まればそれで決着――。

「グルウゥ！？」

　だが相手は、咄嗟に獣人形態をとって両腕でガードをかけた。

　その腕にロンはガッチリと噛み付いた。

　牙が深々と肉に刺さり、血飛沫とともに悲鳴があがる。

「ウアアアアアアアーー！？」

　男がたまらず手を振り回す。

　しかしロンはそれに逆らわず、むしろその力を利用して遠くへと飛んだ。

「……さて」

　着地して相手を見据える。

　ハイエナ男はすっかり息が上がっている。

「覚悟は出来ているよな？」

　殺る権利を持つ者は、殺られる覚悟のある者だけ――。

　それがサヴァナの不文律。

　オオカミの瞳がギラリと光り、睨まれたハイエナは、ただその場で息を荒げる。